その日の夕食は、ホテルからほど近いところでフランスの家庭料理を出すレストランに足を運んだ。
まずはじゃがいものガレット。とはいえ、日本でやるようにそば粉を使ったりせずに、じゃがいもを細切りにして焼いただけのシンプルなものだ。でも、それが美味しい。そば粉を使うよりも軽い感じがするのは気のせいだろうか。
「ガレットを焼くって言うと面倒くさいと思ってたけど、これなら簡単に作れますね」
「だよね。これなら毎日でもできるなって思うよ」
前菜を食べたところでサラダにはアボカドと卵のトマトファルシが出てきた。トマトを器として中にアボカドと卵を詰めたもの。アボカドとトマトがいい味を出している。ファルシって中をくり抜かなきゃいけないから何気に面倒だから自分では作らないけど、こうやって出てくるのはいい。それに見た目が可愛い。女性に受けるだろう。
「トマトとアボカドってあうんですね」
「ね、そう思うよね」
「アボカドのねっとりした感じがトマトで中和されてる感じがします。トマトがさっぱりしてるからいいのかな」
「だろうね。これは作ってみたいな」
優馬さんの料理男子なところが出ている。イケメンで料理男子なんて女性が聞いたら高得点だろう。男の俺が見ると”ズルい”と言いたくなる。そのイケメンさで落として料理でとどめを刺す感じだ。それをズルいと言わないでなんと言うのだ。そして、それがつい口から出ていた。
「優馬さんってズルいですよね」
「ズルい?」
「はい。だってイケメンっていうだけでも落ちるのに、それで料理男子っていってとどめを刺してる感じじゃないですか。モブな俺からしたらズルいとしか言えないですよ」
「モブって湊斗くんが?」
「そうです」
「湊斗くんがモブっていうのはちょっと頷けないけどな。可愛いのに。と、それより僕に落ちて、とどめ刺されてくれるの? 誰を落とすよりも湊斗くんを落としたいんだけど。湊斗くんが落ちてくれないなら意味ないかな」
俺のことを可愛いなんて言うのは大輝だけだ。もし俺がほんとに可愛いのならそれで店が繁盛するんじゃないかと考えてしまう。でも、残念ながらそれはない。だったらモブだろう。実際に、中心にいるタイプではない。
「まぁ湊斗くんが可愛い談義はドイツの彼と話しが合いそうだけどね。それより料理がポイント高いのは良かった。料理は好きだよ」
そういって笑う優馬さんはほんとにズルいの一言だ。優馬さんと大輝か。2人揃ったら女性が2人を取り囲んじゃいそうだ。俺のことで話しがあうかどうかはわからないけれど。
そう言いながらファルシを食べるとスープが出てくる。スープはクルトンの入ったグリーンピースのスープだった。
「これはポタージュ・ピュレ・サンジェルマンって言うんだけど、パリ郊外にサンジェルマン城ってあるんだけど、そこがかつてグリーンピースの産地で、当時の伯爵がこのスープを好んだらしくて、それでこの名前になったらしい。日本ではグリーンピースのスープってピンとこないよね」
「グリーンピースってひとつひとつは小さいからスープにするの大変だろなって思っちゃいました」
「いまはミキサーやハンドブレンダーがあるからいいけど、昔は大変だっただろうね。その伯爵は自分で作るわけじゃないから良かっただろうけれど」
確かに昔はミキサーとかはなく、人力だ。言うのも食べるのも簡単だけど作るのは大変だ。でも、伯爵が好んだというのもわかる。グリーンピースと炒めた玉葱がなかなかマッチしていた。
そして次に出てきたメインはアッシ・ド・ブフ・パルマンティエと言って、みじん切りのにんにくや玉ねぎ、ひき肉を炒めたものをグラタン皿にひいて、その上にマッシュポテトを乗せて焼いたものだ。フランス版おふくろの味だそうだ。フランスではポピュラーなものらしいけど、作るのも簡単で良さそうだ。ポテト好きの人にはたまらないだろう。
「これは簡単に作れそうでいいですね。日本に帰ったら作ってみよう」
「湊斗くんは僕のことを料理男子だって言うけど、湊斗くんも料理男子だよね。しかも美味しいコーヒーも淹れられる。そっちの方がズルいよ」
優馬さんがそんなことを言う。いや、俺の場合はイケメンじゃないからズルくない。そう言おうとしたところで、可愛いのにと言われた。
「ドイツにいる彼はたまらなかっただろうね。できればこの先は僕に作って欲しいよ」
「優馬さんは作れるじゃないですか」
「自分で作るのとは別でしょう」
最近一緒にいることが多くて、でもなにも言わないから忘れそうになるけれど、優馬さんは俺のことが好きなんだ。返事、受け取ってくれないからな。
「湊斗くん? 難しい顔してどうしたの?」
「え?」
難しい顔をしていたのだろうか。
「ごめんなさい。なんでもないです」
「もしかして、困らせてた? ごめんね、困らせて」
「いえ、あの……」
「冷めちゃうから食べよう」
「あ、はい」
優馬さんのことは一旦頭から追いやって食べることに専念する。うん、やっぱり美味しい。
