EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

新しい生活 01

「ハワイでもそうだったけど、お互いの生活を干渉するのはやめよう。お前はお前でやりたいこと、行きたいところがあるだろうし、俺もある。そして食事だが、夜は帰宅もまちまちだし会食もあるから家で食べるとは限らないから、お前は自分で勝手に食べろ。朝食はハワイと変わらない。シリアルとフルーツだけだから作る必要はない。キッチンは好きに使って構わない。後、当面の現金は明日渡す。ハワイで渡したカードは家族カードだから自由に使え」

これがハワイから帰国して言われたことだ。お互い干渉をしない。それがルール。両親は僕たちが番になって子供を作ることを望んでいる。お互い干渉しないってしていて番になんてなれるのかな。いつまでも番にならなかったら離婚になるんじゃないかな。そんなことを考えると少し悲しい。

離婚となったら陸さんはどうするんだろう。好きな人と一緒になるんだろうか。きっとそうだろう。対して僕は陸さんが憧れの人だし、離婚になったら1人だ。でも、今まで年に1度は陸さんに会えていたけれど、離婚になったらそれがなくなるから悲しいんだ。

そんなことを陸さんが出勤したあと1人で朝食を食べながら考える。僕の朝食は簡単だ。パンにサラダ、そしてコーヒーといった感じだ。パンが食パンだったり菓子パン、惣菜だったりそれが変わるだけのいつもの朝食。

朝食と言えば陸さんは毎朝フルーツを食べるからそれだけは切らさないように買っておこう。そうしたら僕もフルーツをプラスしようかな。今日は銀行の名義変更に出かけるから、その帰りにでも下のスーパーで買ってこよう。

食事を終えた僕は出かける支度をし、銀行へ出かける。銀行での待ち時間の間に辞めた会社の同期で仲の良かった西賀に連絡をする。お土産を買ってきたから会いたい。


『お土産買って来たから会おう』

そうメッセージを送るとすぐに返信が来た。就業中だろ、と思うけれど西賀は営業なので外回りの途中なのかもしれない。


『お帰り。話しも聞きたいし、近いうちに会おうぜ。美味しいメキシカンのお店見つけたから。好きだろ』

西賀は色んなお店を知っているから一緒に食事をするときはいつも西賀にお任せしている。


『メキシカン好きだよ。ハワイでタコスは食べてきた』
『そしたら他の店がいい?』
『ううん。メキシカンでいいよ。きちんとしたメキシカンは食べてないから』
『わかった。じゃあ金曜日にでも行こうぜ』
『うん。じゃあ楽しみにしてる』

そうして金曜日に西賀と会う約束をする。普通ならこれで出かけることを言ったりするんだろうけれど、お互い干渉しないって言っているから僕が出かけようと陸さんに言う必要がないんだ。寂しいな。なんてことを思ってしまう。

結婚をして名前が変わったからその手続きに来ているのにそんなことを思うのなんておかしいよね。でも仕方ない。恋愛結婚じゃないんだから。僕は陸さんが好きだけど陸さんは僕を好きなわけじゃない。それどころか好きな人がいるはずだ。ときおりスマホをすごく優しい目で見ていたことを知っている。その目は誰かを想う人の目だ。だから結婚式のときは悲しい表情をしていたんだ。

そうだよね。好きな人がいるのにその人と結婚できなくて、他の人と結婚するんだから。そして陸さんは僕が陸さんに憧れていることは知らない。だから結婚も僕は嬉しかったことも。だからこうやって名義変更に来るのは、結婚したんだと実感できるので嬉しかったりする。堂々と宮村千景と名乗れて、陸さんの夫と名乗れるのだから。

