朝食を食べながらそんなことを話す。
今日は乗馬をしてからワイナリーへ行く予定だ。体験乗馬は15分。自分を手綱を握れるらしい。乗馬経験者なら1時間のコースがあるけれど、俺も立樹も初めてなので15分コースしかない。
乗馬と付近のワイナリーのみの今日はゆったりと過ごせる。あ、でも夕方には月を見ないと。月の道っていうのを見てみたいから。それでも余裕のある日だった。
1日の予定が決まっていく。明日は東京に戻らないといけないから今日は無理せず。だけど楽しむことは楽しむ。そうだな。明日には帰るんだよな。夜は温泉入りに行かなきゃ。
中華も好きだけど、中華はいつでも食べられる。宮崎牛はしっかり味わったから、海のあるところだから新鮮な魚介を楽しみたい。でも、お寿司だったら東京でも美味しいところはある。もちろん割烹だってあるんだけど、普段は行かないから。
でも、そんなちょっと非日常を過ごせるところを見つけた立樹はすごい。
部屋もスイートだから広くて綺麗だし、温泉だって貸切露天風呂がある。観光だってしようと思えばある。そして夏なら海もプールもある。一年中楽しめるところだ。
とりあえず今日は乗馬とワイナリーを楽しもう。
朝食を終え、部屋で少し休んでから予約してある乗馬クラブへと行く。
当たり前だけど乗馬クラブには馬が何頭もいてちょっとびっくりする。だって馬なんて間近で見ることないから、これが初めてだ。馬って大きいし、目は可愛いんだなぁと馬鹿な感想を思ったりもする。
ヘルメット、ベスト、ブーツを借り、身につける。指導員が常に傍にいるけど落ちて怪我したりしないようにベストとヘルメットが必要なようだ。馬が歩いているときや暴走してしまったときに怪我をしない為だろう。
馬を馬場に連れだして乗るだけでもうドキドキだった。そして指導員さんに傍にいて貰い、馬場をくるりと回る。
馬が歩き出したことにびっくりしてわめいてしまうと指導員さんに声をかけられる。
ポックリポックリと馬は4拍子でゆっくりと歩いてくれるけれど意外と体が上下に動くし、馬の上できちんとした姿勢を保つことが意外と大変だ。
馬を蹴って進ませて、手綱を引いて止める。馬を蹴るのはそれなりに力を入れないと馬は気づかないというが、強すぎたらどうしようと思ってなかなかできない。一体何回蹴っただろうか。
やっと力加減が分かった頃に体験は終わってしまった。15分はあっという間だよな。
馬から降りて歩くのがなんだかがに股になってしまいそうで変な感じがする。明日筋肉痛になったりしないだろうか。でも、楽しい15分間だった。
乗馬を終えた俺たちはホテルの地下1階にあるコンビニで飲み物だけを買い、部屋へと直行した。たった15分の体験乗馬だったけれど、何気に疲れたからだ。
部屋に入るとベッドにダイブする。座り心地のいいソファーがあるけれど、疲れた場合はベッドがいい。寝室のブラインドをあげればベッドからでも海が見える。
俺はベッドの真ん中に大の字で寝転がる。
そう言って立樹は柔らかく微笑み、俺の頭を撫でてくる。その顔は反則だよ、立樹くん! こんな立樹の表情は何度となく見ているけれど、それでも見るたびに恥ずかしくなってしまう。
立樹が俺をゲットできたことで強運だと言うのなら、俺はもっと強運だろう。誰にでもイケメンと言われて、結婚までしていたノンケなのに、なにがどうなったのかゲットできてしまったのだ。それを強運と言わずになんと言うのだ。
だけど、もっと強運を……と願うのは欲張りだろうか。でも、それなりに出世したいしな。だからもう少し運が欲しい。マンションも買ったしな。
そう言うと俺は眠りについた。
少し仮眠し、立樹に起こして貰う。時計を見ると短い時間だけど、体はすっきりしている。深い眠りだったのかもしれない。
