EHEU ANELA

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

伝わる気持ち1

優馬さんとお寿司を食べに行ってから、たまに夕食を食べに行ったりするようになった。優馬さんは食べることが好きらしく、色々なお店を知っているし、自分でも作ったりするらしい。いつか手料理を食べてみて欲しいと言われるが、家にお邪魔させて貰うのは外食をするのと違い垣根が高いので、それは断っていた。

優馬さんと食事を食べに行くのは月曜か火曜の夜が多い。そして今日は月曜の夜。スペイン料理を食べに来た。


「わぁ。美味しい!」

俺はガスパチョというトマトや玉ねぎ、きゅうり、ピーマンなどを使った冷製の野菜スープを飲んで思わず声をあげた。野菜とパン、オリーブオイル、ワインビネガー、調味料や香辛料などをミキサーにかけ、水を加えてよく冷やしてあるそうだ。スープというよりスムージーと言った方が近いかもしれない。


「タバスコで辛みを調節してもいいんだよ」
「え。野菜スープにですか。液体にタバスコって発想がなかったです」
「なかなか美味しいけど、僕は使わないかな」
「俺もいいです」

そう言って俺は笑う。所変われば、で食べ方も違うんだなと思う。

そして、スープを飲み終わったところで、パエリア、アヒージョ、クロケータス・デ・ハモンが並ぶ。

パエリアはあさりと海老のパエリアを、アヒージョは牡蠣のアヒージョをチョイスした。クロケータス・デ・ハモンは生ハムで作ったクリームコロッケだ。日本ではクリームコロッケと言えばカニクリームコロッケあたりだけれど、スペインでは生ハムを使うらしい。


「んー! パエリア美味しい! あさりと海老のうま味がギュッと濃縮されててご飯がいい味してます」
「アヒージョも美味しいよ」

パエリアをゆっくりと咀嚼して味わったあとでアヒージョに手をつける。牡蠣を口に含むとにんにくとオリーブオイルがうま味たっぷりの牡蠣と相性抜群だった。キリッと冷えた白ワインと食べると、また格別の美味しさだ。


「これってどうやって作るんですか? 家でも出来るものなんですか?」

料理は好きで一人暮らしでも時間があれば料理はしている。このアヒージョはほんとに美味しくて、1人分でも作れそうな気がして思わず訊いてしまった。


「簡単だよ。これは牡蠣とマッシュルーム、唐辛子をにんにく、塩、オリーブオイルで加熱したものだから」
「え! そんなに簡単なんですか」

1人分を作るのでも余ることはないだろうと思って訊いたが、作り方がシンプル過ぎて家でも簡単に作れることに驚いた。それにしても優馬さんは色々知っていてすごい。


「優馬さんよく知ってますね。すごい」
「いや、これは前に食べたことがあるからね。そのときに料理好きの友人に聞いたんだ」
「優馬さんは作らないんですか?」
「僕も簡単なのは作ってみたよ。この牡蠣のアヒージョは簡単で美味しい」
「俺も今度作ってみます」
「湊斗くんも料理好きなんだね」
「そうですね。中・高と料理部だったので」
「料理部ってすごいな。じゃあ結構作ってるんだね」

そう。中学や高校生のときは家でも作るけど、部活でも作っていた。それを大輝や涼に食べて貰っていた。大輝は、ずっと食べていたいとまで言ってくれていた。もう大輝は忘れてしまったかもしれないけれど、俺は忘れたことはない。大輝に食べて貰うことはもうないのかな?恋人じゃなくなっても友人ならまた食べて貰えることはあるかな。涼だって今もたまに食べに来たりするし。そんなことを考えたら、ちょっと泣きそうになってしまった。


「湊斗くん?」

優馬さんの声で我に返った。大輝のことを考えたらダメだ。寂しくて、悲しくて泣きたくなるのは当然だ。


「あ、すいません。なんでもないです」
「そう? 疲れてるんじゃない? お店終わった後だから疲れてるよね。ごめんね」

俺が大輝のことを考えて泣きそうになったから優馬さんを謝らせてしまった。優馬さんは悪くないのに。


「いえ、大丈夫ですよ。いや、今度自分で作ってみようかなって考えてました」

違う。考えていたことは大輝のことだ。でも、牡蠣のアヒージョは簡単だし、1人分でも余ることはないから作ってみようと思ったのはほんとだ。


「湊斗くんの手料理を食べれる人は幸せだね。いつか食べれたらいいな」
「……あの」
「なんてね。そんなこと言ったら困っちゃうよね。まぁ、いつかそうなったらいいなって夢だから」

