EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

重なる気持ち 01

「今日は夕方から友人と会うから夜はいらない」
「わかりました」

今日は夕方から学生のときの友人である戸ノ崎、一条と会う。クラス会で会ってからまだ数ヶ月なのに戸ノ崎が寂しがって3人で会うことになった。

会ったらきっと戸ノ崎は千景のことを聞きたがるだろうなと思う。クラス会ではけしかけてきていたぐらいだし。まぁそれもいいか、と思う。

 
「陸!」

待ち合わせ場所に行くと既に戸ノ崎と一条がいた。


「待たせて悪い」
「いや、俺たちが早かっただけだし。夕食の予約までまだ時間あるから茶でもしようぜ」
「そうだな」

そう言って俺たちは近くの喫茶店へと移動し、俺と戸ノ崎はコーヒーを、一条は紅茶を注文した。


「陸。あの後、食事に連れて行ってやったのか?」
「ああ。先日は日光にも行ってきた」
「は? なに? 食事に連れて行っただけじゃなくて?」

俺が日光に行ってきたことを言うと2人とも目を丸くして驚いている。それもそうか。あのときはまだ自分の気持ちに気づいていなかった。

ただ、泊まりで行ったと思っている2人に日帰りだと念を押す。


「日帰りだからな。ちょうど結婚記念日だったのと遅くなったけど千景の誕生日があったから足をのばした」
「びっくりしたー」
「いや、もう一緒に住んでるんだし、泊まりで行ったって同じだろ」

力の抜けた戸ノ崎に一条が冷静に突っ込む。


「あ、そうか。でもさ、気持ち的に違うじゃん」

戸ノ崎がそう言って、俺はその通りだなと思う。だって家では部屋は別々だ。だけど泊まりで行ったら、ホテルのスイートルーム以外は基本は同じ部屋だろう。スイートルームだって寝室がひとつのことはある。戸ノ崎も一条も俺たちが部屋は別々なことは知らない。


「一緒の部屋で寝たことはないよ」
「はぁ?!」

俺が爆弾を投下すると戸ノ崎が思った通りのリアクションをして、思わず笑ってしまった。一条は言葉には出さないけれど、目を見開いたことから驚いたのがわかる。


「だって結婚式のあとホテルに一泊しただろ」
「2ベッドルームだった」
「ハワイはオアフ島だったんだろ。そしたらカハラのあそこか?」

高校時代、大学時代の頃と3人でハワイに旅行に行っていて、そのときに新婚旅行で滞在したあのカハラに宿泊している。


「そうだ」
「そしたら、そこでも部屋は別々?」
「あぁ」

俺が答えると戸ノ崎は大きくため息をつく。そんなにため息をつかれることを言っただろうか。


「政略結婚なのはわかってるけどさ、そこまで徹底してるとは……」
「まだ部屋は別々なのか?」
「別だ。一緒にする理由付けがない」

日光で自分の気持ちに気がついた。でも、だからと言って千景に自分の気持ちを打ち明けたわけではない。だからいきなり部屋を一緒にしようなんて言ったら千景だってびっくりするだろう。

だから日光から帰ってきた後にきたヒートでは千景は自分の部屋にいた。ただドアの鍵を閉めなかっただけだ。


「まだ気持ちは伝えてないのか」
「伝えてない。大体、千景の気持ちもわからない」
「えー。こんなに無表情な陸の週末だけとは言え食事を作ってくれてるんだろ。愛情なきゃできないだろ。俺なら勝手に食えっていうわ」

散々な言われ方だけど、無表情なのは承知している。会話だって少ない。いや、必要最小限しかしていない。俺が千景の立場なら戸ノ崎と同じように、勝手に食えと言うだろう。だけど千景はついでだからと言って、嫌な顔ひとつせずに作ってくれる。

愛情――。

あるんだろうか。自分が臆病になっているのはわかっている。でも言うにしても、どのタイミングで言ったらいいのかわからない。2人で一緒にいるのは食事をしているときだけだ。食べ終わったら千景は部屋に戻るし、俺はたまにリビングで本を読んだりするが、やはり基本は自分の部屋だ。

