お土産を持って陸さんの実家とうちへと行ったけれど、当たり前だけど番になって孫を、と言われた。
でも、番になるというのがハードルがかなり高い。だって、お互いに干渉しないって言っているし、部屋も別々なのだから僕がヒートになったところで陸さんは気づくだろうか。
ヒートになったオメガは匂いでわかるというけれど、僕が部屋に籠もっていたらリビングにいて気づくだろうか。いや、陸さんがリビングにいるかはわからない。帰宅したら部屋にいるかもしれない。そうした場合に気づくのか。僕にはわからない。
もしかしたら僕がヒートを起こしていると気づかない場合もあるんだ。僕がヒートを起こしていると気づかなければ番になりようもない。その前に僕と番になんてなりたくないかもしれない。だって番になったら一生ものだ。番解消というのもあるけれど、普通はそのままだ。
陸さんが好きな人の性別はわからない。ただ、ゆきなお義母様に言われてとは言っても形だけでも結婚したということは相手は女性ではないだろう。相手が女性なら第2の性別が何であれ妊娠することは可能だから僕と結婚なんてしないで、その人と結婚するんじゃないだろうか。
でも陸さんは僕と結婚した。ということは第1の性別は男性なのではないか。そして第2の性別はアルファかベータか。オメガだった場合は、やっぱり妊娠するから僕と結婚しないんじゃないかと思う。それとも陸さんの子供を妊娠可能なのにお義母様の言われる通りに僕と結婚したのか。そんなことはないと思うのだけど。
まぁ、どんな理由であれ僕と結婚はしても番にはなりたくないだろう。紙の結婚よりも強い結びつきなのが番契約だ。だから陸さんは僕と番になんてなりたくないと思うんだ。
だから僕がヒートを起こしたことに気づいても放っておくんじゃないかと思う。いや、でももし僕がヒートを起こしたことに気づいたらラットを起こす可能性もある。
ラットを起こしたアルファを見たことがないから良くわからないけれど、どこまで理性が働くんだろう。番になりたくないという理性はどこまでもつんだろうか。
ある程度理性が保てるのならば僕を襲って番になることはないだろう。でも、もし完全にラットに飲み込まれて理性を失ってしまったら僕の項を噛んでしまうことはあるのだろうか。
同じ家に住んでいたら遅かれ早かれ番になってもおかしくないんだろうか。全然わからない。わからないけど、理性が働く限り陸さんは僕の項を噛むことはないだろう。
お母さんやお義母様の望む孫というのは叶えることはできるんだろうか? それともお義父様の言う通り一緒にいれば情が湧いて、いつかは番になることもあるんだろうか。そこまでの人生経験のない僕にはわからない。
僕としては陸さんのことは好きだし、番になれたら嬉しいけれど、陸さんの気持ちが僕にないのは陸さん本人も言っているからわかっている。だとしたら陸さんの気持ちが変わらない限り番にはならないんじゃないだろうか。
まぁ僕がいくら考えたってわからないけれど、陸さんの番になれる可能性は限りなく低いんじゃないかと思ってる。当然、孫の顔を見せるなんて可能性はもっと低い。そうなったら離婚っていうことになるかもしれない。悲しいけれどそれが一番可能性としては高いような気がする。離婚、したくないな……。
陸さんとここで同居するようになって1ヶ月。その間に顔を合わせたのはほぼ週末くらい。平日は、陸さんは夜帰ってくるのは残業なのか会食なのか僕にはわからないけれど帰宅するのは遅いようだ。
そして週末は朝は起きるのは遅いようだ。それでもシリアルとフルーツは食べているみたいだ。昼間は家では食べている様子はしないから外で食べているのか、外出している。夜はコンビニ弁当かスーパーの惣菜を買ってきているらしく、ゴミがある。ずっとコンビニ弁当なんて体を壊してしまう。
対する僕は、朝は陸さんが起きてくる前に簡単に用意する。自分1人だから作る気にもなれなくてパンにヨーグルト、フルーツ、コーヒーで済ませている。陸さんもフルーツを食べるので自分のフルーツを用意するときに陸さんの分も皮を剥いたりカットしたりして用意しておく。コーヒーも同じ。自分の分と陸さんの分と2杯分落としている。
そしてインドアの僕は昼間出かけるのは、個人的なものを買うときは空いている平日に行き、週末に出かけるのは基本急ぎの食材の買い出しくらいだ。そんな感じだからお昼も家で食べているし、なんなら夜も家で食べている。なので夕食を作っているとお弁当を買いに行こうとする陸さんとバッティングしてしまった。
