EHEU ANELA

不出来なオメガのフォーチュン

第3章 02

時間があるときはネットや街の不動産屋を見て空き部屋を探す。しかし、やはり新生活が始まったばかりで時期が悪く、空き部屋自体が少なく、その中で通勤に便利なところ、というと皆無だった。その度にため息が溢れる。

部屋を探しながら以前のところに戻るか、それとも戻らないか、ということも考える。以前のところは就職と同時に住み始めたところで、立地が良いだけでなく、大家さんもとてもいい人でそれが気に入っていた。

けれど、今回このようなことがあり、一時滞在的なウィークリーマンションではなく通常のアパートやマンションを探すとなると数ヶ月で出ていくのはマイナスでしかない。となると、以前のところには戻らず新しいところに行くということになる。

立地が良ければ、以前のところに戻ることを考えずに、ずっとそこに住むんでもいいかもしれない。そうなると部屋選びは慎重になる。適当に選んですぐに次のところに引っ越すのでは費用ばかりがかさんでしまうからだ。神宮寺に甘えているのだから少しでも早く、と思うけれど難しい。だから、顔を見るとつい謝ってしまう。

一緒に食事をするのはこれで何度目だろうか。週に二度ほどは一緒に食事をしている。なので以前に比べるとガチガチに緊張するのはなくなった。喋るのも慣れてきた。代わりに神宮寺が甘い表情をすることが増えたが。

今日も神宮寺と食事の日で、今日はお好み焼きだ。店選びを任せるとデートで行くような雰囲気の店ばかりなので、何回かに一回は店選びをさせて貰っている。そして今日は直生チョイスの日だ。神宮寺はあまりこういった店に来ないようで、お好み焼きは焼けるが、もんじゃ焼きは慣れていないようで直生が焼いている。


「部屋、まだ見つからなくて申し訳ないです。時期が悪くて」
「そんなことは気にしなくていい。部屋は余っているわけだし、焦って探してもいいことはないからな」
「そう言って貰えると助かります」
「毎回謝らなくていいぞ。俺は全く気にしていない。それより、ほら食え。焦げるぞ」

話して思うのは、神宮寺は顔もイケメンだが、中身もイケメンなのではないか? ということだ。細かいことはごちゃごちゃ言わずどっしりとしていて、とにかく相手のことを考える。笑うときも甘い笑顔で、女性が見たらイチコロではないか、と思う。これは絶対にモテるだろう、と思うと羨ましい。

そのイケメンがお好み焼きを焼くのはシュールな光景だ。初めて直生と来たときは、お好み焼きは焼いたことがない、と言っていたが元々器用で料理上手なのもあって、すぐにかき混ぜるのから焼きまで完璧になった。けれど、仕立ての良いスーツをビシッと着込んでお好み焼き屋に来るというのはなかなかな光景だ。イケメンなのも相まって、周りの目が必ず神宮寺で止まるのは言うまでもない。

対する直生は子供の頃からよく親にお好み焼き屋に連れて行かれていたため非常に慣れている。格好も普通の吊り下げスーツ。顔も平凡。なので、神宮寺といても注目を集めることなく周囲に同化している。ほんとうに対照的だよな、と思う。イケメン人生なんて歩んでみたい。そう思っても無理だが。


「そうだ。来週は三日ほど出張で大阪に行くことになった。なにか欲しいものはあるか?」
「大阪いいな。食い倒れですね。欲しいものは特にないですよ。こっちで売っているものと変わりないし。じゃあ来週は食事会はなしですね」

豚玉を小さく切って口に入れ、咀嚼する。

三日も大阪に行くのなら、こうやって会って食事をすることはないだろう、と思ったのだ。


「いつか一緒に大阪に行こう。来週はそうだな、一度くらいなら大丈夫だろう」
「そうですか? 無理しないで下さいね」
「大丈夫だ」
「あ、仕事じゃ無理かもしれないけど、時間があったらお好み焼きに行って下さい。こっちのとどう違うのか気になります」
「そうだな。会食が予定されているが可能なら行ってみるよ」
「向こうではお店の人が焼くっていうけど、どうしてなんだろう。自分なんか慣れちゃって自分で焼きたくなりそう」
「そうか。向こうでは自分で焼かないのか。それは面白いな」
「でしょう? いつか大阪でお好み焼き食べたいな」
「そのときには、一緒に遊びがてら行こう」

そう言うと神宮寺は甘い笑みを浮かべる。こういうちょっとしたときに甘い表情を見せるようになったのだ。その表情を見ると直生は、なんだか恥ずかしくてムズムズしてくる。

そんな甘い顔は好きな女に向けろ、と思う反面、照れくささもある。複雑な男心だ。

それにしても神宮寺と一緒に遊びに行くなんて想像もできないな、と思う。もちろん神宮寺だって気分転換に遊びに出ることはあるだろう。でも、それさえ想像しづらいというのに、一緒に遊びに行くのが自分とか絶対に想像できないな、と思う。

