5日後の金曜日の朝。
ダイニングで朝食を食べていると千景が部屋からでてきた。そして顔を赤くして俺に謝ってくる。きっと俺にヒートだったとわかってしまったのが恥ずかしいのだろう。
案の定ヒートという言葉を言うだけで赤くなってる。俺は千景がオメガだということを知っているんだからヒートを起こすことがあるのなんて百も承知だ。大体、いい歳してヒートというだけで顔を赤くするやつがいるか? 別に抱いてくれと言うわけじゃあるまいし。そんな事くらいで恥ずかしがるのは千景ぐらいじゃないか?
そして食事を作れなかったことを詫びてくる。確かに週末の夜は作って貰っていたし、前日には昼も作ってくれるという話をしていた。けれど、それは俺が千景の親切に甘えているだけで、それだって千景が作れるときだけでいいと話している。俺だって外で食べるときだってあるのだから。それでも謝るのが千景だ。
こいつは作ってやる、っていう考え方はしないのだなと思う。確かに自分から作らせてくれ、とは言ったのだけど。それでも食事を作るのなんて面倒だろうにと思う。確かに1人分作るのも2人分作るのも大差はないのかもしれないが、それも料理をしない俺には良くわからない。
俺が作って貰って、千景の方が作る方だというのに嬉しそうにするのはどうしてだ? 作るのは楽しいのか? 俺には面倒くさそうにしか思えないが。それでも、それが嬉しいというのならお願いする。
今週は仕事が忙しいので、休日出勤をしようかと思っていたけれど、家で出来る仕事ではあるので家で仕事をしようと思っていたので、外出しろと言われても時間がない。だから作って貰えるのなら助かるのは事実だ。
言われて時計を見ると、確かにそろそろ寺岡が来る時間だ。
そう言う千景の顔は明るい。昔からそうだ。俺が思春期を迎えて、こいつと遊ばなくなって、素っ気なくなってからもこいつは俺を見ると嬉しそうに笑っていた。それは今もそうだ。なんでだろうと思う。俺は千景になにかしてやっている、ということはない。ろくに話もしないやつだ。そんなやつと会って何が嬉しいのかとずっと思っていた。そして、それは今も続いている。
と、そこまで考えてふと思った。ヒートは性行為に明け暮れてしまう時期だろう。それを自分でなんとかするのは辛いのではないだろうか。だからヒート期にセックスをしたくてそういう店に行っているやつもいると聞く。まさか千景がそんな店に行くことはないだろうし、実際昼間はどうしていたか知らないけれど、朝晩は部屋から出ていなかった。
ということは自分でなんとかしていたのだろうか。俺と結婚しているのだから、抱いてくれとよく言わなかったなと思う。まぁ、ヒートという単語を言うだけで恥ずかしがるやつだから、どう頑張ったって抱いてくれと言えないだろうけれど。でも、万が一抱いてくれと言われたら俺はどうするだろうか。
お昼ご飯を初めて作る今日は、なにを作ろうか冷蔵庫を眺めてオムライスに決めた。オムライスは簡単でそんなに材料もいらずにすぐに作れる。メニューとしては、オムライスにポテトサラダ、オニオンスープといったところでいいだろう。
陸さんは朝起きると朝食を摂った後仕事部屋に籠もっている。きっと仕事をしているんだろう。部屋に行くときにコーヒーを持って行ったけれど、その後は水分を取りに来たりはしていない。コーヒーでも持って行ってあげたいけれど、仕事の邪魔をしたくないし、週末の食事以外は干渉しないことになっているから、そんなことしたらダメだよね。ほんとの夫夫ならできることだけど、愛情のない結婚だったから同じようにはいかない。寂しいな、と思うけれど、でも週末のお昼と夕食を作ってもいいことになったんだから、それだけでも嬉しいことだ。
そう思ったところで時計を見ると11時をさしていたので食事の支度をする。まずは時間のかかるじゃがいもから手をつける。じゃがいもはゆでるのに時間がかかるから。
じゃがいもをレンジでゆがく傍ら玉葱を切り、オニオンスープを作る。
鍋にバターを入れて中火で溶かし、玉葱をを炒める。玉葱がしんなりしてきたら、お湯を加えて煮る。沸騰したらコンソメと塩を加えてひと煮立ちさせて完成。
オニオンスープが出来たし、じゃがいもも火が通ったみたいだからポテトサラダを作っていく。じゃがいもを潰し、同じく火を通したにんじん、薄切りをしたきゅうり、ハムと混ぜ合わせて塩、ブラックペッパーで味を調えて出来上がりだ。
そして最後に卵をふんわりと焼き、バターをフライパンに溶かし、ハムと玉葱を炒め、ケチャップを加えて炒めてからご飯を加えてケチャップが全体に馴染むまで炒める。塩、こしょうで味を調えて焼いた卵でふんわりとくるんで終わりだ。
少し冷めてしまったオニオンスープを温めてから陸さんに声を掛ける。
そう言うと陸さんは仕事部屋から出てくる。
茜さんがデミグラスソースを作っていたのかケチャップだったかはわからないけれど、今日はオーソドックスにケチャップにした。もし陸さんがデミグラスソース派なら、今度からデミグラスソースを作ればいいと思って訊いたけれど、返事は気にしない、だった。そしたら僕の気分で決めてもいいのだろうか。そう思っても陸さんの食べている様子で次回からのソースを決めようとしたけれど、陸さんはほんとに気にしないのか黙々と食べている。うん、気分と時間で決めてもいいのかもしれない。そう考えながら食事を進めていく。
食事をしながら、夕食は何にしようか考える。陸さんは食べたいものはないだろうかと思って訊く。
食べたいものを訊いて、ないと言われるのが一番困るのだけど、考えよう。僕は作るものに困った時にネットで適当に検索して色々な食べ物の画像を見て決めることが多い。今日もそうやって決めていこう。
相変わらず陸さんはなにも言わずに食べている。美味しいか訊きたいけど、毎回訊くのもしつこいと思うので黙っている。食事に興味がない人なんだろうか。お正月にしか会わなかったから、イマイチわからない。なので、表情を見るようにしている。もし不味かったら顔に出るだろうから。でも、今回も特に表情が変わることはないので不味いということはないんだろう、と勝手に思うことにした。
陸さんと一緒に夕食を食べれるのが嬉しくて週末を楽しみにしていたけれど、週末のお昼も一緒に食べれるようになってもっと週末が楽しみになった。美味しいと言ってくれることは少ないけれど、不味いと言われることはないから、とりあえず食べれる味なのだろうと思っている。それに何回かは美味しいと言ってくれている。
そして昨日はハロウィンだったので1日遅れでハロウィン料理を作ろうと思った。お昼はさつまいもコロッケ。おやつにかぼちゃのマフィン、夕食はかぼちゃの形にしたミートパイという献立だ。
お昼のさつまいもコロッケに使うさつまいもはハロウィンらしさを演出するために紫芋にした。
さつまいもコロッケは簡単で、コロッケと言っても揚げてはいない。
レンジで5分ほど加熱したさつまいもをマッシャーで潰し、塩、こしょう、牛乳、バターを加えてよく混ぜる。手のひらで握れるサイズを手に取り、クリームチーズを包む。そして衣はパン粉をフライパンで茶色くなるまで中火で炒め、黒いりごまを加えて混ぜる。そしてこれをさきほど丸めたさつまいもにまぶしたら完成。
これはネットでレシピを探したものだけど、とても簡単なので結構個数を作ってしまったけど、さっぱりとしたさつまいもだし、揚げてはいないからそこそこ食べられるだろう。
陸さんの目の前に置くと、何も言わないけれど目を丸くしていたので驚いたのだろう。
そう言うと安心したのが表情からわかった。そんな。僕が陸さんに変な物を食べさせるはずがないのに。
さつまいもコロッケはあまり甘さを感じないさっぱりとした紫芋なので口当たりは軽い。そして揚げてはいないから余計に軽くていくらでも食べれてしまいそうだ。これは正解だったな、と思う。
チラリと陸さんを見ると、無言で食べてはいるし、次々と食べているので不味くはないんだろうと思う。
陸さんは美味しいか不味いかは言わない。最初の頃は訊いたりしていたけれど、いちいち訊くのもうざいかなと思って最近は訊かない。その代わりに表情を見るようになった。さすがに不味かったら眉をひそめるだろうと思って。でも、今まで観察してきて陸さんが眉をひそめたことは1度もなかった。それは不味いものにあたっていないのか表情に出さないようにしているのか、どちらかわからないけれど、勝手に不味くはないんだと解釈している。
