EHEU ANELA

あなたが愛してくれたから

オメガとして 01

その日は朝から体が熱かった。風邪でも引いたのかな? だから講義が終わるとどこにも寄らずに帰ってきた。

体の熱さは夕方になってから余計にひどくなったし、そのせいか呼吸も荒い。

でも体温を計っても微熱程度しかない。なんだろう? 明日、病院に行った方がいいだろうか。とりあえずベッドに横になり、休む。けど、微熱とはいえ熱があるのに、手ペニスに伸び、自慰をしたくて仕方がない。え? これってもしかして?!

そんなことを考えていると、玄関のインターホンが来客を告げる。誰だろう、と覗くと樹くんだった。


「熱大丈夫? お昼、辛そうだったからポカリとレトルトのお粥買ってきた。あ、ゼリーもあるよ。食べられそう? ていうか甘い匂いがする。なんだろう?」
「樹くん……あの……もしかしたらヒートかもしれない」

僕の言葉に樹くんはびっくりした顔で僕を見る。


「ほんとに?」
「うん……多分だけど」
「じゃあ、この匂いは優斗のフェロモンか。やばい、ずっと嗅いでたらラット起こす。待って、今薬飲むから」
「なんで飲むの? 項、噛んでくれないの?」
「ほんとに番になっていいんだね? もう離れられなくなるよ?」
「樹くんと番になるためにオメガになったんだからいいんだよ」
「わかった。じゃあ薬飲まないからね」
「うん」
「で、落ち着いたらバース検査受けに行こうね」
「うん」

そんなことを話してる間にも体の熱っぽさはひどくなり、樹くんが欲しくて仕方がなくなる。


「ヤバい。優斗、ほんとにヒートだ。もっていかれる」

樹くんはそう言うと、荒々しいキスをしてきた。いつもソフトなキスの樹くんにしては珍しい。けれど、僕ももう限界で樹くんにすがりついていく。体はどんどん熱くなる一方だ。

キスをしながら、胸を愛撫する樹くんの手も荒々しい。でも、僕の体はいつも以上に快感を拾っている。


「はぁ……あぁン」

いつもなら甘い言葉をくれる樹くんだけど、今日は余裕がないようだ。恐らくラットを起こしているんだろう。

胸の尖りを爪で引っ掻かれると、いつもなら痛いのに、今日は気持ち良さに背筋が反ってしまう。


「ふ……うぅン」

胸への愛撫だけで高みに連れて行かれるけれど、欲しいのはそこじゃない。早く樹くんが欲しい。でも、それは樹くんも一緒のようだ。


「ごめん、優斗。もう無理だ」

 

そう言うと、蕾につぷりと指を一本入れてきた。いつもの僕たちならありえない早さだ。


「あぁ。もう、トロトロだ」

そう言うと、二本目の指を早々に入れ、抽挿を繰り返す。


「樹くん、もう、欲しい」

はしたなくも、僕は自分から強請った。


「入れるよ」

一言だけそう言うと、遠慮なく僕の中に入ってきた。


「あぁぁン」

にも関わらず、僕の体はなんの衝撃もなくスムーズに受け入れた。

そして、激しい抽挿に僕の体はどんどん高みへとのぼっていく。


「んン……イくッ。イッちゃう」
「ん。イッていいよ。何度だってイカせてあげるから」
「あぁぁぁ」

僕はあっけなく一度目の精を放った。にも、関わらず、すぐにも次の波がやってくる。


「あ……はぁ。おかしくなっちゃうっ」
「俺も、おかしくなりそう」

いつものセックスとは全然違うセックスだ。こんなに激しいセックスを僕はしたことがない。


「項、噛むよ」

樹くんはそう言うと、がぶりと項に噛みついた。

その瞬間、僕の体内の熱のうねりが変わったのがわかる。それまで、誰でもいいから熱をおさめて欲しいと思っていたが、その瞬間から、僕の熱は樹くんにだけ向かっていったのがわかる。これで、僕と樹くんは番になったのだ。そう思うと涙が出た。

オメガになって樹くんと番になること。それを夢見てた。ベータだった僕がずっと。それが叶ったのだ。


「泣かないで」

樹くんはそう言って僕の涙を拭ってくれた。


「泣いてる余裕あるの?」

そう言って腰の動きを早くした。僕はそれに喘ぎ声しか出せなかった。


「んン……は、あン。あぁ。イク……イッちゃうぅ」
「俺も……イク」

そうして僕は二度目の精を放ち、樹くんは僕の中に精を放った。

その後も僕達は時間を忘れて、僕が意識を手放すまで抱き合っていた。


僕が目を覚ますと、僕は樹くんに抱きしめられて眠っていた。


「おはよ。少しはおさまった?」
「……まだ少しムズムズする」
「やるにしても何か食べなきゃな」
「あまり食欲ない」
「じゃあ、昨日買ってきたゼリー食べる? 俺はお粥食べる」
「うん」

僕は体にあまり力が入らないので、樹くんに持ってきて貰う。

ゼリーは桃のゼリーで、まろやかな甘さが美味しい。


「食べたらポカリ飲んておきな。かなり声出してたから」
「うん。ガラガラ」

僕がそう言うと樹くんは笑った。


「でも、オメガになれたな」
「うん。あんなにずっとホルモン剤注射してもならなかったのに」
「精神的な部分もあるのかもな。どちらにせよ、ヒート落ち着いたら、念の為バース検査行こう」
「そうだね。きちんとオメガって出たら母さんは早まったよね」
「そのときに俺が出会えてたら良かったのに」
「仕方ないよ。小さい頃からずっとやってたんだし」
「今度、お墓に報告に行けばいいかもね」
「そうする」

オメガになったことを報告したら母さんはどう思うんだろうか。僕としてはこのタイミングで良かったと思ってる。それは樹くん以外の人と番にはなりたくないから。僕は樹くんと番になりたいからオメガになりたかっただけです。親不孝でごめんなさい。

ヒートが落ち着いてからバース検査を受け、結果を聞きにバース科へ行った。結果は、やはりオメガに変わっていた。


「そうですね。ベータとして出生が記録されていますから、後天性オメガということになります。非常に稀なケースです。オメガのヒートはご存知ですね」
「はい」
「これからは三ヶ月に一度ヒートが来ます。番契約を結んでいれば、その番にのみフェロモンが感じられるので問題ありませんが、番がいない場合は不特定多数のアルファを誘ってしまうので外出は避けた方が賢明です。番候補はいますか?」
「先日、ヒートが来たときに番契約をしました」
「それではヒートに関して心配することはありませんね」

そうやって、医師からオメガについて、そしてヒートについての説明を受けた。

そして夜、樹くんにやはりオメガになったことを告げた。すると、良かったね、と言ってくれた。


「これで優斗が俺の前からいなくなる可能性がなくなった。もう、自分のこと出来損ないとか言わないでね」
「うん、言わない」
「実家の方にはオメガになったこと言ったの?」
「言ってない。僕は家のためにオメガになったわけじゃない」
「そっか。俺としてもその方が安心かもしれない。まぁ、番契約してるから大丈夫だと思うけど」

番契約をしているアルファとオメガが別れた場合、アルファは他のオメガと番になることはできる。でも、オメガの方は他のアルファと番になることはできないのだ。そしてフェロモンは番の相手にしか向かないので、ヒートのときにとても苦しむと言う。なので、ほとんどの番は結婚しているのがほとんどだ。

父はオメガを多く見てきているから、樹くんと引き離すことはしないと思うけれど、何を言ってくるかわからない。だから家には黙っておくことにしたのだ。


「オメガになったから就職はオメガ枠で探すことになるのか」
「うん。今まで普通に探してたから、また一から求人見なくちゃ」
「卒業したら結婚しよう」
「樹くん……」
「番契約してるんだから当然でしょう。そうしたら無理に就職しなくてもいいし」

大学四年生の今、内定を貰っている人は多い。だから、今からオメガ枠で求人を探すのはちょっと遅い。でも、できれば一度は就職して社会を見たいという気持ちがあるので、結婚してすぐに家庭に入るのは避けたい。


「でも、その前に結婚なんてご両親に話したの?」
「ベータの子と付き合っていることは話してる。だから明日にでも後天性オメガになって番契約をしたって伝えるよ」
「反対されないかな? 勝手に番になって、結婚までなんて」
「反対されるもなにも、番になったんだから結婚するのは当然だと思うよ」
「そうだけど」
「いいから。心配しないの。うちの親は子供の意見を尊重するから大丈夫だよ」
「うん……」

これで、樹くんと結婚できるかもしれないんだ。そう思うけれど、ずっとベータだったから、どこか現実味がなかった。

樹くんからプロポーズをされて、それを受けてから一週間ほどしてから僕の住むマンションに父がやってきた。

樹くんとのデートから帰ってすぐにインターホンが来客を告げた。

玄関ドアを開けると、そこには父がいた。父の顔をきちんと見るのは何年ぶりだろう。きっと母の葬儀以来だと思う。

ここに住んでいることは父は知っているけれど、父がここに来たのは初めてだ。だから、つい身構えてしまう。そうでなくても、子供の頃からほとんど一緒にいたことのない人だから緊張してしまうのに。そんな父が一体なんの用だろう。

父のためにコーヒーを淹れ、対面に座る。自分の分もコーヒーを淹れてあるけれど、緊張して、とても飲む気にはなれない。

当然だが父は緊張もなく、優雅にコーヒーに口をつけ、先に口を開いたのは父だった。


「オメガになったそうだな」

なんで僕がオメガになったことを父が知っているんだろう、と考え戸籍にいきあたる。第二性が変わったことで戸籍がそれまでの”男性ベータ”から”男性オメガ”へ変更になるのだ。この間病院で、バース変更の手続きはバース科の方ですると言われていたので、戸籍のことを忘れていた。


「なんで言わなかった」
「……」

言いたくなかったから。なんて言えるはずがなく、黙っているしかない。


「加賀美のオメガとなったのなら、番相手を探すから待っていろ」
「番契約は、しています」

小さい声で、しかしはっきり言うと父の顔は激しいものになった。


「なんだと?! 家に何も言わずに勝手に番契約したというのか! 加賀美の家がどんな家かは知っているだろう。役立たずは、そんなこともわからないのか!」

オメガになっても罵声は浴びるのか。役立たずか。出来損ない、役立たず。父の口からはそんな言葉しか聞いたことがない。まぁ、加賀美の家の人間が、家長である父に内緒で勝手に番契約をしたのだから気に入らないんだろう。でも、僕は家のためにわざわざオメガになったわけじゃない。僕は僕のためにオメガになったんだ。


「あいつはそんな教育もせずに勝手に死んでいったのか」

僕が気に入らない父は、今度は死者である母に文句がいく。この人は、人のことを将棋の駒だとでも思っているんだろうか。オメガだってベータだって心を持った人間なのに。この人は家のため、と言って勝手に番・結婚相手を決め、有無を言わさない。それがこの人だ。なのに僕は父に黙って勝手に番契約を結んだ。それは気に入らないだろう。


「母は関係ないです」
「で、相手はどこのどいつだ。どうせ、どこの馬の骨ともわからないやつだろう」
「如月樹くんと言って、Kコーポレーションの子息です」
「なんだと? あのKコーポレーションか! よくやった!」

父の言葉を聞いて呆れてしまった。Kコーポレーションの名を出した途端、舌の根も乾かぬうちに褒めるのか。ブランド物を買い漁る女性と何も変わらない。こんな人が自分の父だとは思いたくない。