話していて、ところどころで感じるのは、神宮寺は距離を縮めようとしているんだろうな、ということだ。一緒に遊びに行く、というのもそのひとつだろう。一緒に食事をするのはだいぶ慣れて来たが、一緒に遊びに行ったりするのは、まだハードルが高い。神宮寺は友達になりたいのだろうか。でも、友達にあんなに甘い顔はしない。女性に向けるものを自分に向けてくるのがわからないのだ。友達になるのはいい。でも、それではあの甘い顔の意味がわからない。それがわからなくて落ち着かなくなる。


「それはいいですけど。神宮寺さん忙しいんでしょ? そんなに遊びに行く時間なんて取れるんですか?」
「忙しいな。でも、直生と遊びに行けるなら、何をさておいても時間を作る」
「そう言っておいてドタキャンとか俺は嫌ですからね」
「直生とのデートをドタキャンなんてしないさ。ドタキャンするなら仕事の方をドタキャンする」

と、嘘とも冗談ともとれないことを言う神宮寺は、コテを置き、テーブルに肘をつくと首をかしげるように手に頭を乗せ、甘い顔をしてこちらを見ている。その顔に、ドキドキして顔を背ける。


「ドタキャンしなかったら誘ってもいいのか?」
「遊びに行くのも食事に来るのも変わらなくないですか?」
「食事デートもいいけど、それだけじゃ物足りないからな」
「あの。ひとつ断っておきますが、これはデートじゃありません。ただの食事会です」
「冷たいな」
「そういうセリフは俺にじゃなくて綺麗な女性にでも言ってあげてください。俺に言っても喜びませんし」
「俺にとっては綺麗な女性よりも直生の方がいいが」
「神宮寺さん! ふざけるのもほどほどにして下さいよ。それじゃ、俺を口説いてるようなもんですよ?」
「口説いてるからな」

そう言って神宮寺は笑う。最初は神宮寺が笑う姿は想像できなかったが、今では笑う姿はよく見る。

それにしても、ふざける神宮寺相手にあれこれ言ってみるが、暖簾に腕押しで全く意味をなさない。大体、男相手に口説いてる、はないだろう、と思いながらもドキドキしてしまうのは気のせいだろうか。相手がイケメンだからだ。だからドキドキしてしまうだけだ。決して他意はない。最近の食事会はこんな調子で、どうも体に良くない。神宮寺が何を考えているのかも直生にはわからなかった。



「……'ll arrive on friday.っと。よし、終わり!」

中国へ商品到着日を知らせるメールをして今日の仕事を終わらせる。

時計を見ると、まだ定時を少し回ったばかりだ。この時間に帰れるなんて嬉しい。ちょうど今は比較的仕事が落ち着いている時期だからだ。これがまた繁忙時期になると、定時上がりなんて夢のまた夢になる。


「直生、終わった?」

パソコンの電源を落としているところで和明から声がかかった。


「終わったよ。もう帰る」
「そしたらさ、呑んで帰ろうぜ」

直生が落ち着いている、ということは和明も落ち着いているということで、和明から呑みの誘いが入った。もう少ししたら少し忙しくなりそうなので、行くなら今しかない。


「そうだな。行こうか」
「よし! じゃあいつものとこ行こうぜ」

直生と和明が二人でよく呑みに行くお店は、会社の近くではなく、二人が歩いて帰れるネオン街の外れだ。会社の近くで呑むのもいいのだが、その後電車に乗って帰るのが面倒くさくて、家の近くまで来てしまう。これも、二人の家が少し離れているものの散歩がてら歩くにはいい距離にあるからできることだ。

二人は会社を出ると、ネオン街に近い直生の最寄り駅まで行く。ネオン街の西の外れのその店は、どこにでもある居酒屋だけれど、料理の味が良くて二人は気に入っている。店に入ると、中生を頼み、まずは乾杯をした。


「お疲れ〜。後もう少ししたら、またちょっと忙しくなるからよろしくな」
「わかってる。帰れる今のうちに帰っておくよ」
「まぁ、よっぽどのトラブルがない限りはそこまで遅くなることはないと思うけど。もし、相手先が揉めてきたら言って。俺変わるから」
「うん。よろしく」

商品をどうするか。いつ頃発送できるかまでは営業である和明の仕事だが、その後のやりとりは直生がする。もう、フライトを決めて発送指示を出すだけなので、基本的には問題ないのだが、たまにもっと早くならないか、などとごねてくる相手先もある。そんなときは可能な限りはずらす努力はするが、あまりにもごねて問題が大きくなるは和明の仕事になる。商品の確保に関わってくるからだ。二人はそうやって仕事をしてきた。


