EHEU ANELA

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

切なくて残酷で綺麗で2

大学の後期試験を終えたあと大輝はドイツへ2週間の短期サッカー留学へと旅立った。

たった2週間。それでも、中学から一緒にいて2週間も会わないのは初めてだ。でも会えないことよりもメッセージすらろくに来ないことが寂しかった。きっと忙しいのだろう。まして少しはドイツ語の勉強をして行ったとはいえ、ろくに言葉もわからない土地で誰も知っている人がいないという環境ではメッセージなんてしている余裕はないのだろう。それでも2週間だけだから、と必死に自分を励ました。

 
「大輝から連絡ないのか?」

大学が休みに入ってから俺と涼はバイトのシフトが入っていないときに暇を持て余して、近くの喫茶店でだべっている。


「ない。涼にはあるの?」
「湊斗にないのに俺にあるわけないじゃん。でも連絡なかったら寂しいだろ」
「寂しいけど、大輝の夢のためだもん。それに2週間だし」
「でも、場合によっては長期留学するかもしれないんだろ」
「みたいだね」
「湊斗、大丈夫なのか?」
「……」

大丈夫かどうか言ったら大丈夫なんかじゃない。この短い間だって辛いのに長期になんてなったらどうなってしまうんだろう。考えるだけで気が狂いそうだ。だけど、ずっと海外のサッカーチームでプレーしたいと言っている大輝の夢は叶えて欲しいんだ。その気持ちに嘘はない。だけど、寂しいと思うのとは別問題だ。


「俺だってカフェオーナーになる夢叶えたいって思ってるんだもん。大輝にだって海外のチームでプレーして欲しいと思うよ」
「それは頭では、だろ。でも人間なんだ理性と感情は別物だろ。今は俺とお前しかいない。本音を言ってみろ」
「……長期留学なんて行って欲しくないよ。でもドイツはトライアウトがないから留学するしか手がないんだ。大輝、ドイツ語の勉強してるだろ。そこまでしてるのにさ、他の国にしてくれなんて言えないよ」
「そうだな。でも、長期になったらさすがに連絡くれるんじゃないか? 大好きな湊斗にそれぐらいはするだろ」
「そう、かな。そうだよな」

仮に長期留学の場合連絡があったとして、でも会えないのは年単位になるんじゃないのか。いや、いくらなんだって休みくらいあるだろうからその間に会えるかもしれない。でもそれは2週間よりもずっと長い。短期でも長期でも寂しいのは同じなようだ。大輝は不器用なところがある。だから短期であれ長期であれ変わらないのだろう。


「もし大輝が長期留学したいって言ったらどうするんだ? 待つのか? それとも別れるのか?」
「わからない。大輝しだいだよ。俺は寂しいけど待ちたい。でも、大輝にとって俺が重荷となるのなら別れるんじゃないかな。大輝がどう思うか」
「健気だなー。ほんとに大輝のことが好きなんだな」
「好きだよ、知ってるじゃん」
「そうだけどさ、ここまで健気に想ってるとは思わなかったからさ」
「健気、なのかな。普通じゃん?」
「えー。健気だと思うけどなぁ。でも、大輝もかなり真剣だからいいのかな。大輝の友人としても、湊斗の友人としても嬉しいわ。片方が軽かったら絶対に別れさすからな」

その言葉で涼は俺と大輝のことを大事に思ってくれているんだということがわかる。


「2人の友人としては2人に幸せでいて欲しい。どんな形でも。それが俺の望みだよ」
「ありがとう」

大輝が長期留学をするのかはわからない。2週間の短期留学をしてみてほんとにドイツでやっていきたいと思ったら大学を中退して長期留学に行くだろう。でも、他の国にしようと思うのならトライアウトに合格するまでは日本にいるだろう。でも、プロとして海外のチームでプレーするのならいつかは離れ離れにならなくてはいけないんだろう。せめて、その期間が少しでも短ければ、と願ってしまう俺は酷い恋人だろうか。


「え?!」

2週間の短期サッカー留学を終えた大輝と俺は大学が休みでバイトも入っていないため、久しぶりに大輝が俺の部屋にきていた。

そしてドイツのお土産を貰って、留学の話しを聞いていた。留学は午前中は語学学校に通い、午後はサッカーという日々を過ごしていたらしい。とにかく毎日忙しくて俺にメッセージを送ろうとしても夜になると疲れて寝落ちする毎日だったという。それは応援している俺としては良かったと思って聞いていた。だけど、話しはそれで終わらない。短期間とはいえ実際にドイツでプレーしてみて、やはりドイツでサッカーをしたいと思ったという。つまり、大学をやめてドイツにサッカー留学をしたいと両親に話したというのだ。それを聞いて俺は言葉を発せないでいた。恐れていた言葉を聞いてしまったからだ。長期になるから別れると言われるんだろうか、それとも待っていて欲しいと言われるんだろうか。それを聞くのが怖い。


