EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

永遠の別れ 01

「ごめんな、元旦は会えなくて」
「婚約者がくるんだろ?」
「そう。毎年家族で新年の挨拶に来るんだ」

12月30日の夜。俺は恋人の和真と電話で話していた。話題はお正月のこと。恋人がいるなら大晦日の夜か元旦の昼間には一緒に初詣に行きたいところだけど、俺には名ばかりの婚約者がいて、その婚約者が家族で新年の挨拶に来るのでそうすることができない。

恋人がいるのに婚約者がいるとか最低だろ、と自分で思うけれど俺が子供の頃に双方の親同士で決められたことだ。家のために仕方ないとはいえ、本当なら解消したいところだ。


「やっぱり俺なんかが陸と付き合ってたらいけないんじゃないかな」

和真はなにかあるとこう言う。そうだよな。令和のこの時代にまだ許嫁とか言っているんだから。それもこれも家柄を重んじる母親のせいだ。


「そんなこと言うなよ。別れを選ぶなよ? そんなこと選ばれたら俺は家を捨てるよ。やっぱりかけおちしよう。それが一番いい」
「なに言ってるんだよ、かけおちなんて。って、ごめん。俺がいけないんだけど。待ち合わせは4日の11時だろ」
「俺が家を捨てれば三が日だって普通に会えるんだからな」
「うん。そうだけど」
「4日は食事してから初詣に行こう」
「わかった。じゃあ4日、楽しみにしてる。お休み」

和真はそう言うと電話を切ってしまった。

俺は本当に家を捨てる覚悟は出来ている。後は和真が俺の手を取ってくれるだけでいい。だけど和真は俺の手を取ってくれない。

俺の家は国内で有名な宮村製菓だ。父は宮村製菓の社長で兄は専務、そして俺が常務を務めている。父の家は商家で特に家柄だとかは言わないけれど、旧華族の出の母は令和になった今も家柄をとても重んじる人だ。

婚約者は母と母の従姉妹である友子さんの2人で決めたことだ。ちょうど釣り合う年齢のアルファとオメガがいたから。

俺はそんな家柄だとか性別とかは気にしない。和真の家が普通のサラリーマンの家庭だろうと、和真がベータだろうと俺にとってはなんの問題でもない。和真は和真だ。

うちには既に結婚した兄がいる。子供はまだできていないけれど、いつかは産まれてくるだろう。そうしたら跡継ぎ問題もないはずだ。それなら俺が家を捨てたとしても問題はないはずだ。なのに母は俺にまで婚約者を決めてきた。友子さんのところにオメガがいるから友子さんの子供と婚約者になったけれど、もし性別があわなければ学校のOB会である桜友会か女子科のOB会である楓会から探していただろう。

俺の出た学校は皇室の方や旧宮家、旧華族が多く通っているため婚約者を決めるなんてたやすいことだ。

令和のこの時代、家柄など関係ないだろうと思うけれど、俺の出た学校では婚約者がいたりというのも珍しいことではなかった。今の時代、皇室だって恋愛結婚しているのに、なんで庶民が家柄を気にして結婚相手を決められてるんだよとは思う。思うけれど、これを母親に言っても未だ勝てたことがない。

そんなこんなで正月は親戚が新年の挨拶に来て、名ばかりの婚約者家族もくる。それで三が日は潰れてしまうのだ。なので毎年、正月前は気が重い。

付き合って間もない頃から俺に婚約者がいることを知っている和真は、家を捨てるという俺の手は取ってくれない。代わりに俺たちのことを認めて貰おうと言う。

あの母親にいくら言ったって認めてはくれないだろう。実際、俺は和真と付き合ってから何度もその話しをしているけれど、一切聞き入れてはくれない。母親を攻略するのも大変だが、和真を攻略するのも大変だ。そんなこんなで1年のうちで一番気の重い時期が来た。

