EHEU ANELA

遠回りのしあわせ〜You're my only

番外編5

「美味しい! 宮崎牛のローストビーフを朝から食べられるなんて贅沢だよね。ホテルの朝のビュッフェってこんなに贅沢なのかなぁ? これもやっぱりクラブラウンジだからなんだろうな」
「どうなんだろうな。宮崎牛は別としても普通のビュッフェよりは贅沢なんじゃないか?」
「だよね。でなかったら分ける必要ないし。ん〜朝から美味しいものが食べられるってしあわせ〜」
「お昼はイタリアンでいい? ホテルでランチやってるの中華かイタリアンなんだよね。他はカフェになっちゃうんだ」
「イタリアンでいいよ。パスタ食べたい」
「了解。じゃあ乗馬終わったらお昼にしよう」
「うん!」

朝食を食べながらそんなことを話す。

今日は乗馬をしてからワイナリーへ行く予定だ。体験乗馬は15分。自分を手綱を握れるらしい。乗馬経験者なら1時間のコースがあるけれど、俺も立樹も初めてなので15分コースしかない。


「午後はワイナリー行ってから神社でしょ?」
「そう。神社はパワースポットらしいよ。良縁を願う人が多く来るって書いてあった」
「良縁は必要ないかな。もう立樹いるし。パートナーシップ宣誓もして5年になるし」
「でも、それとは別に木のコブに触れると強運を得られるらしいから、そっちはいいんじゃない?」
「そうだね。強運は欲しいかな」
「うん。だから行こう」

乗馬と付近のワイナリーのみの今日はゆったりと過ごせる。あ、でも夕方には月を見ないと。月の道っていうのを見てみたいから。それでも余裕のある日だった。


「ワイナリー行く前にお茶したい。2階のラウンジに行ってみたい。コーヒーにこだわってるみたいだから」
「いいよ。時間あるから。月の道はどこで見る? ここでもいいし部屋でもいいし」
「んー。部屋でゆっくりと見たい」
「了解。じゃあそうしよう」

1日の予定が決まっていく。明日は東京に戻らないといけないから今日は無理せず。だけど楽しむことは楽しむ。そうだな。明日には帰るんだよな。夜は温泉入りに行かなきゃ。


「立樹。夜は温泉ね」
「そうだな。昨日は貸し切りだったから今日は普通の大浴場で。露天風呂もあるよ」
「うわ〜。温泉楽しめるね」
「それで夕食は鍋料理、中華、お寿司、割烹のどれがいい?」
「そしたら割烹! 中華もお寿司もいつでも食べれるし、鍋にはまだ少し早いし。でも、割烹はこんなときじゃないと食べれないから」
「じゃあそうしよう」

中華も好きだけど、中華はいつでも食べられる。宮崎牛はしっかり味わったから、海のあるところだから新鮮な魚介を楽しみたい。でも、お寿司だったら東京でも美味しいところはある。もちろん割烹だってあるんだけど、普段は行かないから。

でも、そんなちょっと非日常を過ごせるところを見つけた立樹はすごい。

部屋もスイートだから広くて綺麗だし、温泉だって貸切露天風呂がある。観光だってしようと思えばある。そして夏なら海もプールもある。一年中楽しめるところだ。

とりあえず今日は乗馬とワイナリーを楽しもう。

朝食を終え、部屋で少し休んでから予約してある乗馬クラブへと行く。

当たり前だけど乗馬クラブには馬が何頭もいてちょっとびっくりする。だって馬なんて間近で見ることないから、これが初めてだ。馬って大きいし、目は可愛いんだなぁと馬鹿な感想を思ったりもする。

ヘルメット、ベスト、ブーツを借り、身につける。指導員が常に傍にいるけど落ちて怪我したりしないようにベストとヘルメットが必要なようだ。馬が歩いているときや暴走してしまったときに怪我をしない為だろう。

