EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

番外編 1

ゴールデンウィーク。僕と陸さんは新婚旅行のやり直しをするため、再度ハワイに来た。

ダニエル・K・イノウエ国際空港に着いて、レンタカー会社で車をレンタルしてコンドミニアムのあるカハラまで行く。新婚旅行で来たときはリムジンでの迎えがあった。あれはほんとに新婚旅行だからだったんだろうな。今回は普通に来ているのと同じだから。


「1度部屋に荷物を置いて、昼食がてらカハラモールにでも行って帰りにスーパーに寄って帰ってくるか」
「そうですね。とりあえず今日、明日の食料が欲しいです」
「今日の昼は食べて行ってもいいし、テイクアウトでもいいな。美味いバーガーを食べられるところがあるから久しぶりに行くか」
「カハラモールにあるんですか?」
「ああ。たべたことはあるか?」
「食べたことはないです。と言うより、カハラは新婚旅行のときが初めてだったので」
「そうか。じゃあ昼はそこにしよう」

車の中でそんな会話をして、1度スーツケースを置いてからカハラモールへと行く。ランチは食べて行くことにした。まずはスーパーで買い物をしてから帰りに食べていくことにする。

今日は疲れているので一日部屋でのんびりすることにしているので、夜も部屋で食べる。夜はなにがいいか陸さんに訊いたら新婚旅行のときと同じくステーキで、と言われた。

ハワイのスーパーは日本で売っているのと違うし、僕でもわくわくするけれど、陸さんは隣で目を丸くしたりキラキラさせたりしていた。


「スーパーと一口に言っても日本と違うものだな。ハワイへは何度も来ているけれどスーパーで買い物なんてしたことなかった。酒だってドラッグストアやコンビニで買ってたから」
「そうなんですね。僕も新婚旅行で来たときが初めてだったけど、なんだか新鮮で面白かったです。何日か通って慣れましたけど」

そんな会話をしながら、アメリカらしい大きなステーキ用のお肉を見る。

陸さんは料理はしないけれど、ステーキは好きでよく食べるから美味しい肉の見分けはできるので、陸さんにお願いする。ステーキに関しては僕より陸さんの方が断然食べているから。もちろん僕だって選べるけど、陸さんにお願いすると嬉しそうな顔をするので、ついお願いするのだ。それに自分が食べるものだから自分で選んだ方がいい、というのもある。

お肉を選び、野菜を買って、明日の朝のシリアルとパン、おやつのスナック菓子を買ってスーパーを出る。

そしてランチのお店へ。僕と陸さんはクラッシックにチーズバーガーにした。BBQバーガーとかあって美味しそうだったけど、それは次回に取っておく。


「美味しい!」

ランチに陸さんの言っていたお店に行く。

バーガーはとてもボリュームがあり、肉もいわゆるハンバーガー用の肉というよりは細切れ肉をよく焼いて挟んでいる感じだ。

付け合せはポテトなどではなくサラダにした。ポテトがなくお肉ばかりなのと、サラダにもチキンが入っていてボリュームがあるので大きいのをひとつ買ってシェアすることにした。


「ここは肉のボリュームがすごいけど味はうまい。少しスパイシーな味付けだけどな」

確かに陸さんの言う通りスパイシーだ。だからどんどん食べられて危険だ。でも味は良い。

陸さんはあのコンドミニアムには何度も来ているのでよく知っている。


「カハラはお店が少ないからな。手近で済ませるとなるとどうしても同じ店になってしまうがここは美味しいから滞在中は多いと2回はくる」
「そうなんですね。確かにレストランはすくないですね。僕みたいに車がないと少し不便です」

バーガーをかじりながらそんな話をする。確かにメニューを変えれば2回くらいいいかも。あるのはバーガーだけじゃないから。


「そうだよな。車がないのに悪かったな」

そう言って陸さんは眉を垂らす。そんなこともういいのに。


「大丈夫ですよ。タコベルやサブウェイもあるし、簡単に作ったりもしたので困らなかったです」

ホテルなら困ったかもしれないけど、コンドミニアムだから作ることができる。


「そこのホテルに美味いレストランがあるんだ。滞在中に行こう」
「はい!」

ランチを終えて部屋に戻ると、そこそこ疲れた。それでも飛行機はファーストクラスだったのでエコノミーでの移動に比べたら全然楽なのだけど。

午後はラナイでゆっくりと過ごした。海側の部屋なのでのんびりと海を見ることができる。同じコンドミニアムでも部屋によっては海が見られないところもあるので、この部屋はいい部屋だと思う。陸さんに言うと、せっかく休養に来るんだからそこはケチりたくないだろうと言う。