 
「相手の気持ちがわからないなら、まずは自分の気持ちを伝えろ」

一条がもっともなことを言う。でもタイミング以前に伝えることが怖い。それに大体どの面さげて好きだなんて言うんだ? お互い干渉なしでと言ったのは俺だ。


「結婚したときに干渉なしでと言ったんだ」

そう言うと一条も言葉をなくしたようだ。戸ノ崎に至っては盛大にため息をついた。


「千景くん、よく離婚を言い出さなかったな。政略結婚とはいえ俺ならそんなやつ離婚するわ」
「離婚できないなら部屋は別々にしても、食事は作らないな。作りたくもない」

一条にまで冷たいことを言われて俺はなにも言えない。でも、やっぱり普通なら食事なんて作りたくないって思うよな。


「まあでも真面目な話し、和真くんのことはまだ完全には忘れられないと思うよ。まだ1年半くらいだろ。それは無理だよ。でもさ、千景くんのことを好きなのなら打ち明けた方がいいぞ。でなきゃ、いつか愛想つかされるぞ」
「戸ノ崎の言う通りだな。愛想つかされるというより、このままだと余計に距離があいてしまうと思うぞ。それが嫌なら、はっきりさせろ」

戸ノ崎も一条も気持ちを打ち明けろという。自分でもそうだよなとは思う。でも、干渉なしでと言った人間がどんな顔して告げたらいいのかがわからない。俺が千景なら、からかわれていると思うから。

だけど言わなくては、いつか失うかもしれない。大体、今日の次に必ず明日があるとは限らないのだ。それは和真のときで痛いほどわかっている。だから千景に伝えろと言うのも当然だ。


「でも、伝えるタイミングが……。まさかいきなり言うわけにもいかないし」
「一緒に住んでて伝えるタイミングがないとか言うなよ?」
「いや、ないよ。そもそもあまり話さないというか……」

俺がそう言うと戸ノ崎も一条も呆れはてた顔をする。それはそうだろう。一緒に住んでて話さないとか考えられないだろう。それもこれも干渉なしと言ったことが響いてる。

結婚した当初はこんなことになるとは思わなかったから干渉なしでと簡単に言ったけれど、それが将来自分の首を絞めるとは思わなかった。自分が言った言葉だけどタイムスリップできるのなら、その言葉は言うのはやめろと言うのだけれど、タイムスリップなんてできないから自分で苦しむしかない。


「全く話さないのか?」

一条に訊かれるので首を横に振る。


「いや。最近は少し話すようにはなったけど、なにもないのにいきなり話しかけるなんてことはできない」
「じゃあ話しかけてもおかしくないことを作ればいい」

話しかけてもおかしくないことを? どんなことだろう?


「どこかへ出かけるとかいいんじゃないか? どこか食事に行くとか、ドライブに行くのでもいいし」

一条がアドバイスをくれる。

出かけるか……。外出先でさらりというのもありか? 食事に行ってその最中というのもありかもしれない。ドライブもいいかもしれないけれど、フラれてしまって気まずくなるのもいやだな。食事ならそんなに長時間じゃないからなんとかなるかもしれないと思うけれど、帰るのは同じ家だ。


「でもさ、和真くんのときはどうしたの。陸が告ったんだろ」

そうだ。和真には俺から告げた。でも、そんなに悩まなかった。別に一緒に住んでるわけじゃないから、フラれたらもう会わなければいいだけだ。だけど千景は違うから。


「まぁ、千景くんに直接会ったことはないから迂闊には言えないけど、期待が全く持てないっていうことはないと思うけど。週末の食事だって千景くんから言ってくれたんだろ? 嫌なやつにはそんなこと言わないだろ」
「戸ノ崎の言う通りだな」

そうなのか。それならいいけど。問題は、俺の今までの行いだよな。それが一番の問題だ。どの面さげて好きだなんて言うんだ。干渉なしでというだけでなく、冷たい態度を取ってきた俺だ。