馬を馬場に連れだして乗るだけでもうドキドキだった。そして指導員さんに傍にいて貰い、馬場をくるりと回る。


「うわーっ」
「大丈夫ですよ。ゆっくり歩いてくれますから」

馬が歩き出したことにびっくりしてわめいてしまうと指導員さんに声をかけられる。

ポックリポックリと馬は4拍子でゆっくりと歩いてくれるけれど意外と体が上下に動くし、馬の上できちんとした姿勢を保つことが意外と大変だ。

馬を蹴って進ませて、手綱を引いて止める。馬を蹴るのはそれなりに力を入れないと馬は気づかないというが、強すぎたらどうしようと思ってなかなかできない。一体何回蹴っただろうか。

やっと力加減が分かった頃に体験は終わってしまった。15分はあっという間だよな。

馬から降りて歩くのがなんだかがに股になってしまいそうで変な感じがする。明日筋肉痛になったりしないだろうか。でも、楽しい15分間だった。


「楽しかったね」
「そうだな。もう少し乗ってたかったよな」
「でも、姿勢保つのが大変で筋肉痛になりそうだよ」
「明日どうなるかだな」
「帰るだけでよかったよ」

乗馬を終えた俺たちはホテルの地下1階にあるコンビニで飲み物だけを買い、部屋へと直行した。たった15分の体験乗馬だったけれど、何気に疲れたからだ。


「ワイナリーは午後ね。少し休みたい。せっかくのいい部屋だし、部屋でもゆっくりしないとね」
「確かにな」

部屋に入るとベッドにダイブする。座り心地のいいソファーがあるけれど、疲れた場合はベッドがいい。寝室のブラインドをあげればベッドからでも海が見える。

俺はベッドの真ん中に大の字で寝転がる。


「お疲れだな」
「何気に疲れた。立樹は大丈夫なの?」
「疲れたけど、寝転がるほどじゃないかな」
「なんか負けた気分……。でもワイナリーと神社は行くから!」
「あぁ、強運を得たいんだろ」
「そりゃそうだよ。立樹だってそうだろ」
「悠をゲットできただけで十分強運だと思ってるけどな」

そう言って立樹は柔らかく微笑み、俺の頭を撫でてくる。その顔は反則だよ、立樹くん! こんな立樹の表情は何度となく見ているけれど、それでも見るたびに恥ずかしくなってしまう。

立樹が俺をゲットできたことで強運だと言うのなら、俺はもっと強運だろう。誰にでもイケメンと言われて、結婚までしていたノンケなのに、なにがどうなったのかゲットできてしまったのだ。それを強運と言わずになんと言うのだ。

だけど、もっと強運を……と願うのは欲張りだろうか。でも、それなりに出世したいしな。だからもう少し運が欲しい。マンションも買ったしな。


「まぁお昼まで少し休もう。で、ランチに行って、そのまま出かけよう」
「うん。なんか横になったら眠くなってきた」
「眠いなら寝ていいよ。起こしてあげるから」
「うん……お願い」

そう言うと俺は眠りについた。

少し仮眠し、立樹に起こして貰う。時計を見ると短い時間だけど、体はすっきりしている。深い眠りだったのかもしれない。


「ランチに行こう」
「うん」

ランチのイタリアンのお店は上階にあるのでエレベーターで上へと上がる。コース料理も出すその店は重厚感があった。今日はコースじゃないけど、ちょっと食べてみたい気もする。考えてみたらイタリアンのコース料理を食べたことがない。


「いらっしゃいませ」

そう言ってスタッフに通された席は運良く窓際の席だった。海がよく見える席だ。このホテルは海が近いため、至る所から海が見える。


「俺、カルボナーラ」
「じゃあ俺はペペロンチーノにするかな」

甘いものが得意でない立樹はパスタだとよくペペロンチーノにしている。間違えてもカルボナーラのようなものは頼まない。


「そういえば最近パスタ食べてなかったな」

以前は職場近くのイタリアンのお店に結構行っていたけど、最近は炒飯の美味しいラーメン屋によく行っている。


「ランチによく行ってるんじゃなかったのか」
「美味しい炒飯の店を見つけたって言っただろ。それからあまり行ってない」
「そうか。平日のランチに食べてると思って家で作ってなかったんだけど、今度作るよ」
「うん! 立樹はソースも手作りしてくれるから美味しいんだよな」
「悠はそう言ってくれるから作りがいがある」
「もし今日の美味しかったら再現してね」
「できたらね」

