はじめまして、の誤解から02

「おいしい! なにこれ、おいしいんだけど」

 蕎麦を食べるなりイジュンは騒いだ。

「そんなに騒ぐなって」
「騒いだって仕方ないでしょ。こんなにおいしい蕎麦、韓国で食べられないよ」
「まぁ、蕎麦は元々日本の料理だし、この店は特に蕎麦おいしいから」
「それにティギムもおいしい。油っこくない」
「そのティギムって天ぷらのことだろ。そんなに油っこいの?」
「だって油で揚げてるんだもん。普通は油っこくなるだろ」
「古い油を使ったらそうだけど、新しい油ならそんなふうにならないはずだけど、違ったっけ?」
「新しい油?」
「そう」

 俺がそういうとイジュンは目を大きくして驚いていた。そんなに驚くようなこと言ったかな?

「そうか。油か! 君は頭がいいね。公認会計士の試験、今度こそ受かるよ」

 韓国の頭のいい大学出てる人と比べたら俺の学校なんて全然だ。だけど、古い油のことを知らなかったのかな?

「じゃあ韓国は古い油を使っているっていうことか。うん、頷けるな」
「そうなの?」
「大体、韓国人はそんなことを気にしない」
「でも味が変わってくるのに」
「だから、そんなこと気にしないんだよ。それに油をそんなに変えていたら経費がかかる」

 経費……。確かにしょっちゅう油を変えるとそうなるけど、それこそ味が落ちたらお客さんこなくなるだろうに。俺がそういうとイジュンは笑った。

「言っただろう。韓国人は気にしないって。油で揚げるものはそんなものだと思っていればなんの問題もない」
「え……」

 確かにそうだけど。でも、どうせ食べるならおいしいものを食べたいのに。韓国人は気にしないっていうことか。日本人はそういうところ気にするよなと思う。

「韓国と日本は似ている面も多いけど、差違がある。そういうところが面白いね」

 差違がある……。そうなのか。韓国へ行ったことがないからわからないけど。

「韓国と日本って似てるところあるんだ」
「似てるところは多いと思う。でも、やっぱり民族が違うし国が違うからね。当然違う。その違いは面白いよ。明日海は韓国へは来たことないの?」
「ない。というか海外自体行ったことない。友だちでは行っているやついるけど、勉強で忙しいから」
「そうか。じゃあ明日海が韓国へ来たら俺が案内するよ」
「うん。そのときがあったらお願い」
「でも、やっぱり差違があるのは面白いね。だけど、このティギムはほんとに美味しい。韓国でもこんなおいしいティギムが食べられたらいいのに。明日海、韓国で日本料理屋をやったら絶対に人気の店になれるよ。大学の勉強も活かせる」

 韓国で日本料理屋か。そりゃ俺が作ったら日本人の作る味にはなるけれど。なんて天ぷらの話しをしているのに、イジュンはすごい勢いで食べていく。ほんとに相当お腹がすいていたみたいだ。

「これだけで足りる……わけないよな」
「うん。足りない。でも大丈夫だ。あの通りでおいしいものをいっぱい食べるから」

 イジュンはこれだけでは物足りないっていうけど、俺はそんなに食べれない。案内と通訳に徹するしかなさそうだ。

「なんで食べなかったの?」
「ホテルを出たときは食べようと思ってたんだ。でも、迷子にはなるし、浅草はおもしろいし、そんなことしてたらこんな時間になっちゃったんだ」
「今どき迷子になる人なんているの?」
「だってNaverマップが使えない」

 その言葉を聞いたとき、俺は止まった。だってそうだろ。googleマップがあるじゃないか。まさか韓国人のスマホはgoogleが使えないのか? そんなことないだろう。それをイジュンに言うと、天ぷら蕎麦を食べたときと同じように目を大きくした。

「そうだ。googleがあった」
「っていうか、世界的に見て使われているのはgoogleマップの方が多いと思うよ」
「そうか。確かにNaverよりgoogleの方が規模が大きいね。俺はなんて馬鹿なんだ」
「日本に来てから今まではどうしてたの?」
「日本には昨日来たばかりだから」

 googleマップなんて普通に思いつくと思うし、それこそガイドブックとかに載ってないのかな? 知らないけど。でも、頭のいいところを出ているにも関わらず、以外と抜けているところもあるみたいだ。そんなイジュンがなんだか可愛く感じた。

