EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

小さな幸せ2

週末の夕食を陸さんと食べるようになって3週間ほど経ち、会話は相変わらずないけれど、陸さんが仕事に行くときはリビングから見送り、帰ってきたときは電気をつけて、まだまだ外は暑いからエアコンでリビングで涼しくしておく。

陸さんときちんと顔を見合わせるのは、僕が朝食を食べる前、ちょうど陸さんの出勤時間と週末くらいだ。ほんとは朝ご飯を一緒に食べたいし、夜だって出迎えたいけど、仕事で疲れて帰ってきて僕の顔を見たら余計に疲れちゃうかな、と思って基本的には顔を見せないようにしている。

週末は陸さんが出かけて、食事がいらないときもあるけれど、基本的に2日のうちのどちらかは僕の作ったものを食べてくれる。これがどれだけ嬉しいかなんて陸さんはわからないだろうな。今の僕の生活は週末を中心に回っている。

そして今日は待ちに待った土曜日! 陸さんにご飯を食べて貰える日だ。陸さんはお昼頃出かけて行った。それって、もしかしてお昼ご飯を食べにじゃないかと思う。そうだよね。僕が作るのは夕食だけ。朝はいつもと同じようにシリアルとヨーグルトとフルーツを食べているけれど、お昼は僕は作っていないし、陸さんがキッチンに立つことはない。ということは外に食べに行くということだろう。

うわ、僕ってなんて気が利かないんだろう。そう思うと凹んでしまう。夕食を作れることに浮かれすぎた。後で帰ってきたらお昼も作っていいか訊いてみようか。もしかしたらお昼くらい好きなものを食べたいとかあるかもしれないから、そういうときはひっこめばいいし、食べてくれるのなら喜んで作る。

とりあえず今日は土曜日だから陸さんに夕食を食べて貰う日だ。今日は何にしようかな。何にするか決めてから足りないものを買いに行かなきゃ。よく、スーパーに行って、物を見てから何を作るか決める主婦の方がいるけど、僕にはまだそれができない。何を作るかを決めてからじゃないとスーパーに行けないのだ。いつかスーパーに行ってから決める、っていうことできるようになるのかな?

陸さんが出かけた家の中で、ぼんやりとテレビを見ながら頭の中では何を作るか考える。そうだ。今日は麻婆茄子にしよう。それとサラダとして棒々鶏をつけて、ご飯は白米そのままでもいいけれど、なんだか炒飯が食べたくなったので炒飯にすることにした。

豆板醤はないし、茄子も挽肉もないからスーパーに行こうとお財布を取りに部屋に行こうと立ち上がったところでクラッとめまいがした。しばらくじっとしていると落ち着いたけれど、なんだか体が熱いような気がする。

そこで思い出す。そうだ、そろそろヒートが来る頃だ。嫌だな、せっかくの週末なのに。今晩の夕食は大丈夫だろう。でも、明日は大丈夫だろうか? この様子だと今晩遅くか明日の朝くらいにヒートが来るだろう。そうしたら週末のお昼も作れるにしたって、明日は作れない気がする。そうしたら陸さんはいつも通り外食するだろうけれど、せっかくの週末なのに陸さんと一緒にいられる時間が取れないのはすっごく辛い。

でも、僕たちの両親としては僕のヒート時に陸さんに項を噛んで貰って番になることを望まれているんだよね。だけど、番になる云々の前に一緒に食事をするのが今のところ週末の夜だけなんて状態では番になる前にもう少し顔を見る時間を増やさないとダメだと思う。

番だなんだはまだまだ先の話だ。とりあえず今は、今夜の夕食の材料を買いに行こう。


まずは棒々鶏を作るのにお酒を少し入れたお湯で鶏肉を湯がき、冷ます。その間にきゅうりを千切りに、トマトは輪切りにし、お皿に敷く。そして鶏肉の熱が冷めたところで繊維に沿って裂いていく。最後にタレを作るのにしょうゆ、味噌、みりん、砂糖、すりごま、ごま油を混ぜ合わせてかけて終わり。

