EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

もやもや2

「いったぁ」

目を覚ましたのは明るい陽の光の中だ。第一声が頭の痛みだなんて初めてだ。これを二日酔いって言うんだろうか。

なんて冷静に考えている場合じゃない。僕、いつの間に帰って来たんだろう。クラス会で3人に会って嬉しくて楽しくて、僕にしては飲んでしまったのは覚えてる。でも、途中から記憶がないのだ。家に帰ってきた記憶がない。だけど、どう周りを見渡しても陸さんと住んでる僕の部屋だ。ということは酔っ払いながらもきちんと家に帰って来たんだろう。タクシーに乗ったかどうかは覚えていないけど。

でも昨日着てた服を着ているのを見るに、帰ってきてそこでバテてしまったのだろうか。

それより今は何時なんだろう。そう思って部屋の時計に目をやると短い針が11を指していて、長い針は6を指している。え? 11時30分? 明るい陽がさしているということはどう考えても夜の11時なんかじゃない。昼の11時だ。そう思って思わず飛び起きてしまった。

陸さんの朝のフルーツ、カットしてないし、何よりもうお昼ご飯作らないと!

そう思ってリビングダイニングに行くと陸さんがソファーでタブレットを見ているところだった。


「陸さん! すいません、寝坊しました」
「構わない。昨日は楽しかったみたいだな」

そう言う陸さんはちょっと冷たい気がした。昨日の朝の陸さんとは明らかに違う。言うならば、一緒に住み始めた頃みたいな感じ。

なんだろう。酔っ払って帰ってきたから? それとも酔って陸さんになにかしてしまったんだろうか? 記憶がないからわからなくて、でも自分がなにかしてしまったのは確かなようで来生にでも後で訊いてみようと思った。

それよりも今はお昼を作ることを考えないと。簡単に作れるものならパスタにしよう。冷蔵庫を見て、茄子とベーコンのトマトスパゲティに決める。サラダはきゅうりとトマトのサラダでいいだろう。簡単だけど美味しいメニューだ。

最初にきゅうりを塩もみし、茄子も一口大に切って水に浸けている間にパスタを湯がく。そしてフライパンにオリーブオイルとにんにく、赤唐辛子を入れて炒め、炒まったところで赤唐辛子を取り出し、ベーコンを加えて火が通ったところで茄子を加え、炒める。茄子に焼き色がついたらトマトを加えてトマトの水分が煮詰まったところで醤油と胡椒を加える。塩を適量入れた水をフライパンに入れ、パスタも加えてざっと混ぜればできあがりだ。


「陸さん、できました」

そう声をかけると陸さんはタブレットをローテーブルに置き、手を洗うとダイニングに座る。


「いただきます」

それだけを言って僕の方には視線はこない。もっとも、今の陸さんの目は温度が低いけれど。これ、僕、帰宅してから陸さんになにかしちゃったぽいな。どうしよう。謝った方がいいよね? でも、記憶はないし……。


「陸さん。僕、昨日の記憶がなくて。僕、なにかしちゃってます、よね?」
「いや、別に何もしてない」

してないって顔じゃないと思う。明らかに温度低いし。


「それより楽しかったんだろ?」
「はい、それは。一番仲の良かったメンバーで会って話せたので」
「良かったな」

そう言って一瞬だけ僕に視線をくれたけれど、その目は先ほどよりは多少ましだけど、それでも昨日の朝のような温度はない。でも、陸さんは何があったかは話してくれなさそうだ。

普段は飲まないのに、楽しいからと言って何杯もお酒を飲んだのが悪かったな。来生、止めてたのに。これ、来生に言ったら怒られそうな気がする。

起きたときの頭痛がまだ少し残っているような気がするのと、陸さんが気になってパスタがなかなか減らない。これって二日酔いって言うんだろうな。たまにお父さんが飲んできた次の日に頭が痛いって言っていた。ご飯を食べたらお薬を飲もう。そしてなにかしてしまったであろう陸さんへの謝罪として夜は美味しいものを作ろう。そう決めてパスタを頑張って食べた。