どうしよう。僕は作ろうとしているところだし、陸さんは食べるべく買いにいくし。陸さんが帰って来るまでに作り終えて、食べて後片付けまでなんて出来る気がしない。そして、そこで何を思ったのか僕はひとつ提案してしまった。
僕は今から作るし、2人分の食材はあるから陸さんの分も作ることはできる。でも、出過ぎたことを言ってしまったと思って、もう夕食を放って部屋に戻ろうとしたときに陸さんの声が聞こえた。
え? 作って貰っていいか? 今、そう言った? まさかそんな言葉が陸さんの口から出てくるなんて思わなくて僕は口をポカンとあけてしまった。きっとすっごく変な顔してるだろう。でも、陸さんがそんなことを言ってくれるなんて思わなかったから。でも、言われたことがとにかく嬉しい。
これから週末の夜だけとは言え、陸さんの分を作ることができる嬉しさと、普段顔を合わせてもほとんど会話をしないのに、こんなに話せた! という嬉しさで僕の顔はだらしない顔になってるんじゃないだろうか。とにかく、今日から陸さんの分も作れる。
そう言って陸さんは部屋に戻って行った。よし! 作るぞ。
陸さんに食事を作るのは、ハワイのあの日についで2度目だ。あのときは和食の調味料が手に入らなくてステーキを焼いただけになってしまったけど、今日はきちんとした料理だ。
少し考えて今日の献立に肉じゃがを追加することにした。そして、ご飯は一人なら普通の白ご飯だけど、陸さんが食べるのなら炊き込みご飯にするのもいいな。五目炊き込みご飯なんていいかもしれない。メインのおかずはあじの開きだ。
まずは炊き込みご飯をしかけて、それから肉じゃがを作る。肉じゃがを作るのは久しぶりだ。1人だと面倒くさく感じて作らない料理の1つだ。でも、実家で作ったときはお父さんもお母さんも美味しいと言ってくれていたから大丈夫だとは思うんだけど。
肉じゃがを煮ながら、卵焼きのために卵を割りほぐしていく。割りほぐした卵液を卵焼き器に入れ焼いていく。僕の焼く卵焼きは甘くないけど大丈夫だろうか。うちの両親が甘い卵焼きが好きじゃなかったので僕も甘いのは焼かなくなった。でも、陸さんはどうなんだろう。訊けば良かった、と今さら思う。卵液を入れてからじゃあ遅すぎる。今後の参考のために後で訊いてみよう。
肉じゃがが煮え、卵焼きが焼けてからあじを魚焼きグリルで焼いていく。1人だと後片付けが面倒でフライパンで焼いたりもしてしまうが、ふっくら焼くにはフライパンよりグリルの方が向いている気がする。
魚を焼いているとご飯が炊き上がる。あじもいい色に焼き上がってから肉じゃがも軽く温め、ダイニングテーブルに配膳していく。よし、これでできあがりだ。陸さんに声をかけよう。
陸さんの部屋のドアをノックしてから声を掛ける。
そう声を掛けると、ドアが開き陸さんが出てくる。
そう言って陸さんのご飯ををよそう。そしてお茶碗を陸さんの前に置くと、陸さんはいただきますと手を合わせてから肉じゃがから食べていく。どうだろう。最近はあまり作ってなかったから味が心配だ。だから気になって自分の分のご飯をよそうのも後回しにして、つい陸さんの表情を見てしまう。大丈夫だろうか。不味いとか思ってないかな? それでも陸さんは何も言わずに肉じゃがの後は卵焼きを一口、口にしてからあじへとお箸が移っていく。
恐る恐る訊くと、
美味い! 陸さんが美味いって言ってくれた。でも、卵焼きのことは訊いておこう。
良かった! 陸さんは甘い派じゃなかった。それなら、今度から卵を焼くときは普通に焼いて大丈夫だな。
陸さんの言葉にホッとして、やっと自分のご飯をよそう。その間も陸さんは黙々とご飯を食べている。
そう声を掛け、僕も肉じゃがから手をつけた。うん、さっき味見したけれど変な味はしてない。いや、陸さんが美味しいと言ってくれてはいたけど。卵焼きもいつもの味だし、あじもふっくら焼けている。うん、及第点だな。でも、これから週末の夜陸さんに作ってあげられるのなら、もっと美味しいご飯を作れるように頑張ろう。
食卓に会話はない。家の中はシンと静まりかえっている。それでも陸さんが僕の作ったご飯を食べてくれているということが嬉しくて、だらしない顔になりそうだ。
自分もご飯を口にしながら、チラチラと陸さんの方を見てしまう。だって、結婚する前に陸さんに食べて欲しくて料理教室に通って、お母さんにも教えて貰ったんだ。だから、その陸さんが食べてくれているというのが嬉しいんだ。