「2週間向こうでプレーしてみて、ドイツっていう国が俺にあっていると思ったし、ここでプレーしたいって思ったんだ。もちろん留学したって必ずプロになれるわけじゃない。でも、賭けてみたいんだ。ただ、そうなると湊斗には寂しい思いをさせる」

お願いだから別れるなんて言わないで。いつまでだって待つから。だから別れるなんて言わないで。


「だから別れた方がいいのかなって思った」

恐れていた言葉を言われた。そうだよな。いつまでって期限がわからない。そんな状態になるのなら別れるっていう選択肢が一番に出てくるのは当然だと思う。反対の立場で俺がそうなっても別れるという選択をすると思う。でも、別れたくない。


「いやだ。別れたくない」
「湊斗……でも、何年かかるかわからないんだぞ」
「それでも別れたくない。待ってる。待ってるから」

そう言う俺を大輝は一瞬辛そうな顔をして見た。別れを告げるのも待っていて欲しいと告げるのもどちらも苦しいのだとでも言うように。そして下を向いて苦しそうに言葉を告げる。

 
「待たなくていい。俺じゃなくてもいいから」
「嫌だ。大輝がいい。大輝じゃなきゃ嫌だ」
「湊斗……」

そうしてやっと大輝と目があう。その目が潤んで見えるのは気のせいだろうか。大輝も少しは俺と離れなきゃいけないことを寂しいと思ってくれている。そう思ってもいいのか?

 
「何年かかったっていい。待ってるから」
「……連絡はしない。それでもいいの?」
「……なんで? なんで連絡もくれないの?」
「会いたくなっちゃうから。そうしたらサッカーに集中できなくなる」

何年かかるかわからなくて、でも連絡はしないって……。

辛い。寂しすぎるよ。だけど、それでまた会えるのなら、我慢できる、よな?


「わかった。大輝がそういうなら」
「そっか、わかった。それなら何年かかるかわからないけど、湊斗の誕生日に花束を持って迎えに来るよ」
「うん。うんっ!」
「それまで別々の空で繋がっていよう。約束するから」

そう言って大輝は優しく俺を抱きしめてくれる。俺の好きな大輝の匂い。なにがあってもこの匂いがすると大丈夫って落ち着いていた。でも、この匂いともしばらくさようならだ。

それでも、約束してくれるのなら。何年かかろうと待てる。俺には大輝しかいないから。だから、2人の空が重なるまでは別々の空で繋がっていよう。


帰っていく大輝の背中を、なにも言わずに見送った。いや、泣いていてなにも言えなかったんだ。2週間後大輝はドイツへ旅立つ。その間に大学に退学届を出し、バイトも辞めてドイツの語学学校へ入学届けを出すという。その間に会えるだけは会う約束をした。

バイトを辞めた大輝は時間が自由に取れるようになったので、俺のバイトのシフトが入っていなければずっと一緒に過ごせる。こんなに大輝に会えるなんて高校生のとき以来だ。だけどそれが別れのときだなんて皮肉だ。俺はとにかく大輝と会うことを優先にした。バイトだってシフトを減らした。そこまでして大輝と会う時間を作った。だって、その後は会いたくたって会えなくなるのだ。何年も。連絡だってしないと言われている。だから今だけ。今だけは全てのことを後回しにしても大輝を優先する。


「ほんとに待つの?」

今日は久しぶりに涼も交えて3人で食事に行く日だ。大輝は明日にはドイツへ行く。俺は明日はバイトを入れていないけれど、見送りはしないという約束だから会えるのは今日が最後だ。そして、大輝がビザの関係で大使館へ行くので少し遅れてくることになっている。その間に涼は俺に訊いてきた。


「うん」
「でも、向こうへ行ったら会えないどころか連絡もしないって言われてるんだろ? それでいいのか」
「いいもなにも、別れるかそうするかの2択だよ。そしたら待つしかないじゃん。別れたくなんてないんだから」
「湊斗……」
「そんな顔するなよ。待っててくれって大輝に言われたわけじゃない。待たなくていいって言われたんだ。それを待つって決めたのは俺だから」
「辛くなったら言えよ? 会いたいって言えよ? お前は自分の中に抱え込む癖があるから。だから、どんな小さいことでも俺に言えよ。それは約束な」
「ありがとう。でも、大輝がいなくなって寂しいのは涼も同じだろ」
「まあな。小さい頃からずっと一緒にいたから、いなくなるのは寂しいかな」
「そしたら、涼も寂しかったら言えよな」