ランチのイタリアンのお店は上階にあるのでエレベーターで上へと上がる。コース料理も出すその店は重厚感があった。今日はコースじゃないけど、ちょっと食べてみたい気もする。考えてみたらイタリアンのコース料理を食べたことがない。
そう言ってスタッフに通された席は運良く窓際の席だった。海がよく見える席だ。このホテルは海が近いため、至る所から海が見える。
甘いものが得意でない立樹はパスタだとよくペペロンチーノにしている。間違えてもカルボナーラのようなものは頼まない。
以前は職場近くのイタリアンのお店に結構行っていたけど、最近は炒飯の美味しいラーメン屋によく行っている。
そう言ってカルボナーラを一口くちにするとクリームのクリーミーさに粗挽き胡椒がピリっとしていて美味しい。
俺はランチのカルボナーラを一口食べて、思わず声を出してしまった。
クリーミーなカルボナーラを食べていたからお水を飲んで口の中をリセットさせる。そして一口くちにするとにんにくと唐辛子のピリっとした味が口いっぱいにする。うん、美味しい。
今、立樹が作ってくれているカルボナーラも美味しいけれど、もっと美味しくなるのは大歓迎だ。そして俺が外で美味しいと言うと立樹はできる限り再現してくれる。もちろん調味料とか食材の違いで完璧ではないけれど、そうでないものはかなりの率で再現させる。
立樹いわく、俺がいるから腕があがると言う。今まではそんなことはなかったらしい。唯奈さんと結婚していたときは料理をしなかったので唯奈さんは立樹の料理を食べたことがないと言う。立樹の作る料理はほんとに美味しいから可哀想だと思う反面、俺だけだと嬉しくもある。
パスタをペロリと平らげ、コーヒーで一息つく。
立樹のエスコート力ってほんとスマートだよなと惚れ惚れする。同じ男だけど俺にはできない。
そう言って午後のワイナリーに行くべく席を立った。
ワイナリーまでは車で1時間ほどで、立樹の運転で行く。
ワイナリーでは工場見学もできるらしい。でも、一番のお目当てはワインを買うこと。できたら赤と白1本ずつ欲しい。
そう言って立樹は笑う。確かにそうだ。収穫体験なんていうのもワイナリーによってはあるみたいだけど、そんなのは一年中やっているわけじゃなく、収穫は8月の終わり頃にするものだ。つまり9月に入ってしまっている今は収穫は終わってしまっている。なので工場を見ることくらいしかない。
ワインを買うのはどこででも買えるけど、ワイナリーで買う場合テイスティングできるところがあるということだ。テイスティングできると自分好みの1本を見つけることができる。
そんな話しをしていると、あっという間にワイナリーに着く。まずは工場見学から。
工場では一番最後の収穫である甲州が機械の上に乗っていた。コンベアの上はぶどうだらけ。こんなにすごい量なんて収穫するのは大変だろうなと思う。
そして圧搾。圧搾でできたものはぶどうジュースだ。ぶどうジュースを試飲できるところもあるらしいけれど、ここではできなかった。でも、工場の中はむせかえるほどのぶどうの香りが充満している。
このぶどうジュースになったものを樽に詰めるんだな、と見ている。
工場を出て、ワインのテイスティングコーナーへ行く。
テイスティングするのは当然だけどアルコールの含まれたワインだ。それを少量とはいえテイスティングすると車の運転ができない。
行きは立樹が運転してくれたから帰りは俺の運転になるので、テイスティングは立樹1人だ。2人で呑むものを選ぶわけだけど、俺は立樹の舌を信じている。
立樹は順々にワインを口に含んでいく。それなりの種類をテイスティングして赤1本、白1本を選んだ。
車に乗り、神社に向かいながら、どんな神社なのかを立樹に訊く。
立樹も俺も今のところ順調に進んではいるけれどこの先はわからない。だから強運を授かりたい。出世って強運じゃないのかもしれないけど、出世なんてどこでどう転がるかわからないから。それに強運なら宝くじとか当たるかもしれないし。
