お好み焼きを食べながら優馬さんが謝ってくる。今食べているのは豚玉だ。こんな庶民的なお好み焼きさえイケメンが食べると高級食に見えてくるから不思議だ。俺が食べてもそんなことはない。
俺がそう言って笑うと優馬さんは優しく微笑みながら言った。
そう。今までの癖では美味しいコーヒーを淹れる時間から外れてしまっているから、それを直すのはとにかく数を淹れるしかないと思っている。実技の試験まであと2週間。試験前の1週間は毎日正門さんのお店へ行くことになっている。
豚玉を食べながら優馬さんが微笑む。食べているのが高級ステーキに見えるのはイケメンだからだろう。
俺の店の閉店は9時だ。そんな時間から淹れるから終わるのはほんとに遅くなる。そんなのに付き合わせていいんだろうか。そう思って黙るけれど、優馬さんの微笑みは変わらない。
優馬さんはほんとに優しい人なんだな、と思う。恋人を大切にする人なんだと思うと好感度はあがる。こういう人が恋人なら幸せだろうな。
味見なのに、飲ませてっていうところがずるいなぁ、と思いお好み焼きを食べる手が止まってしまった。イケメンは、行動1つもイケメンなんだな、と変なところを関心する。
そう。その間は、というか正門さんのところに行くときもそうなると思うけど、夕食はコンビニのおにぎりになると思う。お弁当を食べる時間ももったいないから。だから、こうやって食事に来るのも今日が最後で、後は実技の試験が終わってからになる。
豚玉を食べ終わった優馬さんは明太もんじゃを焼き始めた。なに俺、優馬さんに焼かせてるんだ。と慌てて豚玉を頬張る。
そんなのいいんだろうか。そう考えてしまって答えにつまってしまう。でも、優馬さんは俺の返事を気にすることもなく話しを進める。
そう言ってにっこり笑う優馬さんに俺は頷くしかできなかった。
お好み焼きを食べに行ってから、毎日閉店時間になると優馬さんが来るようになり、コーヒーの味見をして貰った。最初の頃は時間がめちゃくちゃで味にばらつきがあったけれど、最後にはほぼ時間に正確になってきた。そして優馬さんには美味しくなったと評価を貰い、翌週は毎日正門さんのところに通うようになった。
そう言われたときはとにかく嬉しかった。これでまた同じに淹れられたらいいのだけど。いや、同じように淹れるんだ。そう思って集中する。
ネルフィルターをセットし、粉を平らに入れて内側から円を描くようにお湯を注いで蒸らす。蒸らし終わったらまた円を描くようにお湯をたっぷりと注ぐ。膨らんだ泡がくぼんできたら3回目のお湯をサーバーのメモリに注意しながら注ぐ。今回は1杯分だ。
1杯のメモリに到達したところで落とすのをやめる。そしてコーヒーの濃度が上下で違うのでサーバーを軽く回してからカップに注ぎ、正門さんの前に置く。
時計を見ながら正門さんが言う。そしてゆっくりと口に含んだ。
どうだろう。ドキドキする。同じ味が出せているといいのだけど。いや、時間的には1秒しか変わらない。きっと大丈夫。そう思いながらも、正門さんが口を開くまで不安だった。
表情は変わらないけど、いい味になった、という言葉が正門さんから言われたのは初めてだった。正門さんがそう言うということは美味しいと同義だ。そう思うと嬉しくて泣きそうになった。
自分で飲んでみて、味をしっかり覚える。これが俺のコーヒーの味。
コーヒー鑑定士。コーヒーインストラクター1級の上。日本に50人前後しかいない。そんな中に入れるのだろうか。いや、これからまた頑張ればいけるのかもしれない。だって正門さんがそう言うんだから。俺が目指すのは正門さんクラスの味だ。だから鑑定士には受かりたい。でも、その前に来週の実技だ。
そう。後1科目の座学が残っているから、実技の特訓の成果が無駄にならないように、落とすわけにはいかない。テキストは当日配布となるものと現在取得しているマイスターのテキストからも出るので、マイスターのテキストはイヤになるぐらい読み込んでいる。
とりあえず、実技の試験は来週だ。今日の味を忘れないでおこう。
優馬さんに協力して貰い、正門さんにしごかれたおかげで実技は問題なく合格し、最後の座学も無事合格してアドバンスドマイスターになれた。合格したことを正門さんに伝えると来年のコーヒーインストラクター1級を目指せと言われた。お前ならできると。インストラクター1級は取りたいと思っているからまた頑張る。でも、今日は合格のお祝いでステーキハウスに来た。目の前で焼かれる肉がとにかく美味しそうだ。
いつもなら車なのでノンアルコールの優馬さんだけど、今日はおめでたいから飲みたいと言って電車で来た。
そうだ。試験が終わったらお試しで付き合うって言ったんだ。付き合うって言うのならデートをするのは当たり前だ。でも、デートってどこへ行くんだろう。
そう。市内でデートスポットと言われているところは俺のお店があり、家のあるところだ。だから、改まってここでデートするのは少し寂しい。
動物園、という単語を聞いて俺はピクリと反応した。動物園、好きなんだ。ここから近いところにある動物園は狭いけれど、小さい頃からよく行っていてお気に入りのスポットだ。市内に新しくできた広い動物園もある。珍しい動物もいて、行くのならそっちの方がいいのかもしれないけれど、ここは好きな方に行きたい。そう言うのはわがままだろうか。
こんな感じに優馬さんとの最初のデートが決まった。デートなんて大学生の頃、大輝としたのが最後だ。
そこで大輝のことを思い出してしまい、悲しくなった。迎えに来るって言っていたのに、ドイツで女の人と腕を組んで歩いていた大輝。やっぱり長すぎたんだろうか。だから他の人の方へ行ってしまったんだろうか。
優馬さんの声で我に返る。今は優馬さんといるのになにを考えてるんだ、俺は。もう大輝のことなんて忘れるんだ。大輝だって俺のことを忘れたように、俺だって大輝のことを忘れて優馬さんと付き合うんだ。
焦って話題を変えたけれど、優馬さんはちらりと俺を見る。結構優馬さんは聡い。だから気をつけないと。
お肉がいい味をしていて、柔らかくて口の中で溶けていくのを味わうととても幸せな気持ちになる。きっと今の俺の顔を見たらだらしない顔しているだろうな、と思う。それくらい美味しいお肉だった。大輝とデートした頃はまだ学生だからそんな贅沢なデート出来なかったけど、今はもう社会人で働いているからそんな贅沢なデートもできる。そんなデートを優馬さんとするんだ、と思うと少し楽しい気持ちになった。