そう言って立樹の作る料理のことや平日のランチの話しをしているとパスタが運ばれてくる。美味しそう。


「「いただきます」」

そう言ってカルボナーラを一口くちにするとクリームのクリーミーさに粗挽き胡椒がピリっとしていて美味しい。


「立樹。このカルボナーラ美味しい!」

俺はランチのカルボナーラを一口食べて、思わず声を出してしまった。


「こっちのペペロンチーノも美味いよ」
「一口ちょうだい」
「じゃあ俺もカルボナーラ一口貰う」
「うん」

クリーミーなカルボナーラを食べていたからお水を飲んで口の中をリセットさせる。そして一口くちにするとにんにくと唐辛子のピリっとした味が口いっぱいにする。うん、美味しい。


「カルボナーラも美味いな。これなら再現できるかな?」
「わー。作って作って」

今、立樹が作ってくれているカルボナーラも美味しいけれど、もっと美味しくなるのは大歓迎だ。そして俺が外で美味しいと言うと立樹はできる限り再現してくれる。もちろん調味料とか食材の違いで完璧ではないけれど、そうでないものはかなりの率で再現させる。

立樹いわく、俺がいるから腕があがると言う。今まではそんなことはなかったらしい。唯奈さんと結婚していたときは料理をしなかったので唯奈さんは立樹の料理を食べたことがないと言う。立樹の作る料理はほんとに美味しいから可哀想だと思う反面、俺だけだと嬉しくもある。

パスタをペロリと平らげ、コーヒーで一息つく。


「地図ってあるの? 道大丈夫?」
「悠が寝てる間にコンシェルジュに地図貰ってきた」

立樹のエスコート力ってほんとスマートだよなと惚れ惚れする。同じ男だけど俺にはできない。


「じゃ、行こう」
「ああ」

そう言って午後のワイナリーに行くべく席を立った。

ワイナリーまでは車で1時間ほどで、立樹の運転で行く。

ワイナリーでは工場見学もできるらしい。でも、一番のお目当てはワインを買うこと。できたら赤と白1本ずつ欲しい。


「ワイナリーなんて初めてだよ」
「俺は山梨で一度行ったな。工場見学なんてしてないけど。お目当てはワインを買うことだから」

そう言って立樹は笑う。確かにそうだ。収穫体験なんていうのもワイナリーによってはあるみたいだけど、そんなのは一年中やっているわけじゃなく、収穫は8月の終わり頃にするものだ。つまり9月に入ってしまっている今は収穫は終わってしまっている。なので工場を見ることくらいしかない。

ワインを買うのはどこででも買えるけど、ワイナリーで買う場合テイスティングできるところがあるということだ。テイスティングできると自分好みの1本を見つけることができる。

そんな話しをしていると、あっという間にワイナリーに着く。まずは工場見学から。

工場では一番最後の収穫である甲州が機械の上に乗っていた。コンベアの上はぶどうだらけ。こんなにすごい量なんて収穫するのは大変だろうなと思う。

そして圧搾。圧搾でできたものはぶどうジュースだ。ぶどうジュースを試飲できるところもあるらしいけれど、ここではできなかった。でも、工場の中はむせかえるほどのぶどうの香りが充満している。

