EHEU ANELA

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

交差する想い2

くしゅん!

暖房もつけずに玄関でしゃがみ込んでいたらくしゃみをして我に返る。考えるにしても部屋に入って暖房をつけてからにしよう。その前に風呂に入って体を温めよう。そう思って風呂のスイッチを入れ、暖房を入れてソファーに座る。風呂が沸くまで時間もかかるし、その間にコーヒーでも淹れよう。気持ちを落ち着けるのにコーヒーを淹れるのは適している。

まずはベッドサイドテーブルに置いてあるガラス瓶に今日拾ってきたシーグラスを入れる。だいぶいっぱいになってきた。海に行くたびにシーグラスを探しているんだから、いくら1回で拾ってくるのが少しだとしてもガラス瓶いっぱいになってくるのも当然だ。もうシーグラスを拾うのはやめようか。今あるシーグラスだけで十分だ。

とりあえずキッチンへ行き、コーヒー豆を挽く。コーヒーの良い香りがして、これだけでも気持ちが落ち着く。そして、今日は面倒なのでペーパードリップにする。お店ではネルドリップにしているけれど、家では洗うのが面倒なときなどはペーパーフィルターを使うこともある。

ケトルでお湯を沸かし、まずは蒸らしてそれからゆっくりとコーヒーを落としていく。そうしていると、またコーヒーの良い香りがしてくる。やっぱりコーヒーを淹れるのは気持ちを落ち着けるのに向いている。これからの寒い時期は海に行くより家でコーヒーを淹れる方がいいかもしれない。

コーヒーが落ちたところで、淹れたてのコーヒーを口に含む。今日は酸味よりも苦みがたつマンデリンにした。家にも常に数種類のコーヒー豆をストックし、その日の気分で飲んでいる。

コーヒーを飲んでいると風呂が沸いたという軽やかな音がするので、コーヒーをグッと飲み、着替えを持って風呂場へ行く。冷えていた体もコーヒーで少しは温まった。

まずは洗髪をし、体を洗い、最後に湯に浸かる。コーヒーで少し温まった体が熱い湯で完全に温まり、ため息が出る。

優馬さんと食事やカフェに行くことは承諾したけれど、それはほんとにいいんだろうか、と今になって考えてしまう。それは優馬さんに期待をもたせてしまうことになるんじゃないか。だとしたら今さらだけど断った方がいいのかもしれない。でも……。

大輝が好きだ。それは変わらない。でも、辛くなるときがある。今はちょうどその時期だ。誕生日が過ぎた今。大輝が迎えに来てくれるかもしれない、という期待が粉々に砕け散って精神的にはちょっとキツかった。だから海へ行った。そんなときに優馬さんと食事に行ったりするのは利用していることになるだろうか。優馬さんは利用していいと言った。それでも嬉しいと。でも、ほんとにそんなことで利用したら酷い人間じゃないだろうか。でも、今日一緒に食事をした時間は楽しかった。そんな時間を過ごすのは悪くないと思う。だけど……。

風呂の中でそんなことを考えていたら逆上せてきてしまい、慌てて風呂からあがり水を飲む。

頭の中はまだまとまっていない。涼に相談してみようか。スマホを手に持ち、涼にメッセージを送る。


『優馬さんに食事行ったりしたいって言われてついOKしちゃったけど、期待もたせちゃうかな。今日一緒に食事して楽しかったから、つい承諾しちゃったんだ。今は、嫌いでなければいいって。そして大輝のことで辛いなら利用していいって。どうしたらいいんだろう』

そうメッセージを送ったら、すぐに涼から電話がかかってきた。


「なに。食事に誘われたの? てか今日、定休日じゃん」
「うん。海に行ったら偶然会って一緒に食事をしたら、今度食事に誘われてついOKしちゃったんだ」
「それで、それは利用することになるんじゃないかって思ったのか」
「そう。で、今は嫌でなければそれでいいって言われた」
「ほー。本気だな」
「だよね? だとしたら、期待もたせちゃうのは申し訳ないから今からでも断った方がいいかなって思ってさ」
「期待もたせるっていうか、まぁそうだな。一緒に食事行ったり話したりして相手がどんな人か知っていかないと答えなんて出ないから、まずは気楽に食事に行ってもいいんじゃん」
「でも、俺が好きなのは大輝だ」
「だけど、海に行ったんだろ」

