悠とはなぜだか気があい、時間が合えば呑みに行ったり、宅呑みをしたりするようになった。正直、彼女の唯奈と一緒にいるより気を使わないし、楽しい。
仕事柄ストレスとなることが多い俺は、唯奈に愚痴らずに悠に愚痴るし、唯奈と喧嘩したときも悠に愚痴ったし、相談もした。どこが、というのはわからないが、悠は他の友人と違うのだ。
大体、唯奈は俺の愚痴なんて聞いていないと思う。自分の愚痴は聞かないと怒るけれど、俺の愚痴に関しては「男が何言ってるの。愚痴いうなんて男らしくない」と言ってまともに聞いてくれたことはない。
愚痴を言うのが男らしくないというのがよくわからないが、俺だって好きで愚痴るわけではない。
基本的に俺はあまりそういうのを出さないようにしていた。それでも、どうしても話したいときだってあるのだ。けれど、唯奈にはそれが通用しない。
けれど、悠は何も言わずに聞いてくれる。それから自分の意見を言うのだ。聞くのと話すのとのバランスが絶妙にいいのだ。そのバランスの良さに、最近では唯奈には一切そういう話しをしなくなり、申し訳ないけれど悠に話すようになってしまっている。
正直、唯奈といるよりも気を使うことはないし、自分を作ることもなく素のままの自分でいることができる。悠が女なら、絶対に悠と付き合いたいと思うほどだ。
しかし、残念かな、悠は男だ。もちろん男同士でも恋愛が成立するのは知っている。なんなら悠はそちら側の人間だ。でも、俺は違う。異性愛者だ。同性愛者ではない。だから、俺は悠と友人として付き合っている。
そして今日は悠と宅呑みの約束をしていて、悠が来るのを待っているのだ。
今日は金曜日で、いつも土曜日は唯奈に拘束されることがほとんどだが、今週は高校時代の友人の結婚式に出席するということで約束はない。だから、今日は時間を気にせずに悠と呑むことができる。
ピンポーン
コンビニで買ってきた酒を冷蔵庫にしまっていると、インターホンが鳴るのが聞こえた。ドアスコープを覗くとやはり悠だった。
買い置きの、キンキンに冷えたビールを二本ローテーブルに置く。ローテーブルには刺し身が置いてあった。
そう言ってワタワタしている悠を見て、フッと笑ってしまった。こういうときの悠は可愛い。男相手に可愛いだなんて思ったことなかったけれど、悠を見ていると可愛いという言葉が自然と出てしまう。
そう言って笑う姿は本当に可愛い。なんでこんなに可愛いかな。
グラスをカチンと合わせて乾杯すると、一週間の疲れが癒やされていく気がした。
俺がため息と共にいうと、悠は刺し身を食べながらケラケラと笑う。
「ノンケの辛いところだよな。ゲイだともともと結婚できないからそういうふうにはならないから楽だよ」はじめは導入する自治体も少なかったが、最近では増えていると聞く。
男女の結婚とは少し違うが似たようなものだと俺は思っている。
そう言って悠は笑うけれど、唯奈に俺からプロポーズすることはないんじゃないかと思ってる。でも唯奈がどうしても結婚したいというのなら考えなくもない。
消極的な結婚となるけれどそれは仕方ない。最近少しわがままになっていることがマイナスポイントだ。
でも、今年25歳だからそろそろ結婚と言い出さないとも限らない。明後日は言われるかもなと思うとため息がでてしまう。
刺身を悠の前にやると、いただきます! と言って箸をつけている。
刺し身をもぐもぐとしながら考える素振りをする悠が可愛いと思う。
最近は、唯奈よりも悠の方が可愛いと思うことが多いと思う。ほんと悠が女なら俺からプロポーズするんだけどな。でも性別が違うのが残念だ。
唯奈は悪い子じゃない。そんなんなら付き合ってない。でも、付き合って3年経つからか少しわがままが出だしてる。
それが少し引っかかっている。
それに結婚なんて30歳になってから考えてもいいんじゃないかと思ってしまうのもある。それは相手次第なんだろうか。
