EHEU ANELA

遠回りのしあわせ〜You're my only

未来のために1

悠との生活は楽しくて気も楽で、一緒に暮らしたのは正解だったなと思う。

唯奈との結婚生活はどこか窮屈で、友人と呑みに行くことも気を使い、自分自身の時間なんてなかなかなかった。

俺が呑みに行くのを唯奈は嫌がったし、家で仕事をすることさえ嫌がった。常に一緒になにかをしていたがった。

呑みに行くのは多少嫌がるかなとは思っていたけれど、常に一緒になにかをしていなくてはいけないというのは疲れた。同棲の話が出る前に結婚の話がでたから結婚してからわかったのだ。

その点悠は違った。お互いの友だちがいるのだからたまにはその友人たちと遊びに行きたいこともあるし、たまには仕事を持ち込んでしまうこともある。そんなとき悠は嫌な顔をしない。

遊びに行った帰りが遅くなってしまうことも、メッセージを入れておけば文句は言わない。逆のこともあるからだ。

悠が地元の友人や学生時代の友人と遊びに行って、帰りが遅くなってしまうことがある。それに俺は目くじらを立てることはないし、遅くなるなら危ないから迎えに行くから帰る前にメッセージを入れるように言っている。過去、悠が襲われたことがトラウマになっていて悠一人で夜、外を歩かせるのが嫌なのだ。

でも、これで23時を過ぎたりしても怒ったりはしない。楽しく過ごせたのならそれでいいのだ。

そんな風通しの良い生活のせいか、一緒に暮らして1年がたつけれど不満は何一つない。逆に1年一緒に暮らして余計に悠のことを愛しいと思うようになった。

悠とずっと一緒にいたい。若い今だけではなく、歳をとっても一緒にいたい。一緒に歳をとっていきたい。そう思うようになった。

こういうとき、悠が女だったらプロポーズをするんだろうなと思う。でも、悠は男だから結婚はできない。

男同士でも結婚式はできる。それは聞いたことがある。でも、それで公に認められるわけではない。なにかないのかな、同性同士のカップルに対して。

と言っても一人ではなにも浮かばなくて、悠が高校時代の友だちと呑みに行った日に俺は一人であきママのところへ行った。


「あら! 一人なの? 愛しの悠くんは? 後から来るの?」
「今日は悠は来ませんよ」
「まぁ。イケメンが一人で来たらネコが目の色変えちゃうわよ」
「悠以外興味ないので大丈夫です」
「まぁ、ご馳走様。それより一人で来るなんてなにかあったの? 喧嘩したとか」
「喧嘩はしてないです。至って良好ですよ。ちょっとあきママに訊きたいことがあって」
「あら、あたしに? なにかしら。その前になににする?」
「あ、じゃあジンソーダ。ジン少なめで」
「はあい。ちょっと待っててね」

そう言うとあきママは逞しい腕でカクテルを作ってくれた。こういうところを見るとあきママも男なんだなと思う。

そして初恋から好きな人はずっと男だというあきママだから、きっと俺が知りたいことも知っているんじゃないかと思った。


「はい、ジン少なめのジンソーダよ」
「ありがとうございます」
 

定時で仕事を終え、一直線にここへ来たからお客はまだ2人いるだけだ。あきママと話しをするにはお客が少ない時間しかない。


「で? イケメン立樹はどうしたの?」
「あの。男同士で結婚はできないの知ってますけど、なにか代わりになるようなものってありませんか?」
「まぁ! それって悠との未来よね」
「はい。結婚できるならプロポーズしてるけど、男同士だとできないから。でも、なにかないのかなと思って」
「なくはないけど、本気なのね? でないとあの子傷ついちゃうから」
「本気です。悠は絶対に泣かせません」
「なんか誓いの言葉みたいになっちゃったけど、本気なら教えてあげる」
「教えてください。他に相談できる人いなくて」