涼は俺がどんなときに海に行ったりするか知っている。つまり、今日、海に行ったということは気持ちを落ち着けたいからだとすぐにわかるだろう。今年も迎えにきてくれなかった大輝。俺のことなんて忘れてしまったかもしれない。離れている間に俺以外の人を好きになってしまったかもしれない。そんなことで心が乱れていた。だから海に行った。


「俺さ、湊斗が幸せになるならいいと思ってるんだ。そのための相手が大輝でも、その優馬さんっていう人のどちらでもいいと思ってる。相手が誰であれ湊斗が幸せならいいんだよ」
「涼……」
「だから別に絶対に大輝にしろ、とも大輝はダメだとは言わない。大輝のことはもうどんなやつか知ってるだろ。だから次は優馬さんっていう人を知ってもいいんじゃないか」
「それは浮気にならない?」
「どうなんだろうな。大丈夫じゃね? まぁ、でも浮気にしても大輝は文句言えるような立場にないからな」

涼は大輝の幼馴染みなのに、大輝にも厳しいことを言う。俺を置いてドイツへ行き、連絡もしないと言ったことが涼にとっては気に入らなかったらしく、俺の肩を持ってくれる。


「まぁ、でも約束しちゃったんならまずは行ってみたらいいと思うよ。そしたら大輝の方がいいって思うかもしれないし、優馬さんがいいってなるかもしれないし。それはそのときに考えればいいよ」
「そっか」

もう一度一緒に食事をしてから今後どうするかを決めてもいいっていうことかな。やっぱり大輝じゃなきゃ嫌だと思うか、大輝よりも優馬さんの方がいいと思うかもしれない。俺は大輝じゃなきゃダメだと頑なに思いすぎなんだろうか。大輝との思い出が美化されてしまっているんだろうか。それは大輝に会ってみないとわからないけど、大学生の頃の俺にとっては大輝以上の人はいなかったとしても今の俺が見たら、なんで大輝に拘っていたんだろうと思うこともあるかもしれない。それはほんとにわからない。


「その優馬さんていう人のことをもっと知ってもいいと思うし、そのためにまずは気楽に食事行ってもいいと思うよ。俺は賛成」

気楽にか……。優馬さんがそれでいいのなら、すぐに答えを出すとかではなく、優馬さんを知るために気楽に食事に行ったりしてもいいのかもしれない。それは優馬さん次第か。優馬さんはいい人だから友人として仲良くできたらと思う。そしてもっと優馬さんのことを知ったら気持ちが変わることがあるかもしれない。

あぁ、そうか。だから優馬さんは利用していいと言ったのかもしれない。人として優馬さんのことをいいと思ったら、どんなに大輝に固執しようとしても心が動くことはある。

そして大輝は言ったんだ。”俺じゃなくてもいい”と。もちろん、そのとき俺は大輝じゃなきゃとは言った。でも、大輝も長い間離れることで俺の心が変わってしまうこともあると思ったのかもしれない。迎えに来ると約束はしてくれたけれど。


「まぁ、まずはさ、その優馬さんのことを知ることが先決じゃん? 鬼が出るか蛇が出るか、それは神様にもわからないよ」
「そっか」
「そう。だからまずは、その約束した日一緒に食事行ってみたら? で、今後のことはそのときに決めてもいいと思うしさ」
「うん」
「大輝のことなら大丈夫。あいつがなんて言おうと俺が許す」