夕方になって、ちらりとサンセットを見てからステーキを焼く。お昼もバーガーでお肉だったのにまたお肉だけど、そこはアメリカだからあまり考えないようにしよう。


「新婚旅行のときは食事も早く食べて部屋に閉じこもってたな」

夕食後に、テレビを見ながら陸さんが言う。僕も同じだったけど、テレビはリビングにしかないから部屋では本を読むかスマホで動画を見るかくらいしかない。


「部屋でなにしてたんですか?」
「動画を見てた。千景は?」
「僕は本を読んでました」
「そうか。そうだよな。ハワイでハワイ島にするかオアフ島にするかで聞いたら本屋に行きたいからオアフ島を選んだんだもんな」

そう言って笑われる。

僕は読書が好きで、本が手放せない。そしてハワイに来てまで本屋と言ったのは、日本では洋書を扱っている本屋が少ないことと値段が高いからだ。

そんな本を手放せない僕だけど、陸さんといるときは当たり前だけど本は読まない。陸さんがお風呂に入っているときもテレビを見ている。

特に好きな番組があるわけではないけれど、なんとなくつけている。

ハワイ初日はそんな風にゆっくりと過ぎていった。


翌日は朝早く起きて陸さんはシリアルを、僕はパンを食べてからダイヤモンドヘッドビーチへと出かけた。陸さんがサーフィンをするからだ。

もちろんサーフィンなんてやったことのない僕がサーフィンをする訳もなく、浜辺で陸さんがサーフィンをするところを見るだけだ。片手には本を持って。


「無理に付き合わなくてもいいんだぞ? サーフィンなんて見て楽しいか?」
「陸さんが波に乗っているのを見たいです。それに本も持って来たので安心してください」
「そうか。ならいいけど。俺も休憩であがったりはするから」
「はい」

陸さんは時折休憩を挟みつつサーフィンを楽しんでいた。そして僕は、そんな陸さんの姿を浜辺で見ていた。はっきり言って格好いい。新婚旅行のときは見たかったけど、そんな距離感じゃなかったから見れなかったんだよな。今は何も考えずにガン見できるけど。

こんなに格好いい人が旦那さんだなんて信じられないし贅沢だけど、ほんとのことなんだよな。しかも格好いいのは外見だけじゃない。内面まで格好いいんだ。

午前中はそんな陸さんの姿を見つつ、でも本も読んでと結構贅沢な過ごし方をした。

ランチはサンドイッチを作って来たので陸さんと浜辺で食べる。こういうことができる海っていいな。僕は海でのアクティビティを楽しむ訳じゃないけど、寄せては返す波が好きだ。見ているのもいいし、波の音を聞いているのもいい。心が落ち着く。


「新婚旅行のときはランチは適当だったな」
「え? きちんと食べてはいなかったんですか?」
「んー。食べるときもあったけど、面倒だと抜いて、その代わり早く部屋に戻ってた」

陸さんのランチが適当だったなんて知らなかった。サーフィンなんて疲れるだろうから食事はきちんと取らないと危ない。それを言うと陸さんは苦笑いする。


「じゃあ今日はランチを持って来て良かったです。あのときも言ってくれたらサンドイッチ作ったのに」
「あのときはそんなこと言えないだろ。お互いに干渉なしでって言ったそばからランチを作ってくれだなんて」

確かにそうだけど。


「それに千景はお手伝いさんじゃない」

陸さんはよくそれを言う。だから僕に無理はさせない。それでも陸さんに頼まれたら僕はできることならなんでもするのに。

そんな風にゆっくり話しをしながらランチを食べると陸さんは再びサーフィンを、僕は読書をして午後も過ごす。それでも朝早めの時間から波に乗っていたので早めにビーチを後にした。


「もっとサーフィンしなくて良かったんですか? 僕のことなら気にしなくていいんですよ?」
「朝早くからやってたんだからいいんだよ。でないと疲れる」

あ。そうか。確かに疲れそうだ。じゃあ部屋に戻ったら昨日買って来たからパンケーキでも焼いてコーヒーを淹れよう。そしてゆっくり過ごして貰おう。そう言うと、千景こそ休めと怒られる。ハワイに来てまで家事をするな、と。

