俺の隣の席を指差し言うので、とりあえず頷く。
この人が出会いを求めているのか、単に呑み友のような感じなのかわからないけど、どちらでもいいと思ったからだ。ただ、セフレだけはお断りだけど。
その人が隣に座ると、それを見てあきママは離れていった。
隣に座るのをOKしたけど、どうしたらいいのかわからない。だから、相手の出方を待つ。
言葉使いは砕けてるし、こういう場面に慣れてるっぽいけど、いつもこんなことしてる人なんだろうか。
真面目そうに見えるのは、見た目だけ? ナンパ慣れしてる?
省吾さんはそう言って笑う。
そっかナンパ慣れしてるんじゃないのか。
俺もあまりナンパ慣れしてないからちょっとホッとする。
なんか随分ぐいぐいくるな。
いきなり本題入られてる気がする。
一目惚れ? 俺に? 一目惚れしたことはあるけど、されたことはないと思う。
ここはどう反応するのがいいんだろう。
一目惚れされた経験がないから正解がわからない。
チラリとあきママを探すと、ウインクをしてきた。
きっと、言った通りでしょうっていうことなんだろうな。
声をかけてくれる、なんて言った直後に声かけられてるんだもんな。
それより、今どうしたらいいのか教えて欲しい。
あきママに目で助けを求めるけれど、知らんぷりされる。まぁ、そうか。
本気ってマジで?
まぁ、お酒入ってだからその分は差し引いておく。
もしかしてホテルのお誘いか。
出会いは欲しいけど、その手のお誘いは全力でお断りする。
時間を言われたことで警戒心が強くなる。
だってそうだろう。
初対面でそう言われたら誰だって警戒するはずだ。
昼間なら大丈夫だろう。いや、昼間にホテルに行くこともまぁまぁあるけど、お茶と言ってるのだからその心配はないのかな。
そう釘を刺した。
急だな。
用事はないけど、急すぎるな。
そう言ってスマホを出してくるので俺もカバンからスマホを出した。
連絡先交換くらい大丈夫だろう。
そう思って連絡先を交換した。
今日、この後時間をどうこうするって言うのが嫌だったから、つい約束しちゃったけど良かったのかな?
真面目そうだから変なことにはならないと思うけど、人間見た目じゃわからないからな。
それに、もし会いたくないと思ったら忙しいとか適当に言って躱せばいいだけだよなとも思う。
いや、それは相手にも言える。
一目惚れしたなんて言ってたけど、お酒が入ってる状態だから素面のときとは違う。
だから、相手がほんとに一目惚れしたというのなら後日にするのが一番いい。
これ以上なにをどうしたらいいのかわからず、俺は帰ることにした。
あきママのお店で連絡先を交換した村川省吾さんからは翌日ほんとにメッセージが来た。
お互いにお酒が入っていたし、ああいうお店で知り合ったからほんとにメッセージが来るとは思っていなかった。
お店で言っていた通り昼間どこかで会いたいという。
どうしようかと考えたけれど、昼間お茶だけならいいかなと考えて、そう返信する。
健全に夜にはさよならすると言っていたから、それを信じるならばいいだろうという判断だ。
最も昼間にホテルに誘って来たらその場で帰ってくればいいだけだ。
このことを大翔に話したら、会ってこいの一言だった。
見た目通りだとしたら真面目な人だと思うんだよな。
スクエア型の眼鏡と紺のストライプのネクタイがそれを演出していた。
ほんとに真面目な人なら会ってもいいのかもしれない。
新しい人と出会わないと立樹から卒業できないと思うから。
メッセージをやり取りして、お店で会った翌週の土曜の昼間会うことにした。
お互いどこに住んでいるのかわからないし、今の段階でそこに住んでいるのかといった情報を知らせるのは怖くて、あきママのお店からさほど離れていない繁華街で会うことにした。
約束の土曜日。
待たせるのは申し訳ないと思い約束の時間より早くに着いた。
けれど、省吾さんは既に来ていた。
人を待たせるのは嫌いなのかもしれない。
時間にルーズな人は個人的に好きではないので、そこは好印象だった。
ただ、こうやって俺を思ってる系の言動があるとちょっと怖い。
まぁ、一目惚れしたというから、それがほんとなら仕方がないのかもしれないけれど。
熱量の違いってやつだ。
こっちは相手に対してなんとも思ってないから。
約束時間は昼食後のお茶の時間だから近くのカフェに行く。
土曜日の午後ということで席は埋まってるかなと思ったけれど、運良く一席空いていたのでバッグを置いてコーヒーを買いに行こうとしたら省吾さんに買ってくるよと言われたので、アイスコーヒーをお願いし、席で待っていた。
店内の席が全て埋まっていたからか、注文の列はそれほど長くはなく、さほど待つことはなく省吾さんはコーヒーを持って帰ってきた。
とアイスコーヒー代を渡そうとすると拒否される。
自分の意思で来たわけだから奢られるのはどうかと思ったけど、相手は引く気が全くないみたいなので、ここは大人しく奢られておく。
もし次会うような機会があればそのときこちらが奢ればいい。
そう言うと省吾さんは嬉しそうに笑った。
あぁ、この人の一目惚れってほんとかもしれない。
俺に一目惚れされるような要素ってないと思うけどな。
でも、ほんとに俺のことが好きだとしたら、まだどうするか決めていないのだから、あまり期待を持たせたらいけないだろうな。
とりあえず、会ってもいいかなってレベルなんだ、今はまだ。
ほんとは出会いが欲しいというのがあるけれど、言ってしまうと変に喜ばせそうだから、ここは黙っておく。
30歳だから早ければ何らかの役についていてもおかしくないと思っていたけれど、課長か。係長くらいかと思ってた。
きっと仕事も真面目なんだろうな。
そう謙遜するけれど、それだけじゃないだろう。
真面目そうって思った第一印象は間違いじゃなかったようだ。
そういったところは好印象だ。
こういう人なら好きになれるかな?
好きになっても大丈夫かな?
立樹のことも忘れられるかな?
今の俺にとっては立樹のことを忘れられるかどうかが一番の問題だ。
それしか取り柄がないというけど、それは社会人にとって一番大切なことだと思う。
そうだ。仕事の話をしにきたわけじゃなかった。
お店では彼氏って言ってたから、多分周りを気にして恋人って言ったんだろうな。
そんな細かいことを思う。
ここまで言ったら、そんなのゴメンだと思うかもしれない。
それはそれで仕方ない。
まだ今の段階で好きなだけじゃないっていうのと、他に好きな人がいるのとだと話は違ってくる。
それでもいいと言うなら付き合ってみてもいいかもしれない。
今の段階で省吾さんのことを好きになれるかはわからない。
でも立樹のことを忘れられるのなら、その努力はする。
それに真面目な省吾さんに対して遊びでは付き合わない。
省吾さんに対して好感は持っている。だからきっと好きになれるはずだ。
立樹は結婚して奥さんがいる。そしていずれ子供もできるだろう。
そんな立樹を見たくない。そのためなら他の人を好きになる努力をする。
そして立樹を忘れるんだ。
嬉しそうに笑う省吾さんを見てそんなことを思っていた。