EHEU ANELA

不出来なオメガのフォーチュン

第4章 05

番になった後の神宮寺はさらに直生を構い倒した。

週二回ほどだった食事会は、場所を神宮寺の家に場所を変え、毎日となった。

初めは必死に辞退した。仕事で遅くなることもあるし、神宮寺だって仕事が忙しいだろう。なのに毎日料理を作るのは大変だろう、と言ったのだ。しかし、神宮寺は聞かなかった。

会食などの予定が入っている日は作れない。しかし、それ以外の日は食べなければいけないのだから作るのは当たり前だし、それなら一緒に食べようというのだ。

しかも、直生が遅い日は食べずに直生の帰りを待っているのだ。そんなのどこの新婚家庭か、といった感じだ。

百歩譲って毎日作ってくれるのはいい。直生だって毎日食事をしないわけにはいかないのだ。でも、遅くなる日は待ってなくていい。そう言ったのだ。しかし返ってきた返事は、いつか聞いた、一人で食べても味気ない、だった。そして直生は降参した。ここは甘えて毎日作って貰おう、そして毎日一緒に食べようと。直生が毎日作って貰うのは悪いから、たまには自分が作ると言ったが、それは危ないからと却下された。

神宮寺曰く、火や刃物が危ないというのである。しかし料理なんて一応直生だってやってきていた。火も包丁も気をつければいいことだ。だけどそんな言葉も却下された。神宮寺はとにかく自分を甘やかしたいのだと直生は思った。そうなったら飽きるまでやらせるしかないと諦めた。


「ん〜今日も美味しい」

今日のメニューは豚の生姜焼きだった。生姜はチューブなど使っておらず、きちんとすりおろしている。繁忙期の金曜日で疲れているだろうから、と生姜焼きになったらしい。そんな小さな気遣いまで見せてくれて、直生は嫁を貰った気分だな、と思う。いや、夜は直生の方が嫁側なのだけど。

生姜焼きを堪能した後はデザートもある。さすがにデザートを毎日作るには時間不足のようで、それは市販品になった。簡単なものや時間があるときなどだけ作ってくれるという。

和食の今日のデザートはあんみつだった。釜飯とあんみつなどの甘味の有名なチェーン店のものだ。仕事で店の近くに行ったと言う。毎日毎日日替わりでのデザートは毎日の楽しみになった。

デザートは神宮寺が直接買いに行くこともあるが、浅田などの部下に買いに行かせることもあるという。神宮寺に買いに行かせるのも申し訳ないが、それよりも部下にこんな買い物まで頼むのはいかがなものだろうか、と一度言ったことがある。

返ってきた答えは、普通の会社員と違うから仕事内容なんてあってないようなものだと言うことだった。ちなみに、以前は普段の食材も忙しいときは買いに行かせていたという。今はどんなものでも直接自分の目で見て買いたいから、と普通の食材については神宮寺自らが買いに行くという。

一目で吊るしものでないスーツだとわかるものを着た神宮寺がスーパーに行くなどいいのだろうか? いっそ自分が行こうか、とこちらも申し入れたことがある。しかし、スーパーでいいものがあったらそれで献立を決めるから自分で行く、と言ってきかない。それに、重いものは持たせたくないらしい。

火や刃物は危ない、重いものは持たせたくない。自分はいつ深窓の令嬢になったのだろう、と直生は思うが、こちらも言うだけ無駄だった。

こんな調子で神宮寺はとにかく直生を構い倒し、甘えさせる。このままでは自分で何もできなくなりそうだけれど、神宮寺が聞く耳を持たないので意味がない。俺、女の子じゃないんだけどな。そう思うけれど関係ないらしいので諦めている。

「明日は美月が来る」そう言われたときは、緊張した。というより、妹が来ると言うなら直生は来ない方がいい。そう伝えたのだが、神宮寺の口から出てきた答えは、「直生に会いに来る」というものだった。


「なんで俺に会いに来るんですか」
「お前と番になったからだ」

考えてみたら、神宮寺と番になって一ヶ月になるというのに、唯一の家族である妹の美月に挨拶していなかったな、と思う。


「そのうちお前の家にも挨拶に行くが、まずは美月に会ってくれ。病院で会ってるというから気も楽だろう」

何が気が楽なものか。大体あのときは神宮寺を事故に巻き込んでしまった責任だけだった。まして意識を取り戻さないため、そのことしか考えられなかった。

けれど今回は違う。神宮寺と人生を共にする番として会うのだ。緊張しないはずがない。


「美月さん、どんなお菓子が好きですか? 買ってきます」
「そんなことは気を使うな。あいつはいつも俺の作ったものしか食わない」

神宮寺の言葉に、言葉を失った。お兄さんの作ったお菓子しか食べないってすごい贅沢ではないだろうか。と、そこまで考えて、お菓子ではないけれど神宮寺の作ったものだけを食べているのは自分だと思い恥ずかしくなる。が、今はそれどころじゃない。

