今日は夕方から学生のときの友人である戸ノ崎、一条と会う。クラス会で会ってからまだ数ヶ月なのに戸ノ崎が寂しがって3人で会うことになった。
会ったらきっと戸ノ崎は千景のことを聞きたがるだろうなと思う。クラス会ではけしかけてきていたぐらいだし。まぁそれもいいか、と思う。
待ち合わせ場所に行くと既に戸ノ崎と一条がいた。
そう言って俺たちは近くの喫茶店へと移動し、俺と戸ノ崎はコーヒーを、一条は紅茶を注文した。
俺が日光に行ってきたことを言うと2人とも目を丸くして驚いている。それもそうか。あのときはまだ自分の気持ちに気づいていなかった。
ただ、泊まりで行ったと思っている2人に日帰りだと念を押す。
力の抜けた戸ノ崎に一条が冷静に突っ込む。
戸ノ崎がそう言って、俺はその通りだなと思う。だって家では部屋は別々だ。だけど泊まりで行ったら、ホテルのスイートルーム以外は基本は同じ部屋だろう。スイートルームだって寝室がひとつのことはある。戸ノ崎も一条も俺たちが部屋は別々なことは知らない。
俺が爆弾を投下すると戸ノ崎が思った通りのリアクションをして、思わず笑ってしまった。一条は言葉には出さないけれど、目を見開いたことから驚いたのがわかる。
高校時代、大学時代の頃と3人でハワイに旅行に行っていて、そのときに新婚旅行で滞在したあのカハラに宿泊している。
俺が答えると戸ノ崎は大きくため息をつく。そんなにため息をつかれることを言っただろうか。
日光で自分の気持ちに気がついた。でも、だからと言って千景に自分の気持ちを打ち明けたわけではない。だからいきなり部屋を一緒にしようなんて言ったら千景だってびっくりするだろう。
だから日光から帰ってきた後にきたヒートでは千景は自分の部屋にいた。ただドアの鍵を閉めなかっただけだ。
散々な言われ方だけど、無表情なのは承知している。会話だって少ない。いや、必要最小限しかしていない。俺が千景の立場なら戸ノ崎と同じように、勝手に食えと言うだろう。だけど千景はついでだからと言って、嫌な顔ひとつせずに作ってくれる。
愛情――。
あるんだろうか。自分が臆病になっているのはわかっている。でも言うにしても、どのタイミングで言ったらいいのかわからない。2人で一緒にいるのは食事をしているときだけだ。食べ終わったら千景は部屋に戻るし、俺はたまにリビングで本を読んだりするが、やはり基本は自分の部屋だ。
一条がもっともなことを言う。でもタイミング以前に伝えることが怖い。それに大体どの面さげて好きだなんて言うんだ? お互い干渉なしでと言ったのは俺だ。
そう言うと一条も言葉をなくしたようだ。戸ノ崎に至っては盛大にため息をついた。
一条にまで冷たいことを言われて俺はなにも言えない。でも、やっぱり普通なら食事なんて作りたくないって思うよな。
戸ノ崎も一条も気持ちを打ち明けろという。自分でもそうだよなとは思う。でも、干渉なしでと言った人間がどんな顔して告げたらいいのかがわからない。俺が千景なら、からかわれていると思うから。
だけど言わなくては、いつか失うかもしれない。大体、今日の次に必ず明日があるとは限らないのだ。それは和真のときで痛いほどわかっている。だから千景に伝えろと言うのも当然だ。
俺がそう言うと戸ノ崎も一条も呆れはてた顔をする。それはそうだろう。一緒に住んでて話さないとか考えられないだろう。それもこれも干渉なしと言ったことが響いてる。
結婚した当初はこんなことになるとは思わなかったから干渉なしでと簡単に言ったけれど、それが将来自分の首を絞めるとは思わなかった。自分が言った言葉だけどタイムスリップできるのなら、その言葉は言うのはやめろと言うのだけれど、タイムスリップなんてできないから自分で苦しむしかない。
一条に訊かれるので首を横に振る。
話しかけてもおかしくないことを? どんなことだろう?
一条がアドバイスをくれる。
出かけるか……。外出先でさらりというのもありか? 食事に行ってその最中というのもありかもしれない。ドライブもいいかもしれないけれど、フラれてしまって気まずくなるのもいやだな。食事ならそんなに長時間じゃないからなんとかなるかもしれないと思うけれど、帰るのは同じ家だ。
そうだ。和真には俺から告げた。でも、そんなに悩まなかった。別に一緒に住んでるわけじゃないから、フラれたらもう会わなければいいだけだ。だけど千景は違うから。
そうなのか。それならいいけど。問題は、俺の今までの行いだよな。それが一番の問題だ。どの面さげて好きだなんて言うんだ。干渉なしでというだけでなく、冷たい態度を取ってきた俺だ。
一条にぴしゃりと言われ、なにも言い返すことができない。それでも、言うしかないよな。和真みたいに突然失うことだってある。
戸ノ崎が助け船を出してくれる。どこか出かけるか。フラれた場合のことを考えると気が重いけど仕方ない。まぁ、告白だなんてことがなくてもいつも家事をやって貰っているから、どこかへ連れて行くのはいいだろう。たまには家事を休ませてあげたい。
グチグチと言っていたって仕方ない。
23時半になっても陸さんは帰ってきていないようだ。お友達と会って話しが弾んでいるのだろう。いや、もしかしたら友だちじゃなくて陸さんの好きな人かもしれないけれど。そうしたら今日は帰ってこないかもしれない。そんなことを考えると、考えたって仕方のないことなのに落ち込んでしまう。
何を今さら落ち込むんだろう。だって、陸さんに好きな人がいるだろうなんてことは結婚する前からわかっていたことだ。
寝ようと自分の部屋のドアに手をかけたところで玄関の開く音がした。
最初に僕の名前を呼んだのは陸さんだ。酔っているようだけど、陸さんの声なのはわかる。酔って帰ってくるなんて珍しい。今までそんなこと1度もなかった。いや、平日は知らないけど、こんなのは初めてだ。
陸さん以外の人の声も聞こえたし、いつもなら自分の部屋に入ってしまうけれど、気になって玄関に顔を出す。
陸さんからはすごいお酒の匂いがした。かなり飲んだのだろう。そして酔った陸さんを送って来てくれたっていうところだろう。
陸さんは僕の顔を見ると抱きついてきた。それも強く。あまりのことにびっくりして固まってしまう。え? 陸さんが僕を抱きしめる? そんなことあるはずないのに。なにがどうなってるの? 誰かと間違えてるの?