確かにホテルじゃないから掃除も必要だけど、日本にいるときみたいに毎日掃除機をかけているわけじゃないから、これでも手抜きしているんだけど。それでも陸さんの目には同じらしい。


「明日はサンセットクルーズでも行くか? 今からでも予約は間に合うだろう」
「わぁ。僕初めてなんです、ハワイでのクルーズって」
「そうか。海でサンセットを見て、ホノルルの街の夜景を見るのは綺麗だぞ」
「見たいです!」
「じゃあ予約しよう」

そう言って陸さんはスマホから予約をしてくれる。サンセットクルーズなんて考えただけでもわくわくする。僕はよっぽど嬉しそうな顔をしていたのだろう。陸さんは僕を見てくすくすと笑っている。笑われたって構わない。だってほんとに楽しみなんだ。


「だから明日は夕食は作らなくていいからな」
「はい」

きっとサンセットクルーズを言い出したのは、僕がサンセットの時間の海が好きなこともあるけれど、少しでも家事を休ませようとしてくれているんだろう。陸さんはそういう人だ。


「陸さん。ありがとうございます」
「礼を言われることはなにもしてないよ。俺も大学のとき以来だからな」

決して恩着せがましいことは言わない。そんなところも好きだ。ほんとに陸さんって外見が格好いいだけじゃなくて内面まで格好いいから絶対にモテるよね。そんな人と結婚できた僕はもっていると思う。

そんなことを考えながら明日のクルーズのことを考えた。


ハワイ3日目は陸さんとは夕方まで別行動だ。

陸さんはサンドイッチを持ってサーフィンに行き、僕は簡単に掃除を済ませてから本屋さんに出かける。新婚旅行で来たときに買いすぎたかな? と思っていたけれど、1年以上も経てば全て既読済みだ。だから今回も本は買って帰る。

そして今回は本は送るつもりだ。前回はスーツケースに入れて持って帰るつもりだったからある程度はセーブして買っていたし、今回は僕が読むだけでなく陸さんが読むようなのも買って行くつもりだからだ。

陸さんが大学のとき交換留学でアメリカに1年いたことは知っていた。だから英語には不自由しない。だけど実はその頃からミステリーを読んでいることを知った。普段は面倒なので手軽に翻訳本を読んでいるらしいが、僕が洋書を普通に買って読んでいると知ったら、一緒に買ってきてくれと頼まれたので、今日は自分で読むものだけでなく陸さんの好きな作家のものも買って行く。

そうなると本は前回よりも断然増えるので、そうなったら最終日に宅急便で送ろうということになったのだ。なので今日は部屋に持って帰ることだけ考えればガンガン買える。

モールの本屋へは前回の新婚旅行のときと合算すれば一番足を運んだところじゃないだろうか。今回のハワイは1人で過ごすわけじゃなく、陸さんと過ごす時間の方が長くなるはずだから本屋さんへは今日しか来ない予定だ。だから今日の僕はハンター気分だ。とにかく買って帰る!

そうしてどれくらい本屋にいたんだろう。お腹がすいて我に返った。喉も渇いたし、手にしていた本をキャッシャーに持っていく。うん、そこそこ買ったけど、もう少し欲しかったかな? 陸さんに話して少ないようなら2人で来よう。きっと嫌な顔はしないはずだ。

それなりに本を買ったからやっぱり重い。時計を見るとちょうどお昼時なので近くのマックで食べることにする。陸さんとは14時半頃には部屋に戻るということにしてある。もっとも僕の場合は本屋さんだけが目当てだったから、これでお昼を食べ終えたら帰るけれど。

マックではいつものチーズバーガー。昨日もチーズバーガーだったことを思い出す。まぁ昨日のはバーガーとは言えマックのとは大違いだけど。それでも毎日こんな食事をしていたら、あまり運動を習慣としていない僕は太ること請け合いだ。

お昼を食べ終わって時計を見たら13時半を回っていたので、少し早いけれど部屋に戻ることにした。陸さんはまだ帰っていないだろうと思っていたら既に帰っていて、ラナイでうたた寝していた。サーフィンして疲れたんだろうな。ハワイへ来る前日まで仕事もしていたし。そのまま寝かせておいてあげようとしたけれど、目を覚ましてしまったようだ。


「ああ。帰ったのか」
「はい。今帰ってきました。お疲れですか?」
「あまり休まずに波に乗ってたからな」
「クルーズ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
「ならいいんですが……。無理はしないでくださいね」
「明日はゆっくりするよ。それより本はどうだった?」
「少し足りなかった気がしますけど……」
「どのくらい買った?」
「これです。12冊しか買ってないです」