ジンソーダでからからの喉を潤す。

周りにゲイの友だちや知り合いはいなくて、相談すると言ったら蒼汰がいるけど蒼汰はゲイじゃないからその辺のことは俺と同じくらいしか知識がないはずだ。

そうなったらあきママしかいなかった。

 
「ノンケの結婚と同じ効力をもつものは日本にはないわ。でもパートナーシップ制度というものがあるの。聞いたことない?」
「あ、なんか聞いたことあります」
「パートナーシップ制度も国の定めるものではなく各地方自治体によって異なるけれど、その中で定められたものに関しては効力を発揮するわ」
「どんなのがあるんですか?」
「家族扱いにされることがあるの。病院での付き添いや手術の同意、公営住宅の入居、ローン、生命保険の受取とか地味に嬉しいのが携帯の家族割ね」
「自治体によって違うということは今言った全てがっていうことはないかもしれないっていうことですよね」
「そうね。自治体によって認められているものが違うし、自治体によってはパートナーシップ制度を認めていないところもあるから一概には言えないのよね。だからあんたたちの住むところがパートナーシップ制度が取り入れているか、取り入れられていてもどんなものかは自治体に問い合わせるしかないわね。でも、ここなら差はあっても制度は取り入れられているわよ」
「そうなんですね。ローンはいいな。ゆくゆくは2人の家を買いたいので」

同棲を始めた頃に悠には言ったけれど、ゆくゆくは2人で住む家が欲しいと思っている。

パートナーシップ制度なんて名前しか聞いたことないから知らなかったけれど、俺の名前でローンを組んでもいいと思っていたけど、パートナーシップ制度で家族としてローンが組めればいいと思った。

それに、病院での対応は考えたことはなかったけれど、そういえば家族じゃないとダメなことって結構あるなと思い当たった。

国で定めてるものじゃないというのが難点ではあるけれど、なにもないよりはいいと思った。

 
「立樹はノンケなのよね? それともゲイに目覚めた?」
「どうだろう。目覚めてはいないと思います。相手は悠しか考えられないので」
「悠相手なら結婚さえ考えちゃいそうな感じ?」

そう訊くあきママの目は好奇心でキラキラと光っている。


「そうですね。俺は一度結婚したからどうしたら結婚生活を長続きさせられるかってわかるんですけど、悠なら今すぐプロポーズしたいですね。長続きできると思うし、実際1年経ってるし」
「まぁ! あの子だけが特別なのね。ロマンティックー!!」

ママの目はうっとりとしている。

以前、悠がママは夢見る夢子さんになるときがあるっていってたけど、どうも今、そのモードに入ったようだ。

でも、ロマンティックかはわからないけれど、悠だけが特別というのは事実だ。


「でもでも。それなら結婚式挙げちゃえばいいのに」
「あぁ、式と写真はできるんでしたよね」
「そうよー。式挙げてパートナーシップ制度を利用すればいいんじゃない?」

悠のタキシード姿とか見てみたいな。優しい顔の悠なら王道の白のタキシードなんか似合いそうだ。

思わずそんなことを考えてしまう。

俺自身はもう一度着たいとかそういうのはないけれど、悠の姿は見てみたい。


「なーに? 今なにか考えてたでしょう。顔がニヤけてたわよ」
「いや、白いタキシード姿の悠が見てみたいなと思って」
「もうー。アツアツなんだから! 結婚式したいとかあの子言わないの?」
「聞いたことないですね。俺が一度結婚してるからかもしれないけど」
「あー。あの子ならあり得るわね。でも、あなたから言ったら喜ぶんじゃないかしら? あの子の中ではあなたはノンケのままなんだから。男同士で式を挙げようとかは考えたとしても叶わないと思ってるんじゃなーい?」

そうか、それはあるかもしれない。

俺はいまだに自分のことをノンケだと思ってるし、恐らく悠もそう思っている。だから男同士での結婚式とかは言い出せないのかもしれない。

そうだとしたら俺から言い出さなきゃいけない。


「まぁ、あなた次第だけどパートナーシップ制度と結婚式とをあの子に提案してみたら? でも、もう離婚はなしよ?」
「大丈夫です。離婚の理由は悠だったので、その悠との結婚なら離婚の理由は見当たらないので」
「もうお熱いこと。じゃあ私は報告を待ってるわ」
「悠が頷いてくれるように祈っててください」
「そうね。あの子がノーって言うかもしれないものね」
「はい」
「じゃあ祈っててあげる。そしていい報告待ってるわ」
「はい」

男同士で結婚はできないと悲観していたけど、準ずるものがあると思ったら少し楽しみになった。帰ったら悠に話そう。


その日悠は22時頃帰宅した。

 
「悠、また1人で歩いてきて。危ないだろ」
「か弱い女性じゃないから大丈夫だって」
「でも刃物持たれてたりしたらどうするんだよ」

あの日、ナイフで首を切られたというのに悠は暢気にしている。


「もう大丈夫だよ。あれから随分経ってるし、なにより引っ越したんだしさ。このマンションの場所なんて知らないんだから」
「それでも危ないよ」
「心配症だな。大丈夫だって」

確かに今は実家から引っ越している。だからあのときの男はもう大丈夫かもしれないけれど、あのとき首を切られたという事実は俺の中で未だに恐怖として残っている。


「じゃあ今度から迎えには行かないけど、駅に着いたら連絡ちょうだい。そしたらあまりに遅かったらなにかあったとして迎えに行くし」
「わかった。じゃあ今度からそうする」
「今日はあまり呑んでないね」
「うん。社会人になってからあまり会ってない友人がいたりしたから呑むより喋る方に忙しかった」
「そっか。そしたら話したいことがあるから先にお風呂入っておいで」
「話し?」

話しという言葉に悠は一瞬表情が強ばった。なにか悪い話だと思っているようだ。


「悪い話じゃないから安心して」
「うん……じゃ入ってくる」

悠は俺がノンケだから女性に戻るんじゃないかと思っているのかもしれない。

だけど、帰りが遅いと心配して迎えに行くくらいなんだからそんなこと考えなくていいのに。それでも、悠の中では俺が結婚したことがまだ引っかかっているのかもしれない。

だけど、これから話すことを聞いたらきっと悠も安心してくれるのではないか。そう期待している。

これから話すということで緊張から口の中がからからだ。

冷蔵庫から水を取り、喉を潤す。

そうしていると悠がお風呂から上がってきた。話があるっていったから簡単にシャワーで済ませたのだろう。


「はい。お水。それともなにか飲む?」
「うん。コーヒー飲みたい。デカフェ」
「了解。今淹れるね」

緊張から心臓がバクバクいっているから、コーヒーを淹れて気持ちを落ち着かせる。

デカフェは一杯ずつのドリップコーヒーなので、時間もかからずすぐに入り悠に渡す。


「話しってなに?」

俺も緊張でバクバクいっているけど、悠も緊張しているようだ。


「あのさ。俺と結婚して欲しい」

一口で言い切って、結婚じゃなかったと気づく。

そこは悠も気づいたらしい。


「立樹。男同士だから結婚できないよ」
「そうだよな。えっと、だから結婚式挙げてパートナーシップを結んで欲しい」
「え? パートナーシップ?」
「そう。パートナーシップ制度を利用したい」
「本気なの?」
「本気だよ。結婚できるなら結婚したいけど、できないからパートナーシップ制度を利用したいんだ」
「離縁、しない?」
「しないよ。唯奈と離婚したのは、悠のことを失うのが怖いくらいに好きだったから。その悠とパートナーシップ制度を利用するなら、離縁する必要がないから」
「でも、立樹はまだノンケでしょう?」

その言葉で、やっぱり俺の離婚経験とノンケであることを気にしているんだとわかる。


「そうだね。男性が好きとは思わないかな。でも、悠は特別なんだ。男とか女とか関係ない」
「信じていいの?」
「俺のこと信じられない?」
「ううん。そうじゃなくて。なんだか俺に都合のいい言葉を聞いたから」
「ということは答えはイエス? それともノー?」
 

