金曜日の夜。
一昔前なら華金などと言ったのだろうか。いや、今も言うのだろうか。
どちらにしても係長になってから忙しくて、最早定時が何時だかわからない。
大体毎日21時頃に会社をでることが多いから、自分の定時は21時なのかもしれない。そんな冗談も出るくらい毎日残業続きだ。
まぁ、今は恋人もいないから別にいいか、とも思う。
仕事が終わった後のデートなど、今の自分には時間的にも体力的にも余裕がない。
ひとついいことがあるとしたら残業代がつくことだろう。
係長に昇進して給料が上がった上に残業代もつくと、金銭的には嬉しい悲鳴だ。
しかもデートや買い物に行く時間もなく、お金を使うと言ったらランチ代くらいだから、最近はランチ代を抑えることはなくなった。それでもお金は貯まっていく。
しかし貯まるのはお金だけではなく、ストレスも溜まっていく。
ストレス発散の料理が週末にしかできないどころか、日々の夕食はあろうことかコンビニ弁当になっている。
健康のことを思えばコンビニ弁当など言語道断なのだが、21時まで仕事をして帰宅して。とてもじゃないけど、それから食事の支度などしたくない。
それでも週の初めのうちは作り置きを食べれるが、週なかばには作り置きもなくなる。
週末にもっと作り置きするかな?
そうすると自由な時間が少し減ってしまうけど、デートに時間を取られるわけではないので頑張るか。
コンビニ弁当を食べることを考えたら、それくらいは仕方ないのかもしれない。
そういうと、昇進したのだし毎日忙しいのだから、そろそろ結婚したらどうかといらぬ心配をされることがある。
今はデートする相手もいないが、仮にそんな相手がいても結婚などしたくてもできない。なぜってゲイだからだ。
好きになるのは同性の男だ。初恋からずっと好きになるのは決まって男だ。だからきっと根っからのゲイなのだろう。そんな男が結婚などできるわけがない。
余計なお世話だよなぁ。
そんなことを考えながら夜道を急ぐ。
マンションエントランスで郵便受けを覗き、何もないことを確認してため息とともにエレベーターに乗る。
それでも明日は休みだ。いつもよりほんの少し遅く起きて、1週間分溜まった洗濯をし、掃除機をかける。そして近所に新しくできたカフェなどで昼食をとって、帰りにはスーパーに寄って買い物をする。
そしてコーヒーでも飲んで休憩をしてから夕食を作る。
毎週同じことの繰り返しだ。違うとしたら昼食を食べる店くらいだ。
そうだ、明日の朝は近所に新しくできたパン屋さんのパンにしてみようか。それで昼は定食屋にしよう。
明日の予定を大雑把に決めたところでエレベーターは部屋のある7階に着いた。
エレベーターを降り、一番手前の家の玄関から人が転がり出てきた。
そして、その人を蹴る人が目に入った。
暴力を振るった人間と思わず目があってしまい、どうしていいのかわからずに目を伏せる。いや、こちらは何も悪いことはしていないのだけど。
「帰ってくるな!」
転がり出てきた人を残して玄関ドアは閉まった。
蹴られていたけれど大丈夫なのだろうか?
