鬼の記憶 02
「待って!」「……真夏?」 隣で寝ていた兼親が真夏の声で目を覚まして、真夏を見る。「どうした? 大丈夫か?」「あ、ごめん起こしちゃって」「いや。それはいいけどすごい汗だぞ。夢?」「うん」「いつもの?」「シーンとしては違うけど、同じ人。今日、…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
鬼の記憶 03
翌朝、空は薄曇りで、夏の湿気を含んだ風が穏やかに吹いていた。真夏と兼親は大江山の麓にある、日本の鬼の交流博物館へと足を運んでいた。 もっと小さいと思ったけれど、日本の鬼だけでなく世界の鬼についても扱っているため、それなりに広かった。 館内…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
忘れられたもの 01
兼親は、真夏が夢を見ることをずっと前から知っていた。 それは小学生のある昼休みのことだった。教室の隅でぼんやり窓の外を見ていた真夏が、ぽつりと漏らした言葉が今でも忘れられない。「銀色の髪の人が出てくる夢を見るんだ」 唐突で不思議な響きを持…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
忘れられたもの 02
日本の鬼の交流博物館に入った時、真夏の足取りがふと変わった。 空気が少し重たくなったような気がしたのは、ただの気のせいだろうか。 展示室の中はひんやりとしていて、どこか神聖な気配を纏っていた。展示棚には、鬼にまつわる古文書や絵巻、面、武具…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
忘れられたもの 03
大江から帰ってきて数日が経った。猛暑の東京で、朝から電車に揺られて国会図書館に通う日々を送るとは思わなかった。だけど、真夏は帰って来た翌日から通っていたという。 そして今、兼親は真夏の隣で分厚い郷土史のページを捲っている。「このあたり、鬼…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
前世の夢 01
鬼――その言葉に昔からなぜか胸がざわつく。 物心ついた頃からそうだった。絵本の中の鬼、昔話の鬼、能の鬼。どれを見ても「怖い」と感じるよりも先に、懐かしさと胸がぎゅっとなるような感情が湧いてきた。 意味なんてわからなかった。ただ、どこかで会…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
前世の夢 02
ひぐらしが遠くで鳴いていた。陽は高いけれど、吹く風はどこか秋の気配を孕んでいる。薄紅の花が庭に揺れ、青々とした芝の上に白い鞠がころりと転がった。「ほら、拾え。今のはお前の番だろう」 柔らかな声が響く。振り向けば、直衣に濃い|水浅葱《みずあ…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
前世の夢 03
「真夏、大丈夫か? まだ顔色悪いぞ」 博物館を出て、近くのカフェに入って落ち着くと、兼親が心配そうに声をかけてくる。そんなに自分はひどい顔色をしているのだろうか。「もう大丈夫。ありがとう」 そう言って微笑むけれど、兼親は眉間に皺を寄せたまま…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
囁く声 01
夢を見ていた。夢、通っていた。もう数え切れないほど夢通った相手――真夏――と。 風が竹の葉を揺らしていた。ざわざわと淡い緑の波が夜の静けさの中で震えている。月は高く、それどその輪郭はどこか霞んでいて、光は地上の全てを柔らかく、曖昧に包み込…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
囁く声 02
朝食を食べ終わると博嗣はコーヒーを飲みながら、リビングの窓から山の景色を眺めていた。 考えることは真夏のことだった。真夏が現世に生まれ変わってから何度となく夢通ってきた。子供の頃はなんの夢かもわからなかっただろう。 けれど、今は全ての記憶…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
目覚めの香 01
どこかから笛の音が聞こえていた。 山の静けさの中を、澄んだ笛の音が風に乗って流れてくる。清らかで、けれどどこか哀しみを含んだ音色だった。 その、どこか懐かしさを覚えながら、音の方へと歩いて行った。 そして、夢の中の自分は音の方へと歩いて行…
香戀歌〜千年の時を越えて〜
目覚めの香 02
それからというもの、真夏は香りに敏感になった。 駅前のお香屋の前を通った時も、不意に沈香の香りが鼻をかすめた瞬間、歩みを止めてしまう。 胸の奥で何かがざわりと揺れる。それは懐かしさとも恋しさともつかない、けれど確かに「思い出さなくてはなら…
香戀歌〜千年の時を越えて〜