EHEU ANELA

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

同じ空の下3

パリでカフェ巡りをした後はローマに飛び、ローマでカフェ・バールをまわる。

フランスでは日本と同じように普通にカフェだが、イタリアではバールになるが普通にバールと言うと立ち飲みになる。日本でいうカフェの場合は、カフェ・バールと言ってカフェメニューがメインになる。ちなみにバールは他にもあり、カフェ・バールと似たバールにパスティチェリア・バールがある。パスティチェリア・バールはタルトやケーキと言ったドルチェがメインとなる。他にも食事をするバール、お酒を提供するバールと様々なバールがある。

バールでコーヒーを飲むのに席に寄って値段が違うのはフランスと一緒だ。外の席が一番高くて中に入ってカウンターで立ち飲みをするのが一番安い。俺はいつも1人のときは時間がないときは立ち飲み。しっかりコーヒーを味わうときは店内の窓際に座る。外の席は景色がいいけれど、1人だとなんだか落ち着かなくて店内に入ってしまう。

パリで2泊して、ローマでは1泊、そしてデュッセルドルフで2泊してパリ経由で日本に帰る。お店があるから駆け足にはなってしまうけれど、それでもただコーヒーを飲みに来ているんだから贅沢というものだ。

パリでは2日目は昼間は服を見てまわる優馬さんとは別行動なので、1人でカフェを数店まわり夜だけ一緒に食事をしてカフェへ行った。

ローマは今日だけなので、数店のカフェ・バールをまわる。イタリアもフランスと一緒でコーヒーと言ったらエスプレッソだ。ちなみにエスプレッソを注文すると水も一緒に出てくる。これはエスプレッソの風味を味わう為だそうだ。飲み方としては、水を一口飲み、口の中をリフレッシュしてからエスプレッソを飲み、風味を味わう。飲み終わった後にも水を飲むと口の中に残った雑味を洗い流し、旨味の余韻を楽しむ、という飲み方だ。エスプレッソは最初は苦いと思うけれど、慣れてくるとそんなには感じない。

ちなみにカフェ・バールでのコーヒーのメニューとしては、ストレートで飲むのはエスプレッソとカッフェ・アメリカーノ、エスプレッソの冷たいものとしてカッフェ・フレッドがあるが、その3つのみだ。で、後はカッフェ・マキアート、ラッテ・マキアート、カッフェ・ラッテ、カプチーノと言った牛乳やミルクを入れたものになる。

今日も朝からカフェをまわり、夕食にピッツェリア・バールでパスタを食べてホテルの近くのパスティチェリア・バールに来た。コーヒーは定番のエスプレッソでティラミスを楽しんでいる。コーヒーを飲むだけならピッツェリア・バールでも飲めるけれど数あるスイーツからスイーツを選んでコーヒーを飲みたいと言うときはパスティチェリア・バールに移動する。

今日数杯目のエスプレッソで一息つく。明日はデュッセルドルフに移動だ。初めてのドイツ。今まで何度行こうと思ったかわからない。大輝がドイツのどこにいるかはわからない。それでも同じ空の下にいたいと思った。それでも行ってしまえばサッカーの試合を見てしまいそうで行くのをやめていた。今回だって正門さんのお弟子さんがデュッセルドルフにいなかったら行かない。同じ空の下に行くことにドキドキする。でもひとつ決めているんだ。絶対にサッカーは見ないって。そのためにホテルではテレビはつけない。そこで大輝の姿を見かけることのないように。

明日からの初ドイツに思いを馳せつつ今日のコーヒー日誌を書いた。

翌日朝ローマ発デュッセルドルフ行きの飛行機に乗った。デュッセルドルフ着がちょうどお昼だったので、とりあえずホテルまで行き、チェックインをして荷物を預けて街へ出る。

どこで食べたらいいのかわからずにいたらホテル近くの駅の中にレストランがあったので入ってみる。ドイツ語なんてさっぱりわからないので英語が頼りなんだけど、メニューに英語はなく、写真を頼りに注文した。注文したのはカツレツのようなものだった。でもカツレツよりも付け合わせのポテトの量が半端なくてお腹いっぱいになってしまう。それがなんだかドイツのような気がして満足してしまう。

食事を終えた後は食後のコーヒーにしたいので正門さんから教えて貰ったお店へと行く。ヨーロッパでカフェというとフランスやイタリアのように外にも席を設けている昔ながらのお店が主だけど、紹介して貰ったカフェは日本で修行していたからか日本のカフェのようだった。白木の優しさが心地いい。エスプレッソマシーンではなく日本のようにハンドドリップしているからか、お店の中はコーヒーのいい匂いがした。この香りで気持ちが落ち着く。とりあえずコーヒーを頼もう。今日、明日もコーヒーを何杯も飲むから今はアメリカンで。とはいえ、ドイツ語でアメリカンはなんて言うのかわからず悩んでいるとカウンターの中から優しそうな風貌のスタッフが日本語で話しかけてくれた。


「ミスター正門の知り合い?」
「あ、はい」

どうも彼が正門さんが紹介してくれたカイさんのようだ。日本語にホッとしてカウンターに近づく。


「えっと、ミナト、だよね? なににする?」
「あ、アメリカンを」
「わかった。空いているところ座ってて」

お昼どきで、数組のお客さんが店内にはいた。窓際の席が空いていたので、そこへ行く。全くわからないドイツ語の世界に来たけれど、コーヒーの注文ぐらいはできるようにしたい。カウンターに目をやると、カイさんが真剣な顔でドリップしている。こっちに来てからストレートで飲むのはエスプレッソなので、人がドリップしている姿を見てなんだかホッとした。こっちではコーヒーといえばエスプレッソマシーンだけど、俺はこうやって人が少しずつ落としていくコーヒーが好きだ。

お店に入ったときよりもコーヒーの香りが強くなったところでカイさんがコーヒーを持って来てくれる。


「どうぞ」
「いただきます」

まだ熱いコーヒーをゆっくりと一口飲む。そのコーヒーの柔らかさに正門さんのコーヒーを感じる。やっぱり正門さんにしごかれた人なんだな、とコーヒーを通して感じる。


「美味しい!」
「ありがとうございます。ミスター正門のお弟子さんだから緊張しちゃった」
「正門さんが美味しいと言っていたのがわかりました」
「でも、ミナトもミスター正門に教わっているんでしょう?」
「だけど、まだ到達しきれてなくて」
「僕もまだだと思うよ。でも、ミスター正門が美味しいと評価してくれたのなら嬉しい」

