EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

永遠の別れ2

「千景くん。この子、本当に愛想ないし可愛げもなくてごめんなさいね」
「いいえ、そんなこと」

千景と話していると母さんが横から口を挟んできた。

愛想がないんじゃなくて人によって使い分けているだけだし、可愛げなんて三十路の男に必要ないだろうと思う。思うけれど、言うと面倒くさいから口をつぐむ。


「本当に千景くんは良い子ね。陸なんかにはもったいないくらい」
「そんな。それに、陸さんは優しいですし」
「そんなこと言うとつけあがるからハッキリ言っちゃっていいのよ?」
「いえ、ほんとに。子供の頃から小さい僕の相手をしてくれましたし、今だってコーヒー持って来てくれたし」

小さい頃遊んでいたことを覚えていたのか。別に優しいから相手をしてたわけじゃない。俺自身子供だったから大人の中にいるよりも子供同士で遊んでいた方が楽しいから遊んでいただけだ。それでも千景には、そんな風に映っていたんだな。


「そう? 千景くんにとって嫌な相手ではない?」
「嫌だなんて、そんな」
「それなら良かったわ」

そう言って母さんは笑う。千景は母さんのお気に入りだ。どちらかというと大人しい方だが、言いたいことはハッキリという。そして物腰が柔らかいので可愛いのだろう。千景のそういうところは友子さんに似ている。

そう母さんと千景が話しているのを皆が目を細めて見ている。皆の中では千景は可愛いのだろう。千景は目上の人に好かれるタイプだ。俺だって婚約者なんかじゃなければこんなにつっけんどんにしたりしない。多分。物心ついた頃には既に婚約者と言われていたからよくわからないけれど。


「でも千景くんが息子になるなんて嬉しいわ。駿はまだしも陸なんて可愛げないもの。その点千景くんは穏やかで優しいし」

べた褒めだ。

可愛げがなくて悪かったな。そう心の中で突っ込む。口に出したら面倒だから言わないけれど。それにしても母さんは昔から千景のことを可愛がっていたから義理とはいえ息子になるのが嬉しいのだろう。


「こんな子だけど、よろしくね」
「いえ。僕の方こそよろしくお願いします」
「今から結婚式が楽しみだわ」

まるで自分が結婚するかのようだ。なんなら父さんと離婚して母さんが千景と結婚すればいい。そう思うのは何度目だろう。いい加減嫌になって、バレないように小さくため息をつく。でも、それが友子さんに気づかれていたようだ。友子さんは母さんに聞こえないように小さな声で言ってきた。


「あの子、男なのにちょっと大人しすぎるかなって思ってるの。だからお相手が陸くんみたいにハッキリした人で良かったわ」
「大丈夫ですよ。必要なときにはきちんと言ってるから」
「そうかしら。ならいいんだけど。でも、ほんとにお相手がよく知っている陸くんで良かったって安心しているのよ」

友子さんは笑顔でそう言うけれど、もし俺が家を捨てて出て行ったらどうするのだろう。俺以外の相手を探して千景の相手にするのだろうか。それとも自由恋愛を許すのだろうか。それが少し気になったけど、まさかそんなこと訊けるわけもなくて。友子さんのことは好きだけど、この結婚に関しては友子さんを悲しませることになるかもしれない。それは申し訳ないなと思いながら笑顔を作った。


4日の午前11時。

神社の近くのランドマークで待ち合わせ。俺は11時少し前に着いた。和真もいつも少し前に来るから、そろそろ来るだろう。そう思って和真を待った。しかし、11時を過ぎても和真は来ない。和真が遅れるなんて珍しい。なにかあったんだろうか。そう思ってスマホを覗くけれど、そこに和真からのメッセージはない。連絡もなく遅れるなんて和真らしくない。そう思いながら和真を待っていると俺の傍を通り過ぎて行った人の言葉が耳に入る。


「事故なんて怖いね。即死だったのかな?」
「速度の出ていた車だったみたいだからそうかもね。横断歩道渡っていて突っ込まれるなんて運悪いよね」
「ほんとだよね」

事故?

なんだかその言葉にどくんと心臓が鳴る。なんだろう。胸騒ぎがする。まさかとは思うけれど、時間を過ぎても連絡もなく遅刻する和真というのが気になってその場を離れた。もしかしたらその間に来るかもしれないと思うけれど、それならそれでいい。謝ればいい話しだ。

事故現場がどこかは知らなかったけれど、人がざわざわしているのですぐにわかった。


「まだ若い人でしょ」
「そう。若い男の人」
「まだ若いのに可哀想だよね」

若い男の人――。

まさかな。救急車はまだ来てない。事故に遭った人も見れるかもしれない。そう思って人垣を抜けて前へと行き、倒れている人を見た瞬間心臓が止まった。


和真!


「和真!」

そこに倒れていたのは和真だった。

辺りは鉄の匂いが充満し、道路は赤黒く染まっていた。でも、そんなことおかまいなしに和真の傍に駆け寄る。

死んで……いるのか?


「和真!」

呼んでもなんの反応もない。なので肩を揺さぶってみるけれど、やっぱり反応はなくて。

即死――。

そう言っていた人を思い出した。

死んでる……のか?

