優馬さんとお寿司を食べに行ってから、たまに夕食を食べに行ったりするようになった。優馬さんは食べることが好きらしく、色々なお店を知っているし、自分でも作ったりするらしい。いつか手料理を食べてみて欲しいと言われるが、家にお邪魔させて貰うのは外食をするのと違い垣根が高いので、それは断っていた。
優馬さんと食事を食べに行くのは月曜か火曜の夜が多い。そして今日は月曜の夜。スペイン料理を食べに来た。
俺はガスパチョというトマトや玉ねぎ、きゅうり、ピーマンなどを使った冷製の野菜スープを飲んで思わず声をあげた。野菜とパン、オリーブオイル、ワインビネガー、調味料や香辛料などをミキサーにかけ、水を加えてよく冷やしてあるそうだ。スープというよりスムージーと言った方が近いかもしれない。
そう言って俺は笑う。所変われば、で食べ方も違うんだなと思う。
そして、スープを飲み終わったところで、パエリア、アヒージョ、クロケータス・デ・ハモンが並ぶ。
パエリアはあさりと海老のパエリアを、アヒージョは牡蠣のアヒージョをチョイスした。クロケータス・デ・ハモンは生ハムで作ったクリームコロッケだ。日本ではクリームコロッケと言えばカニクリームコロッケあたりだけれど、スペインでは生ハムを使うらしい。
パエリアをゆっくりと咀嚼して味わったあとでアヒージョに手をつける。牡蠣を口に含むとにんにくとオリーブオイルがうま味たっぷりの牡蠣と相性抜群だった。キリッと冷えた白ワインと食べると、また格別の美味しさだ。
料理は好きで一人暮らしでも時間があれば料理はしている。このアヒージョはほんとに美味しくて、1人分でも作れそうな気がして思わず訊いてしまった。
1人分を作るのでも余ることはないだろうと思って訊いたが、作り方がシンプル過ぎて家でも簡単に作れることに驚いた。それにしても優馬さんは色々知っていてすごい。
そう。中学や高校生のときは家でも作るけど、部活でも作っていた。それを大輝や涼に食べて貰っていた。大輝は、ずっと食べていたいとまで言ってくれていた。もう大輝は忘れてしまったかもしれないけれど、俺は忘れたことはない。大輝に食べて貰うことはもうないのかな?恋人じゃなくなっても友人ならまた食べて貰えることはあるかな。涼だって今もたまに食べに来たりするし。そんなことを考えたら、ちょっと泣きそうになってしまった。
優馬さんの声で我に返った。大輝のことを考えたらダメだ。寂しくて、悲しくて泣きたくなるのは当然だ。
俺が大輝のことを考えて泣きそうになったから優馬さんを謝らせてしまった。優馬さんは悪くないのに。
違う。考えていたことは大輝のことだ。でも、牡蠣のアヒージョは簡単だし、1人分でも余ることはないから作ってみようと思ったのはほんとだ。
俺はまだ大輝が好きだけど、こうやって優馬さんと時間を共有して色々と知っていけば好きになることはあるんだろうか。遠くで会えない人より近くで会えるっていうメリットはある。でも、どうなるかは俺にもわからない。
そう言って優馬さんはクロケータス・デ・ハモンを指さす。生ハムのクリームコロッケ。どんな味なんだろう。そう思って一口食べるとクリーミーな味の中に生ハムの塩気が効いていてなかなか美味しい。
カニクリームコロッケと言うと子供が好きそうなメニューだけど、これは大人におすすめのメニューだ。お酒にも合いそうだ。
そう言ってワインをついでくれる。うん、結構あうな。
パエリア、アヒージョ、クロケータス・デ・ハモンと次々とお腹に納めていって、最後のデザートも優馬さんおすすめにした。
優馬さんに勧められて、一口食べてみる。小麦粉を使わないケーキというのが想像できなかったけれど、意外としっとり、さっくりと焼き上がっている。パウダーシュガーがかかっていて甘いのかと思ったら甘すぎることはなく、素朴でシンプルな味だった。
