これが日本の居酒屋01

 朝起きてすぐにイジュンからメッセージが入ってきた。昨日かなり歩いたからか、疲れて起きるのがダルい。単位を落としたくない授業があるから行くけど、そうでなければ休みたい。そう思いながら朝食用のパンを食べる。昨日イジュンが食べていたのを見て食べたくなったので、今日はメロンパンとあんパンだ。そう言えば韓国はパンが高いって言ってたな。パンが高かったら、こんな風に毎朝パンを食べるなんて出来ないんだろうな。なんてことを考えているとメッセージアプリが新着メッセージが入ったことを告げる。誰からだろうと思ったら、イジュンからだった。

『今日は会える?』

 そのメッセージを見て思いだした。そうだ。ガイドをするって約束をしたんだった。今日は授業が終わるのは早めだ。なので、つい「いいよ」とメッセージを送りそうになって思い出した。明日までの課題があるんだった。少しはやってあるんだけど、まだ全部は終わってないんだよな。でも、この課題を落とすとちょっとヤバい。あー、行ってやりたいけど、今日はちょっと無理かなぁ。まあ、イジュンは英語は話せるし、今は翻訳アプリもある。だから道に迷ったりしなければ大丈夫だろう。その道だってgoogleマップを使えば迷うことはないだろうし。ただ、イジュンは頭いいくせに変なところが抜けているから少し心配はあるけれど、俺が大学生なのは知っているから無理は言ってこないだろう。そう思って、イジュンにメッセージを返す。

『ごめん。明日までの課題があるから、今日はちょっと無理そう』

 今日1日くらい1人でも大丈夫だろう。そう思うけれど、なんだかちょっと罪悪感が……。行ってやりたいけど、あの教授怖いんだよな。それに単位は絶対に落としたくないなら授業はサボれないし、課題もやらないわけにはいかない。ちょっとタイミングが悪かったよな。課題がなければ行ってやれるんだけど。
 パンを食べ終え、コーヒーを飲んでいるけれど、イジュンからの返信はない。俺からの着信に気づいていないのか、落ち込んでいるのか。前者であればいいけれど、後者だとしたら申し訳なさでいっぱいだ。コーヒーを飲みながら、着信があるかとスマホをじっと見ているけれど、返信はない。やっぱり俺の返信は気づいてないのかもしれない。いつまでもスマホとにらめっこしているわけにはいかない。まあ、こちらのことは伝えたから、返信を待つ必要はないだろうと思い、スマホを鞄に入れて慌てて家を出る。
 歩いていても気になって時々スマホを確認するけれど、まだイジュンからの返信はない。ガイドをすると言った翌日に今日は会えないなんて言ったから、もしかしたら気分を害しているのかもしれない。そう思うとちょっと胸が痛むけれど、それは気がつかないフリをする。会いたくないわけじゃないんだ。だけど、単位を落とすわけにはいかないし。明日は授業も早く終わるからガイドをしてやれる。その後も特になにもないから、ほんとに今日だけなんだ。なんて心の中でイジュンに謝る。昨日思い出せてたら、言えたのにな。そんなことを考えながら流れて行く車窓を眺めた。
 イジュンから着信があったのは、教室に入ったときだった。焦る必要なんてないのに、慌ててスマホを取りだし、メッセージを確認する。

『じゃあまた今度』

 その短い一言に、なぜか心が痛んだ。別に嘘をついたわけじゃない。明日までの課題はほんとにある。だけど、なんだか悪いことをしてしまった気がして心が痛い。でも、だからと言って行ってやることはできないよな。そう考えていると声をかけられた。

「おはよ、明日海。なに難しい顔してんの。綺麗な顔が台無しだぞ」

 そう声をかけてきたのは、友人の巧真だった。

「綺麗な顔は余計だよ」
「ごめんごめん。でもほんとなにそんなに難しい顔してスマホ見てるの」

 巧真はそう言って俺の隣に座る。教授が来るまでもう少し時間がありそうだ。

「んー。昨日浅草で韓国人観光客にガイド頼まれてOKしちゃったんだけど、俺、明日までの課題の存在忘れてて、今日は無理って返事したんだよね。それがなんか、申し訳ないことしたなーって思って」
「放っておけなかったんだ?」
「うん。1人で旅行来たっていうし。それに英語は話せるけど日本語はわからないから」
「明日海ってほんと優しいよな。らしいよ。課題って度会教授の?」
「そう。途中まではやってあるんだけどさ。課題落とすわけいかないじゃん?」
「そしたら休憩時間に必死でやって行くとか」
「もっと時間かかるし、なにより持って来てない」
「そしたら夜まで頑張るとか。で、夜だけでも会うとかさ。食事くらいできるんじゃん?」

 巧真の言葉にそうか、と考える。家に帰ってから必死でやるか。そしたら、夜くらいなんとかなるかもしれない。食事くらいならギリ行けるだろう。

「少しなら明日の授業までやればいいんじゃん? 教授の授業、最後だし」

 そうか。少し残ったら明日の昼休みにやるっていう手もあるか。でも、それには、あらかた片付けておかないとだけど。

「そんな難しい顔して、今日丸一日NGにしたら罪悪感感じちゃうんだろ?」
「そうなんだよ」
「なら夜まで頑張ろうぜ。少しなら明日見せてやるし」
「巧真ーー」

 巧真が一瞬、神々しく見えて抱きつこうとしたら逃げられた。でも、ほんとにありがたい。

「頑張るのは明日海だからな。俺はアドバイスしただけ」
「それだってありがたいよ」
「夜だったら、飲みに連れて行ったっていいんじゃん? あ、お酒飲める年?」
「うん。24だって言ってたから大丈夫」
「ホテルはどこ?」
「上野」
「上野なら、この間アメ横でいい店あったよ。めちゃ安いの。ステーキが300円しない」
「え? そんな安いの?」
「うん。アルコールも安かったよ。えっと、あ、ここだ、ここ」