「あの〜? 大丈夫ですか? 怪我してるんじゃ?」
声をかけると、初めて人がいると気づいたようで廊下の手摺に掴まってゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫、です」
下を向いてはいるけれど、色が白くて整った顔立ちに見える。
「蹴られたところ痛いですよね。良かったら湿布貼りますよ。あ、俺、一番奥の701の|高地《たかち》といいます。決して怪しい者じゃありませんから。とにかく湿布貼りましょう」
そう言うと、蹴られていたその人は警戒した目をしていたが、社員証を見せると少し警戒を緩めて俺を見た。
それを見て、ついてくるのかな? と思い歩き出すと俺の後をついてきていた。
それをチラリと確認してから、一番奥の自分の家の鍵を開ける。
「散らかってるけどどうぞ」
そう言うと、少し戸惑っていたようだった。あんなふうに暴力を振るわれたりしていたら人が怖くなったりするんだろうか。それとも単に知らないやつの家だからか。
それでも、しばらく玄関ドアを開けたままにして待っていると、おずおずと靴を脱いで入ってきた。
その様子を見て、手負いの猫みたいだな、と思う。猫に例えられたら嫌かもしれないが。
「ソファーに座ってちょっと待っててください。今、湿布持ってきますから」
彼にソファーを勧め、俺はスーツのまま薬コーナーから湿布を取ってソファーに戻る。
「お待たせしました。どこ蹴られました? お腹だけ?」
俺が見たのはお腹を蹴っているところだ。でも、他にも蹴られたところがあるかもしれない。そう思って訊いてみる。
「お腹と背中……」
「じゃあ、背中から貼っていきましょうか。 服、まくって貰っていいですか? 変なこととかはしないんで」
そう言うと、おずおずと背を向け、服をまくってくれる。
でも、その背中を見て俺はびっくりした。痣が1ヶ所だけじゃなく、いくつもいくつもあるからだ。これを見るに、日常的に暴力を振るわれているのがわかる。
兄弟なんだろうか? 似ているようには見えないけど、わからない。だってもし家族じゃなかったら一緒に暮らさないだろう。いや、家族でも逃げ出すと思うけど。
いや、今はそれどころじゃない。それよりもこれだけ痣があるとどこに貼ったらいいのか迷う。
とりあえず、まだ新しい痣数ヶ所に湿布を貼った。
「痛そうなところに貼ったけど、他にも貼って欲しいところあります? なかったらお腹に貼りますけど」
「大丈夫です」
蚊の鳴くような声でそう言って、今度はお腹の服をまくった。こっちもいくつもの痣がついている。
お腹は面積が狭いので2枚も貼れば痣は隠れた。
「他にも湿布貼りたいところありますか?」
「……大丈夫です」
「じゃあ、温かい飲み物でも淹れますね。コーヒー飲めますか?」
「はい」
「じゃあ少し待っててください。俺、ちょっと着替えてくるんで」
そう言ってベッドルームに行き、部屋着に着替える。それより彼は今夜どうするんだろう? 帰ってくるな、なんて言われてたけど。ふと、そんなことが気にかかる。
痣があれだけたくさんついているのだから日常的に暴力を振るわれているのは間違いない。でも、そ の度に帰ってくるな、なんて言われているんだろうか。だとしたらそのときはどうしているのだろうか。俺には関係のないことだけど気になった。
着替え終わりキッチンへ行き、ドリップコーヒーを淹れる。
「コーヒー。ミルクとか砂糖っていります?」
「ブラックで大丈夫です」
相変わらず小さい声だけど、元々そういう話し方なのかもしれない。
「はい。どうぞ」
コーヒーをソファーの前のローテーブルに置く。そして俺は彼と対面するようにラグの上のそのまま座る。
コーヒーを置くと、おずおずとだけどコーヒーカップに手が伸ばされたのを見ると体が冷えていたか、喉が渇いていたか。
春とは言え、まだ寒い日もある。今日がちょうどそんな日だ。
しばらくはお互いに無言でコーヒーを飲む。時計を見ると22時を少し回ったところだ。