涼のいつものその言葉に俺はつい笑ってしまった。涼はいつもこうやって俺の心をほぐしてくれる。最高の友人だ。


「で、俺はその優馬さんに会ってみたい」
「涼のこと話したから、そのうち平日の夜来るかもよ。友人といるオフの俺を見たいって言ってたから」
「ほー。それは楽しみだ」

涼とそんなことを話して、優馬さんと食事に行くことくらいはいいのかな、と思った。

そして思う。大輝と生きて行く世界を選ぶことはこんなにも切ない。この先どうなるかはわからない。でも、今の状態では世界は切なくて。だけど綺麗で。誕生日に迎えに来ると言った約束は忘れられない。じゃあ優馬さんと生きて行く世界はどうなんだろう。優しい世界なんだろうか。切ないことなんてないんだろうか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


街がクリスマス一色になっている。でも、俺が今住んでいるドイツとはまた違った盛り上がり方だ。ドイツではクリスマス礼拝があり家族で過ごすが、日本ではほとんどお祭りで家族と過ごすのは子供のいる家庭くらいで、後は恋人や友人と過ごすのが一般的だ。

俺はドイツに住んでいるけれどクリスチャンではないし家族は日本にいるので、クリスマスの大型連休は1人で過ごすか、こうやって日本に数日一時帰国をする。そしてクリスマスを控えた今日、まさに日本に一時帰国したところで、幼馴染みの涼を待っているところだ。

 
「悪い。待ったか?」

涼はそう言って息を切らしてやって来た。

 
「いや、大丈夫。それより年末の忙しい時期に悪いな」
「まぁ忙しいけどな。でも、普通この時間なら帰れるんだけど今日は特別。帰り際にトラブルが起きたから。それにお前が時間取れるのなんてクリスマス休暇の今くらいだろ」
「そうだな」
「あ、すいません。ホットコーヒーお願いします」

涼はウエイトレスにコーヒーの注文をする。


「俺、お前に言いたいことがあるんだよ」

涼は席につくなりそう言った。

会うたびに俺に言うことがある、と涼は言う。”湊斗に連絡をしろ”と。俺が連絡もしない、と言ってドイツへ行ったことが涼は気に入らないのだ。

湊斗とは連絡を取っていない。けれど、涼とは1年に一度、忙しいときは2年に一度くらいはこうやって会っている。涼いわく、こうやって会う時間があるのなら湊斗へ連絡のひとつ取ればいいのに、という。俺だって何度湊斗に連絡をしようと思ったことか。涼とこうやって会うときに、3人で会ったら、そう思ったことだってある。だけど、会ったら後ろ髪を引かれる。会わないで連絡だけにしても会いたくなる。だから俺は連絡を取れない。取らないんじゃない。取れないんだ。

そして、涼が俺に話したいことと言ったらそれだろうと思った。でも違うようだ。


「連絡をしろってことだろ」
「違う。いや、それもあるけど。湊斗、告白されたぞ。で、一緒に食事行くって言ってる。俺はそれもいいんじゃないかって言った」

湊斗が告白をされた……。湊斗は素直で色も白くて可愛いから告白をされてもおかしくない。涼が今までそう言ったことを俺に言ってきたことはないが、今までだってあったんじゃないのかと俺は思っている。


「涼の知ってる人?」
「いや。お店の常連さんらしいけど、時間帯が違うみたいで俺は会ったことない」
「そうか……」
「そうか、ってお前。それでいいのかよ。俺は反対しなかったからな。食事行って、その人がどんな人か知るのもいいんじゃないかって言った」

涼は、俺がドイツへ行くとき連絡くらいしろ、と言って怒った。今もその気持ちは変わっていないらしくて、こうやって会うたびに文句を言われる。だって涼とこうやって会うと、湊斗の話題が出るに決まっているから。

湊斗が俺以外の人を選ぶかもしれない。そのことを考えたことがないわけじゃない。俺以外にいい人なんてたくさんいる。だから、他の人に気持ちが移ることもあり得るかもしれない、そう思ったことなんて一度や二度じゃない。

俺がいないことで湊斗の心が他の人に傾いたって、それに対して俺はなにも言えない。ほんとは考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。でも、連絡をしないと決めた俺にはなにも言う権利はないんだ。連絡をしないと決めた時点で俺はそうなるかもしれない未来を受け入れたんだ。