 そう言って巧真はスマホで店の場所を見せてくれる。アメ横なら近いしいいかもしれない。

「で、これが写真」

 そこには、真っ赤なグラス。なんのドリンクかわからなかった。

「これ、トマトサワー」
「トマトサワー?」
「そう。トマトジュース飲んでるみたいで美味しかったよ。トマトジュース飲めればだけど」

 トマトサワーか。初めて聞いた。イジュンは知っているだろうか。つい最近まで兵役に行ってたからな。大学のときに飲みに行ってれば知っている可能性もあるけど、どうなんだろう。でも、話題にはなるよな。

「その場所、俺に送って」
「うん」

 そういった数秒後、俺のスマホにその居酒屋のマップが送られてきた。イジュンを連れていってやろう。そう思ったとき、教授が教室に入ってきた。

 授業が終わるとダッシュで家に帰り、必死で課題をやった。夕方までにどれくらい終わらせられるか。最悪、少し残ってしまったら巧真の言うように明日の昼休みにやるっていう手はある。でも、それだと今夜出かけたって気になって楽しめないだろうから、全部終わらせることを目指す。

「おわ……ったっ!」

 今何時だろう? 必死にやってたから時間に気づいてなかった。時計を見ると6時半だった。この時間なら、まだ夕食は食べてないだろうか? 俺は急いでメッセージを送った。

『今課題終わったから夕食がてら飲みに行かない? いい店教えて貰ったんだけど。お詫びに奢るよ』

 そう送って間もなく、俺のスマホは震えた。イジュンからのメッセージだった。

「めっちゃ早いじゃん」

 メッセージを確認すると、

『行く!』

 たった一言だった。なんだか笑ってしまった。前のめりになっているのが目に見えるようだ。やっぱり急いで課題を終わらせて正解だったかもしれない。きっと今日1日寂しかっただろうな。
 巧真から聞いたお店はアメ横にあるからJRの上野駅で待ち合わせをすることにした。駅の改札なら日本語がわからなくても英語や韓国語が書かれているからわかるだろう。そう思ったからだ。
 それからは急いで出かける支度をする。大学から帰ってきてそのままだから、髪の毛を直すだけだけど。

「よしっ!」

 それから急いで駅まで走り電車に乗る。電車に乗ってしまえばそんなに時間はかからないけど、乗り継ぎに失敗すると結構待つことになってしまうから。もちろん、余裕をもって出てきているからそんなに焦らなくてもいいのだけど、イジュンのことだから早く行って待っているんじゃないかっていう気がして、少しでも早く行ってやりたいと思う。
 そうやって急いだかいあって、待ち合わせの5分前には着くことができた。そして、俺の思った通り、イジュンは既に来ていた。

「明日海!」
「お待たせ」
「まだ約束の時間には早いよ」
「その早い時間に既に待ってた人がなに言ってるんだよ」
「だって、明日海と会えるから嬉しくてさ」
「ま、いいや。行こう」
「うん。行くのはどんなお店?」
「大学の友達に聞いたんだけど、料理がめちゃ安くて、トマトサワーがあるお店」
「トマトサワー?」

 巧真に聞いたときの俺と同じ反応で思わず笑ってしまった。

「そう。トマトジュースみたいだって言ってた。トマトジュースは大丈夫?」
「うん。好き」
「じゃあ飲めるな」
「ここって市場?」
「そう。アメ横っていう市場」
「日本にもこういう市場あるんだね。韓国と似てる」
「韓国にもあるんだ?」
「あるよ。韓国の市場は面白いよ。明日海が来たら案内してあげる」
「うん。よろしく」

 そうして人だかりの中を泳ぐように進み、目当ての店に着いた。

「うん。ここだ」

 お店の中は既に結構な人がいた。空いてるだろうか? 気になって入るとギリギリ間に合ったようだ。初めてだから味はわからないけど、価格が安いのは知っている。だから混むんだろうな。時間的にもサラリーマンが仕事を終わらせてくる時間だ。

「わー。すごい。もういっぱいだ」
「間に合って良かったな」
「うん」
「さて、まずは一杯目はなに飲む?」
「トマトサワーに決まりでしょう。気になるよ」
「だな。俺もトマトサワーにする。で、なに食べる? 朝と昼はきちんと食べたか?」
「うん。今日はきちんと食べたよ」
「なに食べた?」
「朝はパンで昼はラーメン! 日本で食べたかったんだ。韓国ではカップ麺とインスタントが中心だから」
「マジかよ。辛ラーメンしかないってやつ?」
「後は日本のカップラーメン。きちんとした日本のラーメン屋は少なめなんだ。韓国のは普通にインスタントだったりキムチだったりするんだ」
「韓国のラーメンすごいな。で、どうだった日本のきちんとしたラーメンは」
「めちゃくちゃ美味しかった! 日本に来た韓国人がラーメンは食べろっていうのがよくわかったよ」

 そういうイジュンの目は、昨日と同じようにキラキラとしていた。ほんとに美味しかったんだということがわかる表情だった。

「昼ラーメンだったなら、肉でも魚でもいい感じだな」
「うん。好き嫌いもないから適当に注文してくれていいよ」
「好き嫌いないのはありがたいな。じゃあステーキと刺身と、餃子、唐揚げ。とりあえずこんなもんでいいかな」
「なにが食べられるのか楽しみだ」

 イジュンの目がキラキラとしているのは、食べ物への期待か。それとも、俺に会えたからか。昼間は1人でどんな顔をしていたんだろう。なんだかそれが気になった。

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