EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

君のことを考える 02

先生に言われ、戸ノ崎や一条と一緒に料理を取りに行く。パーティーのフィンガーフードだからと食事はあてにしていなかったけれど、ローストビーフがあったり、手まり寿司やキーマカレーがあったりとしっかりとした料理がいくつも並んでいた。

そこでチキンフライとガーリックポテトを取り、近くの席に座って食べる。ガーリックの味がしっかりしていて美味い。次にサンドイッチを食べる。それはローストビーフが挟まれていてたかがサンドイッチとは言えない豪華なものだった。先生の言う通り、一流ホテルだけあり、フィンガーフードもしっかりとした豪華なものだった。

そこでつい千景を思い出した。千景なら目をキラキラさせて食べるだろうか。今日は俺の分を作る必要がないけど、それでも作って食べるのだろうか。俺がこうして美味いものを食べているのだから千景もたまには美味いものでも食べに行けばいいと思うけれど、千景の性格からして、1人分でも作って食べそうだ。

千景は俺の渡す金で自分のものを買うのを躊躇する。それが千景の好きな本であっても。それでも最近はコーヒーを買いに行ったときについでにカフェで飲んでくるようにはなったらしい。あの物がいっぱい溢れたコーヒー専門店で。

俺の知っている範囲で千景が俺の渡した金を使っているのは好きなコーヒー豆1種類。豆を買いに行ったときのコーヒー一杯。そんなところだ。間違えてもランチで贅沢をして、ということはないだろう。夕食も。

いくら言っても千景は贅沢をしないし、俺の金も使わない。結婚してすぐに渡したクレジットカードも1度も使われていない。そんな千景だから今日だって俺がいないからと羽を伸ばしているということはないだろう。

やはり俺が連れて行かないとダメだなと思う。やはり今度千景の好きな元町に連れて行って、有名なフレンチの店で食事をしよう。来週末にでも連れて行こうか。


「陸。なに真剣な顔して食べてるんだ?」

声で意識が戻る。戸ノ崎が顔を覗き込むようにしている。


「いや、別に」
「なに? 千景くんに食べさせたいとでも思ってた?」

当たらずとも遠からずといった言葉にドキリとする。そうだ、俺は千景に美味いものを食わせたいと思ってた。元町に連れて行こうとも考えていた。なんで俺が連れて行く必要がある。金もカードも渡してあるんだし、1人で元町までだって行けるのだからわざわざ俺が連れて行かなくてもいいんだ。でも、と考える。美味いものを食べて喜ぶ千景の顔が見たいと思う。


「戸ノ崎、からかうのはやめろ。新婚なんだから考えさせておけ」

横からからかってくる戸ノ崎を止める一条の声が聞こえる。今はクラス会で戸ノ崎や一条と話している最中だ。千景のことを考える時間じゃない。


「意外とうまくやってるみたいだな」

と一条が言う。一条はいつも冷静で真面目で戸ノ崎のように人をからかって遊ぶようなことはしない。それでいて戸ノ崎と仲が良いのだから不思議な男だ。


「彼のことを考えていたんだろう」

なんでわかるのだろうか。そう思うけれど図星だからなんと返事をしたらいいのかわからない。


「なんでわかる?」
「そりゃわかるさ。幼稚園の頃からの付き合いだぞ」

それもそうか。人生の半分以上を一緒に過ごしているのだ。


「やっぱり千景くんに食べさせたかったんだろ。俺の当たりじゃん」
「だからお前はからかうのをやめろ」
「はいはい」
「もし、彼になにかしてあげたいと思うのなら後悔のないようにしてやれ。もう後悔はしたくないだろう」

後悔……。和真のことを言っているんだとわかる。千景には後悔のないように、か。別に大したことを考えていたわけじゃない。自分で食べに行かない千景だから、元町のあの店に連れて行こうと思っただけだ。そう思って頭から追い出した。




