EHEU ANELA

あなたが愛してくれたから

神様からのプレゼント

どうも最近、体調が悪い。微熱っぽかったり、お腹が痛かったり、後はどこででもすぐに寝ちゃったり。仕事は忙しくないから疲れているわけでもないのに。

そんな僕の様子を見ていた友坂さんが一言、ぽつりと言った。


「もしかして妊娠してるんじゃない?」

いや、まさか? 結婚してから五年。全然、妊娠の兆しはなく、二年前にはそれが原因で僕は家出をしたほどだ。

この二年間は、妊活というほど積極的ではないけれど、避妊することもなく、普通にセックスしていた。子供ができたらめっけもん、って言う感じで。だから、確かに妊娠していてもおかしくはない。けれど、ここまでくると、そんなことあるかな? と思ってしまう。それでも、可能性はゼロではないし、樹くんにも友坂さんにも心配させてしまっているから、妊娠検査薬を試してみることにした。


「……」

まさか……。ほんとに?

検査薬の結果に僕は言葉を失った。結果は陽性。とりあえず、まだ帰宅しない樹くんに、報告した。

そして、メッセージを送った一時間後、樹くんは慌てて帰ってきた。


「陽性ってほんと?」
「うん……これ」
「明日、病院行こう。俺、ついていくから」
「そんな。仕事忙しいのに何言ってるの? 課長がそんなんじゃどうするの」
「パートナー休暇は役職にだってあるよ」

この二年の間に、樹くんは係長から課長に昇進している。来年からは部長、そして三十歳を過ぎたら取締役に昇進することが決まっている。


「パートナー休暇って。別にヒート起こしてないよ」
「とにかくついていく」

樹くんは僕のことになると過保護なのはつきあい始めた頃から変わらない。こうなると何を言っても聞かないから、素直に付き添いをお願いすることにした。

そして樹くんは、お義父さんと部長、係長にメッセージで、明日は病院へ行くため有給を取る旨連絡していた。お義父さんには、妊娠陽性のことも伝えていた。まだわからないのに……。


「まだはっきりしたわけじゃないよ?」
「うん。でも、なんで病院へ行くかは伝えておく」

まぁ、お義父さんは社長であり実の父だから、伝えるのかな。妊娠したら真っ先に知らせるけど。そこで思い出したのは、加賀美の父のことだ。

最近は、もう出来損ないは仕方ない、と諦めたのか連絡してくることはなくなったが、もし妊娠していたら連絡した方がいいのだろうか。まぁ、そんなことは明日、結果が出てから考えればいいか。

とりあえず今は、陽性なのが本当ならいいな、と願っている。もう、お義父さんも樹くんもなにも言わないけれど、喜ぶのは確かだから。


「ほんとに神様がプレゼントくれてたらいいのにな」
「ぬか喜びしてると、違った場合にショックだよ」
「わかってるよ。でも、そうならいいな、って話」
「うん」

その日は樹くんと二人で、神様に祈りながら寝た。



「おめでとうございます。妊娠七週目ですね」

樹くんと行ったバース婦人科で妊娠を告げられた。え? ほんとなの? ほんとに赤ちゃんがいるの? 僕は自分のぺたんこなお腹を見た。


「赤ちゃんの心拍が聞こえていますよ」

ほんとに赤ちゃんがいるんだ……。僕は嬉しくて泣いてしまった。五年間全然妊娠しなくて。もう無理だと思ってた。確かに検査では、僕にも樹くんにも問題がないのはわかっていた。でも、もう諦めてしまっていた。だけど、妊娠したんだ。これで、樹くんとお義父さん、お義母さんは喜ぶだろうな。


病院から家に帰ると、樹くんはお義父さんに電話した後、お義母さんにも電話で報告していた。それを見て僕は、加賀美の父に連絡をすべきかを考えていた。

最近は、もう僕のことは息子とも思っていないのか、縁が切れているかのような状態だ。もう出来損ないとして見限っているんだろう。そんな父に連絡は必要なんだろうか。

連絡する必要はないんじゃないか、と思う反面、あんな人でも一応実父であることに変わりはないのだから、という気持ちもある。


「樹くん、どうしよう」
「気持ちとしてはしなくていいよ、と言いたいけど、一応耳に入れておいた方がいいんじゃないかな? 後で、どこかから聞いたら気分悪いだろうから」
「そっか。そうだよね。連絡してみる」

平日の昼間。電話が通じるとは思わなかったけれど、数回のコールで父は出た。


「優斗です。ご無沙汰しています。今日、妊娠していることがわかったので、そのごほうこ……」
「妊娠したのか!」

僕が言い切る前に、父は被せ気味に言葉を発した。


「はい」
「離婚を言い渡されずにいたが、これで安心だな。いいか、間違えてもお前のようなベータは産むなよ。アルファを産んで跡継ぎにしろ。いいな。ベータなんて産むなよ」

と、一方的に言うと電話は切れた。


「……」
「お義父さんらしいね。せっかく妊娠したのに性別まで言ってくるとは。まだ性差別するんだな」
「仕方ないよ」

この二年間、音信不通のようになっていたけれど、父は変わっていなかった。やっぱりベータは出来損ない扱いなんだな、と思う。これでベータの子供を産んだら、完全に僕は出来損ないと父に認定されるわけだ。そう思うと怖い反面、もうどうでもいい気もしてきた。


「性別なんて関係ないからな。アルファでもオメガでもベータでも、産まれてきてくれるだけでいいんだよ。だろ?」
「うん」
「お義父さんには、とりあえず知らせるっていうだけでいいよ。それで何を言われても関係ない。それを忘れないで」
「うん」

