EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

番外編 2

翌日はのんびりする日と決めた。陸さんはサーフィンに行きたいんじゃないかと思ったけれど、本屋さんに行くことになった。先日僕が本を買いに行ったけれど、2人で10冊と少なかったので今日は2人でそれぞれの分を買うことにした。

どれだけ本を買うんだという話しだけど、その分日本で買うのは日本人の作家さんのものだけで、翻訳ものに関しては全て原書で読むのでそれほど買うことがない。逆に日本で洋書を買うことが少なくなるので安くなる。もっとも新作が出たら洋書を買うのだけど。

ここの本屋さんは前回の新婚旅行のときといい、何回来ているんだろう。来る度に本を抱えるほど買っている。まぁ僕の場合、本以外に買うものというのはほとんどないけれど。実際に新婚旅行のときは本の他はパンケーキミックスとサプリメントくらいしか買っていない。僕の物欲は本に向けられるだけだ。


「しかし、お前はよく本を読むな」
「唯一の趣味なんで」
「でもその趣味ゆえにオアフ島を選ぶんだからびっくりしたよ」
「ごめんなさい、わがまま言って」
「いや、そんなのはどうだっていいんだけど、面白いなと思って」

陸さんはそう言って笑う。そりゃそうだろう、日本でもハワイでも僕が行くお店というのは本屋さんとスーパーだ。当然、スーパーは食材を買うためであって私物は本屋さんしかない。


「音楽は聴かないのか?」
「以前は音楽にハマっていた時期もあるんですけど、今は全然。陸さんは聴きますか?」
「俺は少しは聴くな」

陸さんが音楽を聴くのは知らなかった。


「ただ、問題は最近は聴く時間がなかなかないんだよな。結婚してから夜聴いていたこともあるんだが、すぐに寝てしまって。だから自然と聴かなくなった」

そうだろうな。夜は遅くまで仕事しているのだから子守歌にしかならないだろう。でも、本を読むならそのときにバックミュージックにするとかどうなんだろう。そう言うと陸さんは、どちらかしかできないと笑った。

そうか。音楽を聴きながら本を読むというのは意外と難しいのか。音楽を聴きながら本を読むというのをしたことがないからわからなかった。


「今、何冊抱えてる?」

陸さんが僕の手元を見て訊く。


「んと。6冊ですね。最近ハマった作家がいるのでその作家の過去作を買いたいんですけど……」
「俺はこんなものだからお前の分持ってやるから欲しいだけ買え」

そんな嬉しいことを言ってくれた。今、陸さんが持っているのは4冊だからまだ持てる。それでも僕の分を持ってくれるとか優しすぎる。

そうなんだ。最近ハマってしまった作家がいて、アメリカの作家だから買える分は買って行きたいのだ。

僕たちは色んな話しをしながら本を選んで買った。

結果、僕の分は13冊。陸さんの分は4冊だ。また本を買いすぎてしまった。それでも僕の唯一の趣味だから許して欲しい、と誰に言うわけでもなく思った。


お昼はランチプレートを買って帰り、ラナイで食べる。陸さんにハワイに来てまで家事を頑張るな、と言われていて今日は全ての家事をお休みと決められた。昨日はきちんと掃除をしたからいいかな? と思うけれどちょっと落ち着かない。陸さんがいなかったら、こっそり掃除してしまっていただろう。もう掃除するのが習慣になってしまっている。なので、今日の陸さんは僕の見張りだ。

午後はコーヒーを淹れ、2人してラナイで本を読む。そして夕方、夕食を食べに界隈にあるホテルに行った。

行ったレストランはイタリア料理で、陸さんは敢えてコース料理にしなかった。理由はパスタもピザも美味しいから両方選ぶためだと言う。確かにイタリア料理でもメインはお肉か魚だ。でもお肉も魚もいらないときはコースにしない方がいい。


「パスタもピザも美味いから、好きなのを選ぼう」

そう言って僕たちが選んだのは、サラダにはサーモンとルッコラのサラダ、パスタはうにのパスタ、ピザはシンプルにマルゲリータ、デザートに陸さんはマンゴーのジェラート、僕は定番のティラミスにした。


お店は1階で陸さんはテラス席を予約してくれていた。夜は海は真っ暗になってしまうけど、松明が等間隔に焚かれているのでちょっとした演出になっている。

 
「美味しい!」

僕はうにのパスタを口に入れた瞬間にそう言った。正直、日本じゃないから生臭さはないかなと心配だったけれど、それは杞憂だったようだ。

僕はうにが好きだけど、お寿司以外でうにを食べたのは初めてだった。


「お前はうにが好きだもんな」

陸さんはそう言って微笑む。陸さんの実家に行ってお寿司をとるときはお義母様が僕のためにうにを別にとってくれるから、陸さんも僕がうにを好きなのは当然知っているのだ。

僕は子供の頃からうにが好きで、お母さんには、うには高いのにとよく言われていた。お義母様はそんなこと言わないけれど、それは宮村家と天谷家の懐事情の差だと思う。でも、行く度にお母様が追加でうにを入れてくれているのは申し訳ないとも思う。


