立樹から結婚すると聞いたのは、相談をうけてから1ヶ月後だった。
その日は立樹の部屋で宅呑みをしていた。
その最中に、結婚を決めたと聞いた。
その言葉を聞いたときは、頭が真っ白になった。
確かに結婚適齢期の男女が付き合っていたらそうなってもおかしくはない。いや、自然な流れとも言える。
それでも立樹のことを好きな俺としてはショックだった。
いや、相談を受けていたんだからびっくりする方がおかしいのかもしれないけど。
とにかくショックを受けた俺は、翌日あきママのいつもの店に呑みに行ってあきママに泣きついた。
「だから言ったじゃない。ノンケを好きになるからよ。ましてやイケメンなんて言ったら女が手放さないんだから勝負もできないしね」
「立樹は、俺が好きなこと知らないよ」
「だったら自業自得。まぁ、それでも同情の余地はあるけどね。ノンケのイケメンに告白するなんてそうそうできないものね」
「でしょー? いくら立樹がゲイフレンドリーだからってノンケであることに変わりはないしさ」
「あの顔面だったら女も必死に引き止めるでしょうしね」
あきママは立樹のことを知っている。
一度行ってみたいという立樹を連れて来たことがあるのだ。
そのとき、あきママはもちろんのこと、その日店に来ていたネコが目の色を変えたのは言うまでもない。
ほんとにそのときは立樹を取られちゃうんじゃないかと思ったほどだ。
そのときだけは、立樹がノンケで良かったと思った。
「まぁでも、ゲイとノンケじゃあ永遠に平行線なんだから、いい加減に他の人探した方がいいわよ。あんたモテないわけじゃないんだから」
「確かにそうだけどさ。そう簡単に気持ちの切り替えなんてできないよ」
「そんなんだから恋人いない歴が長引くのよ」
「仕方ないじゃん。今は立樹がいいんだもん」
「そんなに好きなんだったら、結婚する前に告ったらどう?」
「え? 結婚前に?」
「そう。別にそれでどうこうしようっていうんじゃなく、気持ちを伝えるだけでもいいんじゃない?」
気持ちを伝えるだけ、か。
そういう手もあるんだな。
でも、ゲイフレンドリーとはいえ、実際に自分が男に好かれてると思ったら逃げ出すこともあるんじゃないか? 大丈夫なのかな。
だけど、ゲイでもないのに男の俺とキスができるから、悪い反応はないのかもしれない。
「伝えるだけ伝えてみようかな」
「あの彼なら大丈夫だと思うわよ」
「そうかな。結婚前だからあまり気持ちを乱れさせたくないんだよね」
「告って別に付き合えって言うわけじゃないし、いいんじゃな〜い?」
俺とキスはできても男と付き合うことはできないと思う。
それに結婚前だし。
だから伝えるだけ。
でも、それで立樹が離れて行ってしまうんじゃないかっていう不安はある。
あきママは大丈夫だと言うけれど、臆病な俺は不安になってしまう。
恋人になることはなくても、この先もいい友人でいたいんだ。
今までのように毎週のように2人で呑むということは、結婚したら当然無理だろうことはわかってる。
それでもたまには一緒に呑みに行ったりはしたいんだ。
俺はそれを楽しみにしているから。
だから告白することで立樹との距離が離れて、当然そんな時間を持つことができなくなるのが怖いんだ。
「まぁね。いい友人関係でいたいと思うなら不安になるのもわかるけどね。私は客観的に見て大丈夫じゃないかと思ったけどね。後はあんたが決めることよ」
「うん、わかってる」
付き合いたいなんて思ってない。
そんなの好きになったときから思ってる。
でも、好きだから。気持ちだけ伝えたいというのはわがままだろうか。
ビールを一口呑んで考えた。
あきママに話した翌週。
立樹に告白だけしようと決めた。
何も望んでいない。ただ好きだと伝えて、他の誰かを好きになるからとだけ伝えられれば十分だ。
でも、それで立樹が離れて行ってしまうのなら、それは悲しいし嫌だけど受け入れなければいけないという覚悟も同時に持っていた。
それでも、何も望まないならなぜ告げる必要があるのかと考えたりもした。ただの自己満じゃないかと。
それは今でも思っている。だけど、立樹のことを好きだという気持ちが溢れそうなんだ。だからほんの少し持って欲しい。
「難しい顔してるぞ」
金曜日の夜。
いつものように立樹の部屋での宅呑み中。
俺はビールを手にしたまま考え込んでしまっていたようで、立樹から指摘されて我に返る。
