EHEU ANELA

遠回りのしあわせ〜You're my only

未来のために2

それぞれの親への挨拶は、家が近いということから先に悠の両親に挨拶に行くことにした。

お兄さんが1人いるけれど、結婚して実家を離れているということで家にいるのはお父さんとお母さんの2人だった。

悠の両親ということで俺も緊張していたけれど、悠もかなり緊張していた。


「立樹。もし両親に反対されても俺は立樹のそばから離れないから!」

家の玄関ドアを開ける前に悠が言った。


「ありがとう。でも、反対されても理解して貰えるまで頭下げよう」
「うん! よし! 開ける!」

かなり緊張しているせいか、玄関ドアを開けるのも声を出さないと無理なようだ。

ガチャリと玄関を開けると、奥からお母さんらしき人が出てくる。


「悠、おかえりなさい」
「母さん、ただいま。父さんいるよね? 立樹、あがって」
「あの、こんにちは。瀬名立樹です。お邪魔します」
「こんにちは。悠の母です。どうぞ。狭い家だけど、上がってください」
「はい。お邪魔します」

そう言えば結婚を決めたときに唯奈の両親に会いに行ったけれど、そのとき以上に緊張する。

それは今回が同性だからなのだろうか。

緊張して口の中がからからだ。

リビングに通され、中へ行くとお父さんが背筋をピンと伸ばしてソファに座っていた。


「悠、先に行っていて。コーヒー淹れたら行くから」
「わかった」
「あ、あの。これ、つまらないものですが」

そう言ってキッチンに行こうとする悠の母親に持ってきた菓子折を渡す。

中身は悠のお母さんの好きな近所の洋菓子店のロールケーキだ。


「父さん、ただいま」

両親の前では普通を装ってはいるけれど、声が上ずっているのがわかる。


「おかえり」
「あの。瀬名立樹です。今日はお時間を頂き、ありがとうございます」
「悠の父です。どうぞお座りください」
「ありがとうございます」
 

お父さんに勧められて、L字ソファの短い方へ座る。

お父さんの声も固かった。つまり、ここにいる4人全員が緊張していることになる。

 
「お待たせ。瀬名さんから大好きなロールケーキ頂いたの。みんなで食べましょう」

そう言ってお母さんがコーヒーとロールケーキを持って来てくれる。


「ここのほんとに美味しいのよ。ささ、瀬名さんも遠慮せずに食べて」
「ありがとうございます」
「悠、あんたも食べなさい」
「うん……あのさ……」

悠はお母さんがお父さんの隣に座ったのを見て口を開いた。


「あの。電話で母さんに紹介したい人がいるって言ったけど、俺、立樹とパートナーシップ宣誓することにした! あの、パートナーシップ制度っていうのがあってさ、それって、えっと同性カップルがお互いをパートナーだということを宣誓する制度のことなんだ。それを立樹と宣誓する」

もう緊張から早く言ってしまいたかったのだろう。俺の言うべきことを悠は下を向いて一気に言ってしまった。

 
「あの。私と悠さんは男同士ですが、真剣にお付き合いをさせて頂いています。どうかパートナーシップを結ぶことを許して頂けないでしょうか」

悠の言葉の後を追って言う。

 
「あの……ごめん」
「お前は謝るようななにかをしたのか?」
「え? えと……してないけど。でも、父さんと母さんは驚かせちゃったと思うから」
「だいたい気づいてはいたわよ」
「え?」

悠は目を丸くしてお母さんの方を見た。


「だって、あんた一度も彼女連れてきたことないし。あげくにはテレビ見てても女優さんには興味なさそうだったもの。きっと女の人に興味ないんだわと思ってたの。そして、紹介したい人がいるって言って、男性だってあらかじめ聞いてたから」
「そっか……」

