EHEU ANELA

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

伝わる気持ち2

その日、優馬さんは珍しく平日の夜、店にやってきた。


「平日の夜って珍しいですね」

優馬さんが来るのは週末の昼間か平日の昼間だ。夜来ることは少ない。


「湊斗くんのお友達に会ってみたくてね」
「ここ2、3日来てないから今日は来ると思うんですけど。何にしますか?」
「今日はグァテマラで。それとチーズケーキある?」
「ありますよ。ラストワンです」

コーヒー豆を挽いてネルドリップでコーヒーを落としていく。グァテマラは甘いナッツのようなコクがある。それにチーズケーキ。間違いなくお疲れなんだろう。


「お疲れですね」
「うん、今日はね。でも、先週末出勤したし、打ち合わせも終わったから明日は休み。だから明日、昼間来ようかとも思ったんだけどね」
「今日来て、明日来てもいいんですよ?」

俺がおどけてそういうと優馬さんは、確かにね、と笑った。


「お待たせしました」

そう言ってコーヒーとチーズケーキを出したところでドアベルが鳴る。見ると涼だった。


「いらっしゃい」
「湊斗ー。疲れたよ。苦みの強いコーヒーが飲みたい」
「じゃあ今日のブレンドにするよ。コロンビアやマンデリンで苦みを強くしたから」
「あとケーキ食べたい」
「チーズケーキは出たばかりで売り切れだからフルーツタルトになるけどいい?」
「うん」
「涼もお疲れだね」
「なんだかね。上司に疲れた」

涼とそんなふうに話していると、優馬さんがぴくりとする。涼との会話で友人だとわかったんだろう。


「お友達?」
「あ、はい。涼っていって中学時代からの友人です。優馬さんが会いたがってた」
「え? 優馬さん?」

涼の方も相手が優馬さんだと知り反応を示す。お互いに会いたがっていた2人だ。


「お噂は兼々。でも、ほんとイケメンですね」

涼がそう言うと優馬さんがそれに言葉を返す。


「そんなことないですよ。湊斗くん、イケメンだなんて言ったの?」
「はい。優馬さんって言ったら柔らかいタイプのイケメンですよね。だからそのまま言いました」

俺がそう言うと優馬さんは恥ずかしそうに微笑む。うん、やっぱりイケメンだ。


「コーヒーカップが似合うなぁ」
「なにそれ」

涼の言葉に思わず笑ってしまう。コーヒーカップなんて誰にでも変わらないだろう。そう言うと、違うんだと反論される。


「もうさ、湊斗もイケメン見慣れすぎてわからなくなってるんじゃないの」
「いや、涼の言ってる方がわからないから。イケメンだからなんでも似合うならわかるけど」
「それそれ!」

俺と涼がそう言って話していると優馬さんは楽しそうに笑った。


「ほんと仲いいんだね」
「まぁ、そうですね。今まで続いてるし」
「中学のときから、もう1人大輝っていうのがいて3人でよくつるんでたんです」

涼の口から大輝の名前が出てきてドキリとしてしまう。きっと優馬さんにもわかっただろう。そして涼はそれを承知で大輝の名前を出したんじゃないかと思った。

 
「その大輝くんっていうのは?」
「今はドイツにいます」

これで完全に俺が好きな人だとわかっただろう。俺は名前は出していないけれどドイツに行っているということは話しているから。そして、優馬さんが反応するのを承知で涼は話している。まぁ隠しているわけではないからわかってもいいのだけど。


「ドイツか。ドイツは行ったことないな。ヨーロッパはイタリアとフランス、スペインしか行ったことないんだ」
「デザイナーさんだとやっぱり、その関係で行くんですか」
「そうです。遊びで行ったのはスペインだけですね。イタリアでブランドを見て回って、フランスはパリコレ行ったり新進気鋭のデザイナーのお店を覗いたりしてしまって」
「格好いいなぁ。イケメンでデザイナーとか、前世でどれだけ徳を積んだらそうやって生まれられるんですか」
「そんなことないですよ。普通です」
「それが普通だったら俺なんてどうなるんですか、ただのサラリーマンなのに」
「そういう涼だって証券マンだろ。頭良くなきゃできないんじゃない?」
「証券マンですか。株とか難しそうだな」
「世界の情勢見てたらわかりますよ」
「情勢に敏感じゃないと無理そうですよね。僕なんて普段なんとなくニュース見てるだけだから」

大輝の名前が出たからどうなるかと思ったけど、なんだか仕事に話しに流れて行ったので内心ホッとする。2人は話しに夢中になっているし、他のお客さんは帰ってお客さんは2人だけになったから、俺も自分にコーヒーを淹れる。今日はブレンドが少し余ったのでブレンドを淹れる。

デザイナーも証券マンも大変だと思うけどな、とコーヒーを飲みながら、ふとこぼす。


「カフェオーナーも大変だと思うけど」

俺が小さくこぼしたことは優馬さんにはバッチリ聞こえていたみたいだ。


「コーヒーの色んな銘柄の特徴覚えて、焙煎して、淹れて。それだけじゃなくケーキまでオリジナルで出してるでしょう」
「カフェで働くのだって色んな資格あるんだろ」
「俺はコーヒーマイスターとインストラクターだけだよ」
「でも、大学の頃、かなり厳しく仕込まれたって言ってただろ」

そう。大学生の頃、俺が師と仰ぐ正門誠也さんに厳しく特訓を受けた。正門さんは全国で数十人しかいないコーヒー鑑定士だ。専門学校の講師よりも正門さんの方がレベルが上で、学校では教わらないようなことも実地で教わることができた。この年でカフェを開けたのは正門さんがいたからだと思っている。