「でも、どの面さげて」
「それはまぁ仕方ないな。自分が悪いんだから」

一条にぴしゃりと言われ、なにも言い返すことができない。それでも、言うしかないよな。和真みたいに突然失うことだってある。


「もうすぐシルバーウィークだし、どこかドライブでも行ったっていいんじゃないか?」

戸ノ崎が助け船を出してくれる。どこか出かけるか。フラれた場合のことを考えると気が重いけど仕方ない。まぁ、告白だなんてことがなくてもいつも家事をやって貰っているから、どこかへ連れて行くのはいいだろう。たまには家事を休ませてあげたい。


「頑張ってみるよ」

グチグチと言っていたって仕方ない。



*****


23時半になっても陸さんは帰ってきていないようだ。お友達と会って話しが弾んでいるのだろう。いや、もしかしたら友だちじゃなくて陸さんの好きな人かもしれないけれど。そうしたら今日は帰ってこないかもしれない。そんなことを考えると、考えたって仕方のないことなのに落ち込んでしまう。

何を今さら落ち込むんだろう。だって、陸さんに好きな人がいるだろうなんてことは結婚する前からわかっていたことだ。

寝ようと自分の部屋のドアに手をかけたところで玄関の開く音がした。


「ちかげーー」
「陸。声落とせって。千景くん寝てるかもしれないだろ」

最初に僕の名前を呼んだのは陸さんだ。酔っているようだけど、陸さんの声なのはわかる。酔って帰ってくるなんて珍しい。今までそんなこと1度もなかった。いや、平日は知らないけど、こんなのは初めてだ。


「陸さん?」

陸さん以外の人の声も聞こえたし、いつもなら自分の部屋に入ってしまうけれど、気になって玄関に顔を出す。


「ちかげーー」

陸さんからはすごいお酒の匂いがした。かなり飲んだのだろう。そして酔った陸さんを送って来てくれたっていうところだろう。

陸さんは僕の顔を見ると抱きついてきた。それも強く。あまりのことにびっくりして固まってしまう。え? 陸さんが僕を抱きしめる? そんなことあるはずないのに。なにがどうなってるの? 誰かと間違えてるの?

僕がそんな風に静かに焦っていると陸さんを支えてきてくれたうちの1人の人に声をかけられる。


「千景くん、だよね?」
「はい……」
「俺は戸ノ崎、こっちは一条。陸の友人なんだけど、陸が飲み過ぎちゃって1人で帰れる状態じゃないから送ってきた。遅い時間に起こしてごめんね」
「あ、いえ。起きていたので大丈夫です」
「ご覧の通りなんだけど、酔ってると本音が出るからね」

酔ってると本音が出る? どういうことだろう? 言われていることの意味がよくわからない。


「ほら、陸。千景くんから離れろ。で、水飲んで寝ろ。大丈夫? ベッドまで連れて行こうか?」
「いえ、なんとか歩けるのなら、支えて行くので大丈夫です。ここまでありがとうございました」
「いや。飲ませちゃったのこっちだから。ごめんね。ほら、陸! 素直になれよ。じゃあお休み」

そう言うと戸ノ崎さんと一条さんは帰って行った。なんだかよくわからないけど、ベッドまで連れて行かなきゃ。


「陸さん、寝ましょう。歩けますか?」
「あるけるぞーー」

僕に抱きついていた陸さんは、僕にまわしていた腕をほどいたので陸さんを支える。とりあえず陸さんの部屋に連れて行かないと。

陸さんは千鳥足ながらなんとか歩いてはくれた。そうして陸さんの部屋のドアを開けて、ベッドに座らせたところで陸さんは支えがなくなり、ころんと横になった。


「――すきだぞ、ちかげ」
「え? ちょ、大丈夫ですか? 今、水を持ってくるので待っててくださいね」

今の好きってなに? 頭がパニックを起こす。すき、って好き? 突然のことに頭はパニックになるけれど今はそれどころじゃない。お水を持って来なきゃ。

そう思いキッチンに急ぎ、水を持って陸さんの部屋に戻ると陸さんは寝息を立てていた。僕がキッチンへ行った短い時間で寝てしまったようだ。わざわざ起こす必要もないかと思い、そのまま寝て貰うことにする。

ただ、僕では着替えさせるのは無理なのでそのまま寝て貰うしかないけれど。せめて布団だけでも掛けよう。暑いとはいえ、何も掛けなかったら風邪を引いてしまう。そして持ってきたお水はベッドサイドに置く。


