忘れられない 01

 省吾さんと付き合いだして1ヶ月が経つ。

 週末の土曜、日曜のどちらかはデートしている。

 水族館、動物園、プラネタリウム、夜景スポット、テーマパーク。この1ヶ月に行ったところだ。

 いわゆるデートスポットだ。

 まだおうちデートはしたことがない。

 夜は夜景スポットに行った帰りにチラッとあきママの店に寄ったけれど、はしごをするわけでもなく、ホテルに誘われるでもなく健全におやすみなさいと言って別れている。

 こんなデートを繰り返していると、省吾さんが真面目に付き合っているんだということがわかる。

 そんな省吾さんに対して好感は持つ。

 こうやってデートを重ねていれば好感が恋情に変わることってあるのかもしれない。

 それならいい。

 でも、問題はデートをしていても立樹と来たら、とか思ってしまうことだ。

 省吾さんとデートをしているにも関わらず立樹のことを考えてしまうことが申し訳ない。

 だけど、まだ時間がさほど経っていないから仕方がないのだろうか。

 今はまだ仕方ないのか。

 それとも立樹と完全に切れれば違うのだろうか。

 立樹とは独身時代ほどではないけどまだ連絡はとっているし、なんなら呑みの約束もしている。

 そういう今が立樹を待っている最中だ。

 金曜日。

 仕事終わりに呑みに行こうと最寄り駅で待ち合わせをしている。

 立樹が結婚してから呑みに行こうとなったのは今日が初めてだった。

 結婚して一ヶ月半。

 そんな新婚で俺と呑みに行っていいのかと立樹に訊いたら、浮気じゃないからいいんだと言っていた。

 奥さんとなった彼女が認めているのならいいのかな。

 そんなことをぐちゃぐちゃと考えていたら、立樹が目の前に立っていた。


「お待たせ。で、なに考えてた?」
「いつ来たの?」
「少し前。なにか考えてたんじゃないの?」
「いや、仕事のこと」
「なにか問題でもあった? でもそうなら今日は来ないよな」

 立樹は意外とするどい。

 一度立樹にそのことを話したら、俺はわかりやすいんだと言う。

 そして俺が思っている以上に立樹は俺のことを見ているんだと思う。

 そのことを嬉しいと思ってしまう今はまだ気持ちは立樹にある。


「どうする? 行く? それとも帰る?」

 立樹は、考えていたのは仕事のことじゃないことなんてわかってる。

 わかってるから訊いてくる。

 ただ付き合っている男のことを考えてるとは思わないはずだ。だって彼氏ができたことをまだ立樹には話していないから。


「行くよ」
「じやあ行こうか。居酒屋でいいんだろ?」
「食べて呑むなら居酒屋だよね」

 宅呑みをしていたときは普通に食事もしていたけど、外だとそうもいかない。

 俺の家というのも考えたけど実家暮らしのため、ちょっと気を使う。

 それで居酒屋というチョイスになった。

 駅から近い居酒屋に入る。

 立樹と居酒屋に入るのは初めてだ。

 純粋にお酒だけ呑むときは立樹と出会ったあのバーに行っていたし、なにか食べながら呑みたいときは一人暮らしをしていた立樹の部屋で呑んでいた。

 だから居酒屋に来ることがなかったのだ。

 俺が一人暮らしだったら宅呑みできるんだけどな。


「俺、お昼ほとんど食べてないからがっつり行きたいんだけどいい?」
「忙しかった?」
「お昼休み前最後の電話が質悪い上に長引きまくったからお昼時間ほとんど取れなくてゼリー飲料で誤魔化したんだよな」
「だったら食べ物は立樹の好きなの頼んでいいよ。もちろん俺も食べるけど」
「助かる」

 そう言って、フードメニューをかなり頼んでいた。

 アルコールはやっぱりビール。

 立樹も俺も酒は好きで色々呑むけど、乾杯はビールだと思っている。


「悠と呑むの2ヶ月ぶりくらい?」
「そうだね。結婚する少し前に呑んで以来。でも、結婚したらもっと間があくと思ってた」
「あ〜それね。最初は拗ねてたけど、向こうも結婚の報告に友だちと会ったりしたいっていうから、それなら同じだろ、って言った。浮気を警戒してるらしい」
「浮気されそうなやつと結婚するのもすごいね。でも、結婚する前に浮気なんてしたことある?」
「ないよ。誠実に付き合ってたから」
「あれかな。イケメンすぎるゆえに心配になっちゃうみたいな」
「でも、心配されるのもな。それで行動制限されたらたまらないから、浮気じゃないし、そっちが友だちと食事行くのと同じだろ、って言った」
「結婚するのも大変だね」
「だな。自由が制限される」

 そう言えば結婚を迷っていたときに他に好きな人ができたのか、言葉に詰まっていたことがあったなと思い出す。

 それがあって結婚を渋っていたと思うけど、結局彼女さんと結婚したから、好きとかではなかったのかな。

 話せるときがきたら話すって言ってたけど、まだ言えないのかな。


「どうした?」
「ううん。結婚したのに呑みに誘ってくれてありがとう」
「いや、悠と会いたかったしな」

”会いたかった”

 大した意味はないと思う。

 でも、好きな立樹に言われたら嬉しい。

 忘れようと、立樹から卒業しようとしているけど、なかなかできなくて。

 省吾さんとデートしていても立樹のことを考えてしまうし。

 こうして会うと余計に好きだと思い知る。

 それより俺は立樹に告ったけど、立樹はなにも変わらない。

 変わらずにこうして呑みに誘ってくれる。それがすごく嬉しい。


「またなにか考えてるだろ」

 また考え込んでしまった。


「ごめん。立樹のこと好きだなって思っただけ」
「まだ思っててくれてるのか。悠に言われるとすごく嬉しい。ズルいかもだけど」
「でもさ、俺、最近付き合い始めた人がいるんだ」

 言った!

