EHEU ANELA

不出来なオメガのフォーチュン

第4章 04

神宮寺が退院したのは、それから一ヶ月ほどしてからだった。退院後の神宮寺は、長らく病院にいたせいで忙しく、一緒に食事をすることもままならなかった。一人で食事をするのには慣れていたはずなのに、神宮寺と食事を共にすることに慣れてしまっていたからか、一人の食事は味気ない。でも、それも今日までだ。

今日は、退院してから初めて一緒に食事をする日だ。交通事故にあったあの日に約束したエンチラーダを作ってくれることになっていた。約束の時間に神宮寺の家へいくと、すでにいい香りがしていた。


「もう少しでできるから、コーヒーでも飲んで待ってろ」

そう言ってコーヒーをカップに入れてくれる。

直生はすることもなく、コーヒーカップ片手に神宮寺を眺めていた。

今日項を噛まれるのかな? と思う。神宮寺は退院したら、と言っていた。そうしたら今日なのだろうか。そう思うとドキドキする。

番になるには、Ωがヒートを起こしているときにαがΩの項を噛むことで成立する。今はヒート中ではないけれど、運命の番だから、触れることでヒートを起こすことができる。だからその心配はない。番になろう、項を噛もうと思ったときに触れあえばいいのだ。


「できたぞ」

直生がグルグルしている間に食事はできあがり、すでにカラトリーまで並べられていた。


「ごめん。運ぶのくらい手伝おうと思ってたのに」
「そんなことは構わない。難しい顔してたからな」
「え……」
「ほら食べるぞ。冷める」
「あ、うん」

テーブルに並んでいるのは美味しそうなチキンエンチラーダ。オリーブオイル、チキンコンソメ、ケチャップ、レッドペッパー、チリペッパーソース、塩、胡椒、と調味料は普通に日本で売られているものと輸入食材のお店で普通に買えるもので作れたらしい。

普段使わないのはチリペッパーソースくらいで、後はいつも使っているものがメキシコ料理に変身するなんてすごいな、と思った。

いただきます、をしてエンチラーダにかじりつく。


「美味い! めっちゃ美味い!」

直生が興奮気味に言うと、神宮寺は嬉しそうな顔をした。


「なら良かった。初めてだから不安だったよ」
「そんな。誉さんが料理上手なのは知ってたけど、メキシコ料理まで作れるなんてすごいな」
「レシピサイト見ながら作っただけだぞ」
「でもでも! それでもすごい!」

直生が手放しで褒めると、神宮寺は嬉しそうに笑った。


「料理は番としてオーケーか?」

番という言葉に直生はドキリとして、思わず下を向くと神宮寺の真剣な声が聞こえてきた。


「やめるか?」

そう言って、直生の項に触れてくる。あまり触れているとヒートを起こしてしまうのに……。それにドキリとしたのは嫌だからではないのだ。


「嫌じゃない。ただ、緊張してるだけで……」
「良かった」

神宮寺はホッとしたように笑う。もし直生がやっぱり嫌だと言ったらやめるつもりだったのだろうか。


「不安になったか」
「少し」

でも、直生も緊張しているけれど、神宮寺も緊張しているのだと思うと、自分だけではないと少し安心した。


「嫌だったり、怖かったりしたら言え。やめるから」

病院で項を噛んで欲しいと言った。それは本心で、今も神宮寺が好きだし、番になるなら神宮寺しかいないと思っている。そのことに嘘は欠片もなく、今だってそう思っている。それでも緊張はしてしまう。


「緊張しただけで、嫌だと思っているわけじゃない」
「わかった」

そんな会話をしながらの食事は、少し味がわからなくなって。それが少し残念だったけれど、また作って貰うことはできるだろう、と思う。それよりも、項を噛まれ、そういうことをする、と考えると緊張するな、という方が無理である。


「余計なこと言ったから味がわからなくなっただろう。悪かった。また今度作る」
「うん」
「だから……逃げるな」

そう言う神宮寺は直生のすぐ横の椅子に座っていて、直生の首に手をやり、そっと引き寄せ、唇が近づいてくる。

来る! そう思い、ぎゅっと目を閉じる。何しろ、直生にとってはファーストキスなのだ。ファーストキスはレモン味とよく言うけれど、ファーストキスはエンチラーダの味だな、と思う。

神宮寺とキス、ということが恥ずかしくてそんなことを考えて気をそらす。それでも右手は神宮寺の服をぎゅっと掴んでいるのだ。

神宮寺とのキスに緊張しているのに神宮寺に助けを求めるという矛盾だ。でも、直生は頭がいっぱいいっぱいになっていて、そんなことには気づいていない。

そっと神宮寺の唇が離れていくと、直生はゆっくりと目を開いた。そして、先程から神宮寺の手が直生の首筋に触れていることで軽いヒート状態になり、直生の呼吸が浅く、荒くなる。

