朝、食事をしている陸さんに声をかける。少し前にクラス会の誘いが来ていて、金曜日の今日がそのクラス会の日だ。
先月、コーヒーを買いに行くときに車を出してくれたときから、陸さんとは少し話すようになった。お互い干渉しない、ということは今も変わらないのだけど、僕はついこうやって言ってしまう。それは帰って来たときに家の中が暗いと寂しいからだ。まして陸さんは結婚するまで実家暮らしだったから、真っ暗な家に帰ったことがないだろうから。
でも、タクシーで帰ってきたら料金が怖い。ましてや深夜料金だし。と、ここで庶民意識が出てしまう。陸さんからクレジットカードと毎月現金は貰っているけれど、自分のものは貯金から出すようにしている。だけど、貯金もいつかは底をついてしまうだろう。だから無駄はしたくないのだ。
ほんとに使っていいのだろうか。陸さんのお金を僕が使ってしまって。でも、陸さんがそういうのなら、今度からありがたく使わせて貰おう。
仕事に行く陸さんを今日もダイニングから見送る。
やっぱり陸さんは優しいなと思う。少し帰りが遅くなるからと言ってタクシーで帰ってこいと言う。危ない目に遭うと言っても僕は男だ。若い女性みたいな危険はない。でも、陸さんの中にはきっとそういうことは関係ないんだろう。だから僕にもタクシーを使えというのだ。
そしてそろそろ僕がヒートが来ることも覚えている。干渉はしない。でも、僕のことを見てくれている。そんな気がした。いや、週末の食事のことがあるからかもしれないけれど。
あのコーヒーを買いに行って以来笑顔を見たことはない。それでも、以前のような透明なバリアは弱くなってきている気がする。
陸さんがよく言うけど、僕と陸さんは恋愛結婚じゃない。親同士が僕たちが子供の頃に決めた結婚だ。そこに僕たちの気持ちはなかった。それでも僕は子供の頃から陸さんに憧れていたから僕側には気持ちはある。でも陸さんにはない。だって好きな人がいるはずだ。
でも、そこでふと考える。週末、普通に家にいるけれど、いつ会っているんだろうかと。平日の夜に会っているのだろうか。でも、仕事が忙しいはずだから週末に会うと思うのだけど。ましてや干渉なし、と言っているのだから。
もしかして僕と結婚することで別れてしまったのだろうか。だとしたら陸さんに申し訳ない。だけど、そんな素振りないんだけどな。って、僕が気にする問題じゃないか。ただ陸さんには幸せでいて欲しいだけだ。
中学入学から高校卒業まで仲の良かった来生が言う。片手にはビールを持って。
今日のクラス会は高校3年のときのクラス会で、会場は川崎市内のターミナル駅近にあるレストランを貸し切っている。当初、都内のホテルというのも考えたらしいけれど、神奈川に住んでいるのが多いから、どちらからもアクセスの良いこの場所にしたらしい。
高3のクラス会とは言っているけれど、学校は中高一貫校で、だからクラスメートもなんだかんだ6年間一緒だったメンツで、高3のと言ってもほぼ中学からのクラスメートと変わらない。
来生はその中でも仲が良かった。だから結婚のときは披露宴に来て貰った。
そんな風に来生と2人で話していると、他のクラスメートが乱入してくる。須合だ。
クラスメートは僕に陸さんっていう婚約者がいたことは知っているけれど、そこに愛情がないということは知らない。知っているのは来生くらいだ。だから結婚生活を気軽に訊いてくる。
片手にワインを持ってそう乱入してきたのは|度会《わたらい》だ。
結構酔っているようだ。まぁ元々テンションの高いやつだけど。
僕と来生は特に仲が良かったけど、須合、度会とも結構仲が良くて修学旅行なんかでは4人で一緒に回ったりしていた。だから、須合も度会も僕に子供の頃から婚約者がいたのは知っていた。
そういうのは須合だ。
そうツッコミを入れるのは度会だ。
どんな感じかと訊かれてどう答えたらいいのか悩んでしまった。結婚と言っても僕の場合はオメガで、3人はベータだ。だから結婚するとしたら女性とするんだろうし、そうした場合立場が僕とは違う。
そう訊かれて悩む。赤の他人だから、というよりお互いに干渉しないという約束だから気を使ったというのはある。今は自由にさせて貰っているけれど。それでも、そうだな。確かに全く気を使わないわけではない。
3人はベータだけど、オメガの僕のことを気遣ってくれた3人だ。だから、そこを気にするんだろう。
思わずポロリと言ってしまった。案の定、須合と度会は目を丸くしてびっくりしている。あ、でも、さすがにほんとのこと言ったらまずかったかな。そう思ってどうしようか考えていると来生がフォローしてくれた。
さすが頭の良い来生だ。思わずホッとしてしまった。
と地元では有名な不動産会社の跡取りである須合が言う。須合が一般人なら一般的なサラリーマン家庭の僕なんかどうなるんだろうか。と思ったのは内緒だ。
この3人は学生時代、僕を守ってくれた3人だ。今もこうして心配してくれる3人には感謝だな、と思った。
そう言うと3人はびっくりした。そうだよね。夜遅くなるって言っても僕、男だし。
やっぱりみんなそこを思うよね。僕だけじゃなかった。
そう、なのかな? 3人の話しを聞きながら、やっぱり陸さんは優しいんだなと思う。僕に対して感情なんてないのに、それでも夜遅くなると言えば心配してタクシーを使えと言う。ちょっと過保護では? と思わなくもないけど、それでも嬉しかったのは事実だし、今、3人の言葉を聞いて余計にそう思った。明日は感謝をこめて美味しいものを作ろう。
それに3人は忘れてないだろうか。3人は男でベータだから陸さん側になるということを。だから過保護にされるんじゃなくてする側なんだ。絶対にそれを忘れてる気がする。
そういう須合にうるっとくる。6年間ずっと僕を守って来てくれた須合と度会がそう言ってくれて嬉しい。僕がヒートを起こしかけたときは僕の家まで送ってくれたりした。それこそ大事にしてくれていたのだ。そう考えると僕は幸せなんだなと思う。3人にも陸さんにも感謝だ。
なんだかそう思ったら嬉しくて、ついお酒を飲んでしまう。普段はあまり飲まないけれど、今日はクラス会だし、嬉しいこともあったから飲みたくなった。
言い合ってる度会と来生を尻目に僕はシャンパンを取ってきて、須合と乾杯する。
そう言って口をつけていると来生がそれに気づいた。
3人の中では、一番仲が良い分来生が一番の心配性だなと思った。僕だってもういい大人だし。2、3杯平気だ。多分。
だってこんなに嬉しい日は飲みたくなるじゃないか。そう思うとお酒はするすると喉を通って行く。
心配顔で僕を見ている来生に声をかける。来生は優しいんだよな。今は彼女はいないみたいだけど、いたら絶対に大切にするタイプだ。来生と付き合う人は幸せだなと思う。いつか、そう遠くない日に来生の結婚式に出席したいなと思う。そう思うとそれが顔に出ていたのか須合に言われる。
ほんとに幸せで楽しくて、クラス会に出席して良かったと思った。