大学の後期試験を終えたあと大輝はドイツへ2週間の短期サッカー留学へと旅立った。
たった2週間。それでも、中学から一緒にいて2週間も会わないのは初めてだ。でも会えないことよりもメッセージすらろくに来ないことが寂しかった。きっと忙しいのだろう。まして少しはドイツ語の勉強をして行ったとはいえ、ろくに言葉もわからない土地で誰も知っている人がいないという環境ではメッセージなんてしている余裕はないのだろう。それでも2週間だけだから、と必死に自分を励ました。
大学が休みに入ってから俺と涼はバイトのシフトが入っていないときに暇を持て余して、近くの喫茶店でだべっている。
大丈夫かどうか言ったら大丈夫なんかじゃない。この短い間だって辛いのに長期になんてなったらどうなってしまうんだろう。考えるだけで気が狂いそうだ。だけど、ずっと海外のサッカーチームでプレーしたいと言っている大輝の夢は叶えて欲しいんだ。その気持ちに嘘はない。だけど、寂しいと思うのとは別問題だ。
仮に長期留学の場合連絡があったとして、でも会えないのは年単位になるんじゃないのか。いや、いくらなんだって休みくらいあるだろうからその間に会えるかもしれない。でもそれは2週間よりもずっと長い。短期でも長期でも寂しいのは同じなようだ。大輝は不器用なところがある。だから短期であれ長期であれ変わらないのだろう。
その言葉で涼は俺と大輝のことを大事に思ってくれているんだということがわかる。
大輝が長期留学をするのかはわからない。2週間の短期留学をしてみてほんとにドイツでやっていきたいと思ったら大学を中退して長期留学に行くだろう。でも、他の国にしようと思うのならトライアウトに合格するまでは日本にいるだろう。でも、プロとして海外のチームでプレーするのならいつかは離れ離れにならなくてはいけないんだろう。せめて、その期間が少しでも短ければ、と願ってしまう俺は酷い恋人だろうか。
2週間の短期サッカー留学を終えた大輝と俺は大学が休みでバイトも入っていないため、久しぶりに大輝が俺の部屋にきていた。
そしてドイツのお土産を貰って、留学の話しを聞いていた。留学は午前中は語学学校に通い、午後はサッカーという日々を過ごしていたらしい。とにかく毎日忙しくて俺にメッセージを送ろうとしても夜になると疲れて寝落ちする毎日だったという。それは応援している俺としては良かったと思って聞いていた。だけど、話しはそれで終わらない。短期間とはいえ実際にドイツでプレーしてみて、やはりドイツでサッカーをしたいと思ったという。つまり、大学をやめてドイツにサッカー留学をしたいと両親に話したというのだ。それを聞いて俺は言葉を発せないでいた。恐れていた言葉を聞いてしまったからだ。長期になるから別れると言われるんだろうか、それとも待っていて欲しいと言われるんだろうか。それを聞くのが怖い。
お願いだから別れるなんて言わないで。いつまでだって待つから。だから別れるなんて言わないで。
恐れていた言葉を言われた。そうだよな。いつまでって期限がわからない。そんな状態になるのなら別れるっていう選択肢が一番に出てくるのは当然だと思う。反対の立場で俺がそうなっても別れるという選択をすると思う。でも、別れたくない。
そう言う俺を大輝は一瞬辛そうな顔をして見た。別れを告げるのも待っていて欲しいと告げるのもどちらも苦しいのだとでも言うように。そして下を向いて苦しそうに言葉を告げる。
そうしてやっと大輝と目があう。その目が潤んで見えるのは気のせいだろうか。大輝も少しは俺と離れなきゃいけないことを寂しいと思ってくれている。そう思ってもいいのか?
何年かかるかわからなくて、でも連絡はしないって……。
辛い。寂しすぎるよ。だけど、それでまた会えるのなら、我慢できる、よな?
そう言って大輝は優しく俺を抱きしめてくれる。俺の好きな大輝の匂い。なにがあってもこの匂いがすると大丈夫って落ち着いていた。でも、この匂いともしばらくさようならだ。
それでも、約束してくれるのなら。何年かかろうと待てる。俺には大輝しかいないから。だから、2人の空が重なるまでは別々の空で繋がっていよう。
帰っていく大輝の背中を、なにも言わずに見送った。いや、泣いていてなにも言えなかったんだ。2週間後大輝はドイツへ旅立つ。その間に大学に退学届を出し、バイトも辞めてドイツの語学学校へ入学届けを出すという。その間に会えるだけは会う約束をした。
バイトを辞めた大輝は時間が自由に取れるようになったので、俺のバイトのシフトが入っていなければずっと一緒に過ごせる。こんなに大輝に会えるなんて高校生のとき以来だ。だけどそれが別れのときだなんて皮肉だ。俺はとにかく大輝と会うことを優先にした。バイトだってシフトを減らした。そこまでして大輝と会う時間を作った。だって、その後は会いたくたって会えなくなるのだ。何年も。連絡だってしないと言われている。だから今だけ。今だけは全てのことを後回しにしても大輝を優先する。
今日は久しぶりに涼も交えて3人で食事に行く日だ。大輝は明日にはドイツへ行く。俺は明日はバイトを入れていないけれど、見送りはしないという約束だから会えるのは今日が最後だ。そして、大輝がビザの関係で大使館へ行くので少し遅れてくることになっている。その間に涼は俺に訊いてきた。
大輝と離れて寂しいのは俺だけじゃない。大輝の幼馴染みでもある涼だって寂しいのだ。だから俺だけじゃない。だからきっと待てる。
離れていたってちらりとでも姿が観れればいいけれど、ドイツのローカル試合なんて日本で観れることはほとんどないだろう。
笑顔を作る俺に涼は辛そうな顔を見せた。そんな顔しなくていいのに。そう思っていると大輝がやって来た。
連絡はしない、と言う大輝に涼が念を押すように訊く。せめて連絡くらいは……と思っているのだろう。
そう言って涼は呆れている。俺は2人の会話を黙って聞いていた。そっか、連絡も取らないっていうことは大輝も寂しいと思ってくれるのか。そうしたら会えなくて辛いのは俺だけじゃないんだ。そう思ったら少し嬉しかった。
え? 寂しくて俺が浮気する? そんなことあり得ない。
冗談じゃない。涼がなんて言おうと、大輝がなんて言おうと俺は待つって決めたんだから浮気なんか絶対にしない。
涼がそう言って笑う。俺は自分で頑固なのは自覚してる。大輝が頑固だとは思ってないけれど。ということは大輝より俺の方が頑固だと言うんだろうか。そんなのどうだっていい。迎えに来ると大輝は言った。大輝は約束は守る人だから俺は信じて待てるんだ。誰がなんて言おうと。
涼はそう言うと荷物を持って帰って行った。残された俺と大輝はしばらく黙ったままだった。
大輝の言葉に俺は涙が出てきた。大輝と会えるのは今日が最後だ。最後くらい笑顔で見送りたいのに涙が止まらない。すると、唇に温かいものが触れた。それは大輝の唇だった。個室だったから誰にも見られなくて良かった。これは別れのキスだ。そう思うと余計に涙が溢れてきた。そんな俺を大輝は抱きしめてくれた。この温もりを忘れたくない。大輝の腕の中で俺は思う存分泣いた。
そして翌朝、大輝はたった一言のメッセージを残してドイツへと旅立った。