悠は気づかれていたことにびっくりしていた。

そしてお父さんが口を開く。


「世間は同性であることに批判したり白い目で見たりする人もいるだろう。そう言った覚悟はできてるのか?」
「出来てます」
「出来てる」
「そうか。そうしたら後は2人で決めて、そのパートナーシップ宣誓というのをしなさい」
「わかった」
「ありがとうございます」
「瀬名さん。悠は少し暢気で甘えん坊なところがあるけれど、真面目で優しい子なんです。だから、これから悠のことをよろしくお願いします」

そう言ってお母さんが頭をさげる。


「こちらこそ。悠さんと最後まで一緒にいますので、見守って頂けたら嬉しいです」
「もちろんよ。さ! 堅苦しい話しはこれで終わり。ロールケーキ食べましょう。悠は私が好きなの知ってても買ってきてくれないんだもの」
「でも、立樹に教えたの俺だよ」
「教えるなら買ってきなさいよ」

お母さんと悠の言い合いを聞いていると親子仲がいいのがわかる。そしてお父さんは口数が少ないようだ。


「瀬名さん。これからよろしくお願いします」

お父さんが静かに頭を下げる。


「いえ。こちらこそよろしくお願いします」

俺も慌てて頭を下げる。そして頭をあげるとお父さんは小さく微笑んでいた。その表情を見て、認めて貰えたのだと安心した。




「終わったーー!」
「認めて貰えて良かったな」
「でも気づかれてるとは思わなかった」
「まぁ女性の影が全くないとそう思うのかもな」
「だけどそんなにわかるほどだったのかなぁ」
「それだけ子供のこと見てるってことだよ」
「そうなのかな」

悠の家に挨拶に行って、ひと騒動あるかと思いきや薄々気づいていたと言われ、特に何かを言われることもなく終わった。

持っていったロールケーキを頂き、少し早い夕食までご馳走になってしまった。それもお寿司を。

お母さんいわく、一生1人で生きていくのではと心配していたようだ。

それが相手は男性だけど、パートナーシップ宣誓をしたいという相手を連れてきたからホッとしたという。


「なにはともあれ、悠の方は了承が得られて良かったな。後はうちか……」

父も母も子供のことにとやかく口を挟んでくる人たちではない。

子供の決めたことを尊重してくれる人たちだ。

だから大丈夫なのではないかという思いがなくもないけれど、俺は一度離婚をしている。しかも半年で。

そのことを考えると今度は多少口を挟んでくるかもしれない。

そしてなにより今度相手に選んだのは女性ではなく男性だ。

俺は今まで普通にノンケとして生きてきたから紹介してきた恋人はみんな女性だった。でも今度連れて行くのは男性だ。

差別とは別にそのことを受け止められるのかがわからない。

大丈夫だという気持ちとひと悶着あるのではという不安。


「難しい顔してる」

そう言って眉間をぐりぐりとされる。


「立樹1人じゃないじゃん。もし反対されたってさ、俺もいるじゃん。それで1回で納得してくれないなら何度でも頭をさげようよ。俺はそうするつもりだよ。だって結婚までしてた立樹が男連れて行くんだよ。驚かないわけないし、反対されることだってあるんじゃん。うちはさ、ほら、俺が誰も連れて行ったことないから。特殊なんだと思うよ」

悠はそう言って笑う。

反対されたとき、悠はなにか言われるかもしれない。俺はそれは耐えられない。でも悠は笑顔でいる。

そういうところが男らしいなと思う。

まだなにか言われると決まったわけではない。それでも、同性愛なんて想像もしていない人たちだから一悶着あってもおかしくない。そう思う。

でも悠は何度でも頭をさげようと言う。悠だってそんなことしたくないし、嫌だろうにそういう顔はしない。そんなところを見て俺はもっと悠のことを好きになった。


「もしかしたら嫌な思いするかもしれないけど、そのときはごめんな」
「なに言ってるの。まだ嫌な思いするとは決まってないじゃんも。もしかしたらスムーズにいくかもしれないしさ」
「そうだな。なんでもないことを祈るしかないな」
「うん。それでダメだったら何度でも頭さげようよ」
「最悪は縁切ることもか……」
「なに言ってるの! 縁を切るなんて簡単に言っちゃダメだよ」