このぶどうジュースになったものを樽に詰めるんだな、と見ている。


「テイスティングしに行こうか」
「うん」

工場を出て、ワインのテイスティングコーナーへ行く。


「立樹に任せたからな」
「レンタカーだとこういうとき不便だな」

テイスティングするのは当然だけどアルコールの含まれたワインだ。それを少量とはいえテイスティングすると車の運転ができない。

行きは立樹が運転してくれたから帰りは俺の運転になるので、テイスティングは立樹1人だ。2人で呑むものを選ぶわけだけど、俺は立樹の舌を信じている。

立樹は順々にワインを口に含んでいく。それなりの種類をテイスティングして赤1本、白1本を選んだ。


「多分、悠も好きな味だと思うよ」
「なら大丈夫だね。立樹は俺の好みの味を知っているから」
「外れたらごめんな」
「立樹の舌を信じているから大丈夫」
「なんか期待されると不安になってくるよ」
「大丈夫だよ。俺、立樹が選んだものも作る料理も全部美味しいって思ってるから」
「そっか。じゃあ良かった。よし、ワインも買ったし神社に寄ってから帰ろうか」
「うん。ナビよろしくね」
「了解」

車に乗り、神社に向かいながら、どんな神社なのかを立樹に訊く。


「日本最古の夫婦神を祀っているんだよ」
「夫婦神って言うと、伊邪那岐命と伊邪那美命?」
「そう。だから縁結び」
「なるほどね。で、強運を授かるっていうのは?」
「2本のご神木のうちの参道にある1本の楠の根元にあるコブに触れると強運を授かるって言われてる」
「根元のコブね。それをこれから触りに行くわけだ」
「そう。もう良縁は必要ないけど、強運ではありたいからな」
「うん。まずは出世」

立樹も俺も今のところ順調に進んではいるけれどこの先はわからない。だから強運を授かりたい。出世って強運じゃないのかもしれないけど、出世なんてどこでどう転がるかわからないから。それに強運なら宝くじとか当たるかもしれないし。


「宝くじって言うなら、今年の年末ジャンボ買うか」
「買うーー! で、当てるんだ。なにに使うか考えないと」

俺がそう言うと立樹は助手席で笑った。

 

着いた神社は森の端にある小さな神社だった。もっと大きい神社かと思ったらあまりの小ささに驚いた。でも、創建は古すぎていつになるのかわからないという。祭神は伊邪那岐命と伊邪那美命。現在の本殿は明治20年、拝殿は昭和10年に再建されたという。近くには黄泉国から戻った伊邪那岐が禊をしたという池がある。


「この神社一帯がパワースポットらしいよ」

 

そのせいか小さな神社なのに人(断然、女性)が多い。良縁、安産の神と言えば確かに女性観光客が多いのも頷ける。


「車じゃなかったら池の方に行ってもいいけど、ちょっと時間かかっちゃうんだよね。ホテルの近くに行っちゃうんだ」
「そうなんだ。まぁ池はいいよ。とりあえず神社に参拝できれば」

参道を歩き、ご神木を通り過ぎる。コブに触るのは帰りでいい。まずは拝殿へと進み参拝する。俺たちの前も後ろも女性観光客だ。そして、その観光客が通り過ぎるたびに立樹に見蕩れてる。そうだった。普段はゲイバーばかりに行ってるから忘れてたけど、当然だけど女性にモテるんだった。その光景に思わずため息をついてしまう。


「きっと今、ここを参拝している人の中には立樹との縁を願ってる人もいるんだろうな〜」

ちょっと不貞腐れてそんなことを言うと立樹は俺の耳元で言った。


「俺には悠だけだよ」

その言葉に溜飲を下げる。我ながら単純だ。でも、これだけはいいたい。


「イケメンすぎるんだよ!」

そう言うと立樹は笑い出した。なにが面白いんだ。フツメンなら良かったのにと一目惚れした自分が言うのもどうかと思うけど。


「そんなこと言ってないで、コブ触って帰るんでだろ」

なんかスルーされてるけど、まぁいいか。

コブを触って帰る人は当然多くて、列を成している。そして俺たちの番になってしっかりと触って来た。これで強運の持ち主になったらいいなと思いながら神社を後にした。

神社からホテルまでは車ですぐだった。コンビニに寄って飲み物を買ってから部屋へと戻る。時計を見ると16時半を回っていた。ワイナリーまで片道約1時間だから、思ったより時間がかかってしまったようだ。


