「マジで別れたの? いい人だったんだろ?」
省吾さんと別れた日、大翔に立樹に送ったように一言「別れた」とメッセージを送った。
そして翌日大翔から驚きのスタンプとともに、話しを聞くとメッセージが来た。
立樹は淡々とした一言だったけれど、もしかしたら話しを聞きたいと思っていたかもしれない。
でも、奥さんもいるしなかなか思うようにいかないのかもしれない。
大翔は週末の金曜日に前回と同じ店で待ち合わせをした。
「いい人だったけど……」
「まぁな。いい人だからって好きになれるとは限らないよな」
「そうなんだよね。好きになれたら良かったんだけど、デートしてても立樹のこと考えてばっかでさ、申し訳なくなった」
「まぁ、好きになれないと思ったら早めに別れる方がいいもんな。どうせ悲しませるなら早い方が傷も小さくて済むし」
「うん。そう思って早めに切り出した」
正直、傷つけるのなら付き合わなければ良かったと思わなくもない。そうしたら省吾さんを傷つけることはなかった。
でも、好きになれたら、と思ったんだよな。
「でも、そこまで思わせる立樹さんってすごいな。もう結婚しちゃってるのにさ」
「結婚したのはわかってるし、思うように会えないから実感はしてるんだけどさ、好きだなとしか思えない」
「すげ。そこまで思われてるのか。ノンケとはいえさ、そこまで思われたら嬉しいだろうな。誰か俺のこともそこまで思ってくれないかな」
「でも、ゲイに思われてもさ」
「そうだけど、嬉しいって言われてるんだろ? 俺だってノンケだけど、そこまで思われたら嬉しいかな。わかんないけど」
そう言って大翔はビールをグイッと呑んだ。
「そんなもの?」
「少なくとも俺は嬉しい」
「じゃあ高校時代なんて良かったんじゃん?」
大翔はバスケ部で背も高く男らしい風貌をしているので男子校の中でも結構モテていた。
憧れていた子も多かっただろうけど、中には真剣に好きだった子もいたはずだ。
「あれは憧れみたいなのが多いんじゃん?」
「お前、結構ひどいな。本気でお前のこと好きだっていう子だっていたはずだぞ」
「そうなのかな? でも、嬉しいけど付き合うわけいかないもんな。俺、女の子の方が好きだし」
「だろ? それにさ、本気でゲイに好かれて嬉しいの?」
「んー。それで強引にキスされたり、体の関係迫られたりしたら無理だけどさ、ただ思ってくれてるだけなら嬉しいかなー」
大翔の口からキスという単語が出てきてドキリとする。
俺からしたことは一度もないけど、立樹とは何回かキスをしたことがある。それがどんな意味を持っているのか俺にはわからないけど。
「男とキスはできない?」
「どんなやつかにもよる……いや、無理だな」
「かわいい子でも?」
「中性的な子ならグラッとくるかもだけど無理だな」
「じゃあ俺みたいなタイプなら?」
「え? 悠? 友だちとはできないよ」
「いや、俺っていうんじゃなくて俺みたいなタイプ」
「悠みたいなタイプか。中性的っていうわけじゃないけどかわいい系か。うーん、でも難しいな。可愛くたって男であることに変わりはないしさ」
大翔の言葉を聞いて、そうだよなと思う。
確かに立樹にも可愛いとは言われる。でも、大翔のいうように中性的なわけではない。
なのに立樹は俺にキスをする。
なんでだろう、と思う。
この間も別れ際に抱きしめられてキスされた。
立樹は結婚したのに。
なんで俺にキスするんだろう。
でも、なんだか怖くて理由をきくことはできないでいる。
「なに? ノンケにキスでもされた?」
大翔の言葉にドキリとする。
立樹にキスされることは言ったことがない。
「まぁ、もしキスされたら好かれてるってことだと思うぞ」
「なんで。だってノンケなんだから男なんて好きにならないだろ」
「いや、でもわかんないじゃん、なにが起こるかなんてさ。女の子が好きでもそいつのことだけは好きになるってあるじゃん。特別ってやつ?」
「そんなのあるわけ? 俺、例外でも女の子好きになったことないよ」
「わかんないかな、この男心」
「あのさ、俺も男なんだけど」
「そうだけどさ。わかんないかー」
特別……。
立樹は俺のことが特別で俺のことを好き? あるはずがない。だって立樹は結婚してる。
もし万が一好きだとしたら結婚しないんじゃないか?