やっぱり彼も正門さんには厳しくされたんだなとわかる。


「ドイツは最近ハンドドリップのお店が少しずつ出来てるんだ。いくつか店を紹介するよ」

そう言うとカイさんはカウンターに紙とペンを取りに行った。その姿を見送り、窓の外に目をやったとき俺は心臓が止まるかと思った。

だって、通りの向こうに大輝がいたからだ。

間違いない。どれだけ離れていようと俺が大輝を見間違えるはずがない。

ドイツという同じ空の下。それだけでいいと思っていた。それがまさか姿を見るなんて。

でも、俺は全然嬉しくなかった。だって、その隣にはブロンドの綺麗な女性がいて、大輝の腕に手をかけているのだから。


「……ト。……ナト。ミナト!」

俺を呼ぶ声が聞こえて、意識がこちらに戻ってきた。


「ミナト? 大丈夫?」
「え、あ、ごめんなさい。ボーッとしちゃって」
「それはいいけど、疲れてるんじゃない? ヨーロッパ来ても駆け足なんでしょう」

カイさんが心配して俺の顔を覗き込む。疲れてると思って心配をかけてしまった。


「ちょっと疲れたのかな? あはは」
「お勧めのお店をメモしたけど、疲れたのならここで少しゆっくりして行ったらいい」
「あ、はい。ありがとうございます」

チラリと横目で通りの向こうに目をやるけれど、大輝の姿は既にそこにはない。それが寂しいようなホッとしたような微妙な感じだ。

疲れてボーッとしていたわけではないけど、少しここでゆっくり休ませて貰おう。


「コーヒーのおかわり必要だったら言ってね」
「はい」

カイさんはカウンターに戻り際に振り返ってこちらを見ると、パチンと音がしそうなくらい見事なウインクを送ってきた。それが少しいたずらっ子みたいで、ふと口角があがった。ほんの少しだけど、大輝を見かけたショックが和らいだような気がした。

コーヒーに口をつけ、深呼吸をしてみる。お店いっぱいに充満しているコーヒーの香りが気持ちを落ち着けてくれる。

さっきの人は大輝で間違いない。いくら7年会っていなくたって他のアジア人と大輝を見間違えるはずがない。

こちらから一方的だけど姿を見れた。それは嬉しいことなのかもしれないけれど、さっきの光景は全然嬉しくなんてない。

ブロンドの長い髪を風に揺らせて、大輝の腕に迷いもなく腕を絡める女性。遠目だったけれど、綺麗な|女性《ひと》だと思った。

大輝はもう心変わりをしてしまったのか。もう俺のことなんて忘れて、こちらのブロンドの美人と付き合っているんだろうか。7年も待ち続けていた俺は馬鹿なのか。だって、大輝が約束を破るなんて思わなかったんだ。大輝は約束を守る人だから。迎えに来ると言ってくれたから、それを信じて待っていた。心変わりなんてしていたら迎えになんて来てくれない。だから、大輝はずっと変わることなく俺を思ってくれると信じてた。

馬鹿だな。大輝はもう俺のことなんて忘れてしまったんだ。だから昨年の誕生日だって迎えに来てくれなかったんだ。もういくら待っても無駄なんだ。大輝はもう迎えになんて来てくれない。ブロンドの綺麗な女性と腕を組んで道を歩くくらいなんだから。

こんなことを予想していたから涼は他の人にしろ、と言っていたのか。それとも、知っていた? どっちかはわからない。わからないけど、涼に知らせようと思いスマホを取りだし、今のことを涼にメッセージを送る。ポケットにしまおうとしたところでスマホが震える。メッセージじゃない。電話だ。涼だろう。時間的に家でゆっくりしている頃だ。出るかどうしようか悩んでから出ることに決めた。


「もしもし」
『大輝がブロンドの女と歩いてたって?!』
「うん」
『大輝で間違いないのか』
「見間違えるはずがないよ」
『大丈夫か?』
「大丈夫……じゃない。胸が痛い」
『もう、大輝のことは忘れろ。で、大輝が帰って来たら俺が話しつけてやるから。湊斗はもう会わなくていい』
「……」

大輝のこと、忘れられるのかな? 7年も待ってたんだ。ずっとずっと信じて待ってたんだ。ずっとずっと好きだったんだ。


『優馬さんのこと、考えてみてもいいんじゃないか? あの人ならいいと思う』

優馬さんのこと考えてもいいのかな。失礼にならないかな。でも、優馬さんなら優しいから傷つくことはないだろう。


「考えてみる」
『ん。もうすぐ帰国だろ。帰国したら飲もうぜ』
「うん」

俺のことを心配してくれる涼の心が嬉しい。簡単に忘れることなんてできない。できないけど、優馬さんのこと考えてみよう。


「いい加減離れろよ」
「いいじゃない。行くところ一緒なんだから」
「一緒だからって腕組んで歩く必要ないだろ」
「まだ日本に置いてきた彼のこと忘れられないの?」
「忘れるもなにも別れたわけじゃない。だから忘れる必要がない」
「その彼ももう他の人と付き合ってるんじゃない? もう7年でしょう」
「湊斗はそんなやつじゃないよ」
「近くにこんな美人がいてなびかないなんて信じられない」
「信じろよ」

