EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

初めての 02

精肉コーナーで美味しそうな牛肉を陸さんが選んでいる。僕も隣で見ているけれど、さすがにいいお肉が売っている。ここに来て正解だったな。

そう思いながらお肉を見ていると、陸さんは美味しそうなお肉2枚パックのものを手に取った。え? 2枚? 陸さん2枚も食べるの? いや、多分僕の分も含めてだろうな。思わず価格を見るけれど1枚入りのものを2パック買うよりも少しは安そうで少しホッとする。

陸さんに少しでも美味しいものを食べて貰いたいために僕までご相伴に預かるのが申し訳なくなるぐらいに美味しそうなお肉だった。


「美味そうな肉があったな」
「はい。さすが庶民のスーパーとは違います」
「スーパーにも格があるのか」
「マンションの下のスーパーは一般的なスーパーですけど、ここをはじめ、高級住宅地などではスーパーもグレードが高いです」
「そうなのか。でもスーパーも楽しいものだな。普段は弁当を買うだけだったからきちんと見たことがなかった」

そうだろうな。実家にいたときは茜さんが全て買っていたからスーパー自体に行ったことがなかったんじゃないだろうか。僕と結婚してお弁当を買うのにスーパーに行ったのが初めてとか? だとしたら今日のこのスーパーでの買い物は新鮮だっただろう。やっぱり陸さんって一般的な庶民とは違うよな。そうだよね。天下の宮村製菓だし、お手伝いさんのいる家で育っているんだから。

お肉を選び終わったので、野菜を選ぶ。ステーキの付け合わせはコーンとクレソンにしようと決めてある。そしてスープはクラムチャウダー。なのでコーン缶をカゴに入れ、クラムチャウダーに入れる野菜を買う。玉葱は家にあるので間に合うだろう。じゃがいも、人参、クレソンはないので買っていく。野菜もいつものスーパーよりいいものだ。さすがリッチなスーパー。

あ、薄力粉がないから買って行かなきゃ。そうして次々と食材をカゴに入れていくとあさりを選ぼうとお魚のコーナーに行くと美味しそうな鱈があった。いいなぁ。ちょっと贅沢だけど明日は日曜日で陸さんもいるし、鱈のアクアパッツアでも作ろうか。そうしたらあさりも使えるし。そう思ってあさりと鱈を買う。

アクアパッツアを作るならブロッコリーとミニトマトもいるな、と思い野菜コーナーに戻りブロッコリーとミニトマトもカゴに入れる。

買い忘れはないかな? とカゴをチェックする。買い忘れがあれば下のスーパーに行けばいいか、とお会計を済ませる。

荷物をエコバッグに入れると車まで陸さんが持ってくれた。


「じゃがいもって重いんだな」
「一個一個は軽いけど、何個か入ってますからね」
「でも、たまにはスーパーでの買い物も楽しいものだな。米もそうだがじゃがいもやなにか重いものを買うときは言え。俺が持つから」
「ありがとうございます」
 

これはきっと陸さん、スーパーを気に入ったみたいだ。でも、これゆきなお義母様にバレても怒られないかな。スーパーなんかに行かせるなんて、って。お義母様も普段スーパーに行かない人だしな。あ、でも僕が家政婦さんを雇わずに家のことをやっているのを知ってるから怒らないかな。それになによりお義母様は優しい人だし。

それでも1階にスーパーがあるから多少重くても僕だって男だから大丈夫なのに。でも、それが陸さんの優しさだよね。そんな陸さんの優しさに触れると余計に好きになってしまう。


「家に帰ったらコーヒー淹れますね」
「それなら今日はブルマンが飲みたい」
「わかりました」

今日は思いがけず陸さんとこうやってお買い物に来れて僕も新鮮でいつもの買い物がとても楽しかった。陸さんとスーパーでデート(!)なんてほんとに結婚してるんだなと実感した。


陸さんへのお詫びのメニューはレモンバターで食べるサーロインステーキとポテトサラダ。クラムチャウダーというメニューだ。とは言ってもステーキは焼くだけだし、ポテトサラダも簡単。そしてクラムチャウダーもあさりの砂抜きが少し面倒なだけでさほど難しいものではない。