「おいしかった。明日海、ありがとう」
「気に入ってくれたならなにより」
「気に入るよ。当然だ。さて、次はデザートだ!」

 今、天ぷら蕎麦を食べたばかりなんだけどな、と思うけれど朝からなにも食べていないのなら、それも仕方ないか。俺はもうそんなに食べられないから、案内と通訳に徹していればいい。
 蕎麦屋から、今来た仲見世通りへと戻る。イジュンはなにを食べたいんだろう。仲見世通りで食べ歩きと言ったところでお店はたくさんある。いくらお腹のすいてるイジュンとはいえ、全部を食べられるわけではないから、食べたいものを食べるのが一番だ。

「なにが食べたい?」
「どれも美味しそうだったけど、明日海のおすすめはある? あるなら、それを食べたい」

 俺のおすすめ。

「俺、そんなに知ってるわけじゃないよ?」
「大丈夫。俺より知ってるから」

 そういって胸を張るイジュンを見て、俺は笑いそうになった。イジュンは面白い。まだ出会ったばかりだと言うのに、そうは思えないほど話していて楽しい。やっぱり頭がいいんだな。そう思ってイジュンを見る。なにを食べさせたらイジュンは喜ぶだろう。そう俺は考える。そしていくつかお店が頭に浮かんだ。それは芋ようかんソフトともんじゃコロッケ、和クレープ、メロンパンだ。メロンパンはどこでも食べられるけれど、大きくて美味しいお店があるのだ。それ以外はおそらくここにしかない。

「メロンパンって知ってる……わけないよね」
「メロンパン? メロンが入ったパンがあるのか?」

 ああ。やっぱりそうなっちゃうよね。

「パンにビスケット生地を乗せて焼いてあるんだ。別にメロンが入っているわけじゃない」
「なるほどね。そうだね。メロンが入ってたらアメージングだ。うん、パンなら食事だよね。食べたい」

 そういうイジュンをメロンパンのお店に連れて行く。そして、メロンパンを見てイジュンがびっくりする。

「大きい!」

 イジュンの言うとおり、この店のメロンパンは大きい。だからいくらイジュンでも、ここのメロンパンを食べたらお腹いっぱいになるんじゃないだろうか。そう思いながら、メロンパンを買い、イジュンに渡す。イジュンは俺からパンを受けとり、看板を見て驚いていた。

「え? こんなに大きなパンがこの値段で買えるの?」
「ん? 値段、おかしい?」
「おかしいよ。韓国でパンを買おうとしたら高いんだ。だから俺はパンは好きだけど、しょっちゅうは食べない」

 確かにこの大きさでこの価格はというと安い方だけど、大体日本はパンはそんなに高くない。パンを高いなんて思ったことがない。俺もパンは好きだから、パンが高い国は寂しい。

「まぁ、いいから食べてみて」

 俺がそう言うとイジュンは大きな口を開けてメロンパンにかじりつく。そして目をキラキラとさせて俺を見る。どうも美味しかったらしい。ここはサイズがジャンボなだけでなく、味だって普通に美味しいのだ。ましてイジュンはメロンパンがなにかをよく知らずに食べてる。だから、こういうリアクションになるだろうなと思ってはいた。

「おいしい! サイズがジャンボなだけかと思ったけど、味もおいしい。メロンの味はいっさいしないけど、ほのかな甘みがあっておいしい。これは食べられてラッキーだ。明日海はいらないの?」
「俺はいらないから、イジュン食べろよ」
「うん。じゃあ待っててね、急いで食べるから」
「急がなくていいよ。食事はゆっくり食べろ」

 俺がそういうとイジュンは甘い笑みをこちらに見せた。男が男にそんな甘い顔を見せてどうする。甘いのは食べ物だけで十分だとそう思った。
 メロンパンを食べ終わったイジュンを次に連れて行ったのは、もんじゃコロッケのお店だ。もんじゃは東京の食べ物で、日本でだってない地域の方が多い。当然、韓国にはないだろう。そんなもんじゃを手軽に食べられるようにコロッケにしたものは、わざわざお好み焼き屋に行かなくても食べられるのはありがたい。
 そう考える人は多いのか、もんじゃコロッケの店はいつも行列が出来ている。もちろん、俺とイジュンも並ぶ。そして、番が近づいて来たところで俺はイジュンに訊いた。