俺が言いかけていた言葉を被せるように悠が言う。それを見て、ほんとに男らしいんだなと再度実感する。


「わかった。じゃあなにか言われたら一緒に頭をさげてくれるか?」
「もちろん!」
「じゃあ来週な。電話しておくから」
「了解!」

悠の明るい笑顔に救われる。来週もスムーズに行きますように……。


翌週。

俺たちは俺の家のリビングにいた。

電話で紹介したい人がいて、その人が男性だということは伝えてあった。

門前払いを食わされることはなかったけれど、歓迎はされていない。


「……」
「同性婚は日本ではできないから、パートナーシップ宣誓をすることにした。だから、それを認めて欲しい」
「……今まで普通に女性と付き合ってきたし、唯奈さんとは結婚までしたのに、なんで男なんだ? 騙されてるのか?」
「騙されてるってなんだよ。騙されてパートナーシップ宣誓なんてしないよ」
「じゃあなんで女性じゃないの? 唯奈さんとは合わないというのがあったとは思うけれど、他に女性はたくさんいるでしょう。それが男性を選ぶって立樹、どうかしちゃったの? 遊びなら目を覚ましなさい」

父さんも母さんも酷い言いようだ。


「あの。俺は確かに男ですが、立樹さんとは真剣にお付き合いをさせて頂いています。遊びだなんてことはありません」
「じゃあなにを騙しているんです?」
「騙すだなんて、そんな!」

悠は真正面から真摯な態度で向き合っているけれど、父さんも母さんも俺たちの話しをまともに聞いてくれない。


「とにかく、そのパートナーシップ宣誓とやらは認めない。帰ってくれ」

最後は父さんの一言で家を追い出された。

嫌な思いはするかもしれないと思ったけれど、きちんと話しを聞いてくれたとは言いがたい。

やっぱり同性というのは認められないのか。


「ごめんな。父さんや母さんが酷いことを言って」

電車に乗って帰る途中に悠に謝る。

 
「仕方ないよ。可愛いお嫁さんと離婚したと思ったら次に来たのは男なんだもん、戸惑うよ」
「かもしれないけど……。でも、騙されてるってなんだよ」

認められないのはわかるけど、騙されるというのはわけがわからなかった。

まぁ、父さんや母さんの方もわけがわからなかったんだと思うけれど。

 
「それは。ごめん、俺もわからなかった。なにを騙してるんだろう。俺、立樹のこと騙してる?」
「好きになるのになにをどう騙されるんだろうな。まぁ、きっとテンパってるんだろうけどさ。悠はもう行かなくていいよ。俺がなんとか話しするから」
「そんなわけに行かないよ。俺もまた行くから。でも、少し間をあけた方がいいかもね」
「そうだな」
「なにか美味しいものでも食べて帰る?」
「早く家に帰りたいからデリバリーでも頼むかなにか買って帰ろう」
「じゃあ駅前のイタリアンでテイクアウトしようか」
「そうだな。明日は休みだし今日は呑もう」
「昨日は呑まなかったからね。お酒まだあったっけ?」
「あるけど少ないはず」
「じゃあコンビニに寄って帰ろう」

今日は精神的に嫌な疲れ方をしてしまったので食事を作る気にはなれないし、お酒でも呑まなきゃやってられない。

それに対して悠はいつもと様子は変わらない。

パートナーの相手の親に酷いことを言われたというのにいつも通りだ。


「なんで普通にしていられるの?」

たまらずに訊いてしまった。


「んー。なにも感じてないわけじゃないよ。でもさ、今まで連れて行ったのは女性ばっかでしょ。それがいきなり男を連れて行ったらびっくりするに決まってるよ。だからしばらくしたらまた行って頭さげる。いつかきっとわかってくれるよ」

