大学を卒業した僕達は、一緒に暮らし始めた。早めに、と言われていた結婚式は七月の第二週で、あと二日だ。
式は当初大々的に、という話もあったけれど、僕達の意向もあり、それぞれの親族のみという内輪での式となった。
そして、四月からはそれぞれ就職している。僕はそこそこの規模の会社の総務部に、樹くんはお父さんの会社の海外事業部で営業職として働きだした。
僕はオメガということで、オメガ枠での就職なのでヒート時にはヒート休暇があるが、パートナーである樹くんはパートナー枠を適用して貰ってはいるが、営業という仕事上、パートナーである僕がヒート中でも仕事に出なくてはいけないことも稀にある。
樹くんはそれを申し訳ないというけれど、仕事だから仕方ないと思っている。中にはパートナー枠のない企業もあるので、パートナー枠のあるKコーポレーションはさすがだ、と思う。
仕事から先に帰ってくるのは、僕のことの方が多いので、自然と食事を作ることも多い。でも僕が残業で遅くなるときは樹くんが作ってくれる。作れる方が作る、というスタイルだ。
掃除、洗濯は二人で。樹くんは独り暮らしの経験は一年ほどだけど、家事能力はあるし、母の死後一人で全部やってきた僕もそこそこ家事能力はある。だから、共働きの今は分担できているのは助かる。
ただ、樹くんはあまり僕にやらせたくないらしい。それは僕の能力が劣るとかではなく、基本、すべて自分でしてあげたいらしい。付き合ってからの過保護の延長だ。いや、溺愛されてる、と言った方がいいかもしれない。
今日のメニューは豚の生姜焼きだ。木曜日ということで疲れているから、疲労回復の豚肉メニューにした。
樹くんのお父さんは、最初は一般社員と同じように扱うように、と樹くんが所属する部署の部長、課長に通達していたという。とはいえ、やはり社長の息子を他の社員として扱うのは申し訳ないと思うのだろう。
でも、こうやって働いていけば、現場のことを考えられる社長になれるのだろう。今は大変かもしれないけど、頑張りどころだ。
樹くんはそう言って、ふにゃりと笑う。帰ってきて癒やされているのは樹くんも同じなんだ、と思うと嬉しい。
僕の作った料理を笑顔で食べてくれる人がいる僕の方が幸せだと樹くんは気づいていないようだ。
口にはなかなか出せないけど、樹くん、僕も幸せだよ。この幸せがずっと続きますように……。
そうなのだ。当初は十月頃となっていた結婚式が七月になったのは、樹くんのお父さんのコネで内輪だけの式だけなら、と予約が取れたのだ。披露パーティーは特にしなくて、式出席者だけで食事会をすることになっている。
加賀美の家的には式はどうでもいいけれど、樹くんの方は大丈夫なのか、と思っていたら、一般社員と同じに働いている今なら内輪だけでも大丈夫とのことだった。
式は土曜日でその日はホテルに泊まることにしてあるから、食事会が終われば、もう休める。本来、新婚旅行となるところだけど、新人の僕達がそんなにゆっくり休めないので、新婚旅行は年末年始に行くことにしてある。
そう言って樹くんはニヤっと笑った。僕は恥ずかしくて顔が火照ってしまう。確かに両家の親ともに早く孫の顔が見たいと言っている。だから、結婚式の後はそういうことをするんだということはわかるのだけど、それを口に出されると恥ずかしい。
樹くんはそういうけれど、樹くん以外の誰かに告白されたとかないからわからない。それを言うなら、モテる樹くんが旦那様になることが不思議だ。自分なんかでいいんだろうか。そう言うと
と蕩けそうな甘い言葉と表情で返されてしまう。そんな樹くんを見るたびに、僕が幸せだと感じているのは通じているのだろうか。
僕に似たら可愛い子産まれないんじゃないか、って思うけど、それは樹くんは聞いてくれない。樹くんはいつも僕のことを可愛い可愛いと言うから。まぁ、雰囲気が柔らかいとは言われるけれど。でも、実際に妊娠しちゃったら仕事とか大変じゃないかな、と思うのは僕だけだろうか。
それよりも早く子供ができたら、父は良くやった、と褒めてくれるのだろうか。
子供の頃から、出来損ない、役立たずと言われてきたから慣れてはいるけれど、心のどこかで褒められたいと思っているようだ。
