EHEU ANELA

遠回りのしあわせ〜You're my only

甘いデート1

日曜日、久しぶりに実家に帰った。

実家はマンションから電車で1時間ほどで、実家からも職場に通うことはできるけれど就職を機に一人暮らしを始めた。

なので実家にはいつでも帰れるのに、実家に帰るのはお盆休みと年末年始の2回だけだ。

そんな実家に帰るのは3ヶ月ぶりだ。


「お帰りなさい」

玄関を開けると母さんが出迎えてくれる。


「お父さん、リビングで待ってるわよ。コーヒー持って行くから先に行ってなさい」
「わかった」

母親には先日電話で直接話したけれど、父親には話していない。

もちろん、母親から聞いていても直接話すのとは違う。

リビングに行くと父さんはソファーに座ってテレビを観ていた。


「帰って来たか。お帰り」
「ただいま」

俺の姿を見るとテレビを消す。

話しをする合図だ。

さすがに父親に直接話すのは緊張する。

母さんも父さんも穏やかな人だから激しく責め立てられることはないと思うけれど、ことは結婚半年での離婚だからさすがに怒るかもしれない。

緊張で喉をカラカラにしていると母さんがコーヒーを持ってきてくれた。

テーブルに3人分のコーヒーカップを置くと、母さんは父さんの隣に座る。


「母さんに聞いたが、離婚するのか」
「届は出したから、正確には離婚した」
「まだ結婚して半年だろう。それで離婚はさすがに早いんじゃないか?」
「そうなんだけど、ずるずるしているのも唯奈に悪いかなと思って」
「喧嘩したわけじゃないんだな?」
「うん、喧嘩じゃない」

母さんは俺と話したことを間違えることなく正確に父さんに話していたことがわかる。


「それならなんで離婚した」
「……」
「黙ってるとわからないぞ」

好きな人がいると言うつもりだけど、その好きな人の性別は言わなくてもいいだろうか。

親をびっくりさせるのはさすがに忍びない。


「好きな人がいて」
「お前にか」
「うん」
「それを唯奈さんに言ったんだな?」
「言った」
「その好きな人とやらはいつからなんだ? 最近か」
「いや、結婚する前からいいなと思ってた」
「じゃあなんで唯奈さんと結婚した」
「うん……俺が馬鹿だったんだ。だから唯奈を傷つけた」
「慰謝料はきちんと払うんだろうな」
「払うよ。俺のせいでの離婚だから」
「そうか。責任はきちんと取るんだな。唯奈さんのご両親には会ったのか」
「詫びに行こうとしてたけど唯奈が、顔を見たくないから来るなって言われて行ってない」
「まぁ、唯奈さんにしてみたらそうだろうな。自分がどれだけ勝手なことをしているのかわかっているか」
「わかってる。どれだけ罵られても、叱られても仕方ないと思ってる。それでも、唯奈を失うことより、その人を失う方が怖いと思ったんだ。そう思ったら黙って結婚生活を送ることは唯奈に申し訳ないと思って離婚を申し出た」

母さんは父さんの隣でじっと話しを聞いている。

俺が父さんと話しているときは絶対に口を挟んだりしてこない人だ。


「唯奈さんと離婚してその人と再婚するのか?」
「いや、再婚は……」

さすがに相手が男だとは思わないから再婚の話しになるよな。

なので言葉を濁したけれど、深くは詮索されなかった。

 
「まぁ立樹もまだ20代だからな。でも、もし今度再婚するのなら慎重にしなさい」
「わかった」
「でも、半年で離婚は早いな」
「うん。俺が悪いんだ」
「だけど、早い方が唯奈さんも年齢的に再婚しやすいんじゃないかしら?」