ほんとに、帰ってくるななんて言われていたけど大丈夫なんだろうか? 明日は休みだし、彼が嫌でなければ泊めるのは構わないけれど、初対面の俺がそんなことを訊いて、言ってしまってもいいのだろうか。でも、気になるし。訊いてみるか。
「あの……。帰ってくるなって言われてたけど大丈夫ですか? 行くあてとかは?」
見知らぬ初対面の俺についてくるぐらいだから、どこか行くあてがあるとは思えないけれど、そんなふうに訊いてみた。
「大丈夫です。ネカフェとか行くんで」
思った通り、行くあてはなかったようだ。でも、あれだけの痣がつくほど暴力を振るわれてて、その度にネカフェとか行ってたんだろうか。だとしたら、あまりにも酷い。いや、あれだけの暴力を振るうこと自体が酷いけれど。
「もし良かったらうちに泊まりますか? 来客用の布団あるし、明日は俺は休みだから気にしないでいいですよ」
「でも、迷惑をかけてしまうので……」
「いや、俺は大丈夫。君さえ構わなければ、だけど」
そう言うと彼はしばらく考えていたようだけれど、「あ!」と声を出した。
「どうかしました?」
「あの……お財布持ってない。いつもポケットに入ってるのに」
「じゃあ、決まり。お金ないとネカフェとか行かれないでしょう。泊まっていけばいいですよ」
「……申し訳ありません。あの、朝には帰りますから」
「朝って言ったって、お金ないのは変わらないのに」
「いえ。多分朝には連絡があると思うので。スマホはポケットに入ってるから」
「連絡って、帰ってこいって?」
「はい」
なんとも勝手な話だ。
あれだけの痣がつくほどの暴力を振るっておいて、挙げ句には「帰ってくるな」と言いながらも朝になったら「帰ってこい」って連絡するって自分勝手な話じゃないだろうか。
そう思うけれど、会ったばかりの彼にそんなことを言うわけにもいかず黙っている。
「お風呂入ります? って、あ、湿布貼ったばかりだ。貼り替えるから入っていいですよ。湿布はまだあるから。あ、下着、俺のでサイズ大丈夫かな? 大丈夫なら新しいのあるからそれ穿いていいので」
そう言うと、しばらく考えたようだが、シャワー借ります、というので風呂場まで案内した。
彼に着てもらうTシャツとスウェットを出し、俺の開けてない下着、と思ったけれど彼は俺より背が低いだけじゃなく細身だ。俺のでは大きいかもしれない。そう考えていると元彼用に買った下着が余ってた気がした。元彼は彼ほど細身ではないけれど、俺よりは体格が近い。
クローゼットの中を探すと思った通り俺のよりワンサイズ小さな下着が出てきた。
Tシャツとかは俺のだから大きいけれど、そこは我慢して貰う。でも下着は大丈夫だろう。
「かごに着替えとタオル置いておきますね」
シャワーを浴びてる彼に声をかけ、そういえば夕食は食べたのだろうかと気になった。少なくとも俺はコンビニ弁当を買って来たぐらいだから食べてはいない。
もし彼も食べてないなら何かとってもいい。
そういえば名前をまだ訊いてなかったと思い出す。こちらは社員証を見せたから、俺の名前は知られているが、彼の名前を知らない。名前を知らないと呼ぶときに困る。後で訊いてみよう。
そう思っているとシャワーから出てきたようだ。
「下着のサイズ大丈夫でした?」
「大丈夫です」
「夕食って済ませました?」
「いいえ食べてません」
「じゃあ、何かとりましょう。俺もまだだから。ラーメン、寿司、ピザ、どれがいい?」
「俺はどれでも」
「じゃあピザでもいいですか? 一人だと食べれないので」
「はい」
スマホでピザ屋のアプリを立ち上げメニューを見る。
「何か食べたいものは? 魚介系かガッツリ肉か、シンプルなのか」
「なんでもいいです。それより、俺、今日お金持ってないから……」
「お金ならいいですよ。それでも気になるなら後日でもいいし。近いんだから」
「じゃあ近いうちに持ってきます」
「じゃあそういうことで。で、ピザどれにします? ハーフ&ハーフで肉系とシーフード系とか?」
「はい」
メニューを見ながらアプリで注文を済ませ、後は到着待ちだ。
そこで彼の名前を訊いていなかったことに気づいた。
「そういえば名前聞いてなかったんだけど、名前なんていうんですか? 名前わからないと、君としか呼べなくