EHEU ANELA

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

霧雨が降るように2

「なに? どうかしたの? なんかあった?」

さすがに中学からの長い付きあいだけあって、俺のささいな変化にも気がつく。やっぱりごまかせないよな。


「まさか、迎えに来た?!」

まさかな、と言いながらも訊いてくる。もし大輝が俺を迎えに来てくれたなら涼にだって連絡がいっているだろう。俺だけじゃないはずだ。


「違うよ。だって、連絡あった?」
「ないよ。でもさ、あいつが一番大事にしてたのは湊斗だから。俺なんて二の次だからね。だから先に湊斗を迎えに来ると思うんだよね」

大輝が一番大事にしていたもの、か。それがほんとに俺ならいいのに。でも、どちらにしても大輝が迎えに来たわけじゃない。迎えに来てたらこんなに落ち着いてお店なんてやってられない気がする。


「残念ながらそうじゃないよ。あのね……」

優馬さんのことを話そうと思って、まだ店内にお客さんがいることを思い出した。いくら小さい声で話したとしても店の中は静かだから聞こえてしまう。後で話すか。と思ったところで席を立ちレジに来る。帰るみたいだ。


「ご馳走様でした。また来ますね」
「お待ちしております」

これで店には涼だけになった。少し早いけれど、もう今日は店を閉めてしまおう。もう21時近いし。


「ちょっと待ってて」

俺はそう言ってドアのプレートを”CLOSE”に裏返し、カウンターに戻ると自分用に今日のブレンドを淹れる。そして、コーヒーが落ちきったところで、あのさ、と話し始める。


「いつも来る常連さんに告白されたんだ」
「え! 勇気のある子だね」

涼の返しに、女の人じゃないよ、と言うと目を見開いて驚いていた。まぁ、そうだろうな、と思う。いくら俺が同性の大輝と付き合っているからと言って、世の中の普通は男女の組合せだ。だから俺が告白されたと聞けば女性から告白されたと思うのはごく自然なことだと思う。


「どんな|男《ひと》?」
「涼は優馬さんって知らないっけ。デザイナーの」
「デザイナーの優馬さん? 会ったことはないよ。ただ常連さんにデザイナーがいるっていうことだけは聞いたことある」

そうか。涼が来るのは大抵が平日の仕事終わりだ。落ち着いた時間帯に来ることの多い優馬さんとは会ったことがないか。


「で、告白されてどうしたの? 付き合うことにした?」
「大輝がいるのに付き合うわけないだろ」
「もう他の人に乗り換えたって文句は言われないと思うぞ」

涼はたまにこうやって言ってくる。”他の人に”って。俺がまだ大輝のことを好きだと知っていても。涼いわく、迎えに来るって言っていながら、さすがに長すぎると。


「約束したから。大輝は約束は守るやつだろ」
「そうだけど。もし大輝が他の人を好きになってたらどうするの?」

大輝が俺じゃない他の人を好きになっていたら……。考えたことがないわけじゃない。それでも、馬鹿な俺は迎えに来ると言ってくれた大輝の言葉を信じているんだ。


「……」
「ごめん、意地悪言った」
「いいよ。可能性として、ないわけじゃないから」
「で? その優馬さんにはなんて?」
「大輝のことを話したよ。で、断った……んだけど」
「え? なに? 断ったのになにかあったの?」
「うん。返事を受け取って貰えなかった」

そう言うと涼は目を見開いた。


「返事を受け取らない?」
「うん。ゆっくり考えて欲しいからって」

コーヒーを口に含んでからされに言葉を繋げる。


「それって本気だね」
「多分、そうだと思う」
「いくつくらいの人?」
「確か30前半じゃないかな」
「それでデザイナーか。凄いな」
「凄いよね」

ふと見ると涼のカップにはコーヒーはもう少ししか残っていない。


「涼。コーヒーおかわりいらないか」
「あ、欲しい」
「本日のブレンドでいい?」
「うん」

本日のブレンドの豆が少し残ってしまっているから飲んでしまいたい。俺のカップもコーヒーは少ししか残っていないので2杯分淹れてしまおう。

ちなみに涼の分はマンデリンの分だけお金を貰い、ブレンドに関しては無料だ。これはお店都合で淹れるから。涼が来るのはラストの頃が多いから、こういったこともある。


「デザイナーってやっぱりヨーロッパ行ったりするのかな? イタリアとかフランスとかさ」
「そういえば以前、パリコレを見に行くって言って行ってたことあるよ。他はなにをしてたかわからないけど」