悠のこういった前向きなところが俺は好きだ。そう思ったらキスがしたくなった。でも、外じゃそれもできない。


「早く帰ろう」
「うん。そうだね」
 

仕事を定時で終えてすぐに会社を出る。

定時前に机の上を片付けてパソコンの電源も落として、定時になったら即、席を立って帰っている。

忙しいときにはそんなことはできないけれど、今は暇な時期なのでそれが許される。

ここから電車で乗り換えを含めて1時間半。そこからまた家に帰るのに1時間ちょっと。正直しんどいと言えばしんどい。でも、毎日じゃないし、これは頑張らないといけない。

でも、俺がこんなことをしているということは立樹は知らない。毎日ではないから、ちょっと忙しい日がスポットである、そう言っている。


「また来たんですか……」
「許して頂けるまで何度でも来ます。真剣にお付き合いしているんです。遊びでもないし軽い気持ちでもありません。だから、認めて下さい。お願いします!」
「……」

そう言い終わると玄関ドアは閉められる。

今日もいい返事は貰えなかった。それでも諦めちゃダメなんだ。立樹が縁を切るなんてまた言い出さないためにも俺が頑張るしかない。

今週は一日置きに行ったからさすがに疲れた。それでも明日は土曜日だからゆっくり起きよう。そう思って電車の中でウトウトとしながら家に帰った。


「ただいまー」

帰りの電車の中で寝てこれたから少し体は楽だ。これで明日ゆっくり起きれば疲れも取れるだろう。そう思って玄関を開けた。


「悠!」

玄関を開けると立樹が出てきた。そして急に抱きしめられる。いつもと違う出迎えられ方にびっくりして固まってしまう。


「悠。残業なんて嘘だったんだろ」
「え……」

なんでバレたんだ? あ、お母さんかお父さんから電話でもあったのか? もう来るなって言うことか?


「あ、ごめん、玄関先で」

そう言って腕をほどいてくれるから、とりあえず靴を脱いで家にあがる。でも、頭の中は立樹の言葉で色々と考えてしまっている。

バレてしまったんなら、一緒に行くしかないか。来るな、とは言われなかったので通っていたけれど、俺に言わないで立樹に言ったのか。


「悠。俺の家に行ってたんだろ。さっき父さんから電話があった」

勝手なことしてって怒られるかな。立樹には内緒で通ってたからな。


「それで、パートナーシップ宣誓だろうがなんだろうが勝手にやれ、だって。もういい大人なんだから自己責任でやればいいって。で、今度は2人で顔を見せに来いって」

え? 認めて貰えたの? 今日もいつも通り黙って玄関ドアが閉まっていくのを見たんだけど。

そう思って俺は固まってしまった。


「悠、ありがとうな。1人で頭下げに行ってくれて。俺は今週末にでも行こうと暢気に思ってたよ」
「認めて……くれたの?」
「ああ。認めて貰えた。悠のおかげだよ」
「良かった〜」

認めて貰えたのだと思ったらホッとして、廊下だというのにヘナヘナと座り込んでしまった。

すると立樹が手を貸してくれて、なんとか立ち上がる。

 
「座るならソファに座れよ」
「うん」
「悠1人に嫌なことさせてごめんな」
「立樹が謝るようなことじゃないよ」

そう言ってソファにドサッと座り込むと立樹が冷蔵庫から水を取ってきてくれる。


「父さんと母さんが根負けしたってさ」
「それで良かったのかな? きちんと認められたのかな?」
「認めて貰えてるよ。だからパートナーシップ宣誓をする日を決めて、式場と写真スタジオを探そう。で、悠が楽しみにしてた新婚旅行に行こう」
「ほんとにいいの? 良かったぁ。」
「俺、なにも知らないでごめんな」
「いいんだよ。俺が誠意見せなきゃいけないって思ったからさ。だから立樹は知らなくて良かったんだよ」
「悠って可愛いけど、いい男だな。惚れ直す」
「立樹! 恥ずかしいってば」
「ま、夕飯食べたらネットで式場とスタジオ探そう」
「うん!」
「じゃあ着替えておいで。食事温め直してくるから」

パートナーシップ宣誓も結婚式も写真撮影も新婚旅行もできる。そう思ったら嬉しくて疲れも飛んで行った。