「はぁーー。だから止めたのに」

電話の向こうの来生が言う。お昼を食べ終わって来生にメッセージを送ったら電話がかかってきたので二日酔いで目が覚めたこと。昨日の記憶がないことを正直に話した。そうしたらため息をつかれてしまった。そうだよね。来生は止めてたんだし。


「うん。ごめん。で、クラス会のことも途中から覚えてないんだけど、僕、なにかしちゃったりはしてない?」
「それは大丈夫。なにかする前に寝ちゃってたから」
「え! 僕、寝ちゃったの?」

寝ちゃったら、それは記憶ないだろうなと思う。え? でも、僕、きちんと家に帰って来てるよ? そう疑問に思っていると来生が言う。


「クラス会が終わるまでは寝かせておいて、終わったら俺がタクシーで送っていったから」

え! 来生に送って貰ったの? それは陸さんの前に来生に迷惑をかけてる。確かに来生も今は都内在住だけど、僕の家とは途中から方向が違う。


「迷惑かけちゃってたんだね。ごめんね、逆方向なのに」
「まぁ俺はタクシー代も貰っちゃったからいいけどさ。それより陸さんだっけ? 心配してたみたいだぞ。きちんと謝ったか?」
「え? 陸さんに会ったの?」
「それは会うさ。だって帰るときもほぼ寝てたんだぞ」
「あ、そうか」

寝てたのなら、1人でタクシーなんて乗れない。誰かに支えて貰わないと。そこで来生に迷惑をかけたのはわかるけど、陸さんに心配かけちゃったのか。それは温度が昨日と違っても当然だ。確かに翌日が休みとは言え、何時に帰ってくるかわからない僕を待っていたなんて疲れただろうし、心配もかけただろう。昨日だって仕事で疲れてるのに。あぁ、ほんとに僕は馬鹿だ。昨日にタイムスリップできるなら、昨日の自分に言いたい。来生にも陸さんにも迷惑かけるからお酒はやめておけって。


「天谷の顔を見たとき、ホッとした顔をしてたからな。で、送っていった俺にタクシー代もくれてさ。すごい気を使わせたなって。天谷からも言っておいて、ありがとうございますって」
「あ、うん。まずは僕が謝ってからだね」
「怒られたか?」
「ううん。その前に陸さんの纏う空気が冷たい」
「あーー。それはな……」
「うん。僕が悪いんだけどね」

やっぱりきちんと昨日のこと謝って、それで夜はしっかりと美味しいものを作りたい。そう思っていると来生が続ける。


「でも、俺は安心したよ。天谷が心のない結婚だって言ってたから、さぞかし冷たいのかと思ったら心配した顔でロビーで待ってたんだぞ」

え? 陸さん、ロビーで待っててくれたの? 僕が帰り遅かったから。やっぱり陸さんって優しいな。って、だから今日は昨日の朝のような温かい温度がなかったんだなって当然だ。


「だからまずはきちんと謝れよ?」
「うん。そうする」
「でさ、今度は2人で会おうぜ。今度はアルコール抜きでさ」
「うん!」

来生にだって迷惑かけたのにそう言ってくれることが嬉しくて、言葉が弾んでしまった。僕は恵まれてるんだなとしみじみ思う。でも、ほんと今度は絶対にアルコールは飲まない。これ以上陸さんに迷惑をかけたくはない。


「またメッセージ送るよ。じゃ、きちんと謝れよ」
「うん。ありがとう。またね」

そう言って電話を切るとリビングに行くと、まだ陸さんはソファーにいた。ローテーブルにはカップはないからコーヒーはないみたいだ。なので陸さんの好きなブルマンを淹れて、陸さんに謝る。


「陸さん。あの、昨日は迷惑をかけてしまったようでごめんなさい。今後気をつけます。後、来生がタクシー代をありがとうございますって言ってました」
「彼も方向が違うのにわざわざ送って来てくれたからな。タクシー代は当然だ」