お昼を食べ終えた陸さんにコーヒーを淹れる。今日は本を読む日なのか、朝起きてから本を読んでいる。今もソファーに座り、コーヒーを飲みながら本を読んでいる。
陸さんも結構本が好きらしく、本屋の袋がよく捨てられているし、週末も今日みたいに本を読んでいることも多い。どんな本を読んでいるんだろう。フィクション? それともノンフィクション? 子供の頃から知っている陸さんだけど、陸さんのことは意外と知らない。だから知りたいなと思うけれど、訊けるわけもない。やっぱり年に1度会うだけじゃわからないよね。それが少し寂しい。
寂しいとは思っても今日は久しぶりにスイーツも作るんだから落ち込んでいる暇はない。そう思って、僕はコーヒーでひと休憩してからかぼちゃのマフィンを作るべくキッチンに立った。
かぼちゃをレンジで柔らかくしてから潰して熱を取る。そしてバターをクリーム状に練り、卵を溶きほぐしてからかぼちゃに少しづつ加えて混ぜる。薄力粉、強力粉、ベーキングパウダーとかぼちゃをさっくりと混ぜ型に流してオーブンで焼けば完成。
今回使った粉類は陸さんの家の会社である宮村製菓のものを使っている。宮村製菓はスナック菓子だけでなく、お菓子作りに欠かせない材料も販売しているからスイーツを作るときは無意識のうちに宮村製菓のものを使っていたりする。まぁシェア率的に自然とそうなるのもあるけれど。
まだソファーで本を読んでいる陸さんにかぼちゃのマフィンを出す。
そう言うと陸さんは顔を上げてマフィンを見る。砂糖はあまり使ってないから、甘い物をあまり食べない陸さんでも食べられると思うのだけど。宮村家で手作りのお菓子を食べる習慣はあっただろうか。うちはお母さんがお菓子を作るのが好きで結構手作りのものを食べていた。だから今回も自然と作ったのだけど。
僕が見ていると陸さんはマフィンを手にとり、一口食べた。
ゆっくりと咀嚼し、大丈夫だ、と一言言ってくれた。良かった。僕1人なら甘くてもいいけれど、陸さんに食べて貰いたくて甘さを控えめにしたんだ。
陸さんはいつものように何も言わずに食べている。表情を見るに、まずい、口に合わないということはなさそうなので、とりあえず良しとする。
僕も食べてみるけれど、普通に美味しい。うん、失敗はない。だから甘いかどうかが問題なだけで食べられないことはないと思う。かぼちゃのマフィンは今回初めて作ったけれど、結構美味しいんだなと思う。また作ってみようかな。そしたら陸さんも食べてくれるだろうか。
お菓子作りも込みで料理は嫌いではない。でも、僕が作るのは陸さんに食べて欲しいからだ。陸さんは不味いとは言わない。でも、美味しいとも言ってくれない。できれば一言でいいから言って欲しいと思うけれどそれは贅沢なんだろうな。
そういえばお母さんが同じようなことを言っていた。美味しいと言ってくれないと作る気をなくすって。だからかわからないけれど、お父さんもたまに美味しいと言っていた。それはきっとめちゃくちゃ美味しいときだと思うけれど、それを聞いたお母さんは嬉しそうな顔をしていたのを思い出す。うん、そうだね。その気持ちが今ならよくわかる。いつか陸さんも言ってくれたら嬉しいな。それが僕の小さな願いだ。
マフィンを食べた後は、僕は自分の部屋でネットで色々な料理のレシピを見る。料理教室やお母さんから色々な料理を教わったけど、それはよく食べるメニューだったりする。でも、たまには変わった料理も食べてみたいし、単純にレパートリーを増やしたいのもあり、最近はよくネットで料理サイトを見ている。そしてそれを陸さんに出したりもしている。
そういえば陸さんは好き嫌いはあるんだろうか。陸さんはそういうことを言わないし、お義母様も陸さんの好き嫌いについては言ったことがない。ということは好き嫌いはないんだろうか。だとしても、特にこれが好きというのもないんだろうか。やっぱり僕は陸さんのことをよく知らないんだな、と思い少し悲しくなる。もっと陸さんのこと知りたいな。いつか知ることは来るのだろうか。