忘れられない 02

 翌日は省吾さんとデートの約束だった。

 今日は港町の異人館通りへ行ってお昼は中華街で飲茶をする予定だった。

 待ち合わせは異人館通りの最寄り駅。

 お互いの家は遠いのでデートのときはいつもこうやって出かける先の最寄り駅で待ち合わせをする。

 そして毎回省吾さんは時間より早く来ているので、自然と俺も早く行くようにしている。

 今日も俺は10分前には待ち合わせ場所に着くように家を出て、待ち合わせの駅の改札を出ようとしたところで後ろから名前を呼ばれた。


  「悠くん」

 振り向くと省吾さんだった。

 どうやら同じ電車で来たようだ。


「行こうか」

「あ、はい」

 駅からすぐ行ったところから坂を登っていく。結構厳しい坂だ。運動不足でちょっとこたえる。


「結構キツいね」
「そうですね。仕事をするようになってから運動不足だから結構キツいです」
「ほんとだ。ジムにでも通おうかな」

 そんなことを話しながら坂を登り、登りつめたところは左手に小さな公園を見て、右手側へと進む。

 景色の綺麗な公園は左手へ進んで行った突き当たりになるけれど、今日はイタリア山庭園を見てから行くことになっていた。

 昔、イタリア領事館だったその建物は立派な洋館で、その前にはまるで迷路みたいな庭園が広がっている。

 緑豊かで癒される景色だ。


「普段はビルばかり見ているから、たまにこんな緑豊かな庭園を見ると癒やされるね」
「そうですね。こんなところが近くにあればいいけど、どこに行ってもビルばかりですもんね」
「ほんとにね。こんなところに住んでみたいけど、仕事に行くのは少し遠いね」 

