オムライスを食べて、満足して店を出た。また海に来たときにでも寄ろう。
優馬さんは自然にそう言うけれど、いいんだろうか。一瞬そう思うけれど、ここで断る方が不自然だ。そうしたら送って貰おう。
そう言って助手席側のドアを中からわざわざ開けてくれる。
優馬さんはそう言うと小さく音楽をかけ、静かに車を出した。
そうだよな。あの告白からまだそんなに日にちは経ってない。そんなときに気持ちを落ち着けたいって言ったらそう思うよな。こういうときなんて返せばいいんだろう。
これから時間をかけて優馬さんのことを知ったら大輝よりも好きになるなんてあるんだろうか。確かに大輝がドイツへ行って、連絡もなくて寂しい。それは間違いない。でも、だからと言って他の人を好きになるなんてことはあるんだろうか。寂しいときに親切にされたらグラッとくることはあるのかもしれない。それは好きになるってことなんだろうか。
確かに寂しい。ドイツへ行くにしても連絡くらい欲しかった。サッカーに集中したいのならたまにで良かった。でも、大輝はそのたまにの連絡さえしないと言った。それはたまにであれ連絡をすれば帰って来たくなるからだろう。それがわからなかった。だけど最近、大輝の言っていたことがなんとなくわかるような気がした。俺は置いていかれたほうだから違うかもしれないけれど、会えないというだけで恋しくなる。そこで連絡がきたら気持ちはそちらに引きずられてしまうんじゃないかと思う。でも連絡を取らなければ会いたいという気持ちだけで、やらなくてはいけないことには集中できるんじゃないかと思う。それが正解かはわからないけれど。もし、俺がなにかに集中したいとしたらそうするかもしれない。なんとなくそう思った。かと言って、連絡もしないなんてと言って怒る涼の気持ちもわかるのだけど。
そんなことを窓の外を見ながら考える。優馬さんは自分のことを知ってからと言うけれど、優馬さんのことをもっと知ったら気持ちが変わることはあるんだろうか。大輝以上に好きになることが。
車の中は静かな洋楽が流れていて、会話はない。でも、ひとつ優馬さんに訊きたいことがあった。それはなんで俺を好きになったかということだ。
オフの俺ってどんな俺だろう。20代のどこにでもいる普通の男だけどな。特にみんなと違うことはない。そんな俺を見たいと言うんだろうか。
そんな俺を知って楽しいんだろうか。
誰かのことを知りたいと思う。確かにそれは恋だけど。ほんとに普通のつまらない男だから知ったら幻滅されそうな気がする。
打ち込めること……。確かにコーヒーは好きだ。コーヒー馬鹿って言ってもおかしくないかなとは思う。でなければカフェなんてやらないし。でも、そんなので魅力的になんてなるんだろうか。なにしろドイツから帰国した大輝が久しぶりに俺に会ったら、あまりにも普通過ぎて気持ちも冷めちゃうんじゃないかと思うくらいだ。
今日の俺はどんな俺だっただろうか。お店がお休みのときの気の抜けた俺だと思う。幻滅するのなら今日の俺って感じがするけれど、しなかったというのか。
どうしよう。これはどう返事をしたらいいんだろう。わからなくて悩む。でも、食事くらいならいいかな?