そう言って僕はエコバッグを広げる。そう、2人分で12冊しか買ってないのだ。1人12冊ならわかるけれど。


「まだ欲しいのあったか?」
「まだそこまで見れてないんです。ごめんなさい」
「そうしたら明日あたり2人で行くか」
「はい。すいません」
「謝ることはない。大体1人で持てる分も限られているしな」

そう言って陸さんは笑ってくれた。疲れているなら明日はゆっくりして欲しいのに本屋さんに行かせてしまう。それでも嫌な顔ひとつしないんだ。ほんとに陸さんは優しい。


陸さんが予約してくれた、サンセット・ディナークルーズは集合が17時45分だった。車でそこまで向かい少し早めに着いた。首にレイをかけられて、ウエルカムフラを見つつ船に乗るとウエルカムドリンクでマイタイで迎えられる。

夕方になって風が心地よくなってきた。ハワイは南国だけど陽がささずに風が吹くと熱くはなくほどよい気温に感じられる。そして僕が水平線を見ていると陸さんに呼ばれた。


「千景、行くぞ」
「あ、はい」

そう言えば、出港して少しすれば夕食だと言ってたな。なら船内に入らなければ。陸さんと2人でスタッフさんの後を着いて行く。するとみんなが集まっている広い部屋を通り過ぎて行く。あれ? 他にも広いところあるのかな? そう思っていると個室に案内された。

え? まさかの個室なの?


「陸さん。個室なんですか?」
「ああ。食事の間だけだけどな。食後のショーなんかを見たければ広間に行かなくてはいけないが。でも、この部屋でゆっくりすることもできる」

まさかクルーズに個室があるなんて思わなかった。みんな一緒に広間かと思ってた。でも、広間じゃなくていいかも。だって、陸さん人目を引くんだ。

船に乗り込むときだって、女性が陸さんをチラチラ見ていた。隣に同じ指輪をした僕がいるから夫夫だということはわかるけれど、遠目だと指輪なんて見えないから僕のことは友人だと思われているかもしれない。恋人に見えていたらいいけど、あまり望めないかもしれない。


「どうだ、酒は美味いか」
「美味しいです。僕でも飲みやすいです」
「でも、飲むなよ。千景は飲むと寝てしまうからな」

そう言って陸さんは笑う。きっと僕のクラス会のときのことを思い出してるんだ。陸さんは笑ってるけど、あのときは心配かけたのに。まぁ、でもお酒飲んで寝ちゃったら船から下りるの大変だよね。それに、元々あまりお酒を飲む方ではないので今日もこの後は飲まない。そして陸さんは車の運転があるから今日はお酒を飲めない。


「そろそろ食事が来る頃だと思うが」

陸さんがそう言ったのが合図かのように、料理が運ばれてきた。コース料理かと思ったら略式のようで、まずはじめにサラダが出てきた。

瑞々しい野菜にはサウザンドレッシングがかかっている。赤と黄色のパプリカが入っているからカラフルに見える。

そしてサラダの後には魚料理。クリーミーなアボカドソースのかかった魚だけど、これはなんだろう。


「この魚はなんですか?」
「多分、マヒマヒだろう。食べたことはあるか?」
「あ! マヒマヒなら1度パスタで食べたことあります。淡泊で美味しいですよね」
「そうだな」

そうだ。美味しかった。でも、日本ではあまり食べないからパッと出てこなかったけれど、ここはハワイだ。

マヒマヒ自体は淡泊なので、アボカドソースがよく合っている。うん、美味しい。別にハワイでは珍しいわけではないけど、滞在中に食べるのは今日くらいだろうな、と思うとゆっくり食べてしまう。


「どうした? 美味くないか?」

僕がゆっくり食べているから、美味しくないと思わせてしまった。違う! 違うのに。僕ったら。


「逆です。美味しいし、滞在中にまた食べるかわからないなと思ったら食べるのがもったいなくて」

そう言うと陸さんは笑い出した。そんなに笑うことだろうか。僕は真剣に話しているのに。陸さんはなんとか笑いをおさめてから、また食べれるよと言った。


「ホテルで食事をしようといっただろう。そこでも出るんじゃないかな? 出ないのならスーパーに行って買えばいい。ハワイでは大衆魚だ」
「はい」

そうだ。別にこれが珍しいわけじゃない。プレートランチのパスタにさえ使われるくらいだ。そう思ったら、ぱくぱくと食べる。それに陸さんがまた笑い出してしまったけれど。

メインのマヒマヒを食べ終わるとすぐにデザートが運ばれてくる。チョコレートケーキだった。ケーキか。アメリカのケーキって大味でめちゃくちゃ甘いんだよね。甘いのを食べられる僕でも甘いなと感じてしまうから、甘いのが得意でない陸さんなら食べられないだろう。シャーベットなら良かったんだけどね、ケーキは。

