さすがに中学からの長い付きあいだけあって、俺のささいな変化にも気がつく。やっぱりごまかせないよな。
まさかな、と言いながらも訊いてくる。もし大輝が俺を迎えに来てくれたなら涼にだって連絡がいっているだろう。俺だけじゃないはずだ。
大輝が一番大事にしていたもの、か。それがほんとに俺ならいいのに。でも、どちらにしても大輝が迎えに来たわけじゃない。迎えに来てたらこんなに落ち着いてお店なんてやってられない気がする。
優馬さんのことを話そうと思って、まだ店内にお客さんがいることを思い出した。いくら小さい声で話したとしても店の中は静かだから聞こえてしまう。後で話すか。と思ったところで席を立ちレジに来る。帰るみたいだ。
これで店には涼だけになった。少し早いけれど、もう今日は店を閉めてしまおう。もう21時近いし。
俺はそう言ってドアのプレートを”CLOSE”に裏返し、カウンターに戻ると自分用に今日のブレンドを淹れる。そして、コーヒーが落ちきったところで、あのさ、と話し始める。
涼の返しに、女の人じゃないよ、と言うと目を見開いて驚いていた。まぁ、そうだろうな、と思う。いくら俺が同性の大輝と付き合っているからと言って、世の中の普通は男女の組合せだ。だから俺が告白されたと聞けば女性から告白されたと思うのはごく自然なことだと思う。
そうか。涼が来るのは大抵が平日の仕事終わりだ。落ち着いた時間帯に来ることの多い優馬さんとは会ったことがないか。
涼はたまにこうやって言ってくる。”他の人に”って。俺がまだ大輝のことを好きだと知っていても。涼いわく、迎えに来るって言っていながら、さすがに長すぎると。
大輝が俺じゃない他の人を好きになっていたら……。考えたことがないわけじゃない。それでも、馬鹿な俺は迎えに来ると言ってくれた大輝の言葉を信じているんだ。
そう言うと涼は目を見開いた。
コーヒーを口に含んでからされに言葉を繋げる。
ふと見ると涼のカップにはコーヒーはもう少ししか残っていない。
本日のブレンドの豆が少し残ってしまっているから飲んでしまいたい。俺のカップもコーヒーは少ししか残っていないので2杯分淹れてしまおう。
ちなみに涼の分はマンデリンの分だけお金を貰い、ブレンドに関しては無料だ。これはお店都合で淹れるから。涼が来るのはラストの頃が多いから、こういったこともある。
豆を挽いて、ネルフィルターに粉を移しゆっくりと淹れていく。コーヒーを淹れるのは心が凪いでいく。
証券会社に勤める涼には東京証券取引所だろう。俺はパリコレも東京証券取引所も出てこないけれど。出てくるのはコーヒーの産地か銘柄くらいだ。
誰かさんみたいに……。
涼は、大輝が連絡もしないと言ったことを未だに根に持っている。本人である俺はいいと言っているのに。
入ったコーヒーを新しいカップに淹れて涼の前に出すとともに、空になったカップを回収する。
さらりと大輝の肩を持つ。
いくら何年も会っていなくても、連絡がなくても俺には大輝がいる。心変わりだってしてない。あの別れた日のまま俺は大輝を思ってる。涼だってそのことを知っているのに。それでも涼は他の人にしろといつも言う。何年も会えないことはまだしも、連絡もしないと言ったことが涼は引っかかっているらしい。でも、どうなんだろう。俺には連絡はないけれど、涼のところにも連絡はないんだろうか。そのことを訊いたことはない。涼にあってもなくても、俺に連絡がないのは変わらないから。
そうは言ったものの不安がないわけじゃない。もしかしたら現地で綺麗な人と出会って付き合っているかもしれない。もう俺のことなんてなんとも思ってないかもしれない。でも、信じるしかないじゃないか。
涼のその言葉を聞きながら最後の一口を飲みきり、同じく空になった涼のカップも回収し洗い物を始める。
この手の話しは何度しても平行線だ。大輝。迎えに来てくれるよな? 今年来てくれる? 俺たちももう27歳だ。そろそろ現役引退だろう。
そう。ここまで待ってた年数の方が長いんだ。だから迎えに来てくれるのは待てる。
