17時になり、貸切露天風呂へと移動した。貸切風呂というサービスは他の宿泊施設にもあるので単に他の人が入ってこないだけのお風呂だと思っていたら中には畳敷きの和室がありゆっくりと休むことができる。休み休み温泉に入れるということだろう。
こんなにゆったりできるけど、利用時間はどれくらいなんだろう。過去に貸切風呂を貸し切ったことはあるが30分だった。こんなにゆったりできるところで30分なら寂しいなと思いながら立樹に訊いた。
「貸切って30分?」
「いや、90分」
「え? 90分?」
「そ。ゆっくりできるだろ。ずっと入ってると湯あたりするから、時々あがってここで休めるよな」
「すごい贅沢なんだけど。高そう」
「でも、ここの貸切代って宿泊費の中に入ってるんだよ。あの部屋だから無料で、他の部屋だと6千円だったり3千円だったりするけど、クラブスイートだと1回無料なんだ」
「スイートなんて宿泊費高いけど、この貸切露天風呂がタダになるのはいいね。のんびりお風呂入れる。あ、お茶がある。飲む?」
「あぁ」
お茶を淹れようとポットを自分の方に向けようとすると、スッと立樹が自分の方へと向けて急須にお湯を入れた。
「立樹! 俺が淹れようとしたのに」
「悠はゆっくりしてればいいの。疲れてるだろ」
「いや、俺は昨日帰ってきたのそんなに遅くないから。立樹の方が残業で遅かっただろ」
「俺は大丈夫だよ」
「もー。立樹は俺に甘すぎる」
「悠を甘やかすのは癒やしだからな」
「よくわかんない」 「まぁ、エスコートされついでに甘えててよ」
お茶を淹れようとポットを自分の方に向けようとすると、スッと立樹が自分の方へと向けて急須にお湯を入れた。
「立樹! 俺が淹れようとしたのに」
「悠はゆっくりしてればいいの。疲れてるだろ」
「いや、俺は昨日帰ってきたのそんなに遅くないから。立樹の方が残業で遅かっただろ」
「俺は大丈夫だよ」
「もー。立樹は俺に甘すぎる」
「悠を甘やかすのは癒やしだからな」
「よくわかんない」 「まぁ、エスコートされついでに甘えててよ」
パートナーシップ宣誓から5年経っても日々の食事はほとんどが立樹で。俺が作るのは立樹がよっぽど遅いときだけだ。多少の残業なら俺の方が早く帰ってきても作ってくれる。俺は相変わらず甘えている。そして旅行先でも俺を甘やかすのか。
俺を甘やかすのが癒やしっていうのはよくわからないけど、イヤイヤやってるわけじゃないというのはわかる。前に訊いたときは楽しいと言われた。
立樹が淹れてくれたお茶をフーフーと冷ましながら飲む。うん、いいホテルだからかお茶も美味しい。 「そうだ。夕飯は19時に鉄板焼きのレストラン予約してあるから。宮崎牛だよ」 「やった! お肉! しっかりお風呂入ってお腹空かせておこう」
細かいところまでしっかりと予約されていて、完全に立樹にエスコートされている。ほんと立樹っていい男だなと思う。こんなにいい男が傍にいてくれるってすごいしあわせだな。そう感じて左手の薬指にはまる指輪を見る。この指輪を購入した日のことは今でも覚えてる。男2人で指輪を選ぶということが恥ずかしかったんだ。
「どうした。指輪を見て」
「んー。こんなにいい男と結婚式挙げたんだなーと思って。ついでに指輪を買ったときのことも思い出した」
「俺こそこんなに可愛い人とパートナーシップ宣誓したんだなって思うよ。指輪はな。パンフレット貰って来てっていうのは正直笑えた」
「ひどーい。もう俺温泉入る!」
からかわれて服を脱いで1人で温泉に浸かる。すると立樹は待てよと言って慌てて入ってきた。
緑生い茂る中の露天風呂はなかなか癒やされる。普段コンクリートジャングルで暮らしていると緑を見ることが少ない。だからこういう景色は新鮮だ。 「緑の中での露天風呂って開放感がすごいな」