どちらにしても日曜日はそんなことを考える日になりそうだ。そう思うと今日何度目かのため息をついた。
明日は休みだし俺も唯奈とのデートの予定がない宅呑みということで、俺も悠もいつも以上にピッチが早かった。
それでも、お互い明日予定があるわけではないから、悠が呑み潰れて家に帰れなくても問題がない。
それで気が緩んでピッチが早くなっているのだろう。
悠に彼氏ができる......。
ちょっと想像してみたけど、嫌だ、と思う。
別に悠は俺のものではない。だから俺以外の恋人ができたっておかしくはないし、それが普通だろう。
でも、嫌だと思ったのだ。
悠は結構アルコールが回ってきてふわふわしているのがわかる。
悠の口から俺の名前が出たときはドキッとした。
一瞬、心臓が止まったんじゃないかと思うくらいだ。
悠は俺が思ってるよりもも酔っているのかもしれない。
そう言ってこっちを向いてふにゃりと笑う悠はとにかく可愛い。
俺は男を好きになったことはない。恋愛対象は女だ。それは間違いない。
だけど、頬を赤く染めて恥ずかしそうに俺が格好いいと言う悠は、可愛いとしか言葉が出てこない。
そこで考えてみる。他の男に同じことを言われたら、俺はどう思うだろう。
間違いなく嬉しいとは思わないし、可愛いなんて言葉は出てこないだろう。
それが悠言うところのネコの子だとしても。
ネコの子の中にはきっと中性的な子もいるんだろう。それこそ本当に顔立ちの整った子もいるだろう。
それはわかる。でも。それでも俺はきっと悠が一番可愛いと思うだろう。
そして、どんな人に格好いいと言われても悠に言われるのが一番嬉しいだろうと思っている。
俺にとって悠は特別なのだ。
そう言ってケタケタと笑う悠は可愛い以外の何者でもない。
しかし、いくら悠とはいえ、まさか男を可愛いと思う日が来るとは思いもしなかった。
けれど、可愛いものは可愛いんだから仕方がない。
そこでふと考える。唯奈と悠のどちらが可愛いんだろう。
いや、女と男では性別が違うのだから同列に考えることはできないし、おかしい。
それでも考えてみる。
顔はどちらも可愛いと思う。
自分の彼女のことを言うのもなんだけど、唯奈は可愛い方だと思う。現に友達にも言われている。だから可愛いと思うのは俺だけの感想だけではないはずだ。
では悠はどうだろう。これは第三者の意見がないけれど、男にしては可愛い部類に入るんではないだろうか。
少なくとも俺はこんなに可愛い男は見たことがない。
決して女っぽいとかいうことはない。きちんと男として見える。けれど可愛いのだ。
こんなに可愛い可愛いと思うのってどうなんだろう。相手は男なのに。
悠はかなり酔っているようだ。これ、明日記憶あるんだろうか。記憶あったら恥ずかしがりそうだな。
でも。俺のそっくりさんがいればいいって。
悠の中の俺のそっくりさんは彼女がいないらしい。
しかし、俺のそっくりさんと言ったって、似ているだけであってそれは俺じゃない。
そのそっくりさんと悠が一緒にいるところを考えると面白くない。
悠の隣にいるのは俺以外は嫌だと思う。
この独占欲は……。
考えたくないけれど、そうなのだろうか。
可愛いと思うこと。俺だけでいて欲しいという独占欲。きっと好きになったのではないか、と思う。
今もこの先も恋愛対象は間違いなく女の俺が、悠に対してだけは特別なんだ。
でも、この気持ちは心の奥底にしまっておく。
でないと、この気持ちが加速して進んでしまうから。
これからもノンケ(というらしい)でいるためにはそうしてしなければいけない。
そんなことを考えていて、ふと悠を見るとテーブルに突っ伏して寝てしまっている。
笑っているような顔をしていて、ほんとに可愛いな。
俺以外にそんな可愛い寝顔見せるなよ、とここでも独占欲が顔を出す。
俺以外に見せるなと言うくせに俺が一歩踏み出すことはない。
身勝手だな、と思う。
でも男と恋愛するのはハードルが高すぎる。だからごめん。
心の中でそっと謝って可愛い寝顔を見つめる。