見ると、陸さんは既に食べる気がなく僕の方を見ている。僕は一応食べる。すると陸さんが言った。


「俺の分も食べるか?」
「自分の分は食べる気ですけど、アメリカのケーキ2つはどうだろう……」
「そうか。無理はするなよ」
「はい」

日本のケーキみたいに繊細な味付けなら2つくらい食べれるけど、アメリカのケーキとなると自信がない。それどころか自分の分さえ食べきれるかわからないくらいだ。

フォークで上にちょこんと載った生クリームを食べるけれど、うん大味だね。次に本体のチョコレートケーキに食べ進めると、やはりこちらも予想通り大味で甘みが強い。これだと1つ食べるのがやっとだろう。


「やっぱり1つが限界なようです」
「そうか。日本ほどじゃなくても、もう少し繊細な味付けなら頑張れば食べられるんだが、こっちのスイーツはとにかく甘いからな」

そう言って陸さんは笑う。ということは陸さんも1度はお試しで食べようとしたことがあるんだね。全部食べきれたかどうかは別として。

僕はコーヒーとケーキを交互に口にした。苦いだけのコーヒーだけど、ケーキとセットでなら飲める。逆を言えば苦いコーヒーがなければケーキは挫折してしまうだろう。

なんとかケーキ1つを食べきる頃にはカップの中のコーヒーは空になってしまった。


「コーヒーの補助付きで1つ食べきったか」
「はい。なんとか。これは陸さんには無理だと思います」
「だろうな。子供の頃からこっちのスイーツはダメなんだ。小さい頃に食べて甘すぎてびっくりしたのを覚えてる」
「ですよね。僕も以前、友だちと来たときに食べてあまりの甘さにびっくりしましたから」
「もう少し繊細な舌は持てないのかね」

そんな風に話しているとお皿がさげられ、コーヒーのおかわりを入れて貰う。そうしていると外は既に暗くなっていてホノルルの夜景が見える。


「タンタラスの丘から見る夜景も綺麗だけど、海から見る夜景も綺麗だろう」
「はい!」

陸さんの言う通り、海から見るホノルルの夜景も綺麗だった。ダウンタウンからワイキキだろうと思われる辺りが特に明るい。綺麗だな。そう思って僕は夜景に魅入る。


「綺麗ですね。海から見るのがこんなに綺麗だなんて知りませんでした」
「なら船に乗ったかいはあるな」
「はい。陸さんのおかげです」

大学の卒業旅行で友だちとハワイに来たことはあるけれど、クルーズには乗らなかった。その代わりというか、タンタラスの丘から夜景は見た。


「千景に見せたかったから良かったよ」

陸さんは思い出を共有しようとしてくれていたんだ。やっぱり陸さん、好きだな。

それから僕たちはしばらく個室で話しをしながら夜景を見ていた。そして、そろそろ下船の時間だろうと言う頃にデッキに出た。陽が隠れたこの時間には昼間の刺すような陽射しがない分、だいぶ過ごしやすい。それが海上なら余計だ。

それにしてもデッキは人でいっぱいだ。こんなに多くの人が乗っていたのか。もし個室じゃなかったらこの中にいたんだなと思うとゆっくり夜景を楽しむことはできなかっただろうと思った。


「陸さん。今日は個室を取ってくれてありがとうございました」

僕がそう言うと、陸さんはすぐになんのことか気づいたらしかった。


「だろう? ゆっくり食事をして夜景を楽しむのなら個室が一番だよ」

個室なんて高いからと庶民の僕はつい思ってしまうけど、陸さんの言う通り食事をゆっくりと楽しんで景色を楽しむのなら決して高いことはない。陸さんと結婚してから高いと思う分は、それなりのサービスが受けられるんだなと思うようになった。ただ高いのではないのだ。箱根の宿然り、このクルーズ船然りだ。

夜景を楽しみながらそんなことを考えていると船は桟橋に着いた。クルーズが終わった。