次に麻婆茄子を作る。茄子を炒め、炒まったところで取りだし、挽肉、にんにく、生姜を炒め、豆板醤を加えて混ぜる。挽肉に火が通ったら水、酒、みりん、甜麺醤、鶏がらスープの素を加えてよく混ぜる。ふつふつとしてきたら塩で味を調えてから片栗粉でとろみをつけていく。とろみがついたらごま油を加えて出来上がり。

最後に炒飯を作る。焼き豚を細かく切り、卵をほぐす。次にご飯を油を少々加えて混ぜ合わせて、卵にも混ぜる。混ぜ合わせたらフライパンに広げ、ご飯を炒める。ご飯がパラパラしてきたら焼豚を入れて炒める。最後にしょうゆを加えて、しょうゆがジュッと言ったら全体を混ぜ合わせて、塩、こしょうで味を調えて終わり。

時計を見たら18時30分を少し回ったところなので、そろそろ陸さんも帰ってくるかな? そう思ったときに玄関が開き、陸さんが帰ってきた。


「お帰りなさい」

そう言うけれど、陸さんは何も言わない。これはいつものことだ。


「夕食出来てるので、食べましょう」

そう言うと、陸さんは洗面所へ行ってからダイニングテーブルに座る。


「今日は中華にしてみました」

炒飯をお皿に盛り、麻婆茄子も取り分け、真ん中に棒々鶏を置く。そうしたところで陸さんがいただきますと言ってから棒々鶏を食べ、炒飯、麻婆茄子と食べ進めていく。陸さんと暮らすようになってから麻婆茄子を作るのは初めてだ。

市販の素を使わずに作ったけれど大丈夫だろうか。それが気になって陸さんの方をチラチラと見てしまう。すると僕の視線に気づいたのか、陸さんは美味いよと一言くれた。

美味い! その一言でホッとして自分も食べ進めていく。陸さんにそう言われると魔法にかかったかのように、さっきよりも味が美味しくなるのは気のせいじゃないはずだ。陸さんに褒められると、料理教室に通ったのは無駄じゃなかったと思う。正直、料理なんて興味もなかった。でも、お母さんが結婚するなら簡単なものだけでも作れるようになった方がいいと言って料理教室を申し込まれ、通うことになったのだ。面倒くさいと思いもした。でも、お母さんの陸さんに食べて欲しくないの? という一言に負けた。お母さんは僕が陸さんに憧れているのを知っているから。だから、今こうやって作って、美味いと言って貰えるのが本当に嬉しいんだ。だから料理教室を勧めてくれたお母さんに感謝だ。

食卓に会話はないけれど、陸さんが美味しいと言って食べてくれているだけで僕は十分だ。

最初に、お互いに干渉しない、と言われたから、こうやって食べて貰えるようになるなんて無理かと、正直ちょっと凹んでもいた。それがこうやって食べて貰えているんだから、今の僕はこれ以上を望んだらいけない気がする。でも、週末のお昼は一緒に食べたいな、と思ってしまう。だから、勇気を出して訊いてみた。


「あの……週末のお昼ってどうしていますか?」
「適当に食べに出がけたりしている。そしてたまに学生時代の友人と会ったりもしているが」
「それなら、あの……お昼も用意していいですか? ご友人と会ったりするときは別ですけど。なんだか僕がいると陸さんがキッチンに入れないかなと思って」
「お前がいなくてもキッチンには入らない。料理はできないから」

そうだよね。陸さんの家なら茜さんがいるから料理なんて作る必要なんてなかったものね。


「干渉しない、って言ってるのに差し出がましいことを言ってごめんなさい。でも……」

そう言うと、陸さんはしばらく黙った。あぁ、やっぱりダメだったか。夕食だけで満足しておくべきだった。


「甘えていいのか?」

そう思ってシュンとしたけれど、陸さんは嬉しい言葉をくれた。


「はいっ! いくらでも甘えてください。1人分作るのも2人分作るのも変わらないから。逆に余らなくていいんです。あ! もちろんお友達と会ったりするときは気にせず出かけてください」
「じゃあ甘えさせて貰うが、お前も自分のを作るついででいい。お前こそ出かけるときは気にしなくていいから」
「はい!」

