EHEU ANELA

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

試験と恋と2

「試験前で忙しいのに食事に付き合わせてごめんね」

お好み焼きを食べながら優馬さんが謝ってくる。今食べているのは豚玉だ。こんな庶民的なお好み焼きさえイケメンが食べると高級食に見えてくるから不思議だ。俺が食べてもそんなことはない。


「いいえ。食事はとらなきゃいけないものですから1人で食べるか2人で食べるかだけの違いですよ」
「まぁ、ゆっくりとした食事は試験が全部終わってからね。合格祝いにでも行こう」
「まだ合格すると決まったわけじゃないのに」

俺がそう言って笑うと優馬さんは優しく微笑みながら言った。


「これだけ頑張ってるんだから大丈夫だよ。平日、お店終わった後も淹れてるんでしょ」
「はい。じゃないと体が時間を覚えてくれないから」

そう。今までの癖では美味しいコーヒーを淹れる時間から外れてしまっているから、それを直すのはとにかく数を淹れるしかないと思っている。実技の試験まであと2週間。試験前の1週間は毎日正門さんのお店へ行くことになっている。


「正門さんにも鍛えて貰っているんでしょ?」
「試験1週間前は毎日正門さんのお店に通います」
「そこまでしてくれるって正門さんも本気なんだね」
「だと思います。だから落ちるわけにはいかないので、正門さんのところに行かない日は1人で淹れようと思って」
「正門さんのところに毎日行くようになるのは来週か。そしたら今週は俺が味見役してもいい? もっとも正門さんほど繊細な舌持ってないけど」

豚玉を食べながら優馬さんが微笑む。食べているのが高級ステーキに見えるのはイケメンだからだろう。

俺の店の閉店は9時だ。そんな時間から淹れるから終わるのはほんとに遅くなる。そんなのに付き合わせていいんだろうか。そう思って黙るけれど、優馬さんの微笑みは変わらない。


「終わるの遅くなっちゃいますよ」
「うん。でもさ、湊斗くんが頑張ってるんだもの。好きな子が一生懸命やっているのに知らん顔は僕はできないな」

優馬さんはほんとに優しい人なんだな、と思う。恋人を大切にする人なんだと思うと好感度はあがる。こういう人が恋人なら幸せだろうな。


「さっそく明日、閉店時に行くよ。コーヒー飲ませてね」

味見なのに、飲ませてっていうところがずるいなぁ、と思いお好み焼きを食べる手が止まってしまった。イケメンは、行動1つもイケメンなんだな、と変なところを関心する。


「でも、そうしたら夕食惨めですよ」

そう。その間は、というか正門さんのところに行くときもそうなると思うけど、夕食はコンビニのおにぎりになると思う。お弁当を食べる時間ももったいないから。だから、こうやって食事に来るのも今日が最後で、後は実技の試験が終わってからになる。


「惨めって?」
「コンビニおにぎりです。お弁当をゆっくり食べるのももったいないから。あ、でも優馬さんはお弁当でもいいですよ。淹れるわけじゃないから。でも、1週間コンビニ弁当っていうのも申し訳ないので」
「なんだ、そんなことか」

豚玉を食べ終わった優馬さんは明太もんじゃを焼き始めた。なに俺、優馬さんに焼かせてるんだ。と慌てて豚玉を頬張る。


「僕だってアイデアが煮詰まったりしたら寝食おろそかになるから気にしなくていいよ」
「でも……」
「邪魔はしないから」
「……」

そんなのいいんだろうか。そう考えてしまって答えにつまってしまう。でも、優馬さんは俺の返事を気にすることもなく話しを進める。


「もし、僕が邪魔をしたら言って。そうしたら帰るから。とりあえず、明日から行くね」

そう言ってにっこり笑う優馬さんに俺は頷くしかできなかった。

お好み焼きを食べに行ってから、毎日閉店時間になると優馬さんが来るようになり、コーヒーの味見をして貰った。最初の頃は時間がめちゃくちゃで味にばらつきがあったけれど、最後にはほぼ時間に正確になってきた。そして優馬さんには美味しくなったと評価を貰い、翌週は毎日正門さんのところに通うようになった。


「蒸らし時間20秒。トータル2分45秒。だいぶ体が時間を覚えてきたみたいだな。味も整ってきた。これでもう一度淹れてみろ」

そう言われたときはとにかく嬉しかった。これでまた同じに淹れられたらいいのだけど。いや、同じように淹れるんだ。そう思って集中する。

ネルフィルターをセットし、粉を平らに入れて内側から円を描くようにお湯を注いで蒸らす。蒸らし終わったらまた円を描くようにお湯をたっぷりと注ぐ。膨らんだ泡がくぼんできたら3回目のお湯をサーバーのメモリに注意しながら注ぐ。今回は1杯分だ。

1杯のメモリに到達したところで落とすのをやめる。そしてコーヒーの濃度が上下で違うのでサーバーを軽く回してからカップに注ぎ、正門さんの前に置く。


「蒸らし時間20秒。トータル2分46秒。ほぼ同じだな」

時計を見ながら正門さんが言う。そしてゆっくりと口に含んだ。

どうだろう。ドキドキする。同じ味が出せているといいのだけど。いや、時間的には1秒しか変わらない。きっと大丈夫。そう思いながらも、正門さんが口を開くまで不安だった。