そんな風にため息をつきながら寝る前に水でも飲むか、とキッチンへと行った。

キッチンへ行くと父さんと母さんがまだリビングにいた。こんな遅くまで珍しいな。2人の姿をチラリと見てから水を飲んで自分の部屋に戻ろうとしたところで母さんに声をかけられる。


「なに?」
「お式は来年中にしますからね」
「は? なにそれ。本人何も知らないところで勝手に決められるの?」
「あなたに任せていたら、いつまでも式を挙げないでしょう。あなたも2月には31歳になるし、千景くんも27歳になったしちょうどいいでしょう。いいえ、遅いくらいね」

婚約者が勝手に決められた次は、結婚式も勝手に決められるのか。


「俺、千景とは結婚しないよ」
「千景くんの何が不満なの? 先日も友子のところにお邪魔して千景くんに会ったけれど、とてもいい子よ。家事なんて家政婦に任せてもいいのに、自分でもできるようにってお料理教室にも通っているのよ。気立ても良くて千景くんがお婿さんに来てくれるなんて嬉しいわ」
「それなら母さんが結婚すればいいだろ。大体、令和のこの時代に婚約者とか古いんだよ」
「何馬鹿なことを言っているの。結婚相手は重要よ。この宮村家に入って貰うのだから。その点千景くんなら問題はないわ。出身学校は違うけれど、いい学校を出ているし、友子は旧子爵よ。身分的にも申し分ないわ」
「そのさ、旧子爵とかいつの時代だよ。華族制度は昭和に廃止になってるよ。それをまだ言うのかよ」

昭和22年に華族制度が廃止になって70年以上が経つ。それなのにまだ華族に縛り付けられている。父さんは何も言わないけれど、結局は賛成しているということだ。少なくとも反対はしていない。会社存続なんて兄さんがいるんだからもういいじゃないかと思うけれど、母さんには伝わらない。


「廃止になっても大事なことです」
「俺は絶対に結婚しないからな。もう心に決めた人がいるんだ。認めてくれないなら家を出る」
「何馬鹿なことを言っているんですか! いいですか、家柄のハッキリしない子は宮村家の敷居はまたがせません」
「許して貰えないなら勝手に出て行くよ。おやすみ」

我ながら子供じみた態度だとは思うけれど、家柄の話しは今始まったことではなく、親が勝手に決めた婚約者との結婚の話しも嫌になるくらい話してきている。それでも、1ミリも進展しない話。母親は婚約者との結婚を望んでるし、俺は和真との未来を望んでいる。

確かにベータである和真とは結婚することができない。男同士で結婚できるのはアルファとオメガの場合のみでその他の同性との結婚は認められていない。だからアルファの俺とベータの和真では結婚ができないのだ。でも、そんなこと関係なく母さんは和真のことを認めてはくれないだろう。なぜなら和真の家庭は普通のサラリーマン家庭で、両親も庶民で旧宮家・公家・華族などではない。だから絶対に望みはないのだ。

部屋に戻り、ベッドにドサリと横になり大きなため息をつく。

絶対に和真を認めてはくれない母さん。かけおちなんてせずに認めて貰おうとする和真。確かに和真の言う通り認めて貰えるならそれに越したことはない。でも、結婚の認められていない男のアルファと男のベータ。それどころか庶民。どう頑張っても”釣り合わない相手”だ。

母さんを攻略するよりは和真を攻略する方が簡単かもしれない。結婚を来年なんかに決められるのなら悠長なことは言ってられない。早く家を出ることを和真に納得して貰わなければ。とりあえず4日に会ったときに話すかな。