「師匠はね、学校より厳しかったかな」
「俺も何度か飲みに行ったけど、確かに美味しかったよ」
「だろ? 俺はまだ師匠には追いつけないよ」
「そんなに美味しいんだ?」
「美味しかったですよ。って湊斗の店で言うのもどうかと思うけど」
「もう他のお客さんいないし、ほんとのことだからいいよ」
「湊斗くんのコーヒー美味しいと思うんだよね、僕」
「湊斗は正門さんの次に美味しいですよ」
「だよね。コーヒーが好きで色々なところで飲むけど、湊斗くんのコーヒーが一番美味しいと思っているんだ。でもその湊斗くん以上っていう人のコーヒーは一度飲んでみたいな」

間に俺を挟んでではあるけれど、涼と優馬さんは結構話しがあうみたいだ。俺が口を挟まなくても2人だけで会話は弾んでいっている。

 
「今度行ってみてください。ここから3駅行った先なのでそんなに遠くないですよ」
「そうなんだね。でも、涼さんもコーヒー好きなんですね」
「ええ。学生時代は湊斗と一緒に色々なところでコーヒー飲んできたので」

そういって涼と優馬さんの会話は続く。これ、涼は優馬さんのこと気に入るんじゃないかな。そうなったら涼はなんて言うだろうか。そんなことを考えながら2人の話しを聞いていた。


「じゃあ僕は帰るね。湊斗くん、ご馳走様でした」
「お気をつけて」

一足先に優馬さんが帰って行った。涼はまだコーヒーを飲んでいる。優馬さんと結構話してたからコーヒーが残っているはずだ。


「コーヒー冷めちゃってるんじゃないの? ブレンド一杯分残ってるから淹れるよ。それ貸して」
「ありがとう」

涼からカップとソーサーを下げ、先にコーヒーを淹れる。


「優馬さんっていい人なんじゃない?」

疑問形にしているけれど、ほんとにそう思っている響きがある。


「うん……」

優馬さんは俺もいい人だと思う。いい人だからこそ、俺にいれこんでいるのはもったいないと思う。優しくて穏やかでイケメンだから優馬さんのことを好きな人はたくさんいるはずだ。


「どうした?」

新しく淹れたコーヒーを涼の前に置く。俺が言葉を濁して、視線を下げたことに涼はなにが言いたいのか訊いてくる。


「なんか、自意識過剰みたいな言い方で嫌だけどさ、俺のことを好きだって言ってくれているのは優馬さんの時間を無駄遣いしているみたいで申し訳なくて」

一口コーヒーを飲み、涼は口を開いた。


「湊斗は優馬さんのことどう思ってるの?」
「いい人だと思う」
「一緒にいてどう思う?」
「やっぱり優しいし、美味しいものを食べるのが好きっていう共通点もあるから一緒に食事をするのは楽しい」
「その一緒にいて楽しいっていうのはそのうち恋になるものじゃない?」
「でも、俺は大輝が好きだし、大輝に感じるときめきとか安心感とかは優馬さんには感じないんだ」
「今はね。でも、可能性としてはゼロじゃないんじゃないの? 俺としては優馬さんいいと思うよ。湊斗を置いていった馬鹿大輝なんかよりいいんじゃないかな。俺は優馬さんいいと思うよ」

この件に関して涼は大輝に対して辛口だ。連絡もしない、と言ったことでお冠なのはわかっている。その涼からしてみたら優しい優馬さんというのは点数が高いのだろう。


「2、3年ならまだしも、7年も待たせてるんだよ? それを待っちゃう湊斗も湊斗だけど」
「……」
「湊斗は自分のことを大切にしなきゃ。そして湊斗のことを大事にしてくれる人を選ばなきゃ」

俺は俺のことを大切にしていないのだろうか。そして大輝は俺のことを大事にしてくれていないんだろうか。自分では自分のことを大切にしているつもりだし、大輝だって大事にしてくれていると思っている。大輝は言ったんだ。俺じゃなくてもいいって。


「涼。大輝は悪くないんだよ。待たなくていいって、俺じゃなくてもいいって大輝は言ったんだよ。それを大輝じゃなきゃ嫌だって言ったのは俺なんだ。だから大輝を悪く言わないで」

俺がそう言うと涼は大きくため息をついて言った。


「湊斗。もっと自分を大切にしなきゃ。7年も時間を無駄にしてるんだぞ。それに大輝のこと庇ってるけど、いくら湊斗が大輝がいいと言ったからってたまにの連絡くらい入れたっていいと俺は思うよ。そりゃ会いたくなっちゃうかもしれないけどさ。だからって連絡のひとつも入れないっていうのは俺は反対」

きっと涼は大輝が行くときにそのまま同じことを言ったんだろうな。でも、そっか。涼の目には俺は時間の無駄遣いをしているように写ってるのか。自分では全然そんな風には思っていないのだけど。確かに7年は長いとは思うけれど、もうここまで待ったら後は一緒っていう気がするから、この先も待つつもりでいる。そんなことを言ったらきっと涼は怒るだろうけれど。


「とにかく! 俺は優馬さん推しだな。優馬さんなら大切にしてくれるんじゃないかな」

この話しの流れで大輝も大切にしてくれているとは言えない。大切に思ってくれているからこそ、待たなくていいとまで言ったんだ。でも、待つと言った俺に大輝は約束をしてくれたから。最もそれを言っても今、大切にしているわけじゃないって言いそうだ。


「まぁさ。湊斗の気持ち次第だけど、絶対に無理と思わないで気楽に会ってみたらいいんじゃないかな。それで気持ちが変わっていくかもしれないし。それで気持ちが変わっても湊斗は悪くないから。それだけは覚えていて」

そう言う涼に、俺は素直に頷いた。