俺はまだ大輝が好きだけど、こうやって優馬さんと時間を共有して色々と知っていけば好きになることはあるんだろうか。遠くで会えない人より近くで会えるっていうメリットはある。でも、どうなるかは俺にもわからない。


「あ、これも食べてみて。美味しいから」

そう言って優馬さんはクロケータス・デ・ハモンを指さす。生ハムのクリームコロッケ。どんな味なんだろう。そう思って一口食べるとクリーミーな味の中に生ハムの塩気が効いていてなかなか美味しい。

カニクリームコロッケと言うと子供が好きそうなメニューだけど、これは大人におすすめのメニューだ。お酒にも合いそうだ。


「クリームコロッケに生ハムってどういう味になるのかなと思ったら塩気が効いてて美味しいですね。お酒にあう」
「だよね。ワインどんどん飲んで」

そう言ってワインをついでくれる。うん、結構あうな。

パエリア、アヒージョ、クロケータス・デ・ハモンと次々とお腹に納めていって、最後のデザートも優馬さんおすすめにした。


「これはね、タルタ・デ・サンティアゴって言ってアーモンドケーキだよ。と言っても小麦粉は使ってないんだけど」
「え。小麦粉を使ってないんですか。どんな味なんだろう」
「食べてみて。なかなか美味しいから」

優馬さんに勧められて、一口食べてみる。小麦粉を使わないケーキというのが想像できなかったけれど、意外としっとり、さっくりと焼き上がっている。パウダーシュガーがかかっていて甘いのかと思ったら甘すぎることはなく、素朴でシンプルな味だった。


「修道院で作られたのが始まりみたいだよ」
「へぇ。だから素朴なのかな? デザートって言うと甘いっていうイメージがあるけど、これは甘すぎなくて甘いのが苦手な男性でも食べられますね」
「湊斗くんはお菓子も作る?」
「作りますよ。料理部で結構作ってました。これ、レシピあったら作ってみたいな」
「結構気に入った?」
「はい」

高校生の頃、俺の作るスイーツを食べていた大輝は今はいない。それでもスイーツを作るというと大輝を思い出してしまうのは癖なのか。でも、今はお店に2種類だけど出している。つまりお客さんも食べているわけだ。


「そういえばお店でケーキとか出してるけど、あれってもしかして湊斗くんの手作り?」
「あ、はい。友人に勧められるがままに提供してるんですけど」
「なんだ。僕、もう湊斗くんの作るもの食べてたんだ。何回かフルーツタルト食べたけど美味しかったよ」
「そうですか。ありがとうございます。もっとメニュー増やそうかなと思ってるんですけど」

今はフルーツタルトとベイクドチーズケーキしか扱っていないけれど、もう1、2種類メニューを増やしたいとは思っている。フルーツタルトを作っているからタルト生地で作れるものとしてタルトタタンなんかいいかもしれない。それか男性でも食べられるビターチョコを使ったチョコタルトなんていうのもいいかもしれない。


「女性客が喜びそうだね。って僕は男だけど食べてるけどね」
「優馬さんは甘いのは大丈夫なんですか?」
「好きっていうわけじゃないけど、疲れたときに食べたいなと思う。コーヒーのお供にいいでしょう。僕、ブラック派だから」
「ブラックコーヒーなら確かに甘いのあわせるのいいですね」

スイーツって女性のイメージがあるけれど、優馬さんの言う通りブラックコーヒーにスイーツは相性がいいと俺は思ってる。だから、甘いのが絶対ダメっていう人以外は一度ケーキと合わせてみて欲しいと思ってしまう。そういう俺も甘い物は少し食べるくらいだけど、こういう料理の後やコーヒーを飲むときにたまにケーキとを合わせたりする。特に苦みの強いコーヒーの場合にあうと思っている。


「今度デザートメニューを追加するならどんなの?」
「タルトタタンなんかいいかもって思いました。あと、ビターチョコのチョコタルトとか。タルト生地を使ったものがいいかな、って」
「ビターチョコのチョコタルトなんていいかもね。ケーキに苦みを持たせてコーヒーを甘めにするとかいいね。僕も食べてみたいな」
「そのうち考えてみます。1人だからそんなにたくさんは作れないけど。でもティータイムに来てくれる常連さんは結構ケーキを食べてくれるので、もう少し提供できたらいいなとは思っていたんです」

ケーキメニューを置いてあってもケーキが一番出る時間は15時頃のティータイムだ。ランチ後や夕食後のお茶のときはお腹がいっぱいになっているから、あまりケーキメニューは出ない。だから、作ると言ってもたくさん作る必要はない。


「でも湊斗くんはいいね。美味しいコーヒーを淹れられるし、ケーキも作れる。湊斗くんの恋人になる人は幸せだね。ドイツに行った彼が羨ましいよ」

優馬さんの口から大輝のことが出てきて俺はなにも言えなくなった。そういえば、高校生の頃に大輝にコーヒーを淹れてあげたことはあるけど、修行してからは淹れてあげたことがないことを思い出す。帰国したら飲んでくれるだろうか。大輝は多少なら甘い物も食べるのでケーキと併せて飲んでくれるだろうか。


「だけど、僕も諦めたわけじゃないからね」

そう付け加えた優馬さんに俺はなにも言えない。こうやって時間を共有していって、もしかしたら離れている大輝よりも好きになってしまうこともあるかもしれない。それはわからない。わからないからなにも言うことができない。


「ごめんね。困らせるつもりはないんだけど、僕のささやかな願望だから」

そう言って微笑む優馬さんは優しげなイケメンで俺なんかじゃなく女性にモテそうだけどなと思ってしまう。それでも俺がいいと言ってくれるんだから申し訳ない。優馬さんの気持ちに応えられたらいいのだけど、今はまだ大輝が好きだと思ってしまう。

食事を終え、2人とも帰る方向が同じな為、同じ電車に乗る。


「仕事で疲れているのに今日はありがとう」
「仕事だったのはお互い様じゃないですか。それより俺は明日休みだからいいですけど、優馬さんは明日もお仕事でしょう」
「僕は明日は出勤ないから大丈夫。それに湊斗くんとの用事なら全然疲れないから」

にっこりと笑顔でそんなことを言われるとなんて返していいのかわからず言葉がでない。


「今度はカレーでも食べに行こうか? 美味しいインド料理のお店見つけたんだ」
「いいですね。ナンもラッシーも好きです」
「じゃあ決まりね。行けたらカフェも行こう」
「そうですね。最近は他のカフェは行けていないので」
「そうか。休みって週1日しかないもんね」
「そうなんです。それも何気にお店のこと考えたりして他のお店に行ってないんですよ」
「じゃあカフェに行くときは新しくできたお店行こうか」
「行きたいです! 前からあるお店は一度は行ってたりするけど新しいところは行けていないので」
「じゃあそれも決まりね」

先の約束をすることで優馬さんの笑顔はさらに深くなっていく。ほんとに俺と出かけられるのが嬉しいんだとわかる。まだ俺は優馬さんの気持ちに応えられていないのに。この先だってどうなるかわからないのに。つい、そんなことを考えてしまう。

そんな話しをしていると優馬さんが降りる駅に着いた。


「今日はありがとう。おやすみ」
「こちらこそありがとうございました。おやすみなさい」

電車のドアが閉まって動き出すまで優馬さんはそこにいた。そしてお互いが見えなくなるまで手を振っていた。

優馬さんの行動ひとつひとつから俺を好きだという気持ちが伝わってくる。そしてその度に、優馬さんの恋人になれる人は幸せだろうなと思う。とても優しい人だから。他に好きな人がいる俺なんかやめて優馬さんのことを好きな人と付き合えばいいのに、と思ってしまう。

こうやって同じ時間を共有していくことで、もう長いこと会っていない大輝じゃなくて優馬さんのことを好きになる日はあるんだろうか。大輝を好きだという気持ちは、会えない時間で美化されてしまっているのだろうか。それはわからない。わかっているのは大輝を見送ったあの日と変わらずに大輝のことを好きだということだけだ。そう考えて小さく息を吐き出す。大輝のことを考えると辛いので、他のことを考える。そう、明日。明日は休みだからデザートメニューでも考えてみよう。試作をするのもいいかもしれない。そう思っていると電車は駅に着いた。デザートメニューを試作するのならスーパーに寄っていこう。そう思って頭の中から大輝を追い出した。