そうか。子供ができたら皆喜ぶんだよな。それが結婚式の日だったりしたらいいんだろうな。早く子供産まなくちゃ。
でも、きっと早くにできたら、樹くんも喜ぶんだろうな。僕ができることは如月の後継者となる子供を産むことだ。父だってそれを言っているんだ。そうすることで加賀美の名もあがるし、離婚の危機も少なくなる。そう、離婚の危機。
樹くんは常日ごろから、愛してる、と言ってくれるから、樹くんの心が簡単に離れていくとは思わない。でもいつまでも子供が出来なかったら、思いがけずではあるけれど、加賀美のオメガを貰ったお義父さんやお義母さんはどう思うだろうか。加賀美のオメガなんてこんなものか、と思うだろう。それを知った父は激怒して、また出来損ないとか言うんだろうな。やっぱり早く子供を産まなければ……。
樹くんは、そう言って僕の頭を撫でてくれる。いつもなら、樹くんに頭を撫でて貰うと安心するんだけど、この日はなかなか安心することはなかった。
結婚式は午前の早い時間だったから、朝、家を出るのは早かった。仕事が落ち着いている僕と違い、忙しい樹くんは帰宅が二十三時を回っていた。なんでも、そのままだと休日出勤になりそうで、でも先輩方に回すのは申し訳ないと思い、遅くまで残って終わらせてきたらしい。
だから、朝早い時間に起こすのは可哀想だったけれど、まさか結婚式の日に遅刻する訳にもいかず、心を鬼にして起こした。
まだ、どこか眠そうな顔をして着替えをしている。
そう。今回の結婚は、たまたま相手がKコーポレーションの御曹司である樹くんが相手だったから反対はしなかったけど、僕が勝手に樹くんと番契約したことは面白くないらしい。ほんとKコーポレーションの名前に助けられた。
それでも、ベータに産まれてきて、しかも子供の頃からホルモン剤を注射したにも関わらずオメガになれなかった落ちこぼれだ。しかも、後天性オメガになったとき、僕から父に連絡をしなかった。それは面白くないだろうな、と思う。
だから、式の日とはいえ、そんなに早くに来ることはないと思う。それが証拠に、なんの連絡も来ていない。樹くんのところはお義母さんから電話が来ているのに。それが父の気持ちの現れだと思う。
そう言って気持ちを楽にしてくれる。父のことを考えると、僕が元気をなくすのを知っているからだ。
ダメだな。樹くんは前日までの仕事で疲れているんだから、気まで使わせてどうする。本当なら僕が癒さなきゃいけないのに。
今回、式で着る服はレンタルではなくて誂えた。そのときに、僕は薄いブラウンに濃いブラウンがアクセントに使われたフロックコートを選んだ。濃い色はなんだか似合わなかったのだ。
そんな僕に対して樹くんははグレーに差し色に黒の入ったフロックコートを選んでいだ。それは男らしくて、それでいて優しげな樹くんにぴったりだった。
僕こそ格好いい樹くんが早くみたいのに。
マンションを下に降りていくと、黒塗りの車が止まっていた。そして後部ドアの前にはビシッとしたスーツを着た三十代半ばほどの男性が立っていて、樹くんの姿を確認すると、ドアをスッと開け、深々とお辞儀をする。
今日、結婚式と言うことで、婚姻届も今日出しちゃおうと、式場に行く前に役所に寄り提出することにしてある。
だから、厳密に言うと、今はまだ加賀美だけど、数十分後には如月になる。
専用の執事がいるなんてすごいよな。そんな人と結婚するんだな。普段は意識することはないけど、改めて樹くんっておぼっちゃまなんだな、と思う。
車に乗ると座り心地の良いシートだった。やっぱり良い車はシートも違う。
支配人と知り合いか。やっぱり、そうじゃないとねじ込めないよな。
まぁ、加賀美にもそういった伝手はあるけれど、当然、如月にもあった。いや、如月の方が多いだろう。
実家に帰るのにも送迎が来るのか。ほんとにすごい人と結婚するんだな。
その後も樹くんは谷口さんと色々話していて、僕はその会話を黙って聞いていた。
そして、車に乗って十分ほどで役所に着いた。そこで谷口さんには待ってて貰い、僕は樹くんと二人で婚姻届を提出しに行く。
窓口に婚姻届を出すと、おめでとうございます、と言われ、届けが受理された。これで僕は如月になった。