今日は同じチームで仲の良いアドルフの誕生日パーティーに呼ばれている。アドルフの家に向かっている俺の隣にはアドルフの妹、エマがいる。それも腕を組んで。

自意識過剰みたいでいやだけどエマは俺のことが好きだ。それはエマに告白されているから間違いない。それで顔を合わせるとこうやって距離を詰めて、まるで彼女かのように振る舞う。俺には日本に恋人がいるから、と何度言ってもエマは諦めない。どうやっても諦めないので、最近は勝手にさせている。

そうしてエマと言い合いながらアドルフの家に向かっている途中でスマホが着信を知らせる。誰からだろうと画面を見ると日本の親友の涼からだった。エマを無視して電話に出る。珍しいな。いつもは大体メッセージなのに。


「もしもし」
「大輝! お前、今1人じゃないだろ」
「え、あ、うん。知人が隣にいるけど」

なんでエマが一緒にいることを涼は知っているんだ?


「知人ね。言いようだな。お前、もう湊斗にちょっかい出すなよ。別れろ」
「え? なんだよ急に」
「今隣にいるのは女だろ。しかも腕組んで。湊斗がいるのになにやってるんだよ。ドイツだからバレないとでも思ったのかよ」
「ちょっと待てよ、涼。一体、なにに怒ってるんだよ」
「なにに怒ってるって自分の胸に手をあてて考えてみろよ。それともなにか。心当たりがありすぎてわからないとか?」

涼がなにに対して怒っているのかわからない。いや、俺が今、人と一緒にいるのを知っていて、しかも腕を組んでいるというのをなぜわかるのか。それがわからない。


「お前、最低だよ! 帰国してももう湊斗と会うなよ。それで、俺もお前に会いたくないね。バレないと思って浮気するなんて最低な男だよ」
「ちょっと待てよ。なんで俺が今、人と一緒にいるってわかるんだよ」
「ほんとのことを指摘されて逆ギレかよ」
「涼、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるかよ。湊斗を傷つけて」
「湊斗を傷つけた?」
「しらばっくれるんじゃないよ。湊斗がお前のことを見かけたんだよ」
「え? 湊斗が?」

湊斗が俺を見かけたと言う言葉を聞いて、俺は足を止める。なんで湊斗が俺を見かけた? まさか、今ドイツにいるのか? 頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。


「ドイツへコーヒーを飲みに行っていて、女と腕組んで歩いているお前を見かけたって今さっき聞いたんだよ」
「デュッセルドルフにいるのか?」
「ああ。コーヒーの師匠に勧められてドイツに行ったんだよ」

湊斗がデュッセルドルフにいる。まさか湊斗がデュッセルドルフに来るなんて思わなかった。だって湊斗は俺がドイツのどこにいるかを知らない。

俺がサッカー留学でドイツへ来たのはベルリンだった。でも、所属したチームはデュッセルドルフだ。そのことは涼には話しているけれど、連絡を取っていない湊斗はそれを知らないはずだ。


「俺がここにいるって湊斗に話したのか?」
「まさか。お前と約束してたから湊斗には話してないよ。というか俺がお前と連絡を取ってることも湊斗は知らない。デュッセルドルフに行ったのは全くの偶然だ」

偶然、俺がいるデュッセルドルフに来たなんて。しかも俺を見かけるくらい近くにいたなんて。


「とにかく。湊斗がいないのをいいことにドイツ女と腕組んで歩くような男は湊斗にふさわしくないよ。湊斗は健気に待ってるのに! 俺は湊斗に他の人を勧めておいたよ。イケメンで優しい人がいるからな。じゃあな!」

涼はそう言うと電話を一方的に切った。

俺はあまりのことに突っ立ったまま動くことが出来なかった。