高校生の頃、俺の作るスイーツを食べていた大輝は今はいない。それでもスイーツを作るというと大輝を思い出してしまうのは癖なのか。でも、今はお店に2種類だけど出している。つまりお客さんも食べているわけだ。
今はフルーツタルトとベイクドチーズケーキしか扱っていないけれど、もう1、2種類メニューを増やしたいとは思っている。フルーツタルトを作っているからタルト生地で作れるものとしてタルトタタンなんかいいかもしれない。それか男性でも食べられるビターチョコを使ったチョコタルトなんていうのもいいかもしれない。
スイーツって女性のイメージがあるけれど、優馬さんの言う通りブラックコーヒーにスイーツは相性がいいと俺は思ってる。だから、甘いのが絶対ダメっていう人以外は一度ケーキと合わせてみて欲しいと思ってしまう。そういう俺も甘い物は少し食べるくらいだけど、こういう料理の後やコーヒーを飲むときにたまにケーキとを合わせたりする。特に苦みの強いコーヒーの場合にあうと思っている。
ケーキメニューを置いてあってもケーキが一番出る時間は15時頃のティータイムだ。ランチ後や夕食後のお茶のときはお腹がいっぱいになっているから、あまりケーキメニューは出ない。だから、作ると言ってもたくさん作る必要はない。
優馬さんの口から大輝のことが出てきて俺はなにも言えなくなった。そういえば、高校生の頃に大輝にコーヒーを淹れてあげたことはあるけど、修行してからは淹れてあげたことがないことを思い出す。帰国したら飲んでくれるだろうか。大輝は多少なら甘い物も食べるのでケーキと併せて飲んでくれるだろうか。
そう付け加えた優馬さんに俺はなにも言えない。こうやって時間を共有していって、もしかしたら離れている大輝よりも好きになってしまうこともあるかもしれない。それはわからない。わからないからなにも言うことができない。
そう言って微笑む優馬さんは優しげなイケメンで俺なんかじゃなく女性にモテそうだけどなと思ってしまう。それでも俺がいいと言ってくれるんだから申し訳ない。優馬さんの気持ちに応えられたらいいのだけど、今はまだ大輝が好きだと思ってしまう。
食事を終え、2人とも帰る方向が同じな為、同じ電車に乗る。
にっこりと笑顔でそんなことを言われるとなんて返していいのかわからず言葉がでない。
先の約束をすることで優馬さんの笑顔はさらに深くなっていく。ほんとに俺と出かけられるのが嬉しいんだとわかる。まだ俺は優馬さんの気持ちに応えられていないのに。この先だってどうなるかわからないのに。つい、そんなことを考えてしまう。
そんな話しをしていると優馬さんが降りる駅に着いた。
電車のドアが閉まって動き出すまで優馬さんはそこにいた。そしてお互いが見えなくなるまで手を振っていた。
優馬さんの行動ひとつひとつから俺を好きだという気持ちが伝わってくる。そしてその度に、優馬さんの恋人になれる人は幸せだろうなと思う。とても優しい人だから。他に好きな人がいる俺なんかやめて優馬さんのことを好きな人と付き合えばいいのに、と思ってしまう。
こうやって同じ時間を共有していくことで、もう長いこと会っていない大輝じゃなくて優馬さんのことを好きになる日はあるんだろうか。大輝を好きだという気持ちは、会えない時間で美化されてしまっているのだろうか。それはわからない。わかっているのは大輝を見送ったあの日と変わらずに大輝のことを好きだということだけだ。そう考えて小さく息を吐き出す。大輝のことを考えると辛いので、他のことを考える。そう、明日。明日は休みだからデザートメニューでも考えてみよう。試作をするのもいいかもしれない。そう思っていると電車は駅に着いた。デザートメニューを試作するのならスーパーに寄っていこう。そう思って頭の中から大輝を追い出した。