EHEU ANELA

遠回りのしあわせ〜You're my only

可愛い男2

週末金曜日。

今日は悠といつもとは違うバーで呑む約束をしていた。

それなのに最後の電話が長引き、その処理をしていたら会社を出るのが30分も遅くなってしまった。

会社を出るときに悠にはメッセージを送っているけれど、少しでも早く着きたいと焦ってしまう。

そして頑張った結果、20分遅れでそのバーには着いた。

着いたのだけど、カウンター席で一人で呑んでいる悠に女の子が2人話しかけていた。


「ごめんね。友達がそろそろ来るから」
「え〜。そしたら友達と4人で呑みましょうよ」
「いや、それは……」

一緒に呑もうと誘われている。それは避けたい。悠と呑むのに他の人間がいるのは嫌なのだ。


「悠」
「あ、立樹」

俺の顔を見ると悠はあからさまにホッとした顔をする。

この様子だとかなりしつこく誘われていたんだろう。

そして悠を誘っていた女の子2人は俺をポーっとした表情をする。ああ、面倒なことになりそうだ。

自分で言うのもなんだけど、俺のこの容貌で目の色を変えて誘ってくる女の子は結構いる。

今回もこのパターンになりそうだ。だって悠だって少しタレ目がちの可愛い容姿をしているのだ。女の子が肉食獣に変わるのも仕方ないかもしれない。


「ごめんね。友達来たから」
「お友達来たのなら4人で呑みましょうよ。彼女が来るとかじゃないですよね?」
「それはないけど……」

悠はかなり困っているようだ。なので、俺が悠と女の子の間に立つ。


「ごめんね。ちょっと大事な話しをするから今日は控えてくれるかな?」
「え〜。それなら……」

俺の言葉に女の子2人は渋々席を離れていった。

悠が安堵のため息を漏らすのと同時に、俺もため息をつく。

悠も俺と2人きりで呑みたいと思っていてくれているようで嬉しい。


「遅くなってごめん」
「ううん。仕事だもん仕方ないよ」
「ありがと。かなりしつこく誘われていたみたいだな。……あ、マティーニを」

オーダーを取りに来たバーテンダーにお酒を頼み、悠と話す。


「結構ね。初めは1人ならって言われてたんだけどさ、友達来るって言ったらじゃあ4人で呑みましょうだもん。全然ひいてくれないから困ってた」
「女の子も肉食獣になるときがあるんだよ」
「そうなんだね。いつもの店だとそんなことないからびっくりした」

オーダーしていたマティーニが来て、悠と乾杯する。

悠が”いつも行っている店”というのはゲイバーだ。さすがに人が周りにいるときは言葉を伏せている。

ゲイバーはその名のとおりゲイが集まる店だ。そんな店に女の子はいない。だから今日みたいなことは起こりえない。その代わり男が悠を誘うだろうけれど。


「悠は可愛いんだから気をつけろよ。いつもの店でもあるだろ」
「まぁ、たまにはあるけど女の子はいないから対応の仕方がわからなくてさ」
「誘いを躱すのは同じだと思うけど」
「そうなのかな。女の子が肉食獣になるのは知らなかったよ」
「じゃあひとつ経験になったな」

そう言うと悠は、グラスに口づけて上目遣いで俺を見る。その仕草にドキッとする。

可愛い女の子にされたらドキッとして落ちる仕草だけど、男がやったら気持ち悪い。だけど悠がやると可愛くてドキッとしてしまう。

悠に対しての気持ちは自覚している。

異性愛者の俺が独占したいほどに思っていて、可愛いと思うのは悠以外にいない。

とは言え、性的趣向は今もこの先も女であるだろう俺が何か行動を起こすと言うことはない。

ただ見ているだけだ。

それでも俺の目の前で悠が誘われているのを見るのは面白くないし、阻止したいと思う。

勝手だけどそれくらいは許して欲しい。

しかしノンケの俺がこう思うんだからゲイからしたらたまらないんじゃないだろうか。

それこそ結構誘われているだろう。


「いつもの店でも結構誘われてるんじゃない?」
「結構ってどれくらいを言うのかわからないけど、たまに誘われるかな」
「自分のこと可愛いっていう自覚は?」
「ないよー」