後からやって来た立樹が言う。確かに普通の露天風呂でも開放感はあるけれど、それが緑の中だと尚更感じられる。
「この貸切露天風呂はいいね。普通の露天風呂もいいけど、この景色の中の露天風呂に誰も入ってこないっていうのはなんとも言えないね。贅沢感が半端ない」
「気に入って貰えたのなら良かったよ」
「でもよくこのホテル見つけたね。有名ホテルだから存在はわかったってここまでのサービスがあるなんて」
「最初は知らなかったんだ。でも最初はちょっと贅沢をしたいと思ってここにしようかなと思っただけなんだよ」
「そうなんだ。俺はちょっといい旅館かなと思ってたからびっくりした」
「うん、俺もそのつもりだった」
そう言って立樹は笑う。立樹が思った以上にいいところがあったってことだよな。だよな、普通は部屋に温泉がついている部屋に泊まれるだけで贅沢なんだから。確かにここは1日中貸切なわけではないけど、他のサービスでそれを帳消しにできる。
「あ、あきママにお土産買っていこう」
「そうだな」
「で、自慢する」
あきママのお店は今もたまに立樹と一緒に行くことがある。あきママは立樹にパートナーシップ宣誓のことを教えてくれた大事な人だ。あきママが教えてくれなかったら、きっと同棲だけで終わっていた。
「ね、明日って予定通りでいいの?」
「乗馬だろう。あとはワイナリーだっけ」
「うん」
「そのコースでいいよ」
ゆっくりお風呂に浸かりながら明日の予定を立てる。今日は遠くまで足をのばしたし、普段は仕事で忙しいから明日くらいはちょっとゆったりめに過ごしたい。立樹にそう言うと、そうだねと同意してくれる。部屋から海を眺めるだけでも十分なくいだ。
ワイナリーは車で30分くらいなので比較的ゆっくりできる。
そうやって明日の予定が決まっていく。旅行しているんだなと感じる。
「悠、一度あがった方がいい。顔が赤いぞ」
「そう? じゃああがって水分補給する」
「その方がいい。俺も一度あがるよ」
普通の貸切時間が30分だったらそんなことはできないけど、時間が90分もあるからこうやって時間を気にすることなく温泉に入ることができる。
そして部屋から持って来た水を飲んで体を休めた。
中休みを挟んで再度露天風呂に入り部屋に戻るといい感じに空腹を覚えた。
「夕食はどうするの?」
「予約してあるよ。宮崎牛」
「やった!」
「2人でゆったり食べたいから個室を予約した」
「贅沢だな〜。何時から?」
「19時から。だからもう行くよ」
立樹の言葉に返事をして部屋を出ると、エレベーターで再び1階へと降りていく。立樹にエスコートされて行ったのは鉄板焼きのお店だった。
「予約してある瀬名です」
「瀬名様。お待ちしておりました」
通された個室は思ったよりもゆったりしていた。いや、レストランの個室なんて初めてだから他のお店がどうかはわからないけれど。
「コース料理なんだけど、ライスを普通の白米とガーリックライスにしたよ。半分ずつ食べられるだろ」
「ガーリックライスいいね」
「あと、アルコールは頼んでないけど呑む? 呑むなら頼むけど」
「さっきこのフロアにバーあったし、チェックインしたクラブラウンジにもあったから、そこでゆっくり呑んでもいいんじゃない? 部屋でゆっくり飲むのもいいし」
「そっか。じゃあここではアルコールはやめておこう」
「うん」
クラブラウンジや部屋からなら外の景色を見ながらお酒を呑むことができる。って立樹はいいのか? そう訊くと悠が呑みたいところで呑もうと甘く微笑まれてしまった。その表情に俺は未だにときめく。いつか慣れることはあるんだろうか。
しばらくすると前菜が運ばれてくる。前菜はマグロのタルタルだった。海があるところのシーフードは新鮮で好きだ。
