EHEU ANELA

遠回りのしあわせ〜You're my only

2人の生活2

「同棲? 付き合い始めてまだ数ヶ月でしょう。それでもう同棲!」
「うん。立樹が一緒に住みたいって言って、それで引っ越した」
「いつよ」
「2週間前」
「で、なんで今日一緒じゃないの。イケメン拝みたかったのに」
「立樹は今日は歓迎会で遅くなるって。だから1人で来た」
「あ、そぉ〜。でも同棲までが早いわね」
「俺、全然考えてなかった」
「その前に、今まで同棲なんてしたことある?」
「あ、ないや」
「でしょう」

今日は立樹が派遣さんの歓迎会だから帰りが遅くなるって言ってたから、俺は一人であきママの店に来た。

金曜日ということもあって店は結構ざわざわしてる。でも、本格的に混むのはこれからで、それまでには店を出ようと思ってさっさとあきママを捕まえた。

同棲を始めたことを伝えると目を丸くして驚いていた。


「男同士で付き合うのがハードル高いんじゃなかったの?」
「俺もそう思った。でもさ、一緒に部屋の内覧行くのもベッド買いに行くのも平然としてるんだよ。俺なんか恥ずかしいし、男同士だからなにか言われるんじゃないかって思ってたのにさ」
「男っていうハードル越えちゃったら、それ以降のことはなんでもないのかしらね」
「わかんないけど」
「ノンケ恐るべしだわね」
「俺もびっくりだよ」

確かに付き合いは順調だ。それでも付き合って3ヶ月で同棲を始めるとは思わなかった。そんなに早いのなら、なんで立樹は結婚する前に元カノと同棲してなかったんだろう。今になって疑問だ。

俺の場合は確かに週末は立樹とずっと一緒だからそれで十分だった。立樹だって立樹の時間が必要だし。そう思っていた。だけど、同棲を言い始めたのは立樹からだ。


「どうせ週末は一緒だったんでしょう」
「うん。金曜の夜から日曜の夕方まで一緒だった」
「それで居心地がいいと思ったんでしょうね」
「ふ〜ん」
「ちょっと! あんたのことでしょうよ」
「そうだけど、わかんないもん」
「あんたは居心地がいいと思わなかったの?」
「思ったけどさ、同棲なんてしたことないからそんな頭回らなかったよ」
「立樹は短いけど結婚してたから一緒に住める住めないっていうのが肌感覚でわかったんでしょうね。それにしても早いけど」
「ねー。びっくりだよね」
「でも嫌じゃないんでしょう」
「嫌なら断ってるよ」
「そうよね」
「でさ、今度引っ越すときは2人で住む家買ったときって」
「家を買うの?! そこまで計画してるの?!」
「そうみたい。そんなことになったらまた2人で内覧行かなきゃだよ。恥ずかしい」
「嫌なわけじゃないのね、あんたも」
「だって、現実味がないから」

そう。

2人で住む家を買うというのはすごい夢だ。そんなに簡単ではない。住宅ローンを組まなきゃいけないし、どちらの名義で組むかの問題もある。

それ以前に、家まで買っちゃったら簡単には別れられないんじゃないかと思う。

もちろん、別れを見据えて付き合っているわけじゃない。立樹とはずっと一緒にいたいと思う。でも、男女の結婚みたいに2人を縛るものがあるわけじゃない。気持ちひとつなんだ。だから簡単に考えられない。でも、立樹は考えていて。それは半年とはいえ結婚してたからなのか俺にはわからないけれど。


「ノンケって侮っちゃいけないわね。生粋のゲイでそこまで考えて付き合ってるカップルなんてどれほどいるのか」
「だよねー。せいぜい賃貸での同棲だよね」
「そうね。その先を考えることは稀よ」

今の日本の法律では同性婚は認められていない。だから同棲がゴールのようになってしまう。いや、結婚じゃないけれど近いものとしてパートナーシップ制度がある。

でも、その制度を使うカップルってどれだけいるのか。少なくとも俺は聞いたことがない。

立樹がそこまで考えているかはわからない。だけど、そこらのゲイカップルがなかなか考えないところまで考えているような気がする。


「でも、そんな彼と付き合ってるんだから、あんたも真面目に考えなきゃね」
「一緒に住む家を考えるなら、パートナーシップ制度も頭にあるのかな? というか俺たちの住んでるところって制度を認めてるのかどうかも知らないよ」
「ノンケだからその制度のことを知ってるかはわからないけど、念のために考えておいた方がいいんじゃなーい?」
「そうだね。そうする。一体、今、俺の身になにが起こってるんだろう」
「まぁ、でも幸せじゃない? 先までしっかり見据えてるんだもの。興味本位で付き合うノンケもいるんだから、それから見たらあんた幸せよ」
「そっか、そうだよね」
「そうよー。まぁ、なにかあったらまた来なさい。あ、なくても来ていいのよ。ただ、来るなら今度は立樹を連れてきてね。目の保養したいから」
「そんなこと言ってると彼氏にチクっちゃうよ」
「大丈夫よ、それくらい」
「ま、伝えておくよ。じゃ、今日は帰るね」
「はいはーい、待ってるわ」

そう言って店が混みはじめた頃に店をでた。

パートナーシップ制度。

この制度を立樹は知っているのか。それはわからない。でも、家を買う話しが出るくらいだから知ってると考えてもいいかもしれない。

俺はそこまで考えられるのか? 立樹とほんとにずっと一緒にいたいと思っているのか?

