EHEU ANELA

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

交差する想い2



そう言って優馬さんが連れてきてくれたのは、普通に想像するレストランではなかった。というより、そのお店は看板にはカフェ&バーになっていた。でも、優馬さん曰く簡単な洋食メニューは提供されており、普通に食事時になると洋食目当てのお客さんが来るという。

海岸沿いにある店内に入ると店内の様子にびっくりする。天井は高く、窓も大きいので圧迫感はなく開放的だ。驚くのはそんなところにではない。驚いたのはインテリアにだ。

すぐそこの海岸で集めたという流木や石、砂をふんだんに使ったオブジェが飾られていて、窓辺の席は外の景色と相まって店の中にいることを忘れてしまいそうだ。そんな窓辺でゆっくりとコーヒーでも飲みたいところだけど、目的はコーヒーではない。食事だ。

店員に食事だということを告げると店の奥に通される。奥の席は、吊り下げ照明のかさが流木だったり壁際には海岸で拾ってきたのだろう石が置かれているものの、落ち着きのある洋食店の赴きだった。

こんなに素敵なお店だったらコーヒーでも飲みながら本でも読んで、その合間に窓の外に広がる海に目をやってゆっくりと1日を過ごしてみたい。そんなことを思わせる店内で、俺は一目でその店を気に入った。


「とても素敵なお店ですね。ゆっくりとコーヒーを飲みながら時間を過ごしてみたいです」
「気に入ってくれたようで良かったよ。俺も友人に教えて貰ったんだけど、ほんとにゆっくりと過ごせたよ。天井が高いから圧迫感がなくていいよね」
「ええ。それに窓の外に海が広がっているのが最高です。お天気の良い日に窓辺で過ごせたら最高でしょうね」
「さ、そんなことより食事を頼もう。僕はオムライス一択なんだけど、湊斗くんはどうする?」
「俺も同じで」
「飲み物は? コーヒーでいいのかな?」
「はい。ホットで」

メニューを決めたところで店員がやってきて、優馬さんが注文してくれる。オムライスなんて最後に食べたのはいつだろう? 洋食の人気メニューで、洋食を提供しているお店ではないことはないメニューだけど、注文するとは限らない。逆に家でも作れるメニューだからこそ外で食べないメニューと言えるかもしれない。


「オムライスはデミグラスソースなんだけど、それが最高なんだ」
「そうなんですね。デミグラスソースなんて手がかかるから、家では作りませんね。オムライスなんてもう長いこと食べていないから楽しみです」
「それなら良かった。ただ、コーヒーは湊斗くんが淹れるのには負けるかな。それが少し残念」
「そんな。でも、他の人が淹れてくれたコーヒーを飲むことって少ないのでちょっと楽しみです」

そう。他の人が淹れてくれたコーヒーを飲む機会は少ない。普段はお店があるから自分で淹れたコーヒーしか飲まないし、そうなると休日となるとほとんど家にいるので家でも飲むのは自分で淹れる。数少ない外出したときくらいしか外で飲むことはない。でも、チェーン店のコーヒーはマシンが淹れることが多いから味も画一的だし、人が淹れたとは言い難い。でも、さっきちらりとカウンター内を見たらマシンではなさそうだった。だから人が淹れてくれるだろう。他の人が淹れてくれたコーヒーを飲むのは俺の師匠の店に行ったときくらいで、師匠以外の人が淹れてくれるコーヒーなんてもう何年も飲んでない。だから味とかよりも淹れて貰えることが俺にとっては価値あるものだった。

何年も食べていないオムライス。何年も飲んでいない師匠以外の人が淹れてくれるコーヒー。それに俺はわくわくしていた。

 

まず先にコーヒーが運ばれてきた。何の変哲もない普通のブラジルだった。でも、何時間も冷たい浜辺にいたからそれが体を温めてくれた。温かいコーヒーは体を温めるだけでなく、気持ちを落ち着けてくれるものだと思っているが、このコーヒーもそうだった。


「やっぱりコーヒーはいいですね。ホッとします」
「湊斗くんはほんとにコーヒーが好きなんだね」
「小学生の頃から飲んでますから」
「そんなに幼い頃から飲んでるの?」
「はい。よその家がジュースや紅茶を飲むようなときにうちはコーヒーを飲んでいたので。両親がコーヒー好きなんです」

そう。うちは両親がコーヒー好きなせいか、小学高学年になる頃にはジュースの代わりにコーヒーが出てきた。学校の調理実習で家から紅茶などをクラスメートが持って来ていたとき、紅茶というものが家になく親に紅茶のティーパックを買ってきて貰ったほどだ。家にジュースや紅茶というものはなかったのだ。ジュースがあったのは小学校の4年生くらいまでだ。それ以降は両親が淹れるコーヒーを飲んでいた。


「じゃあカフェをやりたいっていう夢は随分昔から?」
「はい。中学生くらいのときだったかな。喫茶店に連れて行って貰って、自分もお店を持ちたいなって思いました」
「そしてそれを実現させたんだね」
「そうですね。だから大学も将来活かせるような学部選びましたし」
「すごいね」
「いえ。でも、優馬さんも同じなのでは? デザイナーなんて」
「そうだね。小学生の頃にテレビでコレクションの様子を見てデザイナーになりたいと思ったんだよね。女性の綺麗なドレスが印象的だったんだ」
「それ、俺と変わりませんよ」

そう言って笑う。中学生のころお店を持ちたいと思った俺なんて遅いんじゃないかと思う。だって優馬さんは小学生だ。


「でも、それで優馬さんも夢を叶えたんですね」
「まぁそうなるのかな? 名前がブランドになるくらいのデザイナーになりたいけどね」
「イッセイミヤケとかみたいな?」
「そう。そんなのなかなかなれないけどね。でも、そのことでこれから海外へ行くことはないよ」

それまで穏やかに話しをしていたが、最後は声色が変わった。それは大輝のことを言っているのだとわかった。大輝が夢のために俺を置いて海外へ行ったから。しかも連絡もしないと言って。そのことに気づくと下を向くしかなかった。


「ゆっくり考えて貰うためにアピールしておかないとね」

そう言う優馬さんの声はいつもの穏やかな声に戻っていた。そのことにホッとする。告白されたときは返事を受け取って貰えなかったけど、今も受け取ってくれないだろうか。


「あの。優馬さん……」
「返事ならもっと考えてからにしてね。僕は本気だから」

やっぱり。涼と話していたとおり本気だ。どれだけ時間をかけても俺の気持ちは変わらないのに。そう言ってもダメだろうけど。なんでそんなに俺に本気になったんだろう。

そう思ったとき、メインのオムライスが運ばれてきた。

オムライスには優馬さんが言ったようにデミグラスソースがかかっていた。ふんわりトロトロな卵の上に、ほどよく煮込まれたデミグラスソース。手軽なケチャップではなく、ハヤシソースでもないく、煮込んだデミグラスソース。外でオムライスを食べるならデミグラスソースが好きだった。ケチャップは家で市販のをかければできちゃうし、ハヤシソースはどうもオムライスっていう気がしない。となるとデミグラスソースになるんだけど、デミグラスソースは美味しいから好きだ。


「いただきます」

手を合わせてから一口パクリと食べるとほどよく煮込まれたデミグラスソースの濃厚な味が口の中に広がっていく。その中にチーズの味がした。


「チーズが入ってるんですね」
「うん。チーズ嫌い?」
「いいえ。好きです。卵のとろみとあってて美味しいです」
 

味の濃すぎないチキンライス。そしてトロトロのチーズと卵。最後にほどよく煮込まれたデミグラスソース。ひとつひとつ食べるだけでも美味しいけれど、それらを一緒に口に入れると美味しさが倍増するように感じた。これは"美味しい"としか表現しようがない。


「オムライスが美味しいっていう意味、よくわかりました」
「気に入って貰えて良かった。こっちに来たときには必ずここに寄るんだ」
「あ〜わかるかも。また食べたくなる味ですね」

こっちに来ることなんて海に来るときしかないから、そんなに頻繁ではない。1年に一度。いや、半年に一度くらいだろうか。でも、そのときに寄れたらいいな、と思った。浜辺からここまではさほど距離はないし、近くにバス停もあるから今度海に来た帰りに寄ってもいいかもしれない。


「湊斗くんが気に入ってくれたなら車出すよ」
「いえ、そんなわけにはいきませんよ。それに店の休みは平日だし」

店の周りは商業地ではあるけれど、観光地でもある。ただの商業地なら週末を休みにするけれど、観光客を考えると休むわけにはいかない。なので店の定休日は火曜日にしてある。


「湊斗くん。今日火曜日だよ? そんな平日の朝から海行ってた人間に言う?」

優馬さんはそう言いながらくすくす笑う。確かにそうだ。ぼんやりしてたけど、俺がこうやって店を休んで外出しているっていうことは平日だ。


「僕の場合は一応企業に属しているから平日に出勤することもあるけど、基本は曜日関係ないからね。」

優馬さんが企業に属していることは知らなかった。確かに店には週末にくることが多かった。でも平日に来ることもあるから完全フリーなのかと思ってた。というより、デザイナーの人の勤務体系というのを知らなかった。それはそうか。各ブランドごとに服があるんだからそのブランドごとにデザイナーがいるよな。


「まぁ、そんな感じだから食べたくなったら言って。車なら夜でも来れるし。というより僕が湊斗くんとデートしたい」
「デートとは……」
「湊斗くんにとっては普通の外出でも、僕にとってはデートみたいなものだから。そう思うのは許して」

いや。その前に、ここのオムライスが食べたいから車を出して貰うなんてことはできない。どうしても食べたくなったら電車とバスを乗り継いでくればいいことだ。

でも、ほんとに俺のこと好きでいてくれているんだな、と思う。優馬さんは常連さんの中でも古いし、よく喋ったりしてたから俺のことを好きだというのは失念してしまう。だって、つい先日告白されたばかりなのだ。しかも俺の返事は受け取って貰えてないし。よく考えても俺には大輝しかいないのに。そう思うといたたまれない。こういうときどうしたらいいんだろう。