「うに、美味しいじゃないですか」
「確かに美味いけど、千景ほどは食べないよ」
「お義母様がいつも追加でうにをとってくれるから。お義母様、優しいから」
「優しいか? 確かに千景のことは可愛がっているけど、優しいとは思わないな」

陸さんが眉間にわずかな皺を寄せてそう言う。お義母様と陸さんって相性が悪いというか、単に陸さんがお義母様の前ではぶっきらぼうだからお義母様が怒るんだと思う。でも、それ以外のときのお義母様は優しい。この親子関係はなかなか難しい。


「まぁ母さんのことは置いておいてしっかり食べておけ」
「はい。でも、陸さんもしっかり食べてくださいね」

さっきから陸さんがあまり食べていないのを知っている。きっと僕に食べさせるためだろう。さりげなく、陸さんは優しいから。だからしっかり言っておかないとパスタのほとんどを僕が食べるなんてことになりかねない。


「ああ。食べるよ」

そう笑って陸さんもパスタに手をつけているのでホッとする。

うにのパスタに少し遅れて出てきたのがマルゲリータだ。シンプルで定番メニューだけど、だからこそ味がわかってしまうと思う。ここのマルゲリータは少しチーズが多めなようで、チーズ好きな僕としては嬉しい。味はというと、もちろん美味しい。


「ここのレストラン、美味しいですね」
「だろう? 珍しいキッズメニューもあるんだ」
「キッズメニュー? それは珍しいですね。聞いたことないです」
「俺もここ以外で見たことないよ。でも、おかげで子供の頃からここで食べていた」

あのコンドミニアムは随分前に購入したらしく、陸さんは長期休みのときにハワイに来ていたというから、この辺のことは陸さんは詳しい。

パスタとピザでお腹を満たした後はデザートだ。定番のティラミスはアメリカらしくなく甘すぎず美味しかった。マンゴーは少し甘みの強いフルーツだけど、フルーツの甘みは大丈夫らしい。


「もうお腹いっぱいです。美味しかったぁ」
「満足したか?」
「大満足です」

このメニューで味で量で満足じゃなかったら怖い。白人向けだから量は日本で食べるより多いのだから。


「なら良かった。また来よう」
「はい!」

そうしてハワイの夜は更けていった。


早いものでハワイ最終日だ。明日のお昼には日本に帰る。陸さんと新婚旅行のやり直しということで来て、新婚旅行のときには考えられなかったほど楽しく過ごした。

一番は陸さんがサーフィンをするところを見れたことだろうか。ほんとに陸さんのオフの姿を見れたことが嬉しかった。日本にいる陸さんしか知らなかったら見ることのできない姿だから。

ハワイ最終日の今日はゆっくり起きて、午後からお土産を買いに行く。それぞれの友だちはもちろん、それぞれの親の分を忘れてはいけない。新婚旅行のときは僕1人で買いに来たけれど、今回はもちろん陸さんも一緒だ。


「千景のご両親には買って行くけど、うちにはいらないよ」

なにを買って行こうかと悩んでいると陸さんがそんなことを言い出した。なにがいいのか迷うから、そう思うのはわかる。でもうちの分だけ買って陸さんのところだけ買わないと言うわけにはいかない。


「だめですよ、そんなの。心配かけちゃったからなにか買って帰りましょう」
「なにを買って帰ればいいんだよ」
「わかりません。でも、買わないというのはなしです」

そうは言ったものの、ほんとになにを選んでいいのやら。そんなふうに悩みながら色々なお店を覗いていたら、素敵なタイピンを見つけた。

ブランド物のタイピンなので安くはないけど、お義父様に似合いそうだなと思った。


「陸さん。これ、お義父様にどうですか? お義父様が普段着ているスーツとあわせても見劣りしないと思うんですけど」

普段、仕立てのいいスーツを着ているお義父様だから安っぽいものだといけない。でも、シンプルながら石が使われているこれは見劣りしないと思う。


「いいんじゃないか?」
「問題はうちのお父さんです。こんな高いタイピン、絶対に浮いちゃう」
「そうしたらこれだとどうだ?」

陸さんが指指したのは、シンプルにうねりがあり、石などは使われていないからどんなスーツにも似合う。会社にもしていけそうだ。お義父様のより少し値段が安いのは仕方ない。


「父さんのと価格差がないか?」
「仕方ないですよ。普段着ているスーツが違うんですから。差額はコナ・コーヒーで埋め合わせします」
「そうか。それなら買って行くか」
「はい」

ということでお義父様とお父さんへのお土産は決まった。ただ、それなりの値段はするものなのでお義母様やお母さんへのお土産もそれに見合う価格にしなくてはいけない。そうなるとやっぱりアクセサリーかな? 前回、ハワイアンジュエリーを見たときにペンダントトップの小さなプルメリアのネックレスがあった。あの辺なら使えるんじゃないかな?