「じゃあ陸さん、お休みなさい」

小さな声でそう告げると陸さんの部屋を出る。

それにしてもわからないのは、戸ノ崎さんの言っていた「酔っていると本音が出る」という言葉だった。確かに陸さんは酔っていたけれど。

でも陸さんに抱きしめられたのは初めてだ。酔ってのことだとしても嬉しかった。それは誰も知らない僕だけの秘密だ。好き、の言葉は消化できていないけれど。


 

翌日曜日。

陸さんはお昼近くに起きてきた。ちょうど良かった。パスタを湯がくところだった。陸さんも起きてきたし、2人分湯がこう。

でも、起きてきた陸さんは二日酔いなのか頭を抑えている。


「おはようございます」
「おはよう」
「二日酔いですか?」
「あぁ」
「お水どうぞ」
「ありがとう」

でも、起きてきた陸さんは二日酔いなのか頭を抑えている。

陸さんにウォーターサーバーから給水したばかりのお水を渡す。昨日、あんなになるまで飲んだから二日酔いになったんだろう。


「昨夜俺はどうやって帰って来た?」

そう訊いてくるっていうことは昨夜の記憶はないんだろう。確かに正体失くすほどだったから記憶がないのも当然か。


「お友達お二人に支えられて帰って来ました」
「そうか」
「もうすぐお昼できるので待っててください」
「わかった」

そう言うと顔を洗うのだろう、洗面所へと行った。

記憶があれば、消化不良となっている「好き」の意味を訊くのだけど。最初、自分に言われたのだとは思わなかった。でも、ちかげと僕の名前を呼んだから僕で間違いないと思う。まさか陸さんの好きな人が、僕と同じ名前とはちょっと考えられないし。

まぁでも、記憶がないということは好きだと言ったことも覚えていないだろう。ただ、陸さんのお友達の人が言っていた通り、酔った勢いで本音が出た、とか。

いや、いくらなんでもそんなに僕に都合のいいことがあるわけがない。それより今はお昼ご飯が先だ。

今日のお昼は簡単にペペロンチーノと海老とブロッコリーのサラダだ。


「陸さん。食べられますか? もう出来ましたけど」
「あぁ、食べる」

ソファに座ってお水を飲んでいた陸さんがダイニングに座る。そして僕は陸さんの前にペペロンチーノとサラダを置いた。


「今日は簡単になっちゃいましたけど」
「いや、十分だ。いただきます」
「いただきます」

ペペロンチーノを口にしながら考える。二日酔いに効くのってしじみだっけ? あさりだっけ? うちはお父さんが少ししかお酒を飲まないからそういうのがよくわからないけど、しじみかあさりが二日酔いに効くというのだけは知っている。陸さんは辛そうだから、あとでスーパーに行って買ってこよう。


「昨夜は起こしてしまったか?」
「いいえ。寝る前だったので大丈夫です」
「そうか。それなら良かった。ところで、シルバーウィークだが、予定はあるか?」
「いいえ。ありません」

普段家にいて予定が入ることは悲しいけれど、ない。せいぜい友人とたまに会うくらいなのだからシルバーウィークなんて1人だ。


「それなら箱根にでも一泊で行くか」
「え?!」
「嫌ならいいが」
「嫌じゃありません! びっくりしちゃっただけです」
「そんなに驚くな。たまには家事を休め。普通の仕事だって休みがあるんだから」

陸さんはいつもそう言って僕を休ませようとしてくれる。陸さんになにかできるのが嬉しいから、休むとか考えたことがなかった。


「箱根にいい旅館があるんだ。客室が少ないからゆったりとできるところで、部屋に綺麗な景色の見える露天風呂がついているからリラックスできる。予約が取れればいいんだが」

お部屋に露天風呂がついてるっていうことはそこそこのお値段はするんだろうな。でも最近は露天風呂付きの部屋も増えてきているし、そんなに驚くことはないか。そう考えて返事をする。


「楽しみです。最近、温泉行っていないので」
「そうか。いいところだから温泉に入ってゆっくりするといい」
「はい」

そうして僕と陸さんはシルバーウィークに箱根に行くことになった。