これで神宮寺と番になるのだ、と思うと嬉しさと恥ずかしさがある。

神宮寺と一緒にいることで大変なこともあるかもしれない。何しろ直生にとって未知の世界に神宮寺はいるのだ。それでも一緒にいたい。

そんなことを考えていると、直生のヒートは本格的なヒートになっていた。それに伴い、神宮寺もラットを起こしている。それでも決して乱暴にすることはなく、そっと直生に触れてくる。


「直生、これで番だ」

そう言って神宮寺は直生の項を優しく撫でた後でがぶりと噛み付いた。そして体内の熱のうねりがそれまでと違い、神宮寺を求める。

神宮寺に浅ましい姿を見られてしまう、と思ったのはほんの一瞬で、すぐにそんなことを考える余裕はなくなった。ただ体が熱くて、神宮寺が欲しくてたまらないのだ。

神宮寺は再びキスをしながら片手は直生の体をまさぐってきた。そのてにくすぐったさを感じたのはほんの一瞬で、すぐに焼けるような熱さを感じた。


「あぁ……」

声を出すなんてはしたない。そう思ったのはほんの一瞬で、すぐに神宮寺から与えられる熱に何も考えられなくなる。


「直生、唇を噛むな。声を聞かせろ」

耳元に聞こえてきた神宮寺の声は直生と同じように呼吸が速くなっている。そして直生はと言えば、神宮寺が触れたところ全てに熱が集まって熱い。

神宮寺の手は脇腹から腹を通り、胸へと到達する。柔らかく胸を撫でられ、それだけで直生の呼吸はあがる。


「ふっ……んっ」
「気持ちいいか?」

神宮寺の問いにこくこくとうなずく。

胸を触っている手が乳輪を優しく撫でると、直生は無意識に背筋を反らす。そして神宮寺の手は乳首へと進み、柔らかく乳首を捏ねる。捏ねて、捻って、弾いて。神宮寺の指に翻弄されていく。そうしている間にも喉にキスをされ、舌も胸に到達し、乳輪や乳首を舐め、片胸は空いている手で愛撫される。


「あっ!ふっ……ぁン」

自分ではないような甘ったるい声が自分の口から出ていくるとは思いたくないと思うが、声を殺すような余裕はない。直生の理性がほんの僅かになって余裕がなくなっているのと同様に、神宮寺も余裕なく、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返している。

そんな中、直生の乳首を弄っていた手は背中へとまわり、下へ下へと下がっていく。アヌスを弄られるのだ、とわかると直生はわずかに緊張した。

発情期のΩは女性同様、ヒート時は濡れるようになっている。だからスムーズに挿入できるのだろうけれど、初めての行為のときは痛いとも聞く。いくら快楽に溺れている体でもわずかに硬直する。

それでも神宮寺の指は一本、二本と入ってきて、三本入ると指をバラバラと動かしたり、指をピストンさせたりする。と、そのとき、体に電流が走ったようになる。神宮寺の指が前立腺に触れたのだ。


「あぁ……やぁ……あぁぁぁぁぁ」
「見つけた。お前のいいところだ」

神宮寺は気持ちのいいところと言うが、気持ちいいと言うには刺激が強すぎる。それでも神宮寺は執拗にそこを攻めてくる。


「やぁ……そこいやぁ」

あまりの刺激の強さに体が逃げようとするが、神宮寺にそれを阻止される。ヒート中に強い刺激とあっては頭がおかしくなりそうだ。いや、もうなっている。直生がどんなに嫌だと言って泣いても神宮寺は聞き入れてはくれず、さらにその場所を攻め立てられるだけだ。


「はぁっ……あっ……ダメ。おかしく……なっちゃう」
「おかしくっ、なれ」

神宮寺は、はぁはぁと息をあげながらもそう言うと、自身のペニスを直生の後孔に当てる。


「入れるぞ」

来るっ。

それに対して怖さもある反面、早く欲しいとも思うようになっていた。神宮寺の愛撫を受けた体は神宮寺を欲しているのだ。

ぐぷっ、という音とともに神宮寺が入ってくる。


「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はぁっ……お前の中、熱いな」

直生の声など聞こえていないように、神宮寺はガツガツと腰を動かす。いや、実際に聞こえていないかもしれない。余裕がないのが見てとれる。


「直生……なおっ」
「っあぁ。はぁっ……んぅ……」

神宮寺の性急な腰の動きに直生は何も考えられなくなっていき、ただうわ言のように喘いでいた。


「あっ、やぁ……イッちゃう」
「イッていいぞ」
「あぁっ。イク……イク。あぁぁぁぁぁぁぁ」

直生が絶頂を迎えたとき、神宮寺も呼吸をさらに乱し、


「俺も……イクっ」

そう言って神宮寺も絶頂を迎えた。