今日は土曜日だけど陸さんがクラス会ということで食事がいらない日。自分の分だけを作るのは久しぶりだ。最近は陸さんの分と2人分を作っているので忘れていたけど、1人分だけ作るのは寂しいし、ちょっと面倒くさい。夕食どうしようかなと考え、今日はスーパーのお弁当で済ませることにした。

美味しいお弁当は早々に売り切れてしまうだろうか? 買ったことがないのでわからないけれど、コスパが良くて美味しそうなものは売り切れるのが早そうで、夕食にはまだ少し早いかと思ったけど、買いに行くことにした。

お財布を取りに部屋に戻ったところでスマホが鳴る。鳴り続けることから着信だとわかる。誰からだろう。お母さんかな? そう思ってスマホを見ると西賀からだった。


「もしもし?」
「久しぶり。あのさ、近くまで来たんだけど出れない?」
「大丈夫だよ。今、お弁当買いに行こうとしてたとこだし」
「弁当? 珍しいじゃん。じゃあさ、ファミレスでも行こうぜ。俺、お腹空いちゃって」
「いいよ。じゃあ先に行って待ってて。僕もすぐ行くから」
「了解。じゃあな」

お財布を持って上着を着て家を出る。そういえば陸さんは何時頃帰ってくるだろうか。クラス会だから帰りは遅くなるかもしれない。僕だってクラス会のときは遅くなった、と思う。言い切れないのは途中で寝てしまったから。でも、陸さんが既に帰宅済みだったことを考えれば遅かったはずだ。

それに久しぶりに会う人ばかりで話だって弾むだろう。二次会だってあるかもしれない。そう思うと陸さんに連絡しなくてもいいかなとは思ったけど、万が一僕の方が遅いかもしれないことを考えて陸さんに、西賀と会ってくるとメッセージを入れた。

もし僕の方が遅かったら電気がついていなくて家が真っ暗だ。だから念のために連絡を入れておく。


『会社の元同僚と食事に行ってきます。遅くならずに帰ります』

メッセージを送って、急いでファミレスまで行く。西賀を待たせてしまう。急ぎ足でファミレスまで行き、店内を見渡すとスマホを見ている西賀の姿があった。


「西賀!」
「お、来たな」
「待たせてごめんね」
「そんなに待ってないよ。それより何食べる?」

西賀はスマホを置いてメニューを開いた。何食べようかな? 写真を見るとどれも美味しそうで悩むけれど、散々悩んで牡蠣フライとエビフライのついたミニチーズインハンバーグにした。ビーフシチューソースが美味しそうだ。

ハンバーグは家でも作るけど、チーズインにはしないし、ビーフシチューソースは手間がかかるからしない。こういうのは外食のときに食べるに限る。飲み物はドリンクバー。

注文を済ませ、ドリンクを持ってきたところで西賀が口を開いた。


「急にごめんな。陸さんは大丈夫?」
「うん。今日はクラス会に出かけてる。だから夜ご飯はお弁当にしようと思ってたんだ」
「そっか。タイミング良かったな。で、どうよ、陸さんとは」
「少し前から週末のお昼と夜は食事食べて貰えてるんだ」

僕が笑顔でそう言うと西賀は一瞬目を見開いたけれどすぐに破顔した。


「良かったじゃん」
「うん。それにね、熱海にも連れて行ってくれたんだ」
「熱海?」
「うん。食事を作ってるお礼って言ってクリスマスの後に連れて行ってくれた」
「すごいじゃん! お礼って言っても熱海まで連れて行ってくれるのはすごいよ」
「うん。日帰りだけど温泉入ってきた」

僕はそう報告してそのときのことを思い出す。まさか熱海に連れて行ってくれるとは思わなかったし、予約してくれていたランチは新鮮でとても美味しかった。それに帰りに買ってくれたプリンも美味しかった。


「お互い干渉なしっていうところから始まったのに、わざわざ遠くまで連れて行ってくれるってすごくない?」
「うん、それにね、週末に買い物に行くって言ったら車出してくれた」
「そっか。良かったな。どうなるかと思ったけど、うまく行ってるみたいじゃん。それ聞いて安心したよ」