「チーズと明太子とどっちが好き?」
「両方とも好きだけど、韓国人は明太子が好きだよ」
「OK。じゃあ明太子だね」

 順番が来て、俺はプレーンと明太子を買った。さっき天ぷらを食べたばかりだけど、これくらいは大丈夫だろう。
 
「これがもんじゃコロッケだよ。こっちがプレーンで、こっちが明太子」
「もんじゃコロッケ? なに、それ?」

 イジュンの質問に俺は悩んだ。コロッケは日本の洋食だ。そしてもんじゃは完全に日本のものだ。コロッケは揚げ物として説明できるけれど、もんじゃの説明が難しい。工程を説明するしかないだろう。

「コロッケは日本の洋食で、日本ではよく食べられる揚げ物。もんじゃは、小麦粉を水で溶いて焼いたもの、かな。とりあえず食べてみて」

 そういってまずはプレーンを食べて貰う。

「なに、この中身。半生? お店に言った方がいいんじゃない?」
「これでいいんだよ。おいしくない?」
「いや、おいしいといえばおいしいけど、不思議な味だ」

 もんじゃは日本でも東京以外の人は驚いたりするから、韓国人のイジュンはもっとだろう。イジュンがプレーンを食べ終わったところで明太子もんじゃコロッケを渡す。こうすると味がまた違って美味しいのだ。俺も明太子もんじゃは好きだ。

「あ、こっちは明太子の味がする。このどろっとした形状はさっきと変わらないけど、美味しい。このもんじゃっていうのは不思議な食べ物だね」
「そうだろうね。もんじゃは日本でも東京の食べ物だから他の地域にはないんだ」
「へぇ。地域限定なのか。面白いね」
「次は……甘いのは大丈夫? いってもそれほど甘くはないと思うけど」
「甘いのは大丈夫だよ」
「よし。じゃあデザートに移ろう」

 そういって次に連れて行ったのはクレープ屋さんだ。と言っても普通のクレープを食べるわけじゃない。和風クレープだ。

「俺と半分こでもいい? 俺も食べたい」
「もちろん。俺も大分食べたからね。半分こしよう」

 イジュンを店内の席に待たせて、俺はクレープを買いに行く。抹茶を使ったクレープはそれこそ日本ならではだろう。抹茶と生クリームの組合わせがなかなか美味しくて、俺も好きで食べることがある。ただ、お値段がするのが悲しい。でも、今日は韓国人のイジュンを案内しているのだから値段は考えない。

「お待たせ」
「あれ? 明日海。クレープを買いに行ったんじゃないの? これ、抹茶だよね?」
「抹茶クレープだよ」
「抹茶クレープ! 日本の抹茶はクレープにまで進出したのか。抹茶って苦いイメージがあるけど、生クリームがあるなら大丈夫だね」
「まずは一口食べてみて。そしたら俺にも一口ちょうだい」
「わかった」

 そう言ってイジュンはクレープにかぶりついた。それはほんとにかぶりついたという表現がぴったりで、俺は小さく笑ってしまった。一口が大きいのだ。

「美味しい! クレープだけど抹茶の味がするなんて。それに抹茶の苦みに生クリームが合うね」
「美味しいだろ? これはたまに食べたくなるんだ」
「うん。わかる。それにこれは韓国では食べられないよ。はい。明日海も食べて」

 イジュンがそう言ってクレープを差し出してくる。俺はイジュンが口をつけていない方から食べた。うん。やっぱり美味しい。

「ありがとう。あとは食べていいよ」
「もっと食べればいいのに」
「一口食べれば十分だよ。それに俺はいつでも食べられるから。イジュンは韓国に帰ったら食べられないだろ」
「うん。じゃあ、残りは俺が責任持って食べるよ」

 そういうイジュンの目はキラキラとして、クレープを眺めていた。
 クレープを食べ終わったイジュンは満足そうな顔をしている。

「お腹いっぱいになってきた。でも、日本ってすごいね。美味しいもの天国だ。食べたお店、全部韓国に持って帰りたい」

 お店を持って帰るという表現に俺は笑ってしまった。でも、それくらい気に入って貰えたのなら嬉しい。

「お腹いっぱいになってきたなら、次のデザートに行こう」
「まだ美味しいデザートあるの? おかずじゃなくて」
「クレープと同じ、完全デザートだよ。ソフトクリーム」
「ソフトクリームか。いいね。俺好きだよ」

 そういうイジュンの頭の中には、きっとミルクの普通のソフトクリームがあると思う。だけど浅草に来て、そんな普通のソフトクリームを食べるなんてもったいない。浅草に来たなら、浅草らしいソフトクリームを食べなくちゃ。そう思って俺は浅草ならではのソフトクリームを食べるべく歩を進めた。

「ここはね、芋ようかんソフトっていうのがあるんだ。ここのお店にしかないんだよ」
「芋ようかん?」
「んーと。ようかんって知ってる? 小豆を煮て作ったこしあんに砂糖とか入れて煮詰めたスイーツなんだけど」
「ん? パッヤンゲのことかな?」
「韓国にもある? それの芋なんだ」
「へー。そしてそれをソフトクリームにしたの?」
「そう。芋ようかんのソフトクリーム」
「それは食べてみたい」

 イジュンが興味深そうに言うから、俺はソフトクリームを2個買って、ひとつをイジュンに渡す。

「このトッピングされているのは?」
「それが芋ようかんだよ。このお店は芋ようかんで有名なお店なんだ」
「へー。いただきます」

 いただきます。と日本語で目をキラキラとさせて言うのはなんだか可愛かった。というか、イジュンはいつも目をキラキラとさせているんだろうか。天ぷら蕎麦を食べたときからずっと目をキラキラとさせているから。でも、いただきますって覚えてきたんだろうな。1人じゃ言うこと少ないだろうに。

「美味しい! この芋ようかん? これが甘くて、でも甘すぎなくて美味しい。これは買って帰りたいな。もっと食べたい」
「芋ようかん美味しいだろ? ソフトクリームも食べて」
「うん」

 そうしてソフトクリームを舐めたイジュンは目を大きくさせた。

「芋ようかんの風味がする。パッヤンゲ味のソフトクリームなんて面白いものを日本人は考えたね。韓国では思いつかないよ。これも持って帰りたいくらいだ」

 芋ようかんも気に入ってくれたみたいだけど、ソフトクリームも気に入ってくれたみたいで俺としても嬉しい。

「日本人のアイデアってすごいね。さっきの抹茶クレープもだけど、お茶を使うっていう発想がすごいよ。韓国にはそういう発想がないんだ」
「そうなんだ。さっき食べたもんじゃコロッケもそうだよ。普通はもんじゃ焼きだけを食べるのに、それをコロッケにした」
「コロッケって普通はどんなの?」
「オーソドックスなのはひき肉の入ったじゃがいもかな。でも他にクリームコロッケとかもある」
「クリーム? まさか生クリームじゃないよね?」
「まさか。そんなことはないよ。これはどう説明したらいいのか俺の英語力じゃ無理だな」
「そのクリームコロッケってどこで食べれるの?」
「普通にお惣菜屋さんで売ってるよ。珍しいものではないから」
「そうなんだ。じゃあ韓国に帰る前に食べよう。日本で食べたいものたくさんある」

 そう言って嬉しそうに笑うイジュンはおそらく食べることが好きなんだろう、そう思った。

「でも、このソフトクリームはほんとに美味しいね」
「俺もこのソフトクリーム好きなんだ。日本っぽいソフトクリームに抹茶ソフトもあるけど、俺はこれが好き」
「え。日本人はソフトクリームにまで抹茶を使ったの?」
「うん。それは結構いろんなところにあるかな? お茶の美味しいところにはある。浅草にもあるよ」
「そうか。じゃあ、帰る前にそれも食べておかなくちゃ」

 どうもイジュンの食べたいものリストに抹茶ソフトも入ってしまったらしい。

「ねえ明日海。俺のガイドになってくれないかな? 報酬は食べ物で。俺は英語はわかるけど、日本語は字さえ読めないし」

 突然の申し出に俺は一瞬びっくりした。さっきナンパしてきて(あれは絶対にナンパだ!)流れで美味しいもの食べて貰っているけど、今だけのことかと思っていた。でも、日本では英語はあまり通じない。駅とかでは英語や韓国語で書いているけれど、他ではあまりない。それに、そう言って誘うイジュンの顔はおねだりをする犬みたいだ。

「学校の授業があるときは無理だけど、それ以外のときなら」
「ありがとう! 美味しいものいっぱい食べようね」

 俺の返事にイジュンは嬉しそうな顔をする。これで、俺は東京をガイドすることになった。だって困っている人を放っておけないじゃないか。まあ数日間のことだし、いいか。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、50回まで送信できます

送信中です送信しました!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA