EHEU ANELA

あなたが愛してくれたから

束の間の幸せ 02

式場に着き、僕と樹くんは別々の控室に案内された。


「じゃあ、後でね」
「うん。後で」

控室で準備と言われても、メイクで顔色を整えて、髪をセットして着替えたら終わり。これが女性なら大変なんだろうけれど、男の僕はトータル三十分もあれば準備完了。

準備が終わって、式が始まるまで後十五分くらい残っているので、スマホを見ていると父が入ってきた。思ったよりも早く来たな、という印象だ。早く来たって、何を話すでもない。子供の頃から遠い存在の人だったんだ。今さら親子ごっこは演じられない。


「いいか。先方に嫁いだらとにかく早く子供を産め。加賀美のオメガに求められているのはそれだ。跡継ぎにアルファを産め。間違えてもお前みたいなベータは産むな。わかったな」

最後の日まで、子供、子供。早く子供を産め。言われなくてもわかっている。そして、僕みたいなベータは産むなって。でも産むのはそんなベータだった僕なんだから皮肉だ。

最後までこんなことを聞かされるのなら、来なくてもいいのに。まぁ、父も来たくはなかっただろうけれど、加賀美の長として出ないわけにはいかないんだろう。何しろ、長であり戸籍上の父親なのだから。

でも、これで子供が産まれたときに性別を報告すれば済むので、あまり会うこともない。それは親子としての祝いの報告ではなく、事務的な報告だ。ここでベータだったなんて言ったら、それこそまた出来損ない・役立たずと言われるのだろう。そう考えると気が滅入ってくる。

そうしたところで、樹くんのお義父さんとお義母さんが入ってくる。


「おぉ。優斗くんの優しい雰囲気に良く似合っているね」
「えぇ、本当に。もう、優斗くんも如月の人間なのね。加賀美さん、ありがとうございます」
「いいえ。これが役に立つといいんですが」
「そんなこと。優斗くんが来てくれるだけで十分ですよ」

役に立つ、と僕を物扱いする父ときちんと人間扱いしてくれるお義父さんとお義母さん。すごい違いだ。


「優斗くん。これからなんでも言ってくれ。遠慮はいらないからね」

お義父さん、お義母さんは本当に優しい。


「ありがとうございます」
「何かあったら、私の方に連絡を下さい。加賀美として対処します」

父はこの場では浮くくらいにビジネスライクだ。普段、結婚式に出席するときもこんな調子なんだろうか。僕達は物じゃないのに、父にとっては物としか見えてないのだろうな、と思うと悲しくなった。


「それでは式が始まりますので、ご家族の方はチャペルの方へ移動して下さい。新郎はドアの前で待機して下さい」
「じゃあ優斗くんまた後で」

そう言って、父たちは控室を出て行った。

チャペルのドアの前へ行くと、樹くんが既にいた。

光沢のあるシルバーに襟元やベストなどの差し色に黒を使ったフロックコートは洗練された樹くんにぴったりで、思わず見惚れてしまいそうになる。


「やっぱりそれ、優斗によく似合ってる」
「ありがとう」

甘くて蕩けそうな表情で褒めてくれる樹くんに、恥ずかしくて思わず俯いてしまった。


「ほら、腕組もう」

恥ずかしがっているのは僕だけで、言った当の本人である樹くんは涼しい顔をしている。

女性が新婦となる場合は、父親と腕を組んでバージンロードを歩くが、僕と樹くんはどちらも男なので、二人で腕を組んでバージンロードを歩いて祭壇まで行く。

それにしても樹くんは落ち着いているように見えるけど、緊張していないのだろうか? 僕は緊張してきてガチガチだというのに。


「もしかして緊張してる?」
「してるよ。樹くんは大丈夫なの?」
「俺は大丈夫。だって家族しかいないし」

まぁ、僕も樹くんも一人っ子なので、参列しているのは両家の親と樹くんの従兄弟が一人しかいないという、こじんまりとした式だ。

それでも、人が見ている前で誓いのキスとか恥ずかしすぎる。それに写真も撮られるし。こじんまりと親族のみ、としたけれど二人だけの方が良かったかもしれない、と今さら思ってしまった。


「俺がいるから大丈夫だよ」
「うん……」

そんなやり取りをしていると、ドアが開き、賛美歌が聞こえてくる。


「行くよ」

堂々と歩きだす樹くんに半歩遅れる形で僕は歩きだした。

そして、祭壇の前の牧師さんの前で立ち止まる。ここで僕の緊張はピークを迎えた。横目でチラっと樹くんの方を見ると、落ち着いた表情で牧師さんの方を見ている。樹くんがいるから大丈夫。自分にそう言い聞かせた。

自分を落ち着けている間に、誓いの言葉に入ってしまっていた。


「如月樹。あなたは加賀美優斗を夫とし、健やかなる時も 病める時も、喜びの時も 悲しみの時も、富める時も 貧しい時も、これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「加賀美優斗。あなたは如月樹を夫とし、健やかなる時も 病める時も、喜びの時も 悲しみの時も、富める時も 貧しい時も、これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「それでは、誓いのキスを」

僕が一番恥ずかしい誓いのキスになってしまい、体がカチンコチンになり、目をギュッと瞑ってしまう。僕が緊張しているのを知っている樹くんは、柔らかい笑顔を浮かべてから、僕に軽くキスをした。

こうして、僕は緊張でわけがわからない中、結婚式はつつがなく終わった。


「終わったー」

僕はホテルのダブルベッドにダイブした。

緊張しっぱなしだった結婚式を終え、出席者交えての食事会は何がなんだかわからないうちに終わった。式場にほど近い、美味しい中華料理のお店をチョイスしたのに、僕は何を食べたのか、味がどうだったのかさっぱり覚えていない。樹くんに訊くと、どの料理も本当に美味しかったけど、特に北京ダックが美味しかったという。安いお店なんかだと、ぱさぱさで味がさっぱりわからないようなのもある中で、しっかりと味がしていたという。


「お疲れ様」

樹くんは、僕の隣に座っている。


「樹くんは緊張しなかったでしょう?」
「多少は緊張したけど、近しい親族しかいなかったから、それほど緊張する必要ないかな、って」

僕は逆に近しい親族だからこそ恥ずかしかったというか、いくら誓いのためとはいえ人前でキスとか恥ずかしすぎた。


「でも、緊張してた優斗、可愛かったよ。誰にも見せたくないくらい」

そう言って、身を屈め、頬にキスをしてきた。緊張してた姿が可愛いなんて、そんなことあるはずがない。そう言って睨むけれど、樹くんはどこ吹く風だ。ちょっと悔しい。


「ほんとに可愛かったんだけどな。写真できたらわかるよ」
「そうだ! 証拠が残っちゃうんだ。ねぇ、家に飾るのはやめようね? 絶対に嫌だからね?」
「デジタルフォトフレーム買ってあるよ」
「なんでそんなもの! じゃあ、別の写真にしよう。何も結婚式の写真なんかにする必要ないよ」
「どうして。結婚式の写真を飾るつもりだったんだよ」
「そんなー」
「大丈夫。寝室に飾るから、俺達以外誰の目にもふれないよ。あんな可愛い優斗誰にも見せたくないからね」

寝室とはいえ、写真を飾るのは恥ずかしいけれど、寝室なら僕と樹くんしか見れないからいいのかな? 樹くんは既に見ちゃってるわけだし。でも、ちょっと恥ずかしすぎる。一生に一度の結婚式があんなに緊張しまくってたっていうのは残念すぎるけれど。


「これで、晴れて夫夫だね。優斗のこと完全に独り占めできる」
「僕を独占したい人なんて樹くん以外にいないよ」
「大学時代はいたんだよ。本人が知らないだけ。今でもいそうだけど」
「そんなことないのに。僕は樹くんがいればそれでいい」

そう。仮に樹くん以外に僕のことを独占したいと思う人がいたとしても、僕は樹くんがいればそれでいい。僕が独り占めしていいのかわからないけれど。できればずっと樹くんの隣にいたい。

そのためには、父の言うように早く子供を産まなければ。そうすれば、樹くんのそばにいてもいいでしょう?

樹くんに離れていって欲しくなくて、僕は自分からキスをした。僕から樹くんにキスをしたのは初めてだ。と言っても触れるだけのキスだけど。


「どうしたの? 優斗からキスをくれるなんて。結婚式のお祝い?」

樹くんはそう言うと、上から優しいキスのお返しをくれた。でも、そんな優しいキスは初めだけで、角度を変えてキスを繰り返すうちにどんどんと激しいキスに変わっていき、すぐに僕は呼吸が苦しくなった。


「樹くん、苦しい」
「自分からキスするなんて可愛いことした優斗が悪い。俺の火をつけたんだから、どうなるのかはわかるよね」
「寝るんじゃないの?」
「火つけられたら止まらないでしょ」

そう言うと、僕の唇をぺろりと舐めた後、口の中に樹くんの舌が入ってきて、口の中を縦横無尽に動き回る。その動きに翻弄されて、僕は呼吸をするのが精いっぱいだ。


「キスのお礼、するから」

キスのお礼? なんだろう? 思ったのはほんの一瞬で、服の上から乳首を触られたことで、どういうことなのかわかった。

僕の咥内を犯していた樹くんの唇は、頬を通り、耳へと来た。僕は特に耳が弱いので、それを知っている樹くんはセックスの初めは執拗なくらい耳を愛撫する。

耳朶を執拗なくらい食む。耳たぶが溶けて食べられちゃいそうだ。


「んっ……」
「いい声。もっと啼いて」

耳朶を食むことに満足したのか、今度は耳全体をぱくりとされてしまった。耳全体を散々食まれて、僕は何も考えられなくなる。耳全体を食むことに飽きたのか、耳の中をぴちゃぴちゃと舐められる。

僕は樹くんの舌の動きに翻弄され、その度に背をのけ反らせる。こうなると僕ができることは、樹くんの愛撫にただただ感じるしかなくなるのだ。耳への愛撫を受けていると、いつの間に脱がされたのか、僕は産まれたままの姿になっていた。

耳への愛撫で満足な反応を得た樹くんの唇は、喉、鎖骨と通り、胸へと到達する。そしてためらいもなく、胸の頂きを猫がミルクを舐めるように執拗なくらい舐めた後は、乳首にカリッと歯をたてる。甘咬みよりは強いその衝撃に、僕は声をあげる。


「あぁ。そんな、噛まないで」
「なんで? 気持ちいいから?」
「そんな……」
「気持ちいいでしょ? 優斗は甘咬みよりは少し痛めの方が感じるんだよね。知ってるよ」

そう。樹くんの言う通り、僕は甘咬みよりは少し痛みを感じるぐらいの方が感じてしまうのだ。


「んぅぅ」

片方の胸は口で好きに愛撫され、もう片方の胸は手で愛撫される。

手で愛撫されている側の胸は、平らな胸を弄られ、乳輪をなぞるように円を描く。もう片方の胸とは違い、簡単に乳首にはこないで焦らされる。それが焦れったくて焦れったくて、身をくねらせてしまう。


「乳首、弄って欲しいんでしょう。言ってごらん。乳首弄って、って」
「やぁ。言えないぃ」
「言えるでしょう。乳首弄って、っていうだけだよ」
「むり……。意地悪しないで」

こうなると僕はもう半泣きで、樹くんの言うがままにおねだりしてしまう。


「……乳首、いじって」
「いい子。よく言えました」

そう言うと樹くんはやっともう片方の僕の乳首も触ってくれる。


「あっ……んン……あぁ」

両乳首への刺激で、僕は声が抑えられない。


「はぁ……あっ……もう、ダメ」
「気持ちいいんでしょ? 何がダメなの?」
「イキたい……」
「うん。イッていいんだよ」
「んんっ……乳首だけじゃ、イケない……」
「イケないの? 今日はお祝いだから触ってあげるけど、胸だけてイケるようにしようね」

樹くんはにっこりと笑いながら、無理なことを言う。乳首だけでイクなんて女性だって難しいだろうに、男の僕にはもっと無理だ。でも、言葉通りにペニスを触ってくれたので、僕はその刺激だけで思い切り精を放った。


「触っただけでイッちゃったの? 気持ち良さそうだね。俺もイカせて」

そう言うと樹くんは、ゆっくりと樹くん自身を僕の後孔に挿れてくるイッたばかりの体ではそれだけの刺激にも過敏に反応してしまう。


「ん。優斗の中、気持ちいい」

そう言って、チュッと額にキスをくれる。樹くんはセックスの最中にもキスをくれるので、僕はとても心が満たされる。体だけじゃなく、心が伴うセックスは気持ちいい。


「優斗も気持ちいいんだね。腰が揺れてる」

挿入されて、優しくキスされたら気持ちいいに決まってる。


「じゃあ、もっと気持ちよくしてあげるね」

そう言うと、樹くんは緩やかに抽挿を始めた。そのあまりの緩やかさに物足りなくて、もっとと腰が動いてしまう。それを知っててゆっくりと腰を動かす樹くんは意地悪だ。


「意地悪……」
「なんで? 物足りない?」

今日はお祝いだから、と言っておいて今日は随分と焦らしてくる。


「もっと早い方がいい?」

恥ずかしいけれど頷くと、一気に腰の動きが早くなる。それに耐えきれなくて、僕は樹くんの背中にすがりついて声をあげる。


「んっ。あぁ……ふっ……んン」
「うん。この方が可愛い声が聞けて俺もいいわ。もっと啼いて」

啼いて、と言われなくても、もう嬌声をあげるしかない。パンッパンッと肌のぶつかる音がして、その音にさえも犯されている気がしてしまう。


「はぁ。んっ……あぁ……」
「優斗、可愛い。ダメだ。気持ちいい。俺もイキたい」

そう言うと、腰の動きはさらに早くなり、すがりついていた背中に爪を立ててしまう。


「あぁ。イク。イク」

そう言って、僕の中に白を放つ。そうしてゆるゆると数回腰を打ちつけた後は、僕をぎゅっと抱きしめてくれる。その腕が暖かくて心地いい。


「気持ち良かった?」

こくりとひとつ頷く。


「良かった。俺も良かった」

そう言って、唇に優しいキスをひとつくれてから、樹くんは僕の隣に横になる。


「愛してるよ」

その言葉が嬉しくて、樹くんにしがみついて目を閉じた。