豆を挽いて、ネルフィルターに粉を移しゆっくりと淹れていく。コーヒーを淹れるのは心が凪いでいく。

 
「パリコレなんて名前しか聞いたことないよな。自分の人生にパリコレなんて単語が出てくることはないよ」
「涼の場合は、東京証券取引所だな」

証券会社に勤める涼には東京証券取引所だろう。俺はパリコレも東京証券取引所も出てこないけれど。出てくるのはコーヒーの産地か銘柄くらいだ。


「まぁね。でもさ、もう夢叶えちゃってる人かな」
「どうだろう。デザイナーって言ってももっと活躍したいとかあるかもしれないけど」
「わからないけどさ、今から海外に行きたいなんてことはないよな。誰かさんみたいにさ」

誰かさんみたいに……。

涼は、大輝が連絡もしないと言ったことを未だに根に持っている。本人である俺はいいと言っているのに。

入ったコーヒーを新しいカップに淹れて涼の前に出すとともに、空になったカップを回収する。


「誰かさんだって今から行くわけじゃない」

さらりと大輝の肩を持つ。


「ま、さ。なんにしても湊斗を1人にはしないだろう、っていうこと」
「まぁ、ないだろうけど」
「そしたらさ、ゆっくり考えてみてもいいんじゃないか?」
「なに言ってるんだよ。俺には大輝がいる」

いくら何年も会っていなくても、連絡がなくても俺には大輝がいる。心変わりだってしてない。あの別れた日のまま俺は大輝を思ってる。涼だってそのことを知っているのに。それでも涼は他の人にしろといつも言う。何年も会えないことはまだしも、連絡もしないと言ったことが涼は引っかかっているらしい。でも、どうなんだろう。俺には連絡はないけれど、涼のところにも連絡はないんだろうか。そのことを訊いたことはない。涼にあってもなくても、俺に連絡がないのは変わらないから。


「でもさ、ほんとに大輝でいいのか?」
「大輝でいいんじゃなくて大輝がいいんだよ」
「ほんと……。湊斗も一途だな」
「大輝だからだよ。大輝は嘘つかないから。だから信じられる。それは涼だって幼馴染みなんだからわかってるだろ」
「そうだけどさ。でも、俺は大輝の友人でもあるけど同時に湊斗の友人でもあるんだよ。友人が辛い思いしてるのを見ていられないよ」
「ありがと。でも、俺は大丈夫だよ。さすがにそろそろ現役引退の頃だろうし。だから残り何年になるかわからないけど、ここまで待ってた年数よりは短いと思うから」
「湊斗も可愛い顔して頑固だよな。でもさ、そこまで言ってくれる人であれば考えてみたっていいんじゃないかと俺は思うよ。大輝が心変わりしているかもしれないんだぞ」
「大輝はそんな人じゃないよ」

そうは言ったものの不安がないわけじゃない。もしかしたら現地で綺麗な人と出会って付き合っているかもしれない。もう俺のことなんてなんとも思ってないかもしれない。でも、信じるしかないじゃないか。


「とりあえず、その優馬さんっていう人のこと知ってみてもいいんじゃない?」

涼のその言葉を聞きながら最後の一口を飲みきり、同じく空になった涼のカップも回収し洗い物を始める。


「知ったとしても大輝しかいないと思うよ」
「意外と今大輝に会ったら幻滅するかもしれないだろ」
「だとしたらそのときに考えるよ」
「自分が幸せになることを考えろよ」
「うん……」

この手の話しは何度しても平行線だ。大輝。迎えに来てくれるよな? 今年来てくれる? 俺たちももう27歳だ。そろそろ現役引退だろう。


「でもさ、涼はそんなに大輝が許せない?」
「そりゃそうだろ。だって会えないのは仕方ないにしてもさ、連絡のひとつもよこさないとか俺には理解不能。友人だからこそ許せない。まして湊斗に辛い思いさせてるんだし」
「だけど、もう現役引退も近いんじゃないかな」
「確かにな。今年か来年か。まさか30歳過ぎてまではやらないよな?」
「どうかわからないけど、30歳にしたって後3年だよ。ここまで待ったこと考えたら、あっという間だよ」

そう。ここまで待ってた年数の方が長いんだ。だから迎えに来てくれるのは待てる。

ただ、俺がひとつ怖いことはと言えば、大輝が心変わりしていないか、ということだ。俺じゃない他の誰かを好きになっているかもしれないし、それはないにしてももう俺に対しての気持ちが消えてなくなっているかもしれない。それだけが不安だ。

そしてそんな気持ちが顔に出ていたんだろう。涼が言った。


「不安が残るなら、ほんとにその優馬さんのこと考えてみた方がいいと思う」
「そんなの優馬さんに失礼だよ」
「湊斗。そんなことで嫌がる相手なら、それもやめた方がいいけどな。俺はさ、大輝に幸せでいて欲しいと思うけど、湊斗に対しても思うんだよ。で、この件に関しては俺は大輝のやり方が気に入らないだけ」