こんなに簡単なのでいいのかな? と思うけれど、陸さんが食べたいものがステーキとスープと言うことだったので、それに従ったものだ。

でも、クラムチャウダーであさりを使うので、陸さんには内緒で明日もお詫びのつもりでアクアパッツアを作ろうと思っている。

だって僕が鍵を閉めていれば陸さんはヒートに当てられてラットを起こすことはなく、仕事を休む必要はなかった。

ゆきなお義母様が番になるのにヒートを隠したらいけないと言われたので、鍵を閉めなかったんだけれど、やっぱりなんだか申し訳ないことをしてしまったと思う。

でも、これだといつまでも番にはなれないし、ゆきなお義母様は番になることを望んでいるし、お母さんだって一緒だ。かと言って巻き込んで抱いて貰うと陸さんの仕事に支障をきたしてしまうので、どうしたらいいかわからない。

そんなことを考えながら夕食用のポテトサラダのじゃがいもを潰していく。

合意がなかったから項は噛まなかったと言っていたけれど、僕が番になることを了承したら陸さんは項を噛んでくれるんだろうか。そうしたら双方の親が望んでいる番になれる。でも、陸さんは好きな人がいるんじゃないの? 出かけている様子はないから今はいないんだろうか。

考え事をしながらじゃがいもを潰していたら、結構潰してしまった。じゃがいもがゴロゴロしているくらいのを作ろうとしていたのに。

次にクラムチャウダー用に野菜をダイス型に切って、バターを鍋に入れて熱し、炒める。そして薄力粉をふるいながら入れて粉っぽさがなくなるまで再度炒める。次に水、あさりの蒸し汁、コンソメを入れて煮立たせる。最後にあさりの身と生クリームを加えて混ぜ、塩、胡椒を入れたらできあがりだ。

クラムチャウダーまで作り終わってしまったので、後は食べるときにステーキを焼くだけになってしまったので僕用にコーヒーを淹れて、この間のヒートのときのことを考える。

仮に今陸さんに恋人がいないにしても、僕と番になることは違うと思う。だって番になってしまったら一生ものだ。解除なんてできない。

いや、アルファ側は番になっても特に変化がないから離婚することは問題ない。問題があるのは番以外のアルファに性的に触られるのがダメになるオメガの方だけど、アルファだって番のオメガを捨てたというと世間的には冷たい目で見られる。だから番になるのは一生ものなのだ。

そんな一生ものの番を簡単には作らないだろう。だからほんとなら陸さんの合意もなく、ドアの鍵を開けっ放しにしておいたのはまずかったのかもしれない。

あれ? でも前回のヒートの時は鍵をかけていたけれど、ドアの向こうで陸さんはラットを起こしたんだろうか。特になにも言っていなかったけれど、それはただ言わなかっただけ? ドアを隔てればヒートに当てられることはないんだろうか。

そもそもなんで陸さんは僕の部屋のドアを開けたんだろうか。前回のヒート時もドアの向こうでラットを起こしてドアを開けようとしたのだろうか。でも、陸さんはなにも言っていない。ということはラットを起こしはしなかったんだろう。ということはドアを開けようとはしなかったのかもしれない。

それを今回開けようとしたのはゆきなお義母様に番になることの順序を詳しく言われてしまったからだろうか。だとしたら僕と番になることは陸さん側は構わないっていうことなんだろうか。それがわからない。

番になることは僕的には問題ない。どころか陸さんの番になれるなんてそんなの嬉しすぎることだ。としたら、これは陸さんに伝えた方がいいんだよね? でもそれをどうやって伝えるの? それに伝えたものの、陸さんがほんとは嫌がっていたら恥ずかしいし悲しい。

ゆきなお義母様。やっぱり番になるのはかなりハードルが高いです。



「うん。美味い。ソースでなくともバターでも美味いな」

ステーキを一口食べた陸さんがそう言う。やっぱりお隣の駅まで行って良かった。まぁ美味しいのはお肉の質の良さとバターであって僕の料理の腕ではないけど。僕がしたのは焼き加減に気をつけただけだ。