俺がそう言うと立樹は助手席で笑った。
着いた神社は森の端にある小さな神社だった。もっと大きい神社かと思ったらあまりの小ささに驚いた。でも、創建は古すぎていつになるのかわからないという。祭神は伊邪那岐命と伊邪那美命。現在の本殿は明治20年、拝殿は昭和10年に再建されたという。近くには黄泉国から戻った伊邪那岐が禊をしたという池がある。
そのせいか小さな神社なのに人(断然、女性)が多い。良縁、安産の神と言えば確かに女性観光客が多いのも頷ける。
参道を歩き、ご神木を通り過ぎる。コブに触るのは帰りでいい。まずは拝殿へと進み参拝する。俺たちの前も後ろも女性観光客だ。そして、その観光客が通り過ぎるたびに立樹に見蕩れてる。そうだった。普段はゲイバーばかりに行ってるから忘れてたけど、当然だけど女性にモテるんだった。その光景に思わずため息をついてしまう。
ちょっと不貞腐れてそんなことを言うと立樹は俺の耳元で言った。
その言葉に溜飲を下げる。我ながら単純だ。でも、これだけはいいたい。
そう言うと立樹は笑い出した。なにが面白いんだ。フツメンなら良かったのにと一目惚れした自分が言うのもどうかと思うけど。
なんかスルーされてるけど、まぁいいか。
コブを触って帰る人は当然多くて、列を成している。そして俺たちの番になってしっかりと触って来た。これで強運の持ち主になったらいいなと思いながら神社を後にした。
神社からホテルまでは車ですぐだった。コンビニに寄って飲み物を買ってから部屋へと戻る。時計を見ると16時半を回っていた。ワイナリーまで片道約1時間だから、思ったより時間がかかってしまったようだ。
立樹のスマートさに俺は舌を巻く。どこまでも仕事のできる男だ。こんなにいい男が俺のモノってたまに信じられなくなるときがある。まさに今がそのときだ。
今日、強運を得られるようにコブ触って帰ってきたけど、もしかしたら立樹とパートナーシップ宣誓をしたことは強運の持ち主だったってならない? とんでもないイケメンで料理ができてデートのエスコートもスマートで。誰だって立樹のこと好きになる。
この旅行だけで何回惚れ直しているか立樹は知らない。一々言ってないけど。そんな惚れ直す男の隣に座り、海を眺めた。
リビングのソファに座り、海を眺める。俺は海が好きだ。見ているとリラックスできるし心が落ち着く。
何を話すでもなく黙って海を見ていると陽が暮れてきた。
月がゆっくりと海から昇ってきた。月光が海に映り、細長い光の道が海面に現れた。これが月の道か。神秘的で綺麗だなと思う。
満月のときだけというから、ひと月に数日しかないのに運良く満月の日にあたるなんてラッキーとしかいいようがない。
そんなことを話しながら、それでも静かに月の道を見る。神秘的でロマンティックで、思わず見入ってしまう。こんなに綺麗な景色を知れたこの旅行はほんとに楽しいし幸せだ。
もっと月の道を見ていたいけれど、お腹も空いてきたし、お店も予約してあるから行かなきゃいけない。なにしろ割烹料理だ。普段和食なんて普通に食べているけど、きちんとした懐石料理なんて食べる機会はない。だから懐石料理は楽しみにしていたんだ。
エレベーターで1階に降りる。1階の奥にそのお店はあった。店の佇まいからして高級そうだ。なんだか昨日から贅沢してばかりで大丈夫なんだろうか。まぁ、こんなことは特別だからな。
店のスタッフに告げ、席に案内される。そこは半個室だった。人目を気にせずに食べられる個室は好きだ。
今日の朝のブッフェに宮崎牛が使われていたから、もしかしたら明日の朝も食べられるかもしれない。となると海の幸を楽しむのは今晩しかない。よく考えてるよな、立樹。
まぁ、海に近いところのいい旅館で部屋食にしたら懐石ということはあるけれど、わざわざ懐石料理の店に食べに行くことは少ない。