「明けましておめでとうございます」

新年3日。婚約者家族が新年の挨拶に来た。兄さんと義姉さんを含めた俺の家族5人と婚約者家族3人の計8人もいると32畳もの広さがあるリビングも広くは感じない。

俺の婚約者は、愛想もよく和やかに母さんに挨拶をし、母さんは機嫌が良さそうだ。とはいえ俺も友子さんと友子さんの旦那さんである純一さんにはきちんと挨拶をする。許嫁云々を抜きにすれば友子さんも純一さんも俺は好きだ。特に友子さんは母さんと違って比較的大人しい、お淑やかと言える人で好感が持てる。純一さんはサラリーマンではあるものの、某大手ドイツ系企業の専務取締役をしているので成功していると言える。それでも穏やかでやはり好感が持てる。婚約者である千景は小さい頃は遊び相手になった記憶がある。もっとも千景が覚えているかわからないけれど。

ほんとに友子さん家族は俺は好感を持っているから千景が許嫁なんかでなければいいのにと思う。俺と千景が婚約者になったのは母さんが友子さんに話したんだろうけど、なんで友子さんも了承しちゃったかな。友子さんも母さんみたいに家柄が、とか言う人なんだろうか。友子さんがNOと言ってくれたら千景との婚約もなくなりそうなのにな、なんて考えてしまう。

いや、でも母さんのことだからもし友子さんがNOと言ったら学校のOB会から探すんだろうなと思う。兄さんの結婚がそうだ。義姉さんは学校の女子科の卒業生で楓会から探した女性オメガの人だ。兄さんもよく黙って結婚したなと思う。でもそんな2人だけど夫婦仲はいい。だから兄さんは「結婚してみたら意外と良かったと思うこともあるから、お前も千景くんと結婚してみたらいいのに」と言う。でも俺には和真がいる。和真以外の人と生涯を共にしたいと思う人はいない。和真だけなんだ。

俺を抜かした両家7人は穏やかに談笑している。その中には千景もいる。輪に入っていないのは俺だけだ。何がそんなに楽しいんだか。自分の部屋に戻りたいけれど、さすがにそれはできないので我慢している。


「陸さん、明けましておめでとうございます」

千景は皆の輪から抜け、俺に声をかけてくる。無視したいところだけどそうもいかないので小さく返事を返す。


「おめでと」

仏頂面で言ったにも関わらず千景は嬉しそうに笑う。

お前はなんで勝手に婚約者なんて決められても笑っていられるんだよ。千景といい兄さんといい俺には気持ちが理解できない。


「お仕事はどうですか? 相変わらず忙しいのですか?」

休みの日になんで仕事の話しなんてしないといけないかな。と思うけれど千景にしたらそれくらいしか話題にできないんだろうな。それ以外の話題としたら今年と言われた結婚式のことくらいだからな。


「お前、結婚なんて言ったら仕事どうするの」
「結婚したら仕事はやめるつもりです」
「そんなことよく簡単に言えるな。仕事は腰掛け?」

意地悪でそう言うと千景は眉を垂らして笑う。


「そういう訳ではないけど、まずは家庭をしっかり守ることが僕の役目だと思うので。それに、子供も……」

そうなんだよな。結婚した先にあるのは子供だ。兄さん夫婦が既に結婚しているのだから、お互いに身体的問題がなければ、遅かれ早かれ子供はできるだろう。それだけじゃダメなんだろうか。俺まで結婚して子供を作る必要なんてあるんだろうか。この問題はずっと考えていることだ。もう、考えるとため息しかでない。

見ると俺のカップはもう空で、チラリと目をやると千景の手元のカップもコーヒーは空になっている。


「コーヒー淹れてくるからカップ貸して」

そう言って千景のカップも手にすると千景は「ありがとうございます」と嬉しそうに笑う。

キッチンへ行くとお手伝いの茜さんが淹れてくれたコーヒーはまだ余っていたので、それをそのまま入れ席に戻る。


「はい」
「ありがとうございます」

千景の前にカップを置くと千景はさらに嬉しそうに笑う。こいつはいつもそうだ。俺が話しかけると嬉しそうに笑う。いや、誰にでもこうなのかもしれない。小さい頃からよく笑う子供だったから。そんな千景を見ながら、バレないように小さくため息をついた。