陸さんは食べ終わったようだ。食べた食器をどうしたらいいんだろう、という顔をしていたから声を掛ける。
そう言うと陸さんは洗面所へと消えた。
やっぱり陸さんはいい育ちをしたんだなと思う。無駄な話は一切しない。僕との会話は必要最低限しかしない。それでもいただきますとごちそうさまは必ず言うし、ありがとうという感謝の言葉も言う。陸さんのそういうところが好きだと思う。ゆきなお義母様がしつけたんだなと思う。優しい人ではあるけれど、厳しさもある人だから。
明日は日曜日。週末は、だから明日も作っていいんだよね? 明日の夕ご飯は何にしようかな。と、ご飯を食べながら考えた。
昨日はお魚だったから今日は肉にしようかな。そう思って冷蔵庫を開ける。お肉とはいえ、何にしようか。鶏もも肉があるからそれを使ってチーズをとろけさせて焼くのがいいかもしれない。
そしたらサラダはさっぱりめがいいだろうか。トマトときゅうりがあるから、それでサラダにしよう。ドレッシングはレモン汁とオリーブオイルでさっぱりと。
それだけだと少し寂しいからミネストローネでもつけようか。トマト缶もあるし。そうすれば野菜もたくさん摂れる。あ、ベーコンがない。下のスーパーに行って買ってこなきゃ。そう思ってお財布を持って家を出た。
夕方のスーパーは買い物客でいっぱいだった。1人で買っている人、家族で買っている人、色々だけど夫婦で買い物をしている人を見ると、つい足が止まってしまう。旦那さんと一緒に買い物に来てる人が羨ましいな、と思ってしまったのだ。いつか僕もああやって陸さんと一緒に買い物に来れたらいいな、と思ってしまう。
いやいや、やっと週末の夜だけ作ってあげられるようになったんだ。まずは食べて貰えるだけでも嬉しいんだから欲をかくのはやめよう。1人で買い物に来たって、以前のように自分の分を作るだけの買い物よりも陸さんのことを考えながら買い物ができるんだから十分じゃないか。それ以上は望みすぎだ。
それでも夫婦で買い物をしている人を見ると羨ましいから、ベーコンだけを買って急いで家に帰った。
家に帰るとすぐに食事の支度をする。
まずはトマトときゅうりでイタリアン風のサラダを作る。と言ってもトマトときゅうりを切って、レモン汁、オリーブオイル、黒胡椒、塩でドレッシングを作るだけだ。
できたサラダを冷蔵庫に入れ、次に鶏肉に塩、胡椒で下味をつける。そして、トマト、ケチャップ、コンソメ、塩、胡椒、オリーブオイルを耐熱容器に入れて、電子レンジで約3分間チンしている間に、フライパンにオリーブオイルを中火で熱し、焼いていく。
お肉を焼いている間にミネストローネを作る。
ベーコン、キャベツ、ジャガイモ、人参、玉葱を切っていき、ジャガイモは水にさらして、水を切る。オリーブオイルを鍋で熱し、べーコーン、玉葱を入れ玉葱が透き通るまで炒め、炒まったところで残りの具材を入れて軽く炒める。そこにトマト缶を入れ、コンソメ、塩、水を入れて煮たったところで弱火にして再度煮立たせたら終わりだ。
そうしている間に鶏肉が両面いい色に焼けてきたので、レンジで温めたものを鶏肉に乗せてチーズを乗せてチーズがとろけるまで蓋をして焼く。
鶏肉が焼き上がったところでミネストローネを軽く温め、冷蔵庫からサラダを取りだしダイニンテーブルに置き、鶏肉とミネストローネも置く。そして買って来たバゲットを切り、テーブルの真ん中に。イタリア料理なのにバゲットはどうなんだろう、と思ったけど、ご飯という気もしなくてバゲットにした。そこで、陸さんの部屋の前に行き声を掛ける。
すると、少ししてドアが開いて出てくる。そして洗面所へ行って手を洗ったのだろう、そしてダイニングの席につく。
そう言うと、その言葉にはなにも返さず、いただきますと手を合わせてからサラダに手をつけ、鶏肉、ミネストローネと口をつけていく。どうだろう。変な味はしていないけど、陸さんの口に合うだろうか? それが気になって、昨日のように自分の分に口もつけずに陸さんの表情を見てしまう。
僕がガン見しているのに気づいたのか、俺の顔を見て、美味いよと一言言ってくれた。良かった。陸さんの口に合った。その一言にホッとして自分もようやく食事を口にする。口にしながらも陸さんが美味いよと言ってくれたことが嬉しくて、ついニコニコしてしまう。これって危ないヤツみたいだけど、嬉しいんだ。週末だけとは言え、陸さんに作れるのは嬉しい。来週はなにを作ろうか、なんて来週のことまで考えてしまった。