珍しく母さんが話す。

やっぱり女だから唯奈のことを考えるのかもしれない。


「そうだな。男と違うからな」

その言葉に俺はなにも言えない。

俺の勝手で半年で離婚した。

でも母さんの言う通り早い方が再婚しやすいだろう。

俺が言えた立場ではないが、今度は幸せになって欲しいと思う。

唯奈は可愛いのできっとすぐにいい人ができるだろう。

そして今度こそ幸せになって欲しいと思う。


「さあ、もうお昼よ。立樹。あたな今日は用事はあるの? ないのなら食べていかない? 3人で食べるのも久しぶりでしょう」
「この後は予定はないよ」
「じゃあ久しぶりに食べていきなさい」
「うん、そうする」
「そう思ってね、立樹の好きな唐揚げにしてあるのよ。これから卵焼き作るから待っててね」

そう言って母さんは席を立つ。そして父さんが言った。


「その好きな人とは付き合っているのか?」
「先日話しをして付き合うことになった」
「唯奈さんと離婚する前か?」
「いや。離婚したあと」
「随分と素早いな」

と父さんは呆れた。

そうだろうな。別れてすぐに他の人と付き合うようになるのは早いだろう。

俺も相手が普通の女性だったらさすがにそんなに早くはない。

でも、元々よく一緒に呑んでいる悠だから早かった。


「まぁなんだ。お前も幸せになりなさい」
「うん。ありがとう」

結婚半年で離婚するという無茶をする息子に、窘めはするものの穏やかに話しをしてくれた父さんと母さんに感謝した。


土曜日。

俺は駅の改札で立樹を待っていた。

立樹と待ち合わせなんて何度もしているし、会ったことなんて数え切れない。というか昨日だって会っている。

それでも会うのは呑みのときだから待ち合わせも顔を合わせるのも夜だ。昼間にあったことはない。その立樹と土曜の昼間に待ち合わせをしている。デートをするために。

立樹のことは好きだった。好みどストライクですぐに好きになった。でも、立樹はノンケだ。だから俺の想いが叶うことなんて0%だと思っていた。それが証拠に立樹は可愛い彼女と結婚した。俺は失恋したのだ。なのに、なにが起こったのか立樹は離婚し、俺は告白をされて付き合うことになり、今日に至る。

告白は、立樹が離婚する前にされた。だけど、立樹は結婚しているのだから俺のことが好きだなんて言ったらいけない。そう言って窘めた。

そうしたら立樹は驚くことに離婚をしてまで俺に告白してきた。

考えたくはないけど、離婚の原因は恐らく俺だろう。その俺が立樹と付き合っていいのか。そう思わなくもない。

それでも、そこまでして好きだと言ってくれることが嬉しくて付き合うことにOKした。そうでなくたってずっと立樹が好きだったのだ。独身に戻った立樹を振ることなんて俺にはできなかった。

そして今日のファーストデートだ。夢を見ているんじゃないかと思ってしまう。

昨晩はいつも通りいつもの店で2人でお酒を飲んでいた。いつもならそこで別れて次に会うのは翌週末だ。なのに今回は違う。一晩たったらまた顔を合わせるのだ。そんなのそわそわするに決まってる。

デートってこんなにドキドキするものだったっけ?

彼氏がいたことがないわけじゃない。

人を好きになったことがないわけじゃない。

好きな彼氏とデートで待ち合わせだって何度もしてきている。なのに今日は朝からドキドキと心臓が煩いのだ。


「お待たせ」

ドキドキしながら立樹を待っていると、爽やかで甘い声が聞こえる。立樹の声だ。

 
「ごめんな、待たせちゃったみたいで」
「いや、俺が来るの早かったから」
「そっか。楽しみにしてくれてた?」

そんなの当たり前に決まってるじゃないか。


「うん。楽しみにしててくれてありがとう」

え? 俺、今答えてないぞ?