1人の夜にそんなことを考えた。



◇◇◇◇◇


「ただいまー」

月末。月次決算を無事に終えて帰宅した。時計をみたら21時半を回っていた。

こんなとき職場が近いというのはいい。実家も近いと言えば近いけれど、ここまで近いわけではない。


「おかえり。今ご飯温めるから着替えてこいよ」
「うん。ありがとう」

立樹は仕事が忙しくて残業で帰宅が特に遅くなるときを除いて食事の支度をしてくれる。

実家だって母親が食事の支度をしてくれていたから着替えればすぐに食べられるのは変わらないけど、ひとつ違うのは、今は家に帰ると立樹がいることだ。

家に帰ると好きな人がいるというのはいいものだな、と立樹と住むようになってから知った。

もちろん、立樹が遅くなったときは俺が待ってる。残念ながら料理は少ししかできないけど、簡単な豚丼くらいは作って。

でも、疲れて帰ると好きな人がいるといるというのは仕事の疲れもどこかへ行ってしまう。

こういうのがあるから立樹も一緒に住みたいと早い段階で言っていたのかなと思う。


「ごはんありがとう。立樹のごはんおいしいんだよなー」
「悠の作る豚丼だって美味しいよ」
「あれはタレの味が美味しいの。俺の料理の腕じゃないの。立樹、また待ってたの?」
「うん。1人で食べても味気ないし、そんなに遅くならないのわかってたからな」

そう言って立樹は笑うけど、俺が仕事で遅くなるときは必ずと言っていいほど食べないで待っていてくれる。

そう言う俺は、待てるときは待ってるけど、お腹が空いてると先に食べちゃう。それに食べないで待ってると立樹に怒られるから。


「立樹も食べてていいんだよ。食後のお茶だけ付き合ってくれればそれで十分だから」
「わかった。今度からそうするよ」

そう言って立樹は笑うけど、来月も同じ会話をしそうだ。

立樹は俺に甘い。甘やかしてくる。これでは立樹から離れられなくなる。まぁ、離れる予定はないけど。


「今日はなに?」
「麻婆豆腐」
「やった!」

俺は元々麻婆系が好きではあるけど、立樹の作る麻婆がとにかく美味しいのだ。実家の母親はレトルトの麻婆なのに、仕事をして帰ってきた立樹が面倒くさがらずに作ってくれるのは嬉しい。

 
「ほら、食べよう」
「うん! いただきまーす。うん! 美味しい! 立樹、ありがとう」
「どういたしまして」

辛みのある麻婆がたまらない。


「料理教室でも通おうかな」

美味しい麻婆豆腐を食べながらそんなことを考える。


「俺が作れるからいいんだよ」
「でもさ、立樹が仕事で疲れて帰って来たときに毎回豚丼ってどうなのよ」
「他にもカレー作れるだろ」
「豚丼とカレーだけって問題あるだろ。せめてもう少しレパートリー増やしたい」
「悠はそんなこと考えなくていいの」
「立樹は俺に甘すぎる! そんなの良くないよ。立樹が疲れちゃう。それでいきなり別れ話とか嫌だし」

俺がそう言うと立樹はおかしそうに笑う。この会話は今に始まったことじゃなくて、前からしている。でも、立樹は自分が作れるからいいんだと言って聞かない。


「そんなことで別れ話とかしないから大丈夫。それに悠を甘やかすのが楽しいんだから悠は甘えてればいいんだよ」

このセリフを聞くのも初めてじゃない。俺を甘やかすのが楽しいとかわけがわからない。


「そんなことはどうでもいいから食べろ。冷めるぞ」
「ヤバい。冷めた麻婆は味落ちちゃうんだよ」
「なら馬鹿なこと言ってないで食べろよ」

冷めた麻婆は食べたくないから急いで食べるけど、馬鹿なこと言ってないでってなに? 俺、馬鹿なことなんて言ってないのに。

立樹は俺を甘やかしてくるけど、元カノもとい元奥さんとかも甘やかしてたんだろうか。


「ねぇ立樹ってさ、奥さんのことも甘やかしてたの?」
「なんだ、急に。そんなことないけど。普通」
「立樹の言う普通が甘やかしてるってことはない?」
「そんなことないよ。甘やかすのは悠限定」

そんなことを言われて、恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。これは絶対に麻婆のせいじゃない!


「それって嬉しいけど、そこまでされる理由がわからない」
「わかるだろ。悠を好きだからだよ」

そう言って笑う立樹に、恥ずかしくてご飯をかき込んでしまう。

立樹は甘い。それに俺は弱い。恥ずかしくてなんて言ったらいいのかわからなくなって黙ってしまう。


「冗談じゃなくさ、悠はいてくれるだけでいいんだよ。そばにいて俺のこと見ててくれれば俺はそれで満たされるから。だからごちゃごちゃ考えなくていいの」
「うん……」
 

俺の言ってることはおかしくないと思う。それでも口で立樹には敵わなくていつもこうやってフェードアウトしてしまう。

でも、そう言っている立樹は確かに幸せそうだから、ついそのままにしてしまう。

立樹が甘やかすから俺にとっては立樹と暮らすのは楽しいし幸せだけど、立樹もそうだといいな、と願ってしまう。そのためには、料理、もう少し頑張ろう。