そう言って西賀は笑ってくれる。きっと心配してくれていたんだろう。新婚旅行から帰って来たときはほんとにただ同じ家に住んでるだけだったから、こんな報告ができて良かったと思う。

 
「前に会ったときに、ワンチャンあるかもって言ったの覚えてる?」

紅茶を飲みながら西賀が言う。


「覚えてるよ」
「今の感じだとほんとにあるんじゃん?」
「そうかな。確かに陸さんを取り巻くバリアは薄くなった気はするけど」
「一気には変わらないよ。でもさ、今の感じならもう少し距離、近くなれるんじゃん?」

確かに陸さんを取り巻くバリアは薄くなったし、元々優しい陸さんだけど最近はさらに優しくなったと思う。

隣の駅のスーパーに買い物に行くのに車を出してくれたり、飲茶を食べたいというわがままを聞いてくれて、僕の好きな元町にも寄ってくれた。

それは距離が近くなければ、ないことだと思う。そしてその距離がもう少し近づけばいいなって厚かましくも思ってる。西賀の言うように近くなればいい。


「でもほんと良かったよ。新婚旅行で干渉なしで言って別行動って言ってたから、ちょっと心配してた」
「心配かけてごめんね」
「いや。勝手に心配してただけだから気にするな」

そこで料理が運ばれてくる。ハンバーグのビーフシチューソースが美味しそうだ。西賀はオムライスで、その山形のオムライスにもビーフシチューソースがかかっていた。

ハンバーグを一口食べると中からチーズがとろりと出てきて美味しい。家でチーズインハンバーグを作ったことはないけど、今度作ってみようかな。いや、それよりも最近作っていないビーフシチューを作ろうか。最後に作ったのは、まだ結婚する前だ。結婚してからは作ったことがない。うん。チーズインハンバーグよりもビーフシチューを先に作ろう。


「なに真剣に料理見てるの」
「あぁ、うん。チーズインハンバーグ作るかビーフシチュー作るかって考えてた」
「陸さんいいなぁ。俺も作ってくれる彼女欲しい。このオムライス作って欲しい」

それこそ真剣に食べかけのオムライスを見て西賀が言う。


「そのオムライス作るの面倒くさいよ」
「え? そうなの?」
「オムライスを作るのは難しくないけど、ビーフシチューソースがね。ほんの少しの量のビーフシチューなんて手間かかるだけだよ。作って貰うならビーフシチューを作ったあとにしなね」
「ビーフシチューも美味しいよな。って、その前に作ってくれる人いないよ」

唇を尖らせて愚痴る姿が可愛いと思った。


「今付き合ってる人いないの? 前いたじゃん」
「もう別れたよ。そろそろ結婚考える歳なのにさ、独り身だよ」

そうか。僕たちも27歳で、そろそろ結婚を考える歳なのか。僕は物心ついた頃には陸さんっていう婚約者がいたから考えたことがなかった。


「結婚相手見つけるの大変そうだね」
「そうだな。それに俺モテないから余計」

西賀がモテないなんて嘘だ。違うフロアの子だったけど、西賀のことをキラキラした目で見ていた子を知っている。それを言うと西賀はなんて子だよ。告ってくると鼻息も荒く言った。その姿に思わず笑ってしまう。西賀のそういう緩さがあるところが僕は好きだ。


「西賀ならすぐに見つかるよ」
「そうだといいけどな」

シュンとしながらオムライスを食べている姿が可愛かった。陸さんは美味しいもの食べられてるかな? 陸さんはいい学校に行ってたからクラス会で使うホテルもいいところだろう。そうしたら美味しい料理が出ているはずだ。そしてフィンガーフードだと洋食になるので、明日はさっぱりとお魚がいいかな。お刺身もいいかもしれない。


「彼女できたら紹介してね」
「できたらな。しばらく無理っぽいけど」

そう言って不貞腐れている姿が可愛いななんて思ってしまった。口にしたら怒られるかもしれないけど。でも、ほんとに西賀はいいヤツだからきっとそのうち彼女もできるはずだ。西賀から早く紹介して欲しいなと西賀を見ながら思った。