この想いは永遠に陸さんは知らないことだろう。一生僕だけの秘密だ。


金曜日。

出かけることは陸さんに言う必要ないかとも思ったけれど、もし帰って来るのが僕より早かったら真っ暗で寂しいかなと思って言うことにした。


「あの……僕、今夜出かけます。言う必要ないかと思ったんですけど、帰ってきて部屋が真っ暗だと寂しいかなと思って……」
「わかった」

陸さんはそれだけ言うと会社へと出勤していった。

夕方。仕事終わりの西賀と会社の最寄り駅から2駅離れたターミナル駅で待ち合わせをした。ここは2路線乗り入れていて、僕も家から一本だし西賀ももう一本の路線で一本で帰れる、ちょうど良い駅。


約束の時間よりほんの少し先に着いたので西賀が来るのを待つ。けれど、そんなに待たずに西賀は来た。


「天谷!」
「西賀。お疲れ」
「待った?」
「いや。来たばかりだよ」
「なら良かった。じゃ、行こうぜ。腹減った」

そう言って西賀お勧めのメキシコ料理の店へと行った。お店は駅から歩いて5分ほどで見るからにラテンな外装で楽しくなる。きちんとしたメキシカンを食べたのはいつぶりだろう。結構経つ気がする。

店内は結構混みあってはいたけれど待つこともなくテーブルに案内される。もう少し遅かったら待ったかもしれない。

席に着き、メニューを見る。コースメニューもある本格的なメニューで何にするか迷うけれど、2人でシェアして食べれば色々なものを食べることができる。


「ワカモーレいる?」
「お酒飲むなら必須だろ。ワカモーレとあとはサラダか」
「これよくない? スパイシーシュリンプ&アボカドサラダ」
「いいな、それ。それとメインのファヒータか。チキンとビーフどっちにするか迷うよな」
「じゃあ両方にしようよ」
「そうだな。あ、これ良くないか? 炙りチーズトリオファヒータグランデ。これならチキンもビーフも海老も食べれる」 「いいね。あ、僕デザート食べたいな。フランが好きなんだ」
「じゃあ俺はアイスにするよ。で、飲み物はどうする? 俺はビール。もちろんコロナで」
「僕はどうしようかな。うーん……レモンサワーにするよ」
「よし、決まりだな」

店員さんにテキパキと西賀が注文してくれて、少し経つとアルコールとワカモーレが出てきた。アボカドを混ぜ合わせるだけの簡単さだけど、これとアルコールが合う。


「「乾杯!」」

チップスにワカモーレをつけて食べる。これ、家で今度作ってみよう。陸さんはメキシカンは好きだろうか? と考えて、食事は別々なんだ、と思い至る。


「あ、お土産」

鞄の中からコーヒーとチョコレートを渡す。西賀はコーヒーが好きなので、少し高めだけどコナコーヒーをチョイスした。


「お!コナコーヒーじゃん。ありがとな。明日でも淹れてみるわ」
「うん、そうして」
「コナコーヒーは日本であまり売ってないからな」

フレーバーコーヒーもあったけれど、それは日本でも売っているからちょっとリッチにコナコーヒーの豆を選んだのだ。


「でも天谷が結婚だもんな。あ、もう天谷じゃないんだよな。今は宮村だろ。まさか結婚相手が宮村製菓の御曹司とは思わなかったよ」

西賀には結婚式に出席して貰っている。会社務めの頃、一番仲の良かった同期だから。結婚式はお互いの家族とごく親しい人のみを招いて行われた。そこで僕の側は父母と西賀が出席してくれた。披露宴は学生時代の友人にも来て貰ったけれど、式で招いたのは西賀だけだ。それくらい西賀とは親しい。そして西賀は僕と陸さんが親の決めた相手だと知っている。


「で、ハワイはどうだった? 少しは一緒にいた?」
「ううん。お互いに干渉するのはやめようって言って、一緒に夕食を食べたのは到着日の夜だけだよ」
「そうきたか」
「うん」
「相手は好きな人いるっぽいんだろ?」
「いると思う。携帯いじりながら優しげな顔しているの見たことある」
「そっか。だから干渉するな、っていうことなんだろうな。でも結婚して一緒に住めばワンチャンあるかもだろ?」
「そんなことはないよ。そんなに僕が魅力的だとは思わないし」
「そんなに卑下するなよ。十分魅力あるから」
 