僕がそんな風に静かに焦っていると陸さんを支えてきてくれたうちの1人の人に声をかけられる。
酔ってると本音が出る? どういうことだろう? 言われていることの意味がよくわからない。
そう言うと戸ノ崎さんと一条さんは帰って行った。なんだかよくわからないけど、ベッドまで連れて行かなきゃ。
僕に抱きついていた陸さんは、僕にまわしていた腕をほどいたので陸さんを支える。とりあえず陸さんの部屋に連れて行かないと。
陸さんは千鳥足ながらなんとか歩いてはくれた。そうして陸さんの部屋のドアを開けて、ベッドに座らせたところで陸さんは支えがなくなり、ころんと横になった。
今の好きってなに? 頭がパニックを起こす。すき、って好き? 突然のことに頭はパニックになるけれど今はそれどころじゃない。お水を持って来なきゃ。
そう思いキッチンに急ぎ、水を持って陸さんの部屋に戻ると陸さんは寝息を立てていた。僕がキッチンへ行った短い時間で寝てしまったようだ。わざわざ起こす必要もないかと思い、そのまま寝て貰うことにする。
ただ、僕では着替えさせるのは無理なのでそのまま寝て貰うしかないけれど。せめて布団だけでも掛けよう。暑いとはいえ、何も掛けなかったら風邪を引いてしまう。そして持ってきたお水はベッドサイドに置く。
小さな声でそう告げると陸さんの部屋を出る。
それにしてもわからないのは、戸ノ崎さんの言っていた「酔っていると本音が出る」という言葉だった。確かに陸さんは酔っていたけれど。
でも陸さんに抱きしめられたのは初めてだ。酔ってのことだとしても嬉しかった。それは誰も知らない僕だけの秘密だ。好き、の言葉は消化できていないけれど。
翌日曜日。
陸さんはお昼近くに起きてきた。ちょうど良かった。パスタを湯がくところだった。陸さんも起きてきたし、2人分湯がこう。
でも、起きてきた陸さんは二日酔いなのか頭を抑えている。
でも、起きてきた陸さんは二日酔いなのか頭を抑えている。
陸さんにウォーターサーバーから給水したばかりのお水を渡す。昨日、あんなになるまで飲んだから二日酔いになったんだろう。
そう訊いてくるっていうことは昨夜の記憶はないんだろう。確かに正体失くすほどだったから記憶がないのも当然か。
そう言うと顔を洗うのだろう、洗面所へと行った。
記憶があれば、消化不良となっている「好き」の意味を訊くのだけど。最初、自分に言われたのだとは思わなかった。でも、ちかげと僕の名前を呼んだから僕で間違いないと思う。まさか陸さんの好きな人が、僕と同じ名前とはちょっと考えられないし。
まぁでも、記憶がないということは好きだと言ったことも覚えていないだろう。ただ、陸さんのお友達の人が言っていた通り、酔った勢いで本音が出た、とか。
いや、いくらなんでもそんなに僕に都合のいいことがあるわけがない。それより今はお昼ご飯が先だ。
今日のお昼は簡単にペペロンチーノと海老とブロッコリーのサラダだ。
ソファに座ってお水を飲んでいた陸さんがダイニングに座る。そして僕は陸さんの前にペペロンチーノとサラダを置いた。
ペペロンチーノを口にしながら考える。二日酔いに効くのってしじみだっけ? あさりだっけ? うちはお父さんが少ししかお酒を飲まないからそういうのがよくわからないけど、しじみかあさりが二日酔いに効くというのだけは知っている。陸さんは辛そうだから、あとでスーパーに行って買ってこよう。
普段家にいて予定が入ることは悲しいけれど、ない。せいぜい友人とたまに会うくらいなのだからシルバーウィークなんて1人だ。
陸さんはいつもそう言って僕を休ませようとしてくれる。陸さんになにかできるのが嬉しいから、休むとか考えたことがなかった。
お部屋に露天風呂がついてるっていうことはそこそこのお値段はするんだろうな。でも最近は露天風呂付きの部屋も増えてきているし、そんなに驚くことはないか。そう考えて返事をする。
そうして僕と陸さんはシルバーウィークに箱根に行くことになった。