「月の道部屋で見るんだっけ?」
「うん。部屋で見よう。少し部屋でゆっくりする時間欲しい。せっかくのスイートだし」
「了解。夕食は19時に予約してあるから、それまでゆっくりしよう」
「いつのまに予約したの?」
「悠が寝ている間に電話しておいた」

立樹のスマートさに俺は舌を巻く。どこまでも仕事のできる男だ。こんなにいい男が俺のモノってたまに信じられなくなるときがある。まさに今がそのときだ。

今日、強運を得られるようにコブ触って帰ってきたけど、もしかしたら立樹とパートナーシップ宣誓をしたことは強運の持ち主だったってならない? とんでもないイケメンで料理ができてデートのエスコートもスマートで。誰だって立樹のこと好きになる。


「立樹ってすごいね。すごいスマートで惚れ直す」
「惚れ直してくれるなら嬉しいよ。悠に喜んで欲しくてしてることだから。そんなことよりお茶飲んでゆっくりしよう。海、見えるぞ」

この旅行だけで何回惚れ直しているか立樹は知らない。一々言ってないけど。そんな惚れ直す男の隣に座り、海を眺めた。

リビングのソファに座り、海を眺める。俺は海が好きだ。見ているとリラックスできるし心が落ち着く。

何を話すでもなく黙って海を見ていると陽が暮れてきた。

 
「あ、月が昇ってきた」

月がゆっくりと海から昇ってきた。月光が海に映り、細長い光の道が海面に現れた。これが月の道か。神秘的で綺麗だなと思う。

満月のときだけというから、ひと月に数日しかないのに運良く満月の日にあたるなんてラッキーとしかいいようがない。


「綺麗だね」
「だな。確かに道になってる」
「こんなに綺麗な光景があるんだね」

そんなことを話しながら、それでも静かに月の道を見る。神秘的でロマンティックで、思わず見入ってしまう。こんなに綺麗な景色を知れたこの旅行はほんとに楽しいし幸せだ。


「っと。悠、もっと見てたいところだけど夕食行かないと時間だ」
「あ。予約してあるんだもんね。行かなきゃ」

もっと月の道を見ていたいけれど、お腹も空いてきたし、お店も予約してあるから行かなきゃいけない。なにしろ割烹料理だ。普段和食なんて普通に食べているけど、きちんとした懐石料理なんて食べる機会はない。だから懐石料理は楽しみにしていたんだ。

エレベーターで1階に降りる。1階の奥にそのお店はあった。店の佇まいからして高級そうだ。なんだか昨日から贅沢してばかりで大丈夫なんだろうか。まぁ、こんなことは特別だからな。


「予約してある瀬名です」

店のスタッフに告げ、席に案内される。そこは半個室だった。人目を気にせずに食べられる個室は好きだ。


「もう料理も頼んであるんだよね?」
「もちろん」
「どんなの?」
「昨夜、今朝と宮崎牛を堪能したから今夜は海の幸だよ」
「やった!」

今日の朝のブッフェに宮崎牛が使われていたから、もしかしたら明日の朝も食べられるかもしれない。となると海の幸を楽しむのは今晩しかない。よく考えてるよな、立樹。


「懐石って食べたことがないわけじゃないけど、なかなか食べる機会ないよね」
「そうだな。普通の和食ならあるけど、自分から食べに行った懐石は一度だけだな」
「だよね。俺もそんなもんだよ」