悠は一瞬下を向いたけれど、顔を上げるとその顔は泣き笑いだった。


「捨てないでね、っていう約束でイエス。俺で良ければ」

悠の口からイエスの返事を聞き、大きく息を吐き出す。悠も緊張しただろうけど、俺の方が緊張した。ノーの返事というのもあり得たからだ。

それがイエスの返事を貰えたから肩の力も抜けた。

プロポーズってこんなに緊張するんだな。唯奈のときはこちらからプロポーズしていないから知らなかった。

そうだ。俺がプロポーズしたいと思ったのは悠だけなのだ。


「あ! もっとロマンティックなところでプロポーズすれば良かった」
「そんなのどこだっていいよ」
「でも、一生に一度だぞ?」
「そんなの気にしないよ。逆に日常の中で言われる方が忘れないかもよ?」
「そうかな?」
「そうなの」

そう言って笑う悠を見て、今日のことを忘れたくないし、忘れられたくないなと思った。

 
「でも、よくパートナーシップ制度なんて知ってたね」
「あきママに訊いた」
「あきママに? お店行ったの?」
「他に知ってそうな人いないから。定時に仕事終わらせて速攻で行ってきた」
「立樹1人で行ったらネコが大変なのに」

そう言って悠は唇を尖らせる。嫉妬なんだろうけれど、嫉妬する相手がいない。


「お客さん他に2人しかいなかったよ。しかもカップルっぽい感じ。だから嫉妬なんていらないの」
「そうなの?」
「早い時間だったからね」
「そっか。良かった。でもプロポーズされるとは思ってなかった」
「結婚式に関しては同性結婚式が可能な式場を探そう。で、ここのパートナーシップ制度を調べてみたらファミリーローンが可能だし、療養看護に関する委任が可能だった。ファミリーローン可能だから家を買おう。賃貸じゃなくてさ、俺と悠の家」
「そう言えば家のことは前から言ってたもんね」
「うん。これはね早めに買いたい。だからパートナーシップ宣誓をしたらゆっくり探していこう」
「うん……」
「また恥ずかしいって言うんだろ」
「だって恥ずかしいじゃん」
「それは同性だから?」
「いや、異性だって恥ずかしいでしょう」

同性愛が恥ずかしいわけじゃないんだなとわかるとなぜかホッとした。

いや、ゲイなのは悠でノンケなのは俺のはずなのに、ことこの件に関しては逆のように感じる。


「パートナーシップ宣誓っていつするの?」
「いつでもいいよ。平日しかやってないからお互いに有休取れるときじゃないと無理だけど」
「そっか。そしたら月の真ん中らへんかな」
「そうだな。でさ、その前に悠の家に行って挨拶したい」
「うん。そうだね。でも俺、親に言ってないからびっくりさせちゃうな」
「親に言ってないんだ?」
「うん。機会もなかったし。それに勇気がなかった。でも立樹とパートナーシップ宣誓するなら親にはきちんと言うけど。でもさ、うちよりも立樹の方が大丈夫? 結婚してたのに離婚して、今度は男とパートナーシップ宣誓するって言ったら大変なんじゃない? もちろん、俺はきちんと挨拶に行くけど」
「子供の気持ちは尊重してくれる人たちだから大丈夫だと思いたいけど、俺、離婚してるからな。なにか言うかもしれないな。でも、悠とパートナーシップ宣誓する気持ちは変わらないよ」
「ありがと。もしなにか言われても頭下げよう。俺、頑張るから」
「ん。結婚式は宣誓した後にする?」
「そうだね。で、新婚旅行行きたい! 海外行きたいけど休みが取れないなら国内でもいいし」
「頑張って有休取らなきゃな」
「うん! 新婚旅行行くって考えたら頑張れるかも」

そう言って笑う悠は可愛いし、今まで見た中で一番の笑顔な気がするけれど気のせいだろうか。

俺がノンケだから言いたいけれど言えなかったのだろうか? 言ったら俺を困らせると思っていたのだろうか?

わからないけれど悠の笑顔が輝いていて、それを見れたことが嬉しかった。