「うん。大丈夫だ。雑味もないし、いい味になったな。これなら大丈夫だろう」

表情は変わらないけど、いい味になった、という言葉が正門さんから言われたのは初めてだった。正門さんがそう言うということは美味しいと同義だ。そう思うと嬉しくて泣きそうになった。


「自分でも飲んで、この味を覚えておけ」
「はい!」

自分で飲んでみて、味をしっかり覚える。これが俺のコーヒーの味。


「よく頑張ったな。これならコーヒーインストラクター1級も受かるだろう」
「ありがとうございます! 正門さんのおかげです」
「お前の頑張りだよ。俺がどれだけ言おうが、自分で努力しなかったらできない。ただ、お前なら鑑定士にもなれそうだな」

コーヒー鑑定士。コーヒーインストラクター1級の上。日本に50人前後しかいない。そんな中に入れるのだろうか。いや、これからまた頑張ればいけるのかもしれない。だって正門さんがそう言うんだから。俺が目指すのは正門さんクラスの味だ。だから鑑定士には受かりたい。でも、その前に来週の実技だ。


「座学の方は大丈夫か? 実技が受かっても座学で落ちたらしゃれにならないからな」
「座学は2つ合格しているので、後1つ合格すれば大丈夫です。これは家で頭に入れています」
「そうか。それなら大丈夫だろう。お前からのいい結果を待っているよ」

そう。後1科目の座学が残っているから、実技の特訓の成果が無駄にならないように、落とすわけにはいかない。テキストは当日配布となるものと現在取得しているマイスターのテキストからも出るので、マイスターのテキストはイヤになるぐらい読み込んでいる。

とりあえず、実技の試験は来週だ。今日の味を忘れないでおこう。

優馬さんに協力して貰い、正門さんにしごかれたおかげで実技は問題なく合格し、最後の座学も無事合格してアドバンスドマイスターになれた。合格したことを正門さんに伝えると来年のコーヒーインストラクター1級を目指せと言われた。お前ならできると。インストラクター1級は取りたいと思っているからまた頑張る。でも、今日は合格のお祝いでステーキハウスに来た。目の前で焼かれる肉がとにかく美味しそうだ。


「合格おめでとう」

いつもなら車なのでノンアルコールの優馬さんだけど、今日はおめでたいから飲みたいと言って電車で来た。


「ありがとうございます。優馬さんにも協力して貰って」
「僕はただ飲んだだけだよ。でも、確かに美味しくなった」
「それなら良かったです。また来年3月に他の資格のレベルアップの試験を受けるので頑張ります」
「じゃあ、また忙しくなる前にデート行きたいな」

そうだ。試験が終わったらお試しで付き合うって言ったんだ。付き合うって言うのならデートをするのは当たり前だ。でも、デートってどこへ行くんだろう。


「でも市内の一番のデートスポットってここだよね」

そう。市内でデートスポットと言われているところは俺のお店があり、家のあるところだ。だから、改まってここでデートするのは少し寂しい。


「まずは定番だけど映画、水族館、動物園っていうところから行こうか?」

動物園、という単語を聞いて俺はピクリと反応した。動物園、好きなんだ。ここから近いところにある動物園は狭いけれど、小さい頃からよく行っていてお気に入りのスポットだ。市内に新しくできた広い動物園もある。珍しい動物もいて、行くのならそっちの方がいいのかもしれないけれど、ここは好きな方に行きたい。そう言うのはわがままだろうか。


「優馬さん、わがまま言ってもいいですか?」
「いいよ」
「動物園がいいです。古い方の」
「いいけど、新しい方が色んな動物がいるよ」
「そうなんですけど、古い方が愛着があるというか。小さい頃から行っているから」
「なるほどね。じゃあそっちに行こうか。そこなら、美味しい焼き肉店があるんだけど、そこで夕食ってどう?」
「焼き肉好きです!」
「じゃあ、今度の火曜日行こうか。予定は空いてる?」
「はい。空いてます」

こんな感じに優馬さんとの最初のデートが決まった。デートなんて大学生の頃、大輝としたのが最後だ。

そこで大輝のことを思い出してしまい、悲しくなった。迎えに来るって言っていたのに、ドイツで女の人と腕を組んで歩いていた大輝。やっぱり長すぎたんだろうか。だから他の人の方へ行ってしまったんだろうか。


「湊斗くん?」

優馬さんの声で我に返る。今は優馬さんといるのになにを考えてるんだ、俺は。もう大輝のことなんて忘れるんだ。大輝だって俺のことを忘れたように、俺だって大輝のことを忘れて優馬さんと付き合うんだ。


「あ、ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃって。あ、お肉焼けましたよ。食べましょう」
「うん、そうだね」

焦って話題を変えたけれど、優馬さんはちらりと俺を見る。結構優馬さんは聡い。だから気をつけないと。


「うわ、お肉が口の中で溶けていく!」
「うん、美味しいね」

お肉がいい味をしていて、柔らかくて口の中で溶けていくのを味わうととても幸せな気持ちになる。きっと今の俺の顔を見たらだらしない顔しているだろうな、と思う。それくらい美味しいお肉だった。大輝とデートした頃はまだ学生だからそんな贅沢なデート出来なかったけど、今はもう社会人で働いているからそんな贅沢なデートもできる。そんなデートを優馬さんとするんだ、と思うと少し楽しい気持ちになった。