ほんとだよ。ほんとなら僕が出すべきものだ。


「来生にはきちんと謝りました。だから陸さんにも謝りたくて……」
「俺のことはいい」

陸さんはそれ以上なにも言ってくれなくて、僕は落ち込んだ。

 
********

仕事を終えて家に帰ると家の中は真っ暗だった。結婚してから今まで真っ暗な家に帰ったことは千景のヒートのときぐらいだ。何時に帰ろうと家の中の電気は明るかった。間違えて電気を消して寝てしまったんだろうか。クラス会ならお酒も出るから酔ってつい消してしまったのかもしれない。そう思って玄関の明かりをつけると、そこに千景の靴はなかった。まさか、まだ帰っていないのか? 腕時計を見ると23時を回っている。それなら、もうそろそろ帰ってくるだろうか。タクシーで帰ってこいとは言ったけれど、あいつのことだから電車で帰ってくることもなくはない。終電にはまだまだ時間はあるけれど、まだ帰ってきていないことが心配で鞄をソファーに置いてから1階ロビーでに降りる。自分でなにをしているんだと思うけれど、家にいても落ち着かなさそうなので、それならここで待っていた方がいい。

そうやってロビーで待つこと30分。さすがに疲れたなと思ったときにマンションの前にタクシーが止まった。さっき止まったタクシーは千景ではなかったが、今度は千景だろうか。そう思って目を凝らすと1人の若い男が、正体をなくしている人間をかついで降りてくる。顔が下を向いているからハッキリとは見えないけれど、あれは千景だ。そう思って立ち上がり、マンションの入り口を開ける。あれでは鍵を出すのも大変だろう。


「千景」

そう呼ぶと、若い男が俺を見る。


「あの、宮村さん、ですよね? 俺、天谷、あ、千景の中・高のクラスメートで来生と言います。お酒を飲んだら寝ちゃったみたいなのでここまで送ってきました」

酒を飲んで寝たのか。一緒に飲んだことはないからわからないが、酒には弱いのだろう。そう言えば純一さんは正月でも酒は飲まなかったなと思い出す。あれは親子して酒に弱いからだろうか。


「わざわざ送って貰ってありがとう。君は方向は同じだったのか?」
「あー、いえ……」

言いよどんでいるところを見ると方向は違ったのだろう。それをわざわざここまで送ってきてくれたのだ。それならば、とポケットから財布を出す。


「これで足りるかはわからないが、ここまで送ってくれて感謝する」
「あ、こんなにいいのに」

そう言って返そうとする彼に言った。


「正体をなくした人間をここまで連れてくるのは大変だっただろう。だから多少多くても貰ってくれ。それより、申し訳ないが上まで一緒に連れて行ってくれないだろうか。鍵をあけるのにちょっと」
「あ、はい。じゃあ行きましょう」

そう言って家まで一緒に連れて行ってくれる彼に感謝した。わざわざ送ってきてくれたということは一番親しい友人だったのだろうか。


「今日、学生時代に仲の良かったメンバーで天谷が幸せみたいで、つい飲ませてしまったんです。止めきれずに申し訳ありませんでした」
「いや、君が謝ることじゃない」

お正月でも飲まなかった千景が飲んだということはきっと楽しかったのだろう。それでも、安心しきって来生くんに寄りかかっている姿を見てどうももやもやする。なんでだろう。それより今は千景を家に連れていかなくてはいけない。2人がかりで家まで連れて行き、ソファーに座らせる。


「じゃあ、俺、ここで。タクシー待たせているので」
「そうか。なのにここまでわざわざ申し訳なかった。ありがとう。今後共仲良くしてくれたら嬉しい」
「もちろんです。じゃあお休みなさい」

そう言って帰っていく彼の後ろ姿を見送り、リビングのソファーを見ると千景はまだ寝ている。このまま転がしているわけにはいかないので、今まで開けたことのない千景の部屋を開け、千景を抱きかかえて連れて行く。こんなに正体を失うくらい飲んだということはよほど楽しかったのだろう。そうは思うけれど、どこか気に入らない自分がいた。