マグロにソースをかけただけのシンプルレシピだけど、素材のマグロが新鮮で美味しいのでごちゃごちゃしてないので良かった。
「美味しい〜」
「うん、美味いな」
「海の幸とお肉と両方食べれるなんて幸せだ」
ペロッとマグロを食べた後はオニオンスープだった。オニオンスープはどうっていうことのないスープだけど、とてもまろやかで上品な味だった。玉葱のなんとも言えない甘さが癖になりそうだった。
「こんなオニオンスープ作れないよな−」
立樹はスープを飲みながらそう言う。食事を食べに行って家でできないか考えるのは立樹の方だ。俺はほんとに食べる専門。
「難しい?」
「んー。玉葱も違うと思うんだよね。でも、家に帰ったら徹底的に煮込んでみようかな」
「俺、オニオンスープ好きだから続いても大丈夫だよ」
「じゃあ飲んで」
「うん」
スープの後は伊勢エビだった。
コース料理でこのあとステーキが出てくるというのに豪勢に1人1尾だった。きっと高いコースなんだろうなと思うけれど、食べるときにそんなことを考えていたら楽しめることも楽しめなくなるので考えるのをやめる。記念日だからいいんだ。普段食べるわけじゃないんだから。それでも贅沢だなとは思う。
「なんかすごい贅沢なんだけど」
「まぁ記念日だから」
結局、立樹の口から出るのも「記念日だから」だった。よくいいレストランでは記念日のコース料理っていうのがあるみたいだから、それなのかもしれない。
「IQ低いことしか言えないけど、美味しいよな〜」
「こうも美味いとそうなっちゃうよな。でも、ほんとに美味いよな。家でなんて食べられないから味わっておいて」
立樹の言葉につい笑ってしまう。確かに家では食べられないよな。
「次、いつ食べられるかわからないしね」
「それな。奮発したときしか食べられないから」
「次、奮発するのは来年の記念日のときかな?」
「でも、洋食とは限らないし、洋食だとしても伊勢エビが出るとは限らないからな」
「あ、そうか。しっかり味わっておく」
俺がそう言うと立樹は小さく笑う。だって、そうそう食べられるものじゃないんだから仕方ないだろ。そういう意味を込めて少し睨むが立樹の笑いは収まらない。
もう立樹のことを放って俺は目の前の伊勢エビを食べることに集中する。
プリッとした身とみそがたまらない。味付けはシンプルに塩だけだったけれど、それだけで十分だった。これにソースをかけてしまったらもったいない気がする。
あまりに美味しくて、食べるのがもったいなくて手はゆっくりとしか進まない。それを見た立樹にどうしたのかと訊かれる。
「んー。食べるのもったいない」
そう言うと立樹は完全に笑い出した。
「そんなに笑うことないだろ! だって次、いつ食べられるか考えたらさ」
「そんなに伊勢エビ好きだった?」
「逆に訊くけど、嫌いな人なんている? 甲殻アレルギーの人くらいじゃん?」
「確かにそうだけどさ」
「じゃあ来年の記念日は、なにを食べたいか悠に任せるよ。伊勢エビがよければそうするし」
「ほんと? じゃあ来年食べられるってことにしとく」
そう思うと普通に食べ始める。そんな俺を見て立樹は笑ったままだ。
「ほんと悠は可愛いな」
視線を立樹に向けると笑うのを止め、目を細めて俺を見ている。甘い目だ。立樹のこの目を見ると恥ずかしくなってしまう。
自分で言うのもなんだけど、可愛いと言われるのは立樹が初めてじゃない。それでも好きな人に言われるのは恥ずかしい。もっとも男で可愛いというのはどうなのかと思うけれど、それはもう慣れた。
そんなことを話しをしながら食べているとお皿は空になってしまう。まぁいい。来年の記念日は俺の食べたいものを選ばせてくれるというから。

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