そんな。

俺を置いて和真がいなくなるなんてありえない。大体、寂しがり屋なのは和真の方だ。1人でどこかへ行ってしまうなんてありえない。だから、きっと気を失ってるだけなんだ。


「和真! 目覚ませよ!」

そう声を掛けていると救急車が到着した。


「危ないですよ。どいてください」
「あの! 俺も乗せてください」
「ご家族の方ですか?」
「友人です」
「わかりました。お乗りください」

和真がストレッチャーで救急車に乗せられ、続いて俺も乗り込む。

真っ青な顔をした和真。出血が酷かったのが見てとれる。和真の手をギュッと握り、また目を開けることを願った。でも、俺の耳に届いた言葉は”心肺停止”という言葉だった。

心肺停止? そんな……。いや、まだ死んだわけじゃない。それでも、時間が経てば経つほど救命率は低くなる。救急隊の人も蘇生を試みているけれど、早く病院に着け! そう思っていると救急隊の人に和真の自宅の電話番号を訊かれる。自宅の電話番号はわからない。でも、スマホから自宅に電話しているのは聞いたことがあるから、スマホに登録はされているはずだ。そう伝えると、


「スマホはこれで間違いありませんか?」
「はい、それです」

スマホに自宅の電話番号が登録されていてもスマホを起動できなければ意味がない。でも、俺は暗証番号を知っている。逆に和真は俺の暗証番号を知っている。だから、救急隊の人からスマホを借り、暗証番号を打ち込み立ち上げる。そして電話帳の中から該当の電話番号を探し、救急隊の人に手渡す。


「ありがとうございます」

そして救急隊の人が電話で話しているのを聞く。なんだか現実味がない。それでも、少しでも早く病院に着くことを願う。処置が早ければ助かる確率があがる。

救急車はすごいスピードで走って行き、きっと病院までもそんなに遠くないはずだ。けれど、俺にはすごく長く感じた。

病院に着くと医師や看護師さんがバタバタと動き出す。そして俺は廊下でぼうっとしていた。

どれくらいそうしていたんだろう。和真のご両親と思われる人が病院に駆けつけた。救急外来でなにをしているのか、外にいる俺にはわからない。恐らく心臓マッサージをしているんだろう。死なない……よな? 俺を1人にしたりしないよな?

廊下で1人ぼうっとしていると、和真のお母さんと思われる人に声を掛けられた。

 
「和真のお友達の方ですか?」
「……はい」
「ここまで一緒に来て頂いてありがとうございます。和真は……」

言葉をとぎられて、ダメだったと悟った。和真が俺を置いて逝ってしまった。あまりのショックに涙も出ない。


「あの……葬式は……」
「これからお寺さんと相談して火葬場が開いているときにしたいと思います。参列して頂けますか? お友達に見送って頂けたら和真も喜ぶと思うのですが」

友達、なんかじゃない。恋人だ。そう言えればいいのに言えない。友達のふり。和真が女かオメガだったら言えたのに。第一の性も第二の性も俺たちには優しくなかった。だから、友達のふりをする。


「ぜひ見送らせてください」
「それでは、決まりましたらご連絡しますので、ご連絡先を……」

俺は連絡先を教えて、和真の両親が冷たくなった無言の和真と一緒に帰って行くのを見送った。

3人が帰ったのを見送り、俺も帰宅する。帰宅する足は重い。家を出るときは数日ぶりに和真に会えると思って気持ちも高揚していたのに、今はすっかり消沈している。頭の中にあるのは、もう和真と会えなくなったということ。もう、一緒に笑いあったり、触れたり、キスしたり、セックスしたり。そんなことなにもできない。いや、声を聞くことも顔を見ることもできないんだ。それがとても辛かった。まさか恋人を亡くすなんて思わないだろ。しかも病気でもなく事故で。

家に着いてお手伝いの茜さんになにも言わずに自室に籠もった。そして2人で写った写真や和真1人が写っている写真を見る。そこにはいつもの穏やかな表情をした和真がいる。俺に話しかける和真の声が今にも聞こえて来そうだ。だけど、もう聞くことはできない。

たくさんある写真の中から一枚を選び、フォトスタンドに入っているハワイのサンセットの写真を取りだし和真の写真と入れ替える。でもどうなんだろう。こうやって写真を目にする方が辛いんだろうか。身近な人を亡くすのなんて初めてだからわからない。でも、もう会えないから。せめて写真でいいから顔を眺めたい。辛くなったら他の写真と変えればいい。

フォトスタンドの写真を大好きな和真の写真に変え、コーヒーでも飲もうとキッチンに降りていくとダイニングに母さんがいた。


「なんて顔をしているんですか。しゃんとなさい」

なんて顔と言われても。きっと酷い顔をしているんだろう。恋人を亡くした日に笑顔だったらそっちの方が怖い。しゃんとしろと言われても無理だ。でも、何も言わずにお気に入りのマグカップにコーヒーをいれる。


「結婚式は6月に決まったわよ」

ほんとに勝手に決めたんだな。結婚式か……。千景と結婚するのか。なんだか他人事みたいだ。でも、もうどうだっていい。和真がいないなら誰と結婚しようと関係ない。和真以外に愛せる人なんていないのだから。


「わかった」
「……あんなに嫌がってたのに嫌がらないのね。どちらにしても気持ちが変わったのならいいのだけど」

散々反発していた俺に母さんは驚いていたみたいだけど、もうどうでもいいんだ。だってもう和真はいないんだから。それなら誰と一緒になろうと関係ないんだ。