一緒に住んでもそれはないと思っている。だから僕の気持ちは一生陸さんは知ることがない。それでもいい。だけど、今よりもう少し距離が近くなればいいなとは思う。わがままかもしれないけど。それでも、それだけは願いたい。


「でも、魅力的かどうかってさ外見だけの問題じゃないだろ。子供の頃ならいざ知らず、もういい大人だからさ内面で好きになるじゃん。そうじゃない? それとも陸さんを好きになったのは格好良いからだけ?」
「陸さんは格好良いのもあるけど一番好きなのは優しいからだよ。小さい頃もそうだし、結婚する前はあまり喋ることはなかったけどちょっとしたことで優しさが見えたから」
「だろ。だからワンチャンあるかもしれないってこと。それに魅力あるって言ったろ」

西賀はそういうけれど、そんなに世の中甘くないと思う。陸さんが今好きな人がいなければ話しは別だけど、いるのならそんなに簡単なことじゃないと思う。

そんなことを話しながらワカモーレを食べているとサラダが来た。レタスの上にスパイシーに味付けした海老、アボカド、2種類のチーズ、トマト、かぼちゃの種というサラダだった。

一口食べると、スパイシーな中に2種類のチーズとアボカドの甘みの組み合わせが美味しかった。このサラダも作れそうだな。ドレッシングだけ再現できれば作れる。


「このスパイシーさがメキシカンって感じだよな」
「うん。このドレッシング、作れるかな?」
「なんとなくだけど出来るんじゃない? そっか天谷、いや宮村、料理できるんだもんな」
「一応料理教室には通ったけど」
「陸さんにさ、食事食べさせてあげたら胃袋掴めるんじゃん?」
「食べて貰うチャンスがあればね」

お互い干渉しない。食事は別々。それで胃袋を掴むのは無理がある気がする。胃袋を掴む掴まないでなく、その前提として一緒に食事ができたらな、とは思う。それは難しいことなのかもしれないけど。


「あまり悲観的にならないの。いつなにがあるかわからないだろ」
「そうかな?」
「そうなの。悪い癖だぞ、悲観的になるの」

悲観的か。単に自分に自信がないというか、そんな感じなんだ。世の中は素敵な人が女も男もたくさんいるから。そう言えば、陸さんが好きな人は女の人なんだろうか。それとも男の人だろうか。もし女の人なら、第一の性別の違う自分では望みは皆無ということになる。


「もう少し自分に自信持てばいいのに」
「そんなの無理だよ。だって素敵な人はたくさんいるんだから」
「その中に自分も入ってるんだぞ。優しくて穏やかって魅力の1つなんだから」
「優しい人なら他にもたくさんいるよ」
「ほんとになぁ」

西賀は呆れてしまったようだ。でも、優しい人ならほんとにたくさんいるんだ。だから僕だけじゃない。それ以上言っても仕方ないので食べることに専念する。うん。サラダ美味しいな。ドレッシングが自信ないけど、今度作ってみよう。

サラダがなくなる頃、メインのファフィータが出てきた。

海老、チキン、ビーフに炙りチーズがトッピングされているものだ。チーズがほどよくとろけていて、海老とチキン、ビーフがいい味がする。うん、これは作れる。こうやってみるとメキシコ料理って意外と家でも作りやすいんだな。


「うん、チーズのとろけ具合がいいな。これ当たりだ」
「この前はなに食べたの?」
「スパイシーチキンエンチラーダ」
「エンチラーダか。それもいいね」
「そっちの方が良かったか?」
「ううん。ファヒータでいいよ。でも今度はエンチラーダがいい」
「おう。じゃ、また来なきゃな」
「うん」

こうやって西賀と気楽に食事できるように、せめて食事だけでも陸さんと一緒に食べられるようになったらな、と小さな願いごとを胸の中で神様にお願いした。

贅沢なファヒータを食べた後はデザートだ。フランはメキシカンの硬めのプリンのことなんだけど、砂糖の代わりに練乳を使っているので味が濃厚だ。普段はそんなに甘いものを食べる方ではないけれど、こうやって食事に来るとデザートを頼むことがある。

陸さんはデザートとかって食べるんだろうか? フルーツは甘めのもの、酸味の強いものどちらも食べているから甘い物が好きなのか苦手なのかがわからない。陸さんと会っていたお正月だとおせちだったからよくわからないんだ。

今度家でなにか作ってみようか。それこそプリンあたりが甘すぎずいいかもしれない。それでさりげなく勧めたら好きかどうかわかる。

こうやって考えてみると陸さんのことをなにも知らないんだと思う。子供の頃は年に2回会っていたけれど、陸さんが中学生になった辺りから会うのは年に1回になった。大きくなって陸さんへの気持ちに気づいた頃には年に1回しか会っていないから陸さんのことはよくわからなくて。そしてそのまま結婚した。

陸さんのことをよく知らないと思うと寂しいけれど、これから知る楽しみがあるんだと気持ちを切り替えた。


「なに考えてる? じーっとフラン見つめて」
「あぁ、うん。陸さんって甘いもの好きなのかどうなのか知らないなと思って。ほんと知ってるようで知らないんだ」
「今まで知らなかったなら、これから知っていけばいいじゃん」
「そっか。知る機会があるといいな」
「機会は作るんだよ」

機会は作るものか。それならプリンでも作って勧めてみよう。いや、甘いものだけじゃなくてその他のことも知っていけばいいのか。


「西賀は前向きだよね」
「そうか? 普通だよ」
「じゃあ僕が後ろ向き?」
「普通だろ。でも陸さんのことになると気弱になる気がするけど」

陸さんのことになるとか……。それはあるかもしれない。


「今度プリンでも作って勧めてみる」
「そうだな。その反応で好きか苦手かわかるもんな。少しずつ知っていけるって楽しみだよな」
「うん、そうだね」

うん。西賀と話してると前向きになれて楽しいから、やっぱり大事な友だちだと思う。

そんな風に西賀に感謝しながらフランを食べ、お酒を飲みながら色々な話しをした。

陸さんには好きな人がいるんじゃないかと思ってから、少し遠慮気味になっていた。それは仕方ないのかもしれないけど、人間としてどうなのかもわからない。僕が陸さんに対して抱いている気持ちは子供の頃からなので大人になってからというのがよくわからない。だから、少しずつ知っていこう。そう思った。


「今日は楽しかったな。また会おうぜ」
「うん。今日はありがとうね。また連絡する」
「おう。俺も連絡するよ。じゃ、おやすみ」

そう言って別々の路線に乗り家に帰る。時計を見ると22時30分。家に着くのは23時前くらいかな。陸さんはもう帰っているだろうか。もし帰っていたとしたら真っ暗な家は寂しいだろうな。今まで明るい家に帰っていたからなおさら感じるだろう。そう考えると早く帰りたいと思ってしまう。もしもう帰っているのなら、僕が今さら焦ったって意味がないけれど、気持ちはせいてしまう。

あ、プリンを作る材料を買っていこうかな。確か下のスーパーは24時間やってた気がする。帰りに買っていけば明日作れると考えて、明日は陸さんの実家にお土産を渡しに顔を見せに行く日だったと思い出す。そして明後日はうちの実家。プリンを作れるのは週明けになりそうだ。

明日、明後日はきっと僕たちを心配しているであろう両親に顔を見せよう。プリンはそれからでも全然遅くない。