「陸さん。お義母様とお母さんなんですけど、プリメリアのネックレスはどうでしょう?」
「プルメリアって花だよな。若作りにならないか?」
「以前見たときにペンダントトップの小さいのがあったから大丈夫だと思うんですけど。多少若いのは仕方がないかと……」
「とりあえず見てみるか」
「はい」

お父さんたちへのタイピンを買い、近くのハワイアンジュエリー店に入る。迷うことなくネックレスのコーナーへと行く。そこには僕が思っていたような小さなプルメリアのネックレスがある。


「この辺がいいかなって思ったんです。こっちだと14金が主流だけど探せば18金や24金もないわけではないので、お義母様がつけるのに安っぽくはならないと思うんです」
「そうだな。これくらい小さければそこまで年齢気にしなくても大丈夫か」
「だと思うんですけど。現に、こちらの女性はつけているわけですし」
「それならここから選ぶか。女性向けのはよくわからないからな」

そう言ってプルメリアのネックレスで18金、または24金のものがあるか訊いた。なかったら14金かな? そう思っていると24金ならあると言う。なのでそれを見せて貰う。一口にプルメリアと言っても微妙にデザインが違ったりするから。

なんだけど、なんだかぴんとくるものがない。うーん、と2人で唸っているとプルメリアじゃないけれど24金の他のデザインを見るかと訊かれたので、とりあえず見てみようと頷く。

そして出てきた中にシンプルなリングがあった。今までも見て来たデザインだけど、これはトップが小さいので年齢を気にしなくて良さそうだ。


「陸さん、これがいいです。お義母様に似合うそう」
「そうか? じゃあ、これにするか」

24金でそのデザインのはちょうど2種類しかないのでその2つを購入した。これでお父さん、お母さんのお土産が決まった。

友人へのお土産、両親へのお土産と買ったので、最後はコナ・コーヒーを買いに行った。お父さんの分と自分たちが家で飲む分だ。

コナ・コーヒーは日本でも買えるけれど高いので、ハワイで買って行くのがいい。


「お土産を買うのも疲れるな。父さんと母さんなんていつでも来れるんだから買う必要ないのに」
「でも、うちのお父さんとお母さんに買って、お義父様とお義母様には買わないっていうわけにはいきませんよ」
「新婚旅行のときは1人で選んだんだろ。悪かったな、任せて」
「いいんです。今日一緒に選べたから」

そう言うと陸さんは優しい笑顔を見せてくれた。この表情が見れることが嬉しい。


「ところで夕食だが、買って帰るか。疲れただろう。美味しいロブスターの店があるんだがどうだ?」
「わぁ! ロブスター食べたいです!」
「じゃあ今夜はロブスターにするか」

車に乗ってすぐに陸さんは訊いてきた。夕食のこと全然考えてなかった。ロブスターか。いいな。


「ステーキも一緒なんだが、6ozでいいか? 7ozだと少し多いか?」
「えっと、1ozが28gくらいでしたっけ? そしたら6ozで」
「わかった。スープとか適当に頼むぞ」
「はい。お任せします」

僕がそう言うと陸さんはスマホでオーダーをする。後は取りに行けばいいだけだ。ロブスターなんて大学生のときにハワイに来たとき以来だ。なので楽しみだ。

車でお店まで行くと少し待ち時間があったものの、大して待つこともなくオーダーした品を受け取る。


「冷めるから早く帰って食べよう」

そう言って寄り道もせずにまっすぐコンドミニアムに戻る。そして帰って来てテイクアウトしてきたものを見ると、ロブスターとステーキのコンボプレート、ロブスターのスープ、大麦のライスが入っていた。ロブスターのスープなんて飲んだことがない。


「スープ、一応温めますね」
「ああ、頼む。他はテーブルに出しておくよ。飲み物は水でいいか?」
「はい」

スープを軽く温めて食事を始める。まずはロブスターから食べる。


「ん! 美味しい!」
「だろう? 旅行者はあまり見かけない店だが、地元民でいつ行ってもいっぱいだよ」
「ですよね。こんなに美味しいですもん」

ロブスターを食べた後はロブスターのスープだ。一口飲んでみると、当たり前だけどロブスターの味がする。ロブスターのスープなんて初めてだ。


「ロブスターってスープにしても美味しいんですね。スープがあるなんて知りませんでした」
「そう思って注文した。このライスも食べてみろ。さっぱりしていて美味しいぞ」

陸さんにそう促されてライスを一口食べると、確かにさっぱりしている。ロブスターやステーキの味がはっきりしているから、これくらいさっぱりしている方が合う。


「ロブスターやステーキに合いますね」
「そっちがソースやらなにやら味があるからな。ライスはさっぱりがいい」
「はい。あーでもステーキも美味しい」

アメリカでのステーキの焼き方はほとんどの店が焼きすぎる傾向にあるが、このお店はほどよい焼き加減だった。


「焼きすぎてないから美味いだろ」
「はい。お肉のいい味がします」

全てが美味しくて、僕はほとんど喋らずに食べてしまった。陸さんはそんな僕を微笑みを浮かべて見ていた。気がついたときには恥ずかしくて顔を赤らめてしまう。


「気に入ってくれたみたいだな」
「はい。どれも、とっても美味しいです」
「なら良かったよ」

2人で笑いながら食事をできることが嬉しかった。そうしてハワイ最後の夜は更けていった。


 


番外編・完