「簡単だけど美味しいですね」
「そうだね。これは帰国しても作れそうだね」
「優馬さん、よくフランスに来るっていうだけあって詳しいですね」
「そうかな。美味しいものが好きだから。帰国したら、また美味しいもの食べに行こうね」
「はい」
マッシュドポテトがいい味をしていて、美味しいと言いながらあっと言う間に食べてしまった。うん、結構食べたな。
「普通ならここでチーズを挟んでからデザートなんだけど、今日はデザートとコーヒーは別のお店でいい?2日じゃあ僕のおすすめ紹介しきれないから」
「いいですよ。結構食べたから逆に少し歩きたいです」
「じゃあ、食べたばかりだけど行こうか」
「はい」
そう言うと優馬さんはチェックのサインをし、ギャルソンを呼び会計をする。
「いくらですか」
「いいよ。おごり」
「でも……」
「まさかフランスで湊斗くんと食事をするなんて思ってもみなかったから浮かれてるんだよね。で、これはそのお詫び」
「浮かれてるって、別になにもしてないじゃないですか」
「んーじゃあ好きな子に格好つけたい男ってことで見逃してよ」
きっとこれはなにを言っても払わせてくれないな、と気づきお財布をしまう。
「じゃあ後で払わせて貰います。ご馳走さまでした」
「うん。じゃ、行こうか。今から行くカフェはデザートが美味しいんだ。店も落ち着いてるからゆっくりできるよ」
優馬さんはお店を出るとホテルとは逆の方へ歩いて行く。少し行くと駅がある。
「そんなに遠くないから」
「はい」
駅の周りにもカフェがたくさんある。パリはほんとにカフェの多い街だ。駅を右に見てしばらく行くと、優馬さんはある一軒の店のドアを開けて中に入った。
外からはお店なのかどうかもわからなかった。ただ、ドアがあるからそうなのだろう、と思っただけだ。そして、お店だとわからなかったくらいだからなんのお店だかもわからなかった。ただ、ドアを開けるとコーヒーの香りが鼻をくすぐり、カフェなのだとわかる。
「コーヒーもケーキも美味しいから。特にオペラとサントノーレがお勧め。チョコが美味しいんだ」
「じゃあ、オペラとカフェ・クレームにします」
「じゃあ僕はサントノーレとエスプレッソにしよう」
注文を済ませ、僕の視線はお店の入り口にあるマカロンに釘付けになる。最近、マカロン食べてないな、なんて思いながら見てしまう。僕のその視線に気づいた優馬さんが言う。
「マカロン、カラフルで可愛いよね。マカロン買っていく? 美味しかったよ」
「そうですか。じゃあ帰りに買って帰ります。っていうか、優馬さんも結構甘い物食べてますよね」
「んー。きちんとしたお店で食事をするとデザートまで出てくるじゃない。それにコーヒーには甘い物が似合うからね」
「確かにそうですね。デザートまで食べて一食ですしね。コーヒーに合うのも認めます」
「でしょ? それに嫌いじゃないから」
「なんで日本の男は甘いの苦手なんでしょうね。洋菓子だけじゃなく和菓子も食べないし」
「日本は食事に含まれないからじゃない? 小さい頃から食べていたら苦手なんてことはないと思うよ。現にこっちの人は男の人でも普通にデザート食べるでしょ」
「なるほど。食べ慣れてないっていうのもあるんですね」
「うん、そうだと思うよ」
俺は母がよくお菓子を作ってくれていたので、子供の頃からホットケーキやクッキー、マフィンといった手作りのお菓子を普通に食べていたからか、そのまま成長し食べるに留まらず自分でも作るようになった。確かに食べ慣れていたら普通に食べるようになるか。でも、フランスやイタリアで出されるスイーツはメニューが豊富で目移りしてしまう。そう考えるとやっぱりデザートメニュー増やそうかな。
「どうしたの?」
「いえ。やっぱり真剣にデザートメニュー考えようと思って」
「タルトシトロンなんてどう?」
タルトシトロンとは、レモンクリームの詰まったタルト菓子だ。フランスのお店では定番中の定番だ。
「甘いのが苦手な男性でも食べれそうじゃない?」
「あ、タルトシトロンか。それいいかもしれませんね。それとタルトタタンかな。タルト生地一つで結構作れるものですね」
「そうだね。それでデザートメニュー4つか。1人で作るんだしお店の規模考えてもそれくらいでいいんじゃない?」
「ですかね。日本に帰ったらさっそく作ってみます。やっぱりこっち来て良かったです。アイデアが出てくる」
「カフェ文化はやっぱりヨーロッパだからね。その中でもフランスは特に発達してる」
「そうですね。イタリアとフランスはすごいと思います」
コーヒーを飲みに来たけれど、色々なことが思いつくから来て良かったなと思う。
そうこう話しているとケーキとコーヒーが出てくる。まずはカフェクレームから。うん、美味しい。その後はオペラを一口切って口に入れる。ビターチョコレートとコーヒークリームのほろ苦さがたまらない。甘めのコーヒーによく似合う。
俺はカフェクレームとオペラを堪能した。