立樹から結婚すると聞いたのは、相談をうけてから1ヶ月後だった。
その日は立樹の部屋で宅呑みをしていた。
その最中に、結婚を決めたと聞いた。
その言葉を聞いたときは、頭が真っ白になった。
確かに結婚適齢期の男女が付き合っていたらそうなってもおかしくはない。いや、自然な流れとも言える。
それでも立樹のことを好きな俺としてはショックだった。
いや、相談を受けていたんだからびっくりする方がおかしいのかもしれないけど。
とにかくショックを受けた俺は、翌日あきママのいつもの店に呑みに行ってあきママに泣きついた。
あきママは立樹のことを知っている。
一度行ってみたいという立樹を連れて来たことがあるのだ。
そのとき、あきママはもちろんのこと、その日店に来ていたネコが目の色を変えたのは言うまでもない。
ほんとにそのときは立樹を取られちゃうんじゃないかと思ったほどだ。
そのときだけは、立樹がノンケで良かったと思った。
気持ちを伝えるだけ、か。
そういう手もあるんだな。
でも、ゲイフレンドリーとはいえ、実際に自分が男に好かれてると思ったら逃げ出すこともあるんじゃないか? 大丈夫なのかな。
だけど、ゲイでもないのに男の俺とキスができるから、悪い反応はないのかもしれない。
俺とキスはできても男と付き合うことはできないと思う。
それに結婚前だし。
だから伝えるだけ。
でも、それで立樹が離れて行ってしまうんじゃないかっていう不安はある。
あきママは大丈夫だと言うけれど、臆病な俺は不安になってしまう。
恋人になることはなくても、この先もいい友人でいたいんだ。
今までのように毎週のように2人で呑むということは、結婚したら当然無理だろうことはわかってる。
それでもたまには一緒に呑みに行ったりはしたいんだ。
俺はそれを楽しみにしているから。
だから告白することで立樹との距離が離れて、当然そんな時間を持つことができなくなるのが怖いんだ。
付き合いたいなんて思ってない。
そんなの好きになったときから思ってる。
でも、好きだから。気持ちだけ伝えたいというのはわがままだろうか。
ビールを一口呑んで考えた。
あきママに話した翌週。
立樹に告白だけしようと決めた。
何も望んでいない。ただ好きだと伝えて、他の誰かを好きになるからとだけ伝えられれば十分だ。
でも、それで立樹が離れて行ってしまうのなら、それは悲しいし嫌だけど受け入れなければいけないという覚悟も同時に持っていた。
それでも、何も望まないならなぜ告げる必要があるのかと考えたりもした。ただの自己満じゃないかと。
それは今でも思っている。だけど、立樹のことを好きだという気持ちが溢れそうなんだ。だからほんの少し持って欲しい。
金曜日の夜。
いつものように立樹の部屋での宅呑み中。
俺はビールを手にしたまま考え込んでしまっていたようで、立樹から指摘されて我に返る。
悩みごとだと思われるくらいに難しい顔してたのか。
もう言おう。
タイミングを考えていたけど、そうしたら難しい顔していたみたいだし。
そうしたら言ってしまうしかない。
でも、どうか聞いたあとも友達でいて欲しい。わがままだけど。
だけど、友達ではいられなくなるかもしれないことは覚悟しなければ。
そう決めて、ビールを一口呑んで喉の乾きを癒やしてから深呼吸をした。
よし! 言うぞ。
言うと決めたのに、なかなか言葉が出てこない。
立樹はなにも言わないで俺の顔を見ている。聞き逃さないっていう顔だ。
あぁ、男らしくないな、俺。
言うって決めたんだろう。
でも、顔を見て伝える勇気はなくて下を向いて手をぎゅっと握りしめる。
最後は一気にまくし立ててしまったけど、伝えた。
立樹はなにも言わない。気持ち悪いともなにも。気持ち悪いと言うのさえ嫌だったとか?
そう思うとソロソロと上目遣いで立樹を見る。
嫌悪感じゃなければいいけど。
そうしてチラリと見た立樹は、目を少し見開いて固まっていた。
え? 固まってる? そんな反応は想像してなかった。
俺が名前を呼ぶと我に返ったようだった。
その後、お互いに無言が続く。
これ、帰った方がいいのかな? どうしよう。
やっぱり伝えなければ良かった。
そう思うと涙が滲んでくる。
ばか。こんなところで泣くな。
立樹がそう言いながら俺の腕を掴んできた。
今度は俺がびっくりして止まってしまう。
そう、か。言われてみたらそうかもしれない。
なんだか間があった気がするんだけど、嬉しいというのは方便?
大事な友だち……。
その言葉に涙が落ちてしまった。
普通の友だちでも嬉しいのに、それ以上って……。
そう言ってくれた立樹の顔がすごく甘くて優しくて、俺はすごく嬉しくなった。
そうして笑っていると、立樹の顔が近づいてくる。
キス、される。と目を瞑ると思った通り立樹の唇が俺のそれに軽く触れた。
アルコールが入るとされるキス。
なんで立樹はキスしてくるんだろう。
それはなんだか訊いたらいけない気がして訊いたことがない。
これが、大事な友だちっていうことなんだろうか。
わからないけれど、嫌じゃないからされるがままにしている。
でも、結婚したらしちゃダメだ。
だから今だけ。