まぁ、海に近いところのいい旅館で部屋食にしたら懐石ということはあるけれど、わざわざ懐石料理の店に食べに行くことは少ない。

ワクワクしながら料理が出てくるのを待っていると、ほどなくして料理が運ばれてくる。

箱御膳会席というもので、季節の八寸、天麩羅、焚き合せ、酢の物がお膳に詰められ、吸い物、お造り、茶わん蒸し付き、炊き込みご飯がついている。八寸は銀杏だし、炊き込みご飯は焼松茸の混ぜ込み釜飯で秋を感じさせた。


「松茸だ! 天麩羅もお造りもあって、松茸もあって。豪華過ぎる」
「まぁ、少しずつだけどな」
「でも十分な量だよ。でもごめん。酢の物は食べれない」
「残せばいいよ」

ほんとは全部食べたいところだけど、酢の物だけはどうしても無理だ。無理すれば食べれなくはないけど、おいしく料理を楽しむことができなくなる。だから、ごめんなさいだけど、残すことにする。


「さ、食べよう」
「うん。いただきまーす」
「いただきます」

手を合わせてから食事を食べ始めた。


「料理で秋を感じさせるっていいなぁ。季節を感じさせるのとか和食はよくあるよね。洋食だとどこの国の料理でもあまり感じないというか。あるのかもしれないけど」
「確かにそうだな。家で食べる料理だって旬のものを食べたりするし。今だと秋刀魚とか食べるだろ」
「秋刀魚、この間食べたね。美味しかった」
「脂のってるからな」

そんなことを話しながら箸を進めていく。銀杏の使われた八寸を最初に食べ、長芋と人参の炊き合せ、天麩羅、お造りと順に食べて行く。

炊き合せは薄味で上品な味だし、天麩羅も油くさくない。そして進む茶わん蒸しにも銀杏が入っていて、銀杏の好きな俺には嬉しかった。

最後にお造りを食べて炊き込みご飯でしめる。


「松茸なんて高くて普段食べられないよね」
「外国産は香りが弱いから、どうしても国産がいいけど高いんだよな。韓国産とか安いけど香りがしない」
「松茸は香りが命だからね」
「香りのない松茸食べるなら他の食べた方が安いし美味しい」

韓国に行ったときにお土産として松茸が売っていたけど、ほんとに香りが弱かった。確かに価格は日本のと比べると断然安いけど、香りのない松茸は食べる意味がないので買わなかった。でも、この炊き込みご飯の松茸はきちんと香りがする。この香りがいいんだよなぁ。

目を瞑って松茸の香りを吸い込んでいると立樹の笑う声が聞こえた。


「ほんとに美味そうに食べるよな」
「だって美味しいもん」
「俺の作った料理にさえ美味そうにしてくれる」
「立樹のご飯美味しいよ」
「そう言って食べてくれるから作りがいがある」

そういえば実家にいるとき母親に同じことを言われたことがあるなと思い出す。立樹の料理も母親の料理もほんとに美味しいと思って食べてる。だから美味しいと言っているんだけど、ムスっとして食べられると美味しくないのかと思うって母親が言っていた。


「母親が同じこと言ってた。俺もほんとに美味しくないと美味しいって言わないよ」
「だろうな。もっとも悠の場合は顔に出るからわかるけど」
「顔に?」
「そう。表情に全部出る」

そんなに顔に出ているのか。美味しいものを食べてると幸せを感じるんだけど、きっとそういうのも出てしまっているのだろう。そう思うと恥ずかしい。でも、美味しいものは美味しいようにしか食べられないからなと思いながら松茸を見る。例えば今松茸を食べて思っていることも顔に出ているってことだろうか。うん、やっぱり少し恥ずかしい。


「悠は特に美味いものを食べると顔が蕩けちゃってるからな」
「恥ずかしい。松茸食べてたとき、そんな顔してた?」
「してた。でも、それでいいんだよ。食に興味ない、なにを食べても一緒っていうヤツじゃ一緒に食事しててもつまらないし、作る気にもならない」
「俺の場合、食に興味ありすぎる」