「どうした? なにか悩みごと? それなら聞くよ?」
悩みごとだと思われるくらいに難しい顔してたのか。
もう言おう。
タイミングを考えていたけど、そうしたら難しい顔していたみたいだし。
そうしたら言ってしまうしかない。
でも、どうか聞いたあとも友達でいて欲しい。わがままだけど。
だけど、友達ではいられなくなるかもしれないことは覚悟しなければ。
そう決めて、ビールを一口呑んで喉の乾きを癒やしてから深呼吸をした。
よし! 言うぞ。
「あのさ、聞いて欲しいことがあるんだ」
「やっと言う気になったか。なんだ? なんでも聞くぞ」
「うん、ありがとう。あの……あのさ……」
言うと決めたのに、なかなか言葉が出てこない。
立樹はなにも言わないで俺の顔を見ている。聞き逃さないっていう顔だ。
あぁ、男らしくないな、俺。
言うって決めたんだろう。
でも、顔を見て伝える勇気はなくて下を向いて手をぎゅっと握りしめる。
「これ聞いても友達でいて欲しいんだけど……俺……立樹のこと好きだ。でも、付き合って欲しいとか結婚の邪魔をしようとかそんな気はないんだ。ただ、知っていて欲しいというか、伝えたかった。立樹、ノンケだからこんなこと男から言われたらさすがに気持ち悪いって思うかもしれないけど。でも伝えたかった。ずっと、苦しかった」
「……」
最後は一気にまくし立ててしまったけど、伝えた。
立樹はなにも言わない。気持ち悪いともなにも。気持ち悪いと言うのさえ嫌だったとか?
そう思うとソロソロと上目遣いで立樹を見る。
嫌悪感じゃなければいいけど。
そうしてチラリと見た立樹は、目を少し見開いて固まっていた。
え? 固まってる? そんな反応は想像してなかった。
「たつ、き?」
俺が名前を呼ぶと我に返ったようだった。
「あ、ごめん。びっくりしちゃって」
「ううん。びっくりさせてごめん」
その後、お互いに無言が続く。
これ、帰った方がいいのかな? どうしよう。
「あの……俺、帰るよ。ごめん」
やっぱり伝えなければ良かった。
そう思うと涙が滲んでくる。
ばか。こんなところで泣くな。
「待って! 違う! 違うんだ!」
立樹がそう言いながら俺の腕を掴んできた。
今度は俺がびっくりして止まってしまう。
「待って、悠。あの、びっくりしただけで気持ち悪いとかじゃないんだ。ほんと、単に驚いただけだから。悠からそんなこと言われるなんて思ってもみなかったから」
「え? 俺、立樹のこと格好いいって言ったことあると思うけど……」
「格好いいっていうのと好きっていうのとは違うだろ」
そう、か。言われてみたらそうかもしれない。
「でも、そう言って貰えて嬉しいよ」
「ほんと? これからも友達でいてくれる?」
「友達……うん、もちろん」
なんだか間があった気がするんだけど、嬉しいというのは方便?
「あの……嫌なら嫌って言っていいから」
「違う。嫌なんかじゃないよ。うん、これからも今まで通りで」
「ほんと? いいの? 無理してない?」
「無理なんてしてないよ。言っただろうびっくりしただけって。だからこれからも今まで通りでいよう。これからも悠は俺の大事な友だちだから」
大事な友だち……。
その言葉に涙が落ちてしまった。
「なに泣いてるんだよ」
「だって、大事な友だちって」
「大事だよ。普通の友達もだけど、悠のことはそれ以上だから。それじゃ物足りない?」
「まさか! 十分過ぎるくらいだよ」
普通の友だちでも嬉しいのに、それ以上って……。
「結婚してもさ、一緒に呑もうよ」
「うん! 立樹の都合のいい日にでも呑もう。俺はいつでもいいから」
「じゃあ今と同じで毎週! って言いたいんだけど、さすがにダメだろうな」
「うん。彼女さん嫌がると思う」
「だよな。でも、できるだけ呑もう」
そう言ってくれた立樹の顔がすごく甘くて優しくて、俺はすごく嬉しくなった。
そうして笑っていると、立樹の顔が近づいてくる。
キス、される。と目を瞑ると思った通り立樹の唇が俺のそれに軽く触れた。
アルコールが入るとされるキス。
なんで立樹はキスしてくるんだろう。
それはなんだか訊いたらいけない気がして訊いたことがない。
これが、大事な友だちっていうことなんだろうか。
わからないけれど、嫌じゃないからされるがままにしている。
でも、結婚したらしちゃダメだ。
だから今だけ。

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