「湊斗の幸せを願ってやってくれ」
「お前はそれでいいのかよ。その人に取られるかもしれないんだぞ」
「仕方ないよ。連絡取らないと決めた時点で、そうなるかもしれないことは覚悟はしてたよ」
「お前……」
「本音は誰にも渡したくない。俺以外の人を見て欲しくない。でも、俺にそれを言う権利はないんだ」

涼は運ばれてきたコーヒーを口にして、苦い顔をする。コーヒーが苦いわけじゃない。俺が言った言葉に対してだろう。そういう気がした。


「俺も湊斗には幸せになって欲しい。湊斗には、お前じゃなくたっていいと言ったけど、ほんとはお前と幸せになって欲しいって本音では思ってるよ。湊斗も大事な友人だけど、お前も大事な友人だからな」
「ありがとう」
「で、いつ引退するんだ」
「なんか引退を待たれてるみたいだな」
「だって、引退したら迎えに行くんだろ」
「そうだな。まだはっきり決めたわけじゃないけど、来年あたりかもしれない。だいぶキツくなってきた」

引退を決めたら。迎えに行くと約束した。来年1年くらいが限度かもしれない。だから、決めたら迎えに行く。それまで他の人のものにならないで欲しい。そんなことを言う権利はないけれど、そう願ってしまう。

 
「そっか。じゃあ、決めたら迎えに行けよ」
「行くよ」
「それまで他の人のものにならなきゃいいな」
「そうだな」
 

あと1年。短いようで長い。それまで湊斗は俺を待っていてくれるだろうか。その告白してきた人のところへは行かないだろうか。俺には言う資格もない。それでもそう勝手に願ってしまうその思いは静かに胸の中で願った。


「っていうか、湊斗が今までお前に一途で誰にも心が傾かなかったのも驚きだけど、お前も湊斗一筋だよな。お前なんて中学の頃から湊斗のこと好きだろ」
「そうだな。中学のときから好きだな」
「ドイツでいい人いないの?金髪の綺麗なお姉さんとかさ。男はちょっと厳つい感じあるけど、女の人は綺麗でいいだろ。お前、初恋は普通に女の子だったしさ」

そう。俺は中学のときから湊斗のことが好きだ。涼に紹介されたとき一目惚れしたんだ。でも、俺はゲイと言うわけではないと思う。涼の言う通り初恋は小学2年生のとき、隣の席の女の子が好きだった。だから女の人を好きになることは普通にあることだ。でも、どうしてかドイツへ行ってから誰にも心が動いたことがない。それは男性に対しても同じだ。俺の心は湊斗に捕らえられたままだ。


「湊斗以外の人でいい人なんて誰もいないよ。湊斗以上の人なんていない」
「ほんとお前たちってすごいよな。中学生のときからなんて10年以上だぞ。付き合い始めたときからだって10年だろ。俺には想像できないよ」
「俺以上の人なんて他にもいると思うけど、湊斗以上の人はいないから」
「俺には理解できないよ」

そう言う涼に俺は小さく笑った。傍から見たら10年以上同じ人を思い続けるのは驚くことなのかもしれない。でも湊斗はどうかわからないけれど、俺はこの先の人生を湊斗と歩んでいきたいと思っている。だから、引退を決めて迎えに行くときにはそういう気持ちで行く。


「まぁ、でもさ。それだけ強く想ってるなら早く迎えに行けよ。引退決めたらさ、湊斗の誕生日じゃなくたっていいじゃん。すぐに迎えに行けよ」
「そうだな」
「そうだな、ってお前さー。ほんと早くしないと取られるかもしれないんだからな。それは覚悟しとけよ」
「ああ」

長い間待たせている。だから、心変わりされたって仕方がない。でも、どこかでこの先の人生は湊斗と歩んでいけると信じている自分がいる。心変わりなんてされないと。だから、どうかそれまで待っていて欲しい。それは言葉にしない願いだった。