オロオロとする直生を見て神宮寺は小さく笑った。


「笑いごとじゃないですってば! 家族に会うんですよ? 神宮寺さんにとって唯一の身内じゃないですか。番が俺だって知って反対されるかもしれないし」
「今さら反対されても番を解消する気はないぞ。大体、番を解消して大変なのはΩの方じゃないか」
「いや、確かにもう番契約しちゃったけど、そうじゃなくて」
「とにかく落ち着け。電話で伝えたときは安心した、と言っていたぞ。やっと俺が身を固めたってな」
「いや、だからって相手が俺でいいとは限りませんよ」
「だから、美月がなんて言おうと番契約は解消しない。だから安心しろ」

そう言われて、そうですか、と安心できる人間はどれだけいるのだろうか。少なくとも直生には無理だ。少なくとも粗相をしないように気をつけるだけだ。

ガチガチに緊張して迎えた翌日。あまりの緊張に朝食も喉を通らず、それを聞いた神宮寺が心配する。


「少し深呼吸しろ。誰がなんと言おうと俺にはお前だけだ。少しは自信を持て」

神宮寺に言われて大きく深呼吸をしたときにインターホンが鳴った。

 
「お兄ちゃん、久しぶり。直生さんもお久しぶりです」
「入れ」

神宮寺が美月といるのは初めて見るが、いつも通りの神宮寺で、どこかホッとする自分がいた。これなら、自分もいつも通りにした方がボロも出ないしいいかもしれない。


「ほら、直生も座れ」
「あ、はい」

言われて直生は神宮寺の隣に座る。美月は神宮寺の正面に座っている。


「あぁ、コーヒーを淹れてくるから待ってろ」
「あ、自分がやります!」
「直生はいいから座ってろ」

コーヒーを口実に逃げたかっただけなのだけど、そんなことはお見通しなのかもしれない。

どうしようか、と内心狼狽えていると、口を開いたのは美月だった。


「直生さん。兄と番になってくれてありがとうございます」
「え? あ、いや。俺なんかで申し訳ありません」
「いいえ。直生さんで良かったです。兄のお金目当てだったりする人じゃないから」
「お金なんて、そんな!」
「ふふ。でしょう? 直生さんならそう言うと思いました。以前お会いしたときに優しそうな人だな、と思っていて、そんな直生さんが兄の番になってくれたって嬉しくて。やくざなの知ってるのに」

正直言うと、自分の気持ちに気づいたとき、神宮寺がやくざだと言うことで躊躇はした。それでも事故にあい、神宮寺を失うかもしれないと思ったときにはそんなことは気にならなくなっていた。失う方が怖いと思ったからだ。


「やくざとか関係ないです」
「そう言ってくれてありがとうございます。ちょっと頑固なところあるけど、妹が言うのも変ですけど、優しいのが取り柄なので、これから兄のことよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「おい。なんだか嫁に出された気分だな」

そこに神宮寺が三人分のコーヒーとパウンドケーキを持って来た。今朝忙しいと言っていたのはこれを焼くためだったのか、と気づく。


「そういうわけじゃないけど、逃げられたら困るでしょう、お兄ちゃん」
「誰がなんと言おうと逃さないよ」
「そうしてね。変な人が番になるとか嫌だから」
「安心しろ。人を見る目はあるつもりだ」
「確かにそうね」

そう言って笑う兄妹を見て、あぁ逃げられないんだな、と漠然と思った。最も逃げる気もないけれど。


「子供はどうするの?」
「まだ直生とは話してないが、俺としては早めに欲しいと思ってる」

子供?! 思ってもみなかった言葉に直生はむせた。


「直生、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「直生さん、お仕事忙しいんですか?」
「え? あ、あの」
「私、早く二人の子供見たいです。直生さんの子供だったら素直で可愛いだろうな」

まぁ、間違えても顔が可愛いとは言えないだろう。神宮寺に似ない限りは。なにせ平凡顔の俺だ。いくら子供だって可愛くはならない、そう思うと子供は神宮寺に似てくれた方がいいな、と思って恥ずかしくなる。