僕が食べて欲しくて言ったのに、陸さんは僕の負担にならないように気を使ってくれる。やっぱり優しい人だな。だから僕の陸さんへの気持ちは加速してしまう。

でも、これでお昼も作らせて貰える。それがどれだけ嬉しいか陸さんは知らない。知らなくてもいい。僕がひっそりと気持ちにしまっておくだけで幸せなんだ。


日曜日。

ゆっくりと目を覚まし、朝食を食べるためにキッチンに行くが、リビングにもキッチンにもあいつのー千景ーの姿が見えなかった。料理以外の家事でもしているのかと思ったけれど、その気配はない。そこで冷蔵庫を開けると、いつも千景がカットしているフルーツが見当たらなかった。

朝起きて冷蔵庫を開けると、いつも千景がカットしてくれているフルーツが何かしらある。だけど、今日はフルーツはなにもカットされたものはない。

恐らく、いつもは千景自身が食べるついでに俺の分も一緒にカットしてくれているのだろうが、それが今日は見当たらない。なので自分でなんとかしようと見ると、キウイが目に入った。恐らく、今日食べるために昨日にでも買っておいてくれたのだろう。キウイは剥かれてもいないし、カットもされていないので自分で剥く必要がある。料理はできないけれど、これくらいは出来る。

キウイを剥いてカットしたところで簡単に朝食を済ませ、洗い物は食洗機に入れる。それでも千景は出てこない。10時を回っているし、どこかへ出かけたのだろうか。でも、それならフルーツがカットされていないというのがわからない。

別に千景がどこへ出かけようがそれは千景の自由で俺に許可を取る必要もない。干渉をしない、と言ったのは俺だからだ。それでもいつもと違う朝に違和感を覚える。単にフルーツのことを忘れて出かけただけかもしれない。

昨日、週末の昼も作っていいかと訊かれたから、作ってくれと頼んだ。正直、それだけのために出かけるのも面倒だったから助かるのは事実で。

そんな話をしたのは昨日のことなので、今日は作って貰おうかと思っていたところで姿が見えないのではどうしようもない。もしかしたら買い物に出ているのかもしれないと思い、リビングで映画を観ているが終わっても帰ってこないので今日は諦めて食べに出ることにした。今日出かけるなら今日は作れないと昨日言ってくれたら良かったのに、と勝手なことを思ったのは内緒だ。

簡単に昼食を食べるために、近くのカフェに行く。家からだとここが一番近くて、遠くまで行くのが煩わしいときはここで済ませることが多い。他のカフェに比べてここはフードメニューが結構揃っていて食事をするのに最適だ。

今日はサンドイッチにサラダ、鶏の唐揚げがセットになっている昼メニューを食べ、その後は近くの本屋に行って最近出たばかりの好きな作家の推理小説を買って家に帰る。

買い物ならさすがにもう千景は戻っているだろう。そう思って家に帰ってもリビングにもキッチンにも千景の姿はない。でも、そこで甘い花の匂いがしてきて気がついた。ヒートを起こしているんじゃないだろうか。そう考えるとカットされたフルーツがないのも、リビングやキッチンに姿がないのも納得できる。

オメガに3ヶ月に1回訪れるヒート。オメガがヒートを起こしているときにアルファが項を噛むと番となる。番契約は、番解消が簡単にできないため、紙の結婚よりも強固な繋がりと言われている。

うちの母さんや友子さんが望んでいるのは俺と千景の結婚だけでなく、その先にある番、そして子供を作ることだ。そんなことを望まれても俺は和真を失ってまだ1年も経っていない。だから千景と番になって子供を作ることなんて考えられない。

けれど、いつも笑っているあいつがいない家というのはなんだか何かが足りない気がする。お互いに干渉しないと言ったって家にいれば顔を合わせることだってある。でもそれがないので、何かが足りないと感じたのだ。

ヒートを起こしているのなら今日の夜も自分でなんとかする必要がある。料理ができない俺が簡単に済ませるのなら下のスーパーで弁当を買ってこよう。千景のいない週末にそう考えた。