そう言うと立樹は腹を抱えて笑い出した。そんなにおかしなことを言っただろうか。ほんとのことを言っただけなんだけど。


「悠はそのままでいていいんだよ」

立樹が笑っている間に食べ終えた俺は、箸を置きお茶を飲む。うん、お茶も美味しい。でもなにかデザート食べたいな。

 
「食べ終わったし帰るか」

散々笑っていたのに気がつけば立樹も食べ終わっていたようだ。


「デザート買って行ってもいい?」
「食べれるならな」
「ハーゲンダッツの季節限定モノが食べたくて」
「じゃあコンビニ寄って帰るか」
「うん!」

そう言って地下1階まで降り、コンビニでアイスを買って部屋へと戻った。

 
「あーぁ。もう帰るのか。もっといたい。すごい贅沢できたし、すごい楽しめた」
「なら良かった。また来よう」
「うん! でも5周年でこれだと10周年はどうなるんだろう」
「悠が楽しんでくれるようになにか考えるよ」
「ねぇ、でもさ。俺、楽しむだけで立樹になにもしてない。俺だって男なのにさ。いや、考えない俺が悪いんだけど」
「そんなのはいいんだよ。俺はしたいからしてるだけだから、悠は楽しんでくれればそれで十分なんだよ」
「そうは言っても……」
「そんなのはどうでもいいの」

どうでもいいと言われた。まぁ楽しむのは楽しんでるよ。帰るのが嫌なくらいには。そうだ。立樹が記念日になにかしてくれるなら、俺はなにかプレゼントをあげよう。それならなにもしてないなんて考えなくてすむ。そうしよう。そう考えると少し気持ちが楽になった。東京に帰ったらなにか買いに行こう。

 
「じゃあこれからも記念日のことは立樹に任せるよ。いいの?」
「任せて。だけど、どうにも浮かばないときは悠に相談するかもしれないけど」
「そんなのは構わないよ。そのときは2人で決めよう」
「まずは来年だよな」
「まだ今年終わってないよ」
「でも、もう帰るだけだから」

立樹はもう来年の記念日のことを考えるらしい。俺は今年の分を来週買いに行こうとしてるというのに。なんでこんなに差があるかな。モテる男はやっぱり違うんだな。


「休みが取れるなら近場の海外ってあり? サイパン行きたい。ゆっくりできそうじゃない?」
「そうだな。やっぱりリゾートがいい?」
「今リゾート地にいるからかもしれないけど。観光するなら台湾とかかな?」
「台湾いいんじゃないか? 大学のとき一度行ったけど楽しかったよ」
「いいなぁ。俺、台湾行ったことないんだよ」

頭の中は海辺でゆっくりすごすサイパンと美味しい飲茶を食べる台湾でいっぱいになる。どっちも行ってみたい。基本的に旅好きだから、こうやって考えているだけで楽しい。

記念日が秋だからシルバーウィークで旅行できるのがありがたい。もし大型の休日になるようなら少し足をのばすこともできる。

そんなことを考えてパートナーシップ宣誓や結婚式を決めたわけじゃないけど、新婚旅行に行きやすいのがたまたま秋だっただけで。でも、記念日が秋で良かったとこういうときは思ってしまう。


「なんか色々考えるだけで楽しい。来年の参考にしてね。でも、立樹が決めたことならなんでもいいから」
「そんな可愛いこと言わないの」
「だって、ほんとに立樹が考えてくれたことならなんだって嬉しいもん」

ほんとに立樹が考えてくれたことならなんだっていいんだ。旅行じゃなくて食事だけだっていい。ただ記念日を祝えるだけでいいんだ。なにもしなくても立樹といられればそれで十分だ。立樹の隣にいられるだけで幸せなんだから。


「悠。もう眠いんだろ」
「うん、眠い……」
「じゃあ明日は朝早いからもう寝よう」
「うん」

そして俺は来年の記念日の前にプレゼントをどうしようかと考えながら目を閉じ、夢の世界へと旅立った。

 
 
END