「俺、なにも言ってないよ」
「うん。声には出てないけど顔がそうだって言ってた」
「!」
「悠って結構顔に出るからわかる」
「え? そんなに表情に出てた?」

それは恥ずかしい。


「出てた。可愛い顔してたよ」
「!」

なにを恥ずかしいことを言っているんだ、立樹は。


「そ、それよりはやく行こう」
「そうだな」

そのままだったらなにを言われるかわからなくて素っ気なくしてしまった。だって立樹が甘すぎる。

立樹って歴代彼女にあんなに甘かったのか? お酒を呑んでいるときとは違う。

朝からドキドキしていたけれど、立樹の甘さにドキドキが加速する。こんなんじゃ俺の心臓壊れちゃう。

大体、昨日も会ってる。昨日もこんなに甘かったっけ、と考えてお酒が入ってたからその辺のドキドキがわからなかった。

電車で15分ほどで繁華街へ着く。あきママの店のあるゲイタウンのある街で、立樹の職場のあるところだ。

俺の職場はこの隣の駅で歩いても近い。

休日に職場のあるところに遊びにくるのは妙な感じがするけれど、映画を観るならここが一番多いから仕方がない。

俺が観たいと思っているミステリーはアメリカ映画で、原作がありその作家が好きな俺は翻訳本を何回も読んでいる作品だ。


「悠がこの作家好きだって知らなかったよ。俺も結構読むけど面白いよな」
「面白い!」

この作品はシリーズもので女性私立探偵が主人公で男性警部補と2人で事件を解決していくものだ。

何気なく本屋で手に取ってから新作が出るとすぐに本屋に行くくらい好きだ。

立樹もたまに読んでいると昨日知った。

チケット売り場はすごい人だかりだ。単館ではなくコンプレックスになっているから当然だろう。

そしてお目当ての映画はもうすぐ終わりになるので、恐らくその映画だけでも混むだろう。

けれど、昨夜ネットで座席指定でチケットを購入してあるので列に並ばずに中に入る。


「なにか飲む?」
「うん」
「なににする?」
「コーラ!」
「コーラ好きなの? 初めて知った」
「うん、嫌いじゃない。だけど映画って言ったらコーラじゃん?」
「そうなのか?」

コーラと元気よく答えた俺に立樹は不思議そうな顔をする。


「ま、いいや。買っていくから座ってて」
「え、俺も行くよ」
「いいから。先に席行ってて」
「わかった」

そうやって甘く笑う立樹にうっとりとするけれど、近くにいた女性も立樹のその表情に見蕩れていた。そうだよな。ゲイの俺が魅了されるんだから女性だって魅了されるだろう。

そんな立樹が彼氏だということがいまだに信じられない。

席でそわそわと立樹を待つ。今日はそわそわしてばかりだと思う。

仕方がない。大好きな立樹との初めてのデートなのだ。

そしてわかったことは、立樹は甘いということだ。今までは友だちとして呑んでいるだけだったから知らなかったけれど、付き合っている人には甘いのだと初めて知った。

今までの彼女もみんな知ってるんだよな。そう思うと少し面白くない。まぁこの年で誰とも付き合ったことがないっていうことはないし、それどころか立樹は結婚までしていたのだから知っている彼女が少なくとも1人はいるのは確かだ。


「お待たせ」

そう声をかけられ見上げると飲み物だけでなく、ポップコーンも乗っていた。


「映画って言ったらコーラなんだろ。そしたらポップコーンもだろ? だから買ってきた」

そうイタズラっぽい笑顔がたまらない。


「だね。ありがとう」
「どういたしまして」

そう言って笑う立樹に心臓を打ち抜かれる。

え? 今日って俺の命日なの? 死因は立樹? いや、待ってよ。恋人になって間もないのにそれで死ぬってなに。

そんなことを思って内心あたふたしていると立樹が不思議そうな顔をして俺を見ている。


「どうした?」
「え? いや、なんでもない。いや、なんでもある」
「なに。どっちなんだよ」
「立樹ってさー甘いって言われたことない?」
「ん? 別にないけど」

歴代彼女、言ったことないのか。それはそれですごい。


「なに。甘いの?」
「うん。心臓もたない」

そう言うと立樹は楽しそうに声をあげて笑った。


「ほんと悠は可愛いな。そんなふうに言われたことないけど、そう言う悠が可愛い」

隣に座って甘い顔と声で言われたら知らない人だって心臓撃ち抜かれるだろう。立樹のことを好きな俺は当然やられる。

うん、今日が俺の命日で間違いない。

そんな馬鹿なことを考えながらコーラを勢いよく飲んだ。