千景をベッドに寝かせた後、スーツを脱いでシャワーを浴びる。温かいシャワーを頭から被り、先ほどのことを思い出す。

仕事が遅くまでかかった上にロビーで千景を待っていたから正直疲れた。それでも待っていたのは自分が勝手にしたことだから千景に怒る気はないが、あの男に安心しきったように寄りかかっている姿を思い出すとなんとも言えない気持ちになる。

もちろん感謝はしている。帰る方向が違うというのにわざわざ送ってきてくれた彼には感謝しかない。それは確かだ。でも、千景を半分抱きかかえるようにしていた彼の姿にすっきりとしないものを感じるのだ。

安心しきった千景の姿。そしてそんな千景を半ば抱きかかえるようにしていた彼の姿。そこには誰も入れないような気がしたのだ。

安心しているのは当たり前だろう。中・高の6年間ずっと友人だったであろう男だ。クラス会の会場にはあの彼以外の男もいたわけで久しぶりの集まりだから嬉しくて楽しくて、ついお酒を飲んでしまったんだろう。仲の良かったメンバーなら当たり前だ。それでも、送ってきてくれた彼だけじゃなくて、千景と一緒に飲んでいたクラスメートもどうも面白くない。

シャワーを止め雑に体を拭くと清潔な部屋着を着る。こういった家事を嫌がらずにしてくれているのは千景だ。お互いに干渉しないと提案したが、家事をやらせてくれと言ったのは千景だ。確かに助かっている。今まで人にやって貰っていたし、それに仕事も夜遅くに帰ることがほとんどなので新居の洗濯機は乾燥機付きにした。だから洗剤を入れてボタンを押すだけだとわかってはいる。それでも、それすら面倒になることはわかっていた。だから千景の言葉に甘えたのだ。

洗濯だけじゃない。共有部の掃除も千景に任せている。もちろんお掃除ロボットは複数個置いてはあるものの、それだけでは済まないだろう掃除に嫌な顔をせずやってくれているのだ。掃除をさせていないのは俺の部屋だけだ。それ以外は千景がやっている。千景をお手伝いさんとは思っていない。心はないけれど、結婚相手だということはわかっている。そんな相手の洗濯をし、そんな相手も使っている共有部の掃除もやっている。面倒で嫌なことをさせられているのに、何が幸せなのか。そんな毎日を送っているのに幸せはないだろう。

自分の部屋に入り、ため息をつく。部屋にもお掃除ロボットを置いてあるけれど、拭き掃除はできていない。この部屋のきちんとした掃除は週末しかない。きっとお願いすれば千景はやってくれるだろう。でも、それはお手伝いさんではない千景にやらせることではない。

千景は幸せなのだろうか。愛想もなく、ろくに喋らない自分なんかと結婚をして。千景は愛想もいいし、オメガだけあって華奢で可愛い顔立ちをしている。千景がその気になれば番だってすぐにできるだろうし、結婚だってできただろう。なのに、親が決めたからと俺なんかと結婚したおかげでまだ番にさえなれていない。いや、この先いくら待っても俺と番になることはない。それに聞いたことはないけれど、自分の子供だって欲しかったのではないか。そうだとしたら千景は不幸だ。そんな千景のどこを見たら幸せに見えるのか俺にはわからなかった。それなのに彼は千景が幸せみたいだと言ったのだ。千景の気持ちがわからない。いや、わからないのは自分かもしれない。なぜこんなにもやもやして苛々しているのか。

1週間仕事で疲れたのにロビーで待っていたからだろうか。でも、それは誰かに頼まれたからではない。心配で落ち着かないから自分がしたくてしたことだ。だから苛々するのはお門違いだ。それでも、それしか心当たりはなかった。

明日は掃除をしよう。そう思ってベッドに横になり目を瞑る。わけのわからないことは考えたって無駄だ。疲れているのなら寝るに限る。そう思って思考を追い払った。