大輝と離れて寂しいのは俺だけじゃない。大輝の幼馴染みでもある涼だって寂しいのだ。だから俺だけじゃない。だからきっと待てる。


「せめてテレビでドイツのサッカー見れればいいけど、さすがにドイツのローカルな試合は観れないからなぁ」
「CSにサッカーチャンネルあるけど、さすがにそれでも難しいかもね」
「だよなぁ。チームだって沢山あるんだから」

離れていたってちらりとでも姿が観れればいいけれど、ドイツのローカル試合なんて日本で観れることはほとんどないだろう。


「でも、観れない方がいいかも。ちらっとでも観れたら会いたくなっちゃうから。だから迎えに来てくれるのを待つよ。確かさ、サッカー選手の寿命って25か26歳くらいだろ? だったらきっと待てるよ」
「だけど、中には長い選手だっているんだぞ」
「うん。だけどいつまでも会えないわけじゃない。迎えに来てくれるって約束したんだ。大輝は約束は守ってくれるだろう。だから俺は待てるよ」
「湊斗……健気だな」
「健気かな? ただ大輝が好きなだけだよ」

笑顔を作る俺に涼は辛そうな顔を見せた。そんな顔しなくていいのに。そう思っていると大輝がやって来た。


「ほんとに連絡しないつもりなのか」

連絡はしない、と言う大輝に涼が念を押すように訊く。せめて連絡くらいは……と思っているのだろう。


「ああ」
「会えない上に連絡も取らないでお前は平気なのかよ」
「それは寂しいと思う。でも、会いたくなったらサッカーに打ち込めないから。だから連絡しない」
「お前ってほんと子供の頃から頑固だよな」

そう言って涼は呆れている。俺は2人の会話を黙って聞いていた。そっか、連絡も取らないっていうことは大輝も寂しいと思ってくれるのか。そうしたら会えなくて辛いのは俺だけじゃないんだ。そう思ったら少し嬉しかった。


「お前に会えなくて、湊斗が寂しくなって浮気されてもお前は文句言えないんだからな」
「そうだな」 

え? 寂しくて俺が浮気する? そんなことあり得ない。


「浮気なんてしないよ。待つって決めたのは俺なんだから」
「湊斗はそんな健気なこと言わなくていいの。寂しくなったら大輝なんて捨てて他の人に乗り換えたっていいんだからな。俺が許す」
「もう、涼ったら」
「いや、でも涼の言う通りだよ。何年になるかわからないし、その間連絡もしないって言ってるんだから浮気されたって仕方ないと思ってる」
「大輝!」

冗談じゃない。涼がなんて言おうと、大輝がなんて言おうと俺は待つって決めたんだから浮気なんか絶対にしない。


「まぁ、でも湊斗も可愛い顔して頑固だからなぁ。お前たち似たもの同士だな」

涼がそう言って笑う。俺は自分で頑固なのは自覚してる。大輝が頑固だとは思ってないけれど。ということは大輝より俺の方が頑固だと言うんだろうか。そんなのどうだっていい。迎えに来ると大輝は言った。大輝は約束は守る人だから俺は信じて待てるんだ。誰がなんて言おうと。


「明日は俺はバイトだからもう会えないからさ。気をつけて行ってこいよ。で、何年か先、帰国するときは連絡しろよ。お帰りなさいの飲み会を開いてやるから」
「ああ。連絡するよ」
「んじゃ、俺、先に帰るわ」
「え? なんで」
「なんでって馬に蹴られて死にたくないからな。ここからは恋人同士の時間を過ごせよ。じゃあな」

涼はそう言うと荷物を持って帰って行った。残された俺と大輝はしばらく黙ったままだった。


「明日、朝早いんだよな?」
「ああ。朝の便で行くから」
「じゃあ早く帰った方がいいな」
「湊斗……ごめん」
「謝らなくていいよ。大輝の夢なんだから応援するよ」
「湊斗……。離れても好きだから。連絡しなくたっていつだって湊斗のこと想ってる」

大輝の言葉に俺は涙が出てきた。大輝と会えるのは今日が最後だ。最後くらい笑顔で見送りたいのに涙が止まらない。すると、唇に温かいものが触れた。それは大輝の唇だった。個室だったから誰にも見られなくて良かった。これは別れのキスだ。そう思うと余計に涙が溢れてきた。そんな俺を大輝は抱きしめてくれた。この温もりを忘れたくない。大輝の腕の中で俺は思う存分泣いた。

そして翌朝、大輝はたった一言のメッセージを残してドイツへと旅立った。


『会えなくても愛してる』