立樹とキスしたことがあるって言ったら大翔はなんて言うんだろう。好かれてるなんて言うんだろうか。
きっと立樹にとっては弟みたいな感じなんじゃないかな。よくかわいいと言われるし。
まぁ弟とキスするのか、って言われたらわからないけど。
「ノンケのことはわからないや」
「性的趣向は関係ないとは思うけどね。人の心だからさ。でもその人だけが特別っていうのはあると思ってるよ」
その人だけが特別か……。
そんなことがあればいいのに。
俺だけが特別って。
「でもそうそうないだろ、そんなこと」
「まぁないだろうね」
ほらね。
そんなにあることじゃない。
夢物語と一緒だ。
そんな夢を見ていて、現実を突きつけられてショックを受けるのは俺だ。
だから立樹にキスをされるのも、意味を知りたいけど考えてあとでショックを受けたくないからあまり考えたくない。
だから立樹にキスされるのは嬉しいのにあまり喜べなかったりする。
それに誠実に付き合うと言ってるのに結婚したのに俺にキスする理由を知って幻滅したくないというのもある。
でも二股はしないけど気になってる人いたっぽいのはどうなったんだろう。
「まぁ立樹さんのことは置いといてさ、他の人なら好きになれるかもよ?」
「かもしれないけど今はやめておくよ。もう少し気持ちが落ち着いてくるのを待つよ」
まだ事あるごとに立樹のことを考えてしまう。せめてそういった事がなくなるまでは次の人を探すのは辞めよう。
大翔と別れて家の最寄り駅につく。
週末の華金だからもう少し呑んで来ても良かったけど、大翔が明日はデートで朝が早いと言うから早めに切り上げた。
あきママのところにでも行こうかと思ったけど、省吾さんのことを思い出して行くのをやめた。
別れ話をしたのはまだ先週のことだ。万が一にも鉢合わせしたら気まずい。それなら早く帰ろう。
それでもビールくらい呑みたいなと思ってコンビニに寄り、ビール片手に家まで歩く。
と、少し行ったところで背後から軽く拘束され、首筋にひやりとしたものを感じる。
「!!」
「なんでだよ!」
苛立ちのような言葉が俺にしか聞こえないような小さな声で囁かれる。
下手に動こうならスパッと切れてしまうだろう刃物に怖くてどうしたらいいのかわからない。
背後にいるから顔は見えない。でも小さな声でも声が聞こえたから誰かはわかる。
どうしたらいいんだろう。このまま首を切られちゃうのか。
そう考えていたのはほんの一瞬なんだろうか、大きな人の声が聞こえた。
「なにやってるんだ!」
急に聞こえた人の声に背後の人物も驚いたのだろう、息をのんで逃げた。
「悠!」
聞こえた声は立樹だった。
立樹が助けてくれた。
助かったんだ俺。
そう思うとホッとして涙が出てきた。
「悠。大丈夫か?」
そしてホッとするのと同時に首筋の痛みを感じた。
立樹はコンビニの光の入る場所に俺を連れていき、首筋を見る。
ズキズキと痛むくらいだから血が出ているんだろうかと思って立樹を見ると青い顔をしていた。
「切れてる。悠、病院に行こう」
そっか。痛いのは切れてるからなのか。
「いいよ、病院は行かない」
「なんで! 切られてるんだぞ! 傷害罪だ」
「大事にしたくない」
「でも!」
「誰がやったかはわかってるから」
「なら! 病院行けば警察も来る」
「俺が悪いんだからいいんだ」
「悠!」
病院に行こうとしない俺に立樹は苛立っているようだった。
「ちょっと待ってて」
そう言って立樹はコンビニの中に入っていく。どうしたんだろう。それより首筋が痛くてジンジンする。
しばらくすると立樹がコンビニの袋を持って出てくる。
「公園に行こう」
コンビニからほど近い公園に行くと立樹はガサゴソと袋の中からボトルを取り出し、開ける。
匂いから消毒液だとわかる。
「病院行かないなら手当てしないと」
そう言っている立樹の声は震えている。
ティッシュを消毒液で浸し、俺の首に当てる。かなり痛い。
「いたっ」
「俺が通りかかったから良かったものの、誰も来なかったらどうするつもりだったんだよ」
「助けてくれてありがとう。どうしたらいいか考えてた」
「で、庇うってことは知ってるやつなんだろう」
「うん。1ヶ月付き合った人」
そう。あの声は省吾さんの声だった。
「フラレた腹いせかよ。そんなので襲われるのかよ。悠、やっぱり警察行こう。これは立派な犯罪なんだよ」
「うん。でも、そもそも俺が好きになれるかもなんて思って付き合ったのが悪いんだから」
「だから! そんなので襲われてたら世の中犯罪だらけなんだよ」
街灯の逆光ではっきりは見えないけど、もしかして立樹、泣いてる?
「立樹?」
「もし俺が来なかったら殺されてたかもしれないんだぞ。もし悠になにかあったら、俺……。こっち見るなよ」
そういう声も震えているから、多分泣いている。
俺になにかあったらって思って。
そう思って泣いてくれる立樹が嬉しい。
襲われておいてなに言ってるんだって感じだけど、俺のことを思って泣いてくれる立樹が嬉しい。
そして消毒が済んだんだろう。絆創膏を貼ってくれた。

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