俺に幸せでいて欲しいと言ってくれる涼に対してありがたいと思う。


「大丈夫。今、幸せとはさすがに言えないけど、大輝のことは信じてる。ただそれだけだよ」
「そっか。そこまで言うなら俺はもうなにも言わないよ。でも、ほんとに辛くなったらその優馬さんにしとけ。って、俺、こんど早い時間に来てみよう。優馬さんって人に会ってみたい」
「穏やかで優しいイケメンだよ。どことなく優雅で素敵な人」
「へー。余計に会ってみたい。今度早くに来るわ」
「うん、待ってる」
「そのときは紹介してくれ」
「もちろん」

涼はきっと優馬さんのことを気に入ると思う。というか優馬さんのことを気に入らないという人はいるんだろうか。仕事をしているときはどうかわからないけど、オフではそう感じる。

もし大輝がいなかったら、きっと嬉しいことなんだよな。そう思うと優馬さんに申し訳なく思った。

 

涼とは店を出て少し行ったところで別れる。涼はそのまままっすぐ港と平行して歩く。上階に住んでいる涼の部屋からは港が見える。逆に俺は駅の方へと歩く。駅は山に近い方になり、港は見えない。山の上に行けば見えるけれど、上までは行かない俺のマンションからでは見えない。

そして、自分の部屋に帰りながらふと思った。涼も自宅を出ているけれど、俺も店を構えるにあたって自宅を出ている。もし、大輝が迎えに来てくれるとしたら俺の実家に行くかスマホに連絡があるか。大輝は今俺が住んでいる部屋も構えた店も知らない。知っているのは学生のころから変わっていない携帯の電話番号だけだ。

マンションの郵便受けを覗くとピザのチェーン店のメニューを兼ねたチラシが一枚入っているだけだった。部屋に入るとすぐにそのチラシをゴミ箱に捨て、部屋着に着替えてソファに座る。

ソファに置いた鞄の中からスマホを取りだし、着信を見るけれどなにも入っていない。電話もメッセージもなにも入っていない。それを見て、スマホをソファに投げ捨て、ため息をついて下を向く。湊斗の誕生日に花束を持って迎えに来るよ、大輝はそう言っていた。だけど今日、大輝は来なかった。連絡もない。つまり、今年も来てくれなかったということだ。

俺たちももう27歳だ。大輝がドイツに行ったのは20歳になる年だった。あれから7年と8ヶ月ほど。中学3年で大輝と出会ってからドイツへ行くまでの時間とドイツへ行ってしまってからの時間を比べると、待っている時間の方が長くなってしまっている。涼が他の人にしろ、という訳だ。


「大輝、いつ迎えに来てくれるんだよ……」

ポロリと口から出てしまった弱音とともに涙も出てしまう。大輝が迎えに来てくれるまで待つ。その気持ちは変わらない。でも、現役引退を考えるとそろそろ迎えに来てくれてもいい頃合いだと思うと悲しくなる。今年来てくれなかったのなら、来年は来てくれるだろうか。今日からまた1年待つことになる。まさか、他に好きな人が出来て、約束なんて知らんぷりとか? それとも、約束自体を忘れてしまったとか? ついマイナス思考になってしまう。

そこでふと思ったのは涼は大輝と連絡を取っているんだろうか。大輝がいくら俺と連絡は取らないと言っても幼馴染みである涼にまで連絡を取らないとは思えない。ま、仮に連絡を取っていたにしても涼が俺になにかを言ってくることはないだろう。そこは大輝が口止めしているだろうし、涼だって大輝が俺に連絡をしないと言ったことを知っているのに俺に大輝のことを話してしまったら意味がない。それに俺に連絡がないのに大輝と連絡を取り合っているなんて聞きたくもない。

 
「もう辛いよ。早く迎えに来て……」

弱音も涙も止まらなくて、やけ酒に走りたくなる。でも、明日もまた店があるから深酒はできない。でも、せめてビール1缶くらいはいいだろう。もう、今日は飲んでそのまま寝てしまいたい。シャワーを浴びてないけれど、そんなの明日起きてからでもいいだろう。今日はもう無理だ。こんなこと涼には言えない。言ったらもうやめろと言われるのがわかっているからだ。だから1人の今だけ。今だけ泣くことを許して欲しい。誰にともなくそんなことを思った。

大輝と生きて行くこの世界はとても綺麗だと思った。それぐらい想っていたし、今でも想ってる。でも、その大輝と離ればなれになっているこの状態は切ない。約束があるから待っている。それでも、今年も来てくれなかった。それがただ寂しい。だから、早く迎えに来て。