そう言って優馬さんはふわりと笑った。その顔を見て、やっぱり俺なんかじゃなく綺麗な女性や男性の方が優馬さんには似合うんじゃないかと思ってしまう。それでも、あまりに普通の俺を見たら幻滅してくれそうな気がして、食事のお誘いはOKしてしまった。
食事くらいなら、と軽くOKしてしまったけれど良かったんだろうか。でも、それでオフの俺を知って幻滅してくれればいいのかもしれない、と思ってしまう。ほんとに、どこにでもいる普通の男なんだ。特に綺麗でもイケメンでもない。馬鹿みたいにコーヒーが好きなだけの男だ。そんな男だから告白されてびっくりしてしまった。だって優馬さんは穏やかな微笑みをいつも浮かべている優しげなタイプのイケメンだ。それでファッションデザイナーをやっているんだから、間違いなくモテるだろうし、そんな人が俺なんかを好きだと言うのが信じられない。会話が途切れ、静かになった車の中でそんなことを思う。
でも、きっと何回か食事を一緒にしたら幻滅してくれるだろう。こんなにつまらない男だったのかと。自分のことをそう言うのはちょっと悲しいけれどほんとのことなのだから仕方ない。
信号で車が止まっているときに優馬さんが俺をチラッと見てそんなことを訊く。そうか、食事に行くなら食の好みは大事だ。
優馬さんは今、打ち合わせが多いらしく平日の夜誘われる。俺は平日の夜はたまに涼と会うくらいなので時間は空いている。
デート。そんなに甘い物になるだろうか。それでも俺のことを好きだと言ってくれる優馬さんにとってはデートになるんだろう。優馬さんなら、もっと綺麗な女性も男性も選び放題だろうに。つい、そんなことを思ってしまう。
でも、俺も楽しみというのはほんとだ。残念ながらそれは優馬さんと食事に行くからではなく、久しぶりにお寿司を食べれるからだ。美味しいお寿司を食べようとするなら、どうしてもいい値段がしてしまうのでいつもは食べられない。食べるのはなにかあった時ぐらいだ。だから来週の月曜が今から待ち遠しい。
すると隣からくすくすと笑う声が聞こえた。どうしたんだろう、と優馬さんに視線を向ける。
俺が喜んでいたのは顔に出ていたようで恥ずかしくなる。
優馬さんのことを嫌いだなんてあり得ない。もちろん、まだ、どんな人かわからないから好きとは言えないけれど、お店で見かける優馬さんは穏やかで好感が持てる人だ。
食事に行く目的が少し違ってきそうだけど、美味しいものを食べに行くのはやぶさかではない。そんなことでいいのかわからないけれど。
それからは、食事の美味しいお店の話しになった。優馬さんも食べることが好きらしく、時間のあるときは色々なお店を回ったりするらしい。それは好きなコーヒーに対してもそうで、色々なカフェに行ったりしていると言う。その中でコーヒー専門店としては俺の店が一番だとお世辞でも嬉しい言葉を言ってくれる。でも、カフェ巡りもしてみたいね、とも言われる。カフェ巡りはお店を開いてからはできていないけど、大学時代は色々なお店をまわっていたので、カフェ巡りも悪くない。
だけど、俺がその提案に乗ってもいいのだろうか、と思ってしまう。俺はまだ大輝が好きだし、待っている。来年の誕生日こそは迎えに来て欲しいと思っている。そんな俺がいいのだろうか。それでも、優馬さんの色々な面を知れば優馬さんのことを好きになることもあるのだろうか。
そんなことを考えていたら、優馬さんに名前を呼ばれていたことに気づいた。
車が止まり、降りる。電車だとそれなりの時間がかかるけれど、車ではあっという間に感じた。それは道路の方がまっすぐ行けるのと話しをしていたからだろう。
ズボンのポケットからスマホを取りだし、メッセージアプリを立ち上げ、優馬さんのスマホに表示されたQRコードを読み取る。これでIDの交換だ。
優馬さんの言葉に俺は何も言えずにマンションに入った。優雅に動くエレベーターのボタンを連打して7階へあがり、一番奥の701の鍵を開けて中へ飛び込んで玄関ドアに背をあずけ、そのまま座り込んでしまう。
優馬さんと過ごす時間は楽しかった。海で散々考えていた大輝のことも優馬さんといるときは楽しくて考えなかった。そう、楽しいと思ったのだ。”利用していい”と言ったのは、恐らくそれに気づいたからだろう。でも、だからと言ってその言葉通りに優馬さんを利用するだなんてことはできない。でも、一緒に食事に行こうと約束した。それは利用することになるんだろうか。わからない。いや、でも、友人とだって食事に行く。ということはそれは利用したことにはならないのかもしれない。最後に優馬さんに言われた言葉で頭がいっぱいで、どこまでがセーフなのか考える。一切断るしかないのかな。でも、それじゃあ失礼なのかな。玄関先でそんなことを考えた。