 チラッと立樹を見ると固まっている。

 え?

 立樹を好きだといいながら他の人と付き合い始めたから?


「いつから?」
「1ヶ月前から」
「どんな人?」
「真面目な人。まだキスもしてない」
「1ヶ月経っても?」
「うん。俺が好きな人いるって言ってるからだろうけど」
「知っててか。それでも付き合うってほんとに悠のこと好きなんだな」
「うん」
「そっか。そしたら悠はそのうちその人のこと好きになるんだろうな」
「多分」
「悠が俺じゃない誰かを好きになるって寂しいな。って結婚した俺がなに言ってるんだって感じだけど」

 そう言って立樹は寂しそうに笑った。

 なんで? なんでそんなに寂しそうな顔をするの?

 立樹は結婚してるのに。

 別に俺のこと好きなわけじゃないのに。

 そんな顔をされたら、もしかしてって勘違いしちゃうじゃないか。

 立樹も俺のこと好きなんじゃないかって。

 そんなことあるはずないのに。

 だって立樹はノンケで、しかも結婚しているのだから。だから俺のことを好きだなんてあるはずがないんだ。

 だから、そんな顔しないで。勘違いしちゃうから。

 お店を出て家に帰る途中。

 立樹の家は以前一人暮らしをしていたマンションのすぐ近くなので一緒に帰る。

 2人きりで会うのは1ヶ月半ぶり。

 もちろん、こうやって並んで帰るのも1ヶ月半ぶり。

 たった1ヶ月半なのに、もっと長い間会っていないような。そんな感じがする。

 立樹の隣を歩きながら月を見上げる。今日は月が綺麗だ。


「月、綺麗だね」

 思わず言ってしまっていた。

 それに対して立樹も答えてきた。


「そうだな。綺麗だな」

 月が綺麗ですねの意味は伝わっているよな?

 でも、それに対する”綺麗だな”ってどういう意味?

 I Love You too。そういう意味になっちゃうよ。

 ただ純粋に月が綺麗だなという意味で言ったの? 俺が言った意味は考えなかったの?

 意味がきちんと伝わっていて、その上で綺麗だなと言ってくれたのならどれだけ嬉しいだろう。

 でも、そんなことはないんだ。

 そんな俺にとって都合のいいことは起こるはずがないんだ。だって、立樹はノンケなのだから。

 だから純粋にほんとに月が綺麗だと思って言ったのだろう。

 それでも、こんな月の綺麗な夜に2人で歩けるのって幸せだなと思う。

 いっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに。

 立樹と2人きりのこのままで。

 そう思って気づく。省吾さんとは4回デートをした。それで感じることは真面目な人なんだな、ということだけでそれ以外のことはなにも感じない。

 もちろん嫌だということはない。人として好感は持っている。でも、それ以上の感情はないし、持てそうもない。

 1ヶ月じゃあダメなんだろうか。もっと長い時間をかけなければ無理なのだろうか。

 でも、好きになれそうな感触すら持てない。

 好きになれるものなら好きになりたい。

 だけど、俺の心は好感以上の感情を持ってくれそうにない。

 省吾さんではダメなんだろうか。

 いや、省吾さんがダメなのではなく、立樹以外がダメということなのかもしれない。

 俺の心は立樹以外を受け付けないんだろうか。

 もしそうだとしたら今の努力は無駄だということになる。

 どうして立樹なんだろう。

 確かに外見はどストライクだ。

 でもそれだけならここまで好きになることはなかった。

 性格があったのもあるだろう。

 だからここまで好きになった。

 だけど、こんなに苦しくなるのなら出会わなければ良かった。

 そんなことを思ってみたりもしてしまう。


「好きだよ」

 そう小さく呟いてみた。

 隣の立樹にもよく聞こえなかったようで聞き返される。


「なんだって?」
「ん〜別に」
「彼氏いてもこうやってまた一緒に呑みにいこうな」
「もちろん」
「良かった」
「立樹こそまた時間作って」
「ああ」

 そういっているうちに俺の家が見えてきた。

 じゃあね。

 そう言おうとしたとき立樹に抱きしめられた。

 何が起きたのかわからず、なんのリアクションも取れずそのまま抱きしめられていた。

 そして軽く立樹の唇が俺のそれに触れる。

 え? 今、キスされた?

 立樹にキスされるのは初めてじゃない。

 立樹が結婚する前にもキスされたことはある。

 だけど、なぜキスされるのかわからなかった。

 でも立樹も独身だったからあまり考えないようにしていたけど、今は違う。立樹は妻帯者だ。

 そう思うと胸が痛くなって涙がでてきた。

 唇が離れ、それに気がついた立樹が慌てる。


「ごめん。嫌だったよな」
「……そうじゃない。ただ奥さんいるのにしていいの?」
「……」
「じゃあまたね。また時間取れそうなとき連絡ちょうだい。おやすみ」

 立樹がなにか言うよりも先におやすみと言い、家までの距離を走った。

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