ワクワクしながら料理が出てくるのを待っていると、ほどなくして料理が運ばれてくる。
箱御膳会席というもので、季節の八寸、天麩羅、焚き合せ、酢の物がお膳に詰められ、吸い物、お造り、茶わん蒸し付き、炊き込みご飯がついている。八寸は銀杏だし、炊き込みご飯は焼松茸の混ぜ込み釜飯で秋を感じさせた。
ほんとは全部食べたいところだけど、酢の物だけはどうしても無理だ。無理すれば食べれなくはないけど、おいしく料理を楽しむことができなくなる。だから、ごめんなさいだけど、残すことにする。
手を合わせてから食事を食べ始めた。
そんなことを話しながら箸を進めていく。銀杏の使われた八寸を最初に食べ、長芋と人参の炊き合せ、天麩羅、お造りと順に食べて行く。
炊き合せは薄味で上品な味だし、天麩羅も油くさくない。そして進む茶わん蒸しにも銀杏が入っていて、銀杏の好きな俺には嬉しかった。
最後にお造りを食べて炊き込みご飯でしめる。
韓国に行ったときにお土産として松茸が売っていたけど、ほんとに香りが弱かった。確かに価格は日本のと比べると断然安いけど、香りのない松茸は食べる意味がないので買わなかった。でも、この炊き込みご飯の松茸はきちんと香りがする。この香りがいいんだよなぁ。
目を瞑って松茸の香りを吸い込んでいると立樹の笑う声が聞こえた。
そういえば実家にいるとき母親に同じことを言われたことがあるなと思い出す。立樹の料理も母親の料理もほんとに美味しいと思って食べてる。だから美味しいと言っているんだけど、ムスっとして食べられると美味しくないのかと思うって母親が言っていた。
そんなに顔に出ているのか。美味しいものを食べてると幸せを感じるんだけど、きっとそういうのも出てしまっているのだろう。そう思うと恥ずかしい。でも、美味しいものは美味しいようにしか食べられないからなと思いながら松茸を見る。例えば今松茸を食べて思っていることも顔に出ているってことだろうか。うん、やっぱり少し恥ずかしい。
そう言うと立樹は腹を抱えて笑い出した。そんなにおかしなことを言っただろうか。ほんとのことを言っただけなんだけど。
立樹が笑っている間に食べ終えた俺は、箸を置きお茶を飲む。うん、お茶も美味しい。でもなにかデザート食べたいな。
散々笑っていたのに気がつけば立樹も食べ終わっていたようだ。
そう言って地下1階まで降り、コンビニでアイスを買って部屋へと戻った。
どうでもいいと言われた。まぁ楽しむのは楽しんでるよ。帰るのが嫌なくらいには。そうだ。立樹が記念日になにかしてくれるなら、俺はなにかプレゼントをあげよう。それならなにもしてないなんて考えなくてすむ。そうしよう。そう考えると少し気持ちが楽になった。東京に帰ったらなにか買いに行こう。
立樹はもう来年の記念日のことを考えるらしい。俺は今年の分を来週買いに行こうとしてるというのに。なんでこんなに差があるかな。モテる男はやっぱり違うんだな。
頭の中は海辺でゆっくりすごすサイパンと美味しい飲茶を食べる台湾でいっぱいになる。どっちも行ってみたい。基本的に旅好きだから、こうやって考えているだけで楽しい。
記念日が秋だからシルバーウィークで旅行できるのがありがたい。もし大型の休日になるようなら少し足をのばすこともできる。
そんなことを考えてパートナーシップ宣誓や結婚式を決めたわけじゃないけど、新婚旅行に行きやすいのがたまたま秋だっただけで。でも、記念日が秋で良かったとこういうときは思ってしまう。
ほんとに立樹が考えてくれたことならなんだっていいんだ。旅行じゃなくて食事だけだっていい。ただ記念日を祝えるだけでいいんだ。なにもしなくても立樹といられればそれで十分だ。立樹の隣にいられるだけで幸せなんだから。
そして俺は来年の記念日の前にプレゼントをどうしようかと考えながら目を閉じ、夢の世界へと旅立った。