そうだ。もう加賀美に囚われないって決めたんだから。だから、父になんて言われても気にしない。

その日の夜、仕事を終えたお義父さんとお義母さんが家に来た。


「優斗くん!子供ができたって?」
「はい」
「良かったな。おめでとう」
「いえ、遅くなって申し訳ありませんでした」
「そんなことない。でも、何かあったら頼ってくれ。できることであればなんでもする」
「ありがとうございます」
「そうよ、何かあったら私に知らせてね。こういう時は出産経験者として助けることができると思うの」

お義父さんもお義母さんも優しい言葉をかけてくれる。実の父は産まれてくる赤ちゃんの性別のことだけ言うと電話を切ったのに。そう思うと泣けてきた。実の父親なのに。


「泣かないのよ。優斗くん。私は仕事していないから、いつでも電話してね。体調が悪かったりしたら我慢しないでね。病院も付き添いできるし」
「はい」

母は僕に呪詛のような言葉だけ残して自殺をし、父は僕の心配をすることは一切ない。産まれてくる赤ちゃんだって性別が気になるだけ。そんな親だったから、親の温かさなんて知らない。でも、お義父さんやお義母さんからは、親の温かさを感じる。

僕は本当の子供ではないけれど、そんな僕に対してもよくしてくれる。そんな人たちにやっと孫の顔を見せてあげることができるんだ、と思うとホッとした。僕が家出をして以来、子供のことは禁句のようになっていて、心苦しかったから。


「樹。優斗くんを気にかけてあげてね。仕事もあるけれど、優斗くんが一番に頼れるのはあなたなんだから」
「わかった。普段は無理させないし、なにかあったら電話するから」
「そうしてちょうだい。それで仕事はどうするの?」
「ぎりぎりまで働きたいとは思っていますけど……」
「オメガ枠での採用なのよね? それなら理解もあるのかしら」
「多分……。それで出産したオメガの男性もいるので」
「そう。じゃあ大丈夫ね。でも、無理は禁物よ」

お義母さんは樹くんを出産した経験があるから、色々気になるのだろう。僕には母がいないから、お義母さんの存在が心強い。親の存在ってこんなにも心を温かくし、支えにもなるのだな、と僕には縁のなかった親子の絆というものを感じる。きっと、母が生きていても、父と変わらなかっただろうな、と思う。僕の心配というのはしなかっただろう。そう思うと寂しいけれど、今はお義父さんやお義母さんがいるのだから、と自分に言い聞かせる。こんな温かい家族の一員にしてくれた樹くんに感謝だ。



◇◇◇◇◇


それから八ヶ月後。僕は元気な女の子を産んだ。第二性はベータだった。

退院した翌日、お義父さんとお義母さんがお祝いに駆けつけてくれた。


「まぁ、可愛い。優斗くんに似て優しい顔をしているわね。目元とかそっくり」
「ほんとだな。女の子だから優斗くんに似て良かったな」
「赤ちゃんに必要なものは揃えたと思うけれど、なにか足りないものはない?」

お義母さんが心配気に訊いてくる。が、必要なものは今のところない。それどころか余っている。洋服からおもちゃ、靴、全てを揃えたのはお義父さんとお義母さんだ。

お腹の子供が女の子だとわかったら、二人は色々と買って持ってきた。それはもう、僕と樹くんの出番はないぐらいに。実際、僕達が買ったのはおむつくらいで、ベビーベッドもベビーカーも買って貰ったものだ。ここまで揃えて貰って、足りないものがあったらまた買う気なんだろうか、と思うと二人の溺愛ぶりはすごいものがある。この血を受け継いだ樹くんは、せめて名前だけは、と言って、陽を浴びてすくすくと育つ新緑のように、と|陽葵《ひなた》と名付けた。

そして僕は何もしていない。と、樹くんに言ったら、一番大変なことをしただろう、と言って逆に僕にはなにもさせて貰えない。樹くんがいないときはミルクを作り、あげるのは僕がやるけれど、樹くんがいるときはそれすらさせて貰えない。オムツ替えもそうだ。そういうのを見て、つくづくと樹くんはお義父さん、お義母さんの子供なんだな、と思う。

と、お義父さん、お義母さんはそれはそれは陽葵を溺愛してくれているけれど、加賀美の父に産まれたこと、ベータだったことを告げたところ、家には来たけれど「お前は最後まで出来損ないだったな」と一言残して帰っていった。おめでとうもなにもなかった。その言葉を聞いたとき、僕の中で何かが終わった。


「樹くんも、お義父さんもお義母さんもベータであることはいいの?アルファを産めなかった」

父には如月のためにアルファを産め、と言われていたがアルファは産まれず、父の一番嫌いなベータを産んでしまった。それを知ったとき僕は青くなったけれど、三人は性別でなにかをいったことはなかった。


「性別なんてどうだっていいんだよ。元気な子を産んでくれた。それだけで十分だよ」

逆にそう言ってくれた。それはお義父さん、お義母さんも一緒だった。僕は産まれたときから父と母に性別のことを言われていたから、逆にびっくりした。そう言えば、樹くんは付き合うときに性別は関係ない、って言っていたな、と思い出した。

きっともう父と話をすることはないだろう。でも、寂しいとは思わなかった。だって、一度も僕を愛してくれたことのない人だ。逆に今の僕とその環境をくれたのはすべて樹くんだ。樹くんが愛してくれたから今の幸せがある。きっとこの先、辛いこと、大変なこともあると思う。でも、樹くんがいてくれれば僕は頑張れる。樹くんが愛してくれた僕だから。すべては、君が愛してくれたから……。



END