ただ、俺がひとつ怖いことはと言えば、大輝が心変わりしていないか、ということだ。俺じゃない他の誰かを好きになっているかもしれないし、それはないにしてももう俺に対しての気持ちが消えてなくなっているかもしれない。それだけが不安だ。
そしてそんな気持ちが顔に出ていたんだろう。涼が言った。
俺に幸せでいて欲しいと言ってくれる涼に対してありがたいと思う。
涼はきっと優馬さんのことを気に入ると思う。というか優馬さんのことを気に入らないという人はいるんだろうか。仕事をしているときはどうかわからないけど、オフではそう感じる。
もし大輝がいなかったら、きっと嬉しいことなんだよな。そう思うと優馬さんに申し訳なく思った。
涼とは店を出て少し行ったところで別れる。涼はそのまままっすぐ港と平行して歩く。上階に住んでいる涼の部屋からは港が見える。逆に俺は駅の方へと歩く。駅は山に近い方になり、港は見えない。山の上に行けば見えるけれど、上までは行かない俺のマンションからでは見えない。
そして、自分の部屋に帰りながらふと思った。涼も自宅を出ているけれど、俺も店を構えるにあたって自宅を出ている。もし、大輝が迎えに来てくれるとしたら俺の実家に行くかスマホに連絡があるか。大輝は今俺が住んでいる部屋も構えた店も知らない。知っているのは学生のころから変わっていない携帯の電話番号だけだ。
マンションの郵便受けを覗くとピザのチェーン店のメニューを兼ねたチラシが一枚入っているだけだった。部屋に入るとすぐにそのチラシをゴミ箱に捨て、部屋着に着替えてソファに座る。
ソファに置いた鞄の中からスマホを取りだし、着信を見るけれどなにも入っていない。電話もメッセージもなにも入っていない。それを見て、スマホをソファに投げ捨て、ため息をついて下を向く。湊斗の誕生日に花束を持って迎えに来るよ、大輝はそう言っていた。だけど今日、大輝は来なかった。連絡もない。つまり、今年も来てくれなかったということだ。
俺たちももう27歳だ。大輝がドイツに行ったのは20歳になる年だった。あれから7年と8ヶ月ほど。中学3年で大輝と出会ってからドイツへ行くまでの時間とドイツへ行ってしまってからの時間を比べると、待っている時間の方が長くなってしまっている。涼が他の人にしろ、という訳だ。
ポロリと口から出てしまった弱音とともに涙も出てしまう。大輝が迎えに来てくれるまで待つ。その気持ちは変わらない。でも、現役引退を考えるとそろそろ迎えに来てくれてもいい頃合いだと思うと悲しくなる。今年来てくれなかったのなら、来年は来てくれるだろうか。今日からまた1年待つことになる。まさか、他に好きな人が出来て、約束なんて知らんぷりとか? それとも、約束自体を忘れてしまったとか? ついマイナス思考になってしまう。
そこでふと思ったのは涼は大輝と連絡を取っているんだろうか。大輝がいくら俺と連絡は取らないと言っても幼馴染みである涼にまで連絡を取らないとは思えない。ま、仮に連絡を取っていたにしても涼が俺になにかを言ってくることはないだろう。そこは大輝が口止めしているだろうし、涼だって大輝が俺に連絡をしないと言ったことを知っているのに俺に大輝のことを話してしまったら意味がない。それに俺に連絡がないのに大輝と連絡を取り合っているなんて聞きたくもない。
弱音も涙も止まらなくて、やけ酒に走りたくなる。でも、明日もまた店があるから深酒はできない。でも、せめてビール1缶くらいはいいだろう。もう、今日は飲んでそのまま寝てしまいたい。シャワーを浴びてないけれど、そんなの明日起きてからでもいいだろう。今日はもう無理だ。こんなこと涼には言えない。言ったらもうやめろと言われるのがわかっているからだ。だから1人の今だけ。今だけ泣くことを許して欲しい。誰にともなくそんなことを思った。
大輝と生きて行くこの世界はとても綺麗だと思った。それぐらい想っていたし、今でも想ってる。でも、その大輝と離ればなれになっているこの状態は切ない。約束があるから待っている。それでも、今年も来てくれなかった。それがただ寂しい。だから、早く迎えに来て。