「でさ、どうよ、その後」

和明は真っ先にそう尋ねてきた。


「どうって?」
「神宮寺さんだよ。食事行ってるんだろ」
「行ってる。行ってるけど……」
「けど、なんだよ。言え。吐いちまえ。なんだって聞くぞ」
「うん……」

和明の言葉に、言おうかどうしようか迷う。まさか男から、『口説いてる』と言われているだなんて思わないだろう。でも、事実はそうで。それを言っていいのか悩む。


「なんだよ。なんかあったのかよ」

和明はぱくぱくとお通しを食べていた手を止め、直生を見やる。


「あったというか……」
「なにかあったんだな。なんでもいいから言え。驚かないから」
「ほんとだな?」
「ああ」
「……甘い言葉囁かれて、口説いてるから、って言われる」
「あぁ、なんだ。そのことか」

意を決して言った直生に対し和明は驚いたふうでもない。


「なに、それ。まるで知ってたみたいに」
「え〜。だって今さらじゃん。驚くことないだろ」
「なんで?」
「なんでって、そうでもなきゃ、よく知らない相手に部屋を貸したりしないだろうし、頻繁に食事に誘ったりもしないだろ。その時点で気づかないお前の方に驚きだわ」
「そうなのか……」

確かに不思議だった。帰る家を失ったとは言え、よく知りもしない自分に部屋を貸してくれたり、食事に誘われる意味が。いや、食事は単に一人で食べるのが味気ないからだと決めつけていたが。でも、和明はそれら全ての意味が最初からわかっていたということか。


「でも部屋を借りる前はただの顔見知り程度だったんだよ?」
「そんなの一目惚れってことだってあるだろうよ」
「一目惚れって……」

一目惚れと言われて、つい恥ずかしくなる。


「運命の番でさ、遠く離れていたってお互いの香りがわかったんだろう? 運命って言うんならさ一目惚れがあったっておかしくないだろ」

そうなのか。確かにインパクトはすごかった。それは確かだ。


「まぁ、鈍いのも直生だけどな」

和明はそう言って笑うと、出てきた長芋のふわふわ焼きに箸を通す。それを見ながら、箸でのの字を書いてしまう。


「でも、俺に一目惚れってあり得ないだろ」
「平凡だから。とか言うんじゃないだろうな」
「そうだけど」
「あのさ、運命って言うなら関係ないだろ。お前は平凡、平凡って言いすぎ」

ピシャリと言われてしまう。それにしても和明は運命の番っていうのがよほど気に入っているのか、事あるごとに運命、と言ってくる。


「運命の番に限らずさ、俺は運命ってあるんじゃないか、って思うんだよね」

それを指摘したらこう返ってきた。運命か……。運命なんて考えたことがなかった。だから運命があるのかもないのかもわからない。ただ、女性が好きそうだな、と思うだけで。


「まぁさ、運命じゃなくたって一目惚れってあるんじゃないの? 単にお前に一目惚れした、とかさ。……ほら、お前も食え」

長芋のふわふわ焼きを直生によこしながら和明が言う。お皿ごと引き受けるものの、箸はつけない。

確かに運命じゃなくたって一目惚れすることはあるだろう。そう考えながらも、一目惚れか〜と思う。どうもピンとこない。まぁ、神宮寺が直生に本当に一目惚れをしたのかは訊いてみないとわからないが、確かにそう考えないといつ好かれたのかさっぱりわからない。


「後はお前次第じゃね? まぁ、はっきりと告白されたわけでもないから、そのままにしておくっていうのもありかもよ? 返事欲しいならそう言うだろ」

考えてみればそうだ。神宮寺が直生に一目惚れしたのかは置いておいて、特に返事を求められているわけではない。まぁ、甘い表情で見つめられたり、甘い言葉を言われたりするのは無視することもできる。気づいていないふりをすればいいのだ。そう考えに至るとすっきりして、長芋のふわふわ焼きに箸を通す。うん、美味い。


「でも、一応考えてみるのもいいかもな。お前も嫌いじゃないんだろう?」

和明の問いに箸を休め答える。


「嫌いじゃないよ。ただ、恥ずかしい」
「恥ずかしいって?」
「んー。甘い表情で見つめられたり、甘い言葉言われることが」
「へ〜」

直生の言葉に和明はニヤニヤとする。


「なんだ。まんざらでもないんじゃん」

和明のニヤけた顔を見たくなくて、うつむいて長芋のふわふわ焼きをかきこむ。あまりに急いで食べてしまったのでむせてしまった。


「なんだよ。見るなよ!」
「へ〜へ〜。じゃあ俺は二人がくっつくのを楽しみに待ってるわ」

そう言ってニヤつく和明をじろりと睨みつける。和明はどこ吹く風で、次は何食べようかな〜とメニューに目を落としている。

好きだなんて言ってない。ただ、恥ずかしいだけだ。ドキドキするだけだ。それの理由なんて今は考えないことにする。