それを聞いてため息がひとつつく。

きっと、悠の言うたまには結構な頻度なんだろう。そんな気がした。


「少し自分が可愛いって知っておいた方がいいよ」
「立樹はよく俺のことそう言うけどさ、弟にしたいタイプって言われるんだよ。だから違うと思う」

弟にしたいって、可愛いって言ってるようなものだと思うんだけど悠の中では、可愛いと弟にしたいというのは違うくくりになっているみたいだ。

そこまで言われているんだから少しは自覚を持って欲しいと思う。

悠は別に自分を卑下しているわけではない。ただ単に自覚がないだけだ。

どうしたら自覚を持ってくれるんだろうと思うけれど、いいアイディアは浮かばない。

自覚を持ったら今日みたいな誘いはうまく躱すことができるんじゃないかと思うけれど、それは慣れなのだろうか。

でも、慣れだとしてもそこそこいつもの店でも誘われているっぽいのに躱せないというのは慣れではないということだろうか。

その辺はよくわからない。でも、自分の外見が人を引き付けて誘われているんだ、ということは自覚して欲しい。

男に興味のない俺が悠には可愛いと言っているんだから、自分の外見に少しは頓着して欲しい。

自覚がないのも困りものだなと再度小さなため息をついた。


「なんで悠はそんなに自分自身に頓着しないんだろうな」
「そんなことないと思うけど」
「俺がノンケなの知ってるよな」
「知ってるよ。ゲイならいいなって思ってるくらいだから」
「それはどうも。でもさ、そんなノンケの俺が可愛いって言うんだから間違いないんじゃない?」
「そうなのかな〜?」
「だって俺、男を可愛いなんて思ったの初めてだからな」
「そっか〜」

ここまで言ってもピンとはきていないようだ。

これは自覚持たせるのは無理だろうか。

そう思案しているのに悠はお気楽だ。


「おかわり頼もうっと。うーん......」

俺は真剣だけど、残念ながら悠には伝わっていないようだ。


「ソルティドッグにするかな。立樹は?」
「......じゃあギムレットを」
「立樹ってジン好き? 結構ジンベース呑んでるイメージある」
「あーそうなのかな? 一番好きなのはビールだけどな」

 

普段よく行くバーや宅呑みのときはビールだけど、こういうきちんとしたおしゃれなバーに来たときは確かにジンベースのを呑んでるかもしれない。

でも、悠はこれで何杯目だ? 俺が来る前から呑んでるから呑みすぎないように注意してないとな。

悠はお酒は好きだけど、それほど強くはない。


「送っては行くけど、呑み過ぎないように気をつけろよ」
「わかってるよ。これでまだ3杯目だから大丈夫だよ。お水も飲むし」

ほんとは外でお酒は呑みたくない。

理由は単純でほんのり赤くなった悠が可愛いから。

可愛い彼女を他の男の目にふれさせたくないのと同じで、他の男はもちろん女にも見せたくない。可愛い悠は俺だけが見ていたいのだ。つまり単なる独占欲だ。

この独占欲。自分がこんなに独占欲が強いなんて知らなかった。

唯奈に対してここまで独占したいと思ったことはなかったし、今まで付き合った彼女たちにもなかった。

だけど悠に対してはここまでの独占欲を抱いてしまうのだ。

人をここまで惹きつけておいて、自分が可愛いという自覚がないのも困りものだと思う。

いつものゲイバーでも男に声かけられているみたいなのに、なんでそんなに自覚がないのかがわからない。

でも別に自分に自信がなくて、というわけでもなくて。単に自分の容姿に頓着しないだけだ。

俺がことあるごとに可愛いと言っているのだから、もう少し自分の容姿に気をつけて欲しい。

大体、ノンケの俺が男に可愛いと思ったのは悠が初めてだ。それなのに頓着しないなんて。


「立樹? どうかした?」
「いや。どうしたら悠は自分のことわかるのかと思って」
「んー?」
「いや。悠が可愛いって話しだよ」
「そんなに可愛いかな?」
「俺には可愛く思えるよ」
「ノンケの立樹に言って貰えるのは嬉しいけど、可愛いかな?」

ソルティドッグに口をつけ、上目遣いにして考えている。


「今までの彼氏に言われたことない?」
「あるけど。好きだとフィルターかかったりするじゃん。それかと思ってた」

つまり今までの彼氏にも可愛いと言われていたわけだ。

そこで、悠の可愛い顔を見てきた歴代彼氏にも嫉妬する。嫉妬して当然だろう。だって、悠にも好かれていたんだから。

悠は俺のことをどう思っているんだろう?

外見が格好いいとはよく言われているけれど、それはあくまでも外見だけだ。すべてひっくるめたらどうなのかわからない。

なので訊いてみた。


「俺のことどう思う?」
「立樹のこと? 格好いいし好きだよ」
「外見だけ?」
「そんなわけないじゃん」
「ほんと? それならキスできる?」

出てきた言葉に自分でびっくりする。悠にキスできるか訊いているけど、そういう自分は悠とキスできるのだろうか。

いくら可愛くたって悠は男だ。

でも……できると思う。


「立樹とならできるよ」

頬が赤いのはきっとお酒のせいだけじゃないはず。

その顔が可愛くて俺は我慢できずに、悠をトイレに誘う。


「ちょっと来て」
「立樹?」

トイレには誰もいなくて、俺はたまらずに悠にキスしていた。

キスとはいえほんとに軽く触れるだけだけど。

ノンケの俺が、可愛いとはいえ男とキスをした。

男と、と考えると無理だと思う。でも、悠だと思うとしたいと思ったし、できた。

でも、悠は自分のものじゃないし、自分のものにすることも出来ないし、しない。

だけど、悠とキスしたいと思ったのだ。

今だけでいいから俺の物にしたかった。