「なに赤くなってるんだ」
「え? あ、いや」
「ふふ。直生さん可愛い」

美月がそう言って小さく笑う。それを見て直生は余計に恥ずかしくなった。


「直生さん。お仕事も大変だと思いますけど、子供、楽しみにしてますね。なんてプレッシャーかけちゃダメか」

そう言って舌をちょっと出しておどけて笑う美月はとても楽しそうに見えた。だから聞いてみた。


「あの、ほんとに俺で良かったんですか? 俺なんかで」
「先程も言いましたけど、直生さんで良かったと思ってたし、今日お会いして、もっとそう思いました」

そう言われてしまえば、なにも言えない。


「よろしく、お願いします」

と直生は頭をさげた。それを見て、美月も頭をさげた。


「こちらこそ、兄をよろしくお願いします」

と、先程とおなじことで頭をさげている二人を見て神宮寺が言う。


「直生。少しは自信持てたか」
「自信は今もないけど、俺でいいのなら、ずっと神宮寺さんの隣にいます」

言うのは恥ずかしい言葉だったけれど、唯一の身内として神宮寺を心配している美月を安心させたくてそう言った。


「後は遅くならないうちに子供を作ろう」
「はい……」

顔を赤らめ俯く直生を神宮寺兄妹は優しい表情で見ていた。



「あっ、あぁ、あぁ」

乳首を口に含まれて甘咬みされる。


「んんん……」

男なのにそんなところが気持ちよくて背を反らせ、神宮寺の唇に自ら押し付けるようにする。そうすることでザラザラとした舌でベロベロと舐められる。


「直生、気持ちいいか」
「ん……ぅん……きもち、いいぃ。あ、もう、ち、くびやめて」
「なんでだ? 気持ちいいんだろう」
「いい、けど。いい、けど、イ、ケない」
「そのうち、ここだけでもイケるようになろうな」

神宮寺の言葉に直生はぶるりとする。前を触らずにイクなんて男には難しいのに。それをしろというのか。無理だ、と白くなる頭で思う。

しかし、そう思うのも一瞬で、神宮寺の腰の抽挿に何も考えることができなくなる。


「あっ。あン、あぁ、はぁ、あぁ」

パン! と勢いよく突かれて、軽くイきそうになるぐらい気持ち良かった。もう、身体も思考もトロトロだった。


「あン、まっ」
「待たない」
「イきそうなの! イきそう」

涙を流しながらも、止まってくれることを懇願するが神宮寺は止まる様子はない。


「イきたいならイケ。何度イッてもいいから」
「ふ……ん……やぁ……ん」
「お前の中トロトロで気持ちいいよ。俺までイきそうだ」
「ん、んん……」

キスをしながら何度も突かれて、身体が痙攣し、イく。快楽に溺れそうだ、と直生は思う。セックスとはこんなものなのか。神宮寺としか経験がないからわからない。


「んん……ダメ、も、ダメ。イク、いっ、イッちゃうぅ」
「イけ。俺もそろそろ限界だ」

神宮寺はそう言うと、腰の抽挿を速め、パンッパンッと今までよりも速い速度で肌と肌がぶつかる音がする。その音さえも直生の脳を犯す。


「はっ。あ、も、もう、無理ぃ。イク、イク、イクーーーーッ」

直生が頭を真っ白にしながら果てた少し後に、神宮寺も直生の最奥を突いて中に欲を放った。

はぁはぁ、と乱れる息のままベッドにしどけなく横たわる。もう、一ミリだって動けない。


「良かったか?」
「今度から、もっと、手加減、して、ください。も、むり」
「直生が可愛いからな、聞いてあげられるかはわからないな」
「かわいく、なんか、ない、から」
「可愛いぞ。今度動画でも撮るか」

神宮寺の恐ろしい言葉に、瞬間的に起き上がる。


「やめて! おねがいだから、やめて!」
「はは、冗談だよ。でも、お前の可愛さを見せてやりたい」
「そんなのは、いらない、から!」
「わかったよ。なぁ、直生、早く子供作ろうな。子供できたら働かなくていいから、家にいろ」
「そんな……仕事」
「仕事はそれまで頑張れ。でも、子供ができたら家に入って欲しい。嫌か?」
「んん……。わかった」
「ありがとうな。直生似の子供ならいいな」
「俺に似たら、平凡な可愛げのない子供になるから、誉さん似を産む」
「はは、そうか。早く、できるといいな」
「うん」
「愛してるよ」

そう言うと神宮寺は、直生を強く抱きしめた。


***


――十年後。

「ただいま〜」

いかつい男たちの中を通り、子供が走って入ってくる。

神宮寺蓮。都内の名門私立小学校の三年生だ。


「おかえり」

一目散にキッチンに入ってきた蓮に気づくと、直生は声をかける。

キッチンでは神宮寺がホットケーキを焼き、直生はそれをカウンターで見ている。


「もうおやつできるから、手洗いうがいして、ランドセル置いておいで」
「は〜い!」

蓮は急いで手洗いうがいを済ませると二階にあがり、ランドセルを置くと制服をハンガーにかけ、私服に着替える。そして転がるように階下へ降り、キッチンに飛び込む。


「今日のおやつ何?」
「今日はホットケーキだよ」

神宮寺がそう告げると廉は喜ぶ。ホットケーキは廉の好物だ。


「やった! チョコシロップ出さなきゃ!」
「メープルシロップも出して」
「は〜い」

焼き立てのホットケーキ。

穏やかに笑う神宮寺。

そして、元気な子供。

ずっと一人で生きていくと思っていた直生に訪れた幸せ。この幸せがずっと続けばいい、と直生は思った。


END