そして次にクラムチャウダーを口にした陸さんの腕が一瞬止まる。


「クラムチャウダーか、これ」
「はい。お口に合いませんでしたか?」

これは僕が作ったから美味しくなかったら僕の腕が悪いということになる。


「いや。そんなに時間のかかるものでもないんだな。もっと大変なものだと思っていたが、それほど時間たってないだろう」
「はい。砂抜きに少し時間がかかるだけで、作るのはそんなに難しいものでもないので」
「美味いよ。好きなんだ、これ。また作って貰えるか?」
「はい! いつでも作ります!」

陸さん、クラムチャウダー好きなんだ。陸さんの好きなものをひとつ知れて僕は嬉しくなった。今まで陸さんの好きなものを知らなかったから、知りたいなと思っていた。それがやっと叶った。そう思うと僕は心が弾んで、食事の全てが余計に美味しくなったように感じた。

最近、陸さんを取り巻いていた固いバリアが弱くなってきている気がしていたが、ほんとにそうだなと思う。以前は食事を作ることを許してくれるのがやっとな感じがしたし、作るにしても今ほど気軽に作ってくれとは言わなかった。

これはお義父様の言っていた、心が変わってくるというものだろうか。だって、ほんの少しではあるけれど距離が近づいた気がするんだ。だから、これは時間が経って心が変わってきたというものなのかなって。

陸さんと一緒に住み始めて半年ちょっと。それでも、ここまで来れたことがただ嬉しかった。

僕がそんな風に浮かれながらお肉を食べていると陸さんが言った。


「次回もヒートのときは部屋の鍵をかけなくていいから」

陸さんがポツリと言った言葉で、僕の手が止まる。浮かれていたけれど、この食事は陸さんをヒートに巻き込んでしまったことへの謝罪の為だった。

 
「でも、そうしたらまた陸さんに迷惑をかけてしまうので」

また陸さんを巻き込んで、仕事に支障をきたしてしまったら大変だ。その度に陸さんの好きなものを作るにしたって償いきれるものではない。


「今はまだ項は噛めない。だけど……」

そこまで言って陸さんは言葉と手を止めた。

項を噛んで貰えないのは当然だと思ってる。でも、”今はまだ”っていうことは、いつかは期待してもいいということなんだろうか。だけど、そんなこと訊けるわけもなく、ただ陸さんを見る。すると、まっすぐに僕を見ていた目が逸らされた。

 
「熱を逃がすことくらいは手伝ってやれる。俺に抱かれることが嫌でなければだけど」

そう言うと陸さんは止めていた手を再び動かしはじめた。今度は逆に僕の手が止まる。

陸さんに抱かれるのが嫌なわけがない。だって他の誰でもない、大好きな陸さんだ。それに誰かに抱かれるのなんて初めてだったけれど、1人で熱を逃がす惨めさは感じることがなかったし、とても満たされた気持ちになった。それは相手が陸さんだからだと思う。でもだからってそれを陸さんにお願いすることは迷惑ではないのか。なにより好きでもない相手を抱くのは嫌ではないのか。


「でも、お仕事の妨げになりませんか? それが心配です」
「今回のヒートがいつかわかったから、次のヒートは予想がつく。そうしたらその間はできるだけリモートで仕事をすればいいだけの話しだ。一切仕事をしないわけではない」

そうなんだ? 僕が寝た後に仕事をしたと言っていたから、次回もそうするということだろう。でも、そうしたら陸さんが睡眠不足になってしまわないだろうか?


「それで陸さんは睡眠は取れますか?」
「多少は寝不足になるかもしれないが、全然寝ないわけじゃない」

そうなのか。僕はよくわからないけれど、陸さんが寝られるのであればいい。


「俺に抱かれるのは嫌か?」

短いその問いに僕は首を横に振った。そんなわけない。嫌なわけないじゃないか。


「そうしたら次回も鍵はかけるな。そしてヒートが明けたらまた肉でも焼いてくれ。俺はそれでいい」

最後は少し力を抜いて言ってくれる。お肉を焼くだけでいいのならいくらでも焼く。


「はい。……お肉、いっぱい焼きますね」

僕がそう言うと陸さんは、あぁと小さく笑った。僕と陸さんの距離がまた少し近づいたと感じた瞬間だった。