 うちから乗り換えをして1時間半ほどかかっている。 

 俺の職場からだと2時間近くかかるだろう。毎日片道2時間の通勤は疲れそうだ。 

 そんな話しをしながら庭園をゆっくりと見て周り、イタリア山庭園を後にし様々な洋館を見ながら港が見える公園へと歩いて行く。 

 みんな港の景色を見ることで一杯になって展望台の方へとすぐ行くけれど、ほんとはローズガーデンがあってイタリア山庭園とは違った意味で癒やされる。

 省吾さんとはローズガーデンも堪能する。

 そういえば、薔薇って色や本数によって花言葉が変わると聞いたことがある。有名なのは108本の薔薇の花言葉が結婚してください、の意味だということだ。

 会社の女の子がプロポーズはそんな薔薇と一緒にして欲しいと言っていたので覚えている。

 女の子だったらきっとこんなローズガーデンもいいのかもしれないが、俺たち以外のカップルはローズガーデンでは姿を見かけることはない。

 このローズガーデンの存在を知らないのかもしれない。

 ここは昔フランス領事館があったために、この山はフランス山と呼ばれている。


「薔薇も綺麗だね」
「そうですね。5月の時期だともっと綺麗でしょうね」
「そうだね。さて俺たちも展望台へと行こうか」

 そう言ってローズガーデンを離れ展望台へと行く。この公園の目玉だ。 

 展望台はカップルで一杯だった。 

 恋人と来たらいいんだろうな。夜ならもっとロマンティックでいいだろう。 

 と考えて、そうだ省吾さんは一応恋人だったと思い出した。 

 正直まだそういう実感がない。まだ1ヶ月だからだろうか。 

 でも、省吾さんには申し訳ないけれど立樹とこんなところに来れたらな、と考えてしまう。 

 そんな考えが頭をよぎり、慌てて頭を振る。省吾さんといるときに失礼だ。 

 そう考えるのに、そう思えば思うほど立樹とこんなデートをしてみたいと思ってしまう。 

 なにを考えているんだ。立樹は俺のものではない。可愛い奥さんのいる妻帯者だ。俺とデートするような仲ではない。 

 それなのに考えるのは立樹のことばかりだった。 

 そして思った。 

 省吾さんはいい人だ。だけど、好きになることはできない。少なくとも今は無理だ。 

 今はまだ俺の中には立樹がいて、立樹のことしか考えられない。 

 省吾さんのことを好きになれたら。そう思ってデートをしてきた。でも、俺の心は全然変わらない。 

 省吾さんのことはいい人だとは思う。でも、それ以上の感情を持つことはできない。 

 このまま関係を続けるのは省吾さんに失礼だ。早めに断ろう。ごめんなさいと言おう。 

 俺の中の立樹は、そう簡単に消えるものではないらしい。昨日会ったばかりだからだろうか。しかもキスまでして。

 そこまで考えてキスの意味を考えてしまって慌てる。今はデート中なんだ。立樹のことを考えるのは後だ後。

 今はデートのことだけ考えよう。そして、言おう。これ以上お付き合いできないと。

 港の景色を楽しんだ後はフランス山を降りていき、昼食は中華街で飲茶に舌鼓を打った。

 いつでも来れる距離ではあるけれど、どうしても普段は足を延ばすことがないので存分に楽しむ。

 本格的中華はここならではだ。

 そして、午後はウインドーショッピングをする。

 特に欲しいものがあるわけではないので、店を冷やかして歩くだけだ。

 お店のものだってチェーン店だからいつもと違うものがあるわけではない。

 それでも、なんだか違って感じるのだから場所のパワーはすごい。

 楽しんではいる。実際、楽しいし。でも、この後付き合えないと、別れて下さいと言わなければと思うと少し気が思いのも確かだった。

 なにもなく、楽しめたらと思う。

 それこそ立樹と来たら、さぞ楽しいだろう。

 立樹と今日のデートコースを辿ったらどれほどだろう。

 ほら、こうやって立樹のことを考えてしまうんだ。

 どこにいたって、なにをしてしても、誰といても考えるのは立樹のことだけだ。

 そう思うと重症だな、と思う。

 いつのまにこんなに好きになっていたんだろう。

 きっと会うごとに好きになっていた。

 特になにをしたわけでもない。ただ、会っては呑んでいただけだ。それでも、立樹と過ごす時間はとても楽しいものだった。

 そしてどんどん想いが膨らんでいったんだろう。


「悠くん、どうしたの?」
「え?」
「なにか気になることでもあった?」
「あ、いや……なんでもないです」
「そう?」 

 まさか、別れ話をするから色々考えてるとは言えない。

 別れ話は別れ際にするから、それまでは楽しもう。

 
「もしかして疲れた? どこかでお茶でもしようか」

 そう言って近くのカフェに入る。 

 人気スポットの週末ということでカフェは混雑していた。

 それでもなんとか入ることができ、席に案内される。

 周りは友だちなのだろう女の子のグループかカップルばかりだ。

 いや、俺たちもカップルと言えばカップルだけど、端から見たらただの友だちに見えるだろう。

 ゲイのカップルだと考える人はそうそういない。

 席について省吾さんはホットを俺はアイスオレを頼む。

 今日は結構歩いているから少し暑い。


「今日は朝から結構歩いたから疲れたかな?」
「かもしれないです」
「中華街からここまでも結構歩いたものね」
「はい」
「疲れたりしたら言ってね」
「ありがとうございます」

 ほらね。優しいんだ。いい人なんだ。なのに。なのに好きになれそうもない、ってなんでだろうって思う。

 彼氏に最適だろうって。

 もし友だちが省吾さんと付き合うって言ったら俺は手放しで勧めるだろう。

 なのに、こと自分になったらダメっておかしいだろう。


「夜はなにを食べたい? 良さげなイタリアンのお店がここにあるみたいだけど」
「あ、パスタ食べたいです」
「じゃあ決まりね。早いけど、もう少しお店みたら行こうか。悠くんも疲れてると思うから」
「気を使わせてごめんなさい。でも、省吾さんが見たいところとかあったら行きましょう」
「大丈夫だよ。ここにしかないわけでもないしね」

 この人はほんとに俺優先だ。申し訳なくなるくらいに。

 それなのに俺はこの後別れ話をしようとしているんだ。

 帰りに観覧車に乗ろうと言っているからそこで話そうと思っている。

 帰りは途中までは一緒だけど、まさか駅のホームや電車の中で別れ話をするわけにはいかない。

 だから話すタイミングと言ったら食事のときか観覧車しかないんだ。

 だけど、食事の最中にそんな話しをしたらせっかくの食事が台無しになってしまう。だから観覧車を選んだ。

 この笑顔を曇らせてしまう、と思うけれどずるずると引きずっていいことはない。

 好きになれない以上いつかは言わなきゃいけないことなのだから。

 だから。だから今日話すんだ。

 夕食のイタリアンは美味しかった……ハズ。

 言い切れないのは、このあと省吾さんに言うことが頭にあって味がよくわからなかったから。

 カフェでの休憩のこともあり、俺の様子がおかしいのは気づいていたけれど、それは疲れているからだと思っているらしかった。

 そして味のわからない食事を終え帰る前に観覧車に乗るのに並ぶ。

 夜なのに、夜景が綺麗だということで観覧車はそれなりの人たちが並んでいた。

 俺はこれから言うんだと思うと緊張感が増していく。


「それではどうぞ。行ってらっしゃいませ」 

 スタッフさんに観覧車の扉を閉められ、省吾さんと2人だけになる。

 
「悠くんどうしたの? そんなに疲れちゃった? 夕食食べないで帰った方が良かったかな?」 

 俺の様子がおかしいのは疲れのせいだと思っているみたいだ。

 こんなに俺のことを考えてくれるのにな。なのに、なんでダメなんだろう。

 申し訳なくて泣きそうになる。

 それより、言わなきゃ。


「あの! お話ししたいことがあって……」
「話し? 俺に?」
「はい」
「あまりいい予感はしないな」

 だよね。この状況でいい予感がする人はいないだろう。


「あの……やっぱり俺、お付き合いできません。ごめんなさい」

 そう言って頭を下げる。

 省吾さんの顔を見るのが怖い。


「……」
「省吾さんのことはいい人だと思います。好きになれたらいいなって思ってました。でも、ダメで……」
「俺のことは好きになれそうにないということ?」
「はい……」
「そっか」

 そう言ったまま省吾さんは黙った。 

 傷つけた。失礼なことをした。そう思う。思うけれど、これ以上ずるずるしていたらもっと省吾さんを傷つけてしまうから。

 黙った省吾さんに俺はなにも言えないし、俺がなにか言うのは違う。

 遠くまで見渡せる観覧車。夜景が綺麗なのにそんなのを見る余裕もなければそんな状況でもない。

 15分かかる観覧車の間、俺と省吾さんの間に会話はなかった。

 観覧車を降り、途中まで一緒に帰るけれど、当然会話はない。

 2人の乗り換え駅が来てお互いの路線へと行くとき。


「今までありがとうございました。そしてごめんなさい」
「……」

 俺が声をかけるも、省吾さんは黙ったままだった。そして、黙って乗るべき路線のホームへと進んで行った。

 なにも言わなかった省吾さんがどれくらい傷ついたかわかる。でも、長くなってから言うのはもっと傷つけると思ったから。

 せめて、省吾さんに素敵な人が見つかりますように。

 そう思いながら省吾さんの背中を見送った。

 そして省吾さんの姿が見えなくなってから俺も自分の乗り換えホームへと行った。

 あんなにいい人だったのに。好きになれたら立樹に紹介するつもりだったのに、それは訪れなかった。

 そう思ったら無性に立樹に会いたくなった。

 カバンからスマホを取りだしメッセージアプリを立ち上げ、立樹とのトークを見るとメッセージが入ってた。


『こんど彼氏紹介してな』

 立樹、ごめん。紹介できないや。


『別れた』

 立樹はなんて言うだろう。きっと理由を知りたがる……はずないか。だって俺がまだ立樹のこと好きだって知ってる。

 スマホをカバンにしまいかけたとき、ピコンとメッセージの着信を伝える音がした。


『そっか』

 その一言だった。

 そりゃそうだろう。別れた理由だって言うまでもなくわかっているんだから、それ以上言葉が出るわけがない。

 そういえば大翔にも彼氏紹介しろって言われてたな。

 省吾さんと付き合い始めたときはメッセージで報告だけした。

 立樹と同じようにどんな人かジャッジするからって言ってたな。それもナシになった。

 大翔との最後のメッセージを見ると立樹と同じセリフが入っていた。


『早く彼氏紹介しろよ』

 その大翔のメッセージにも同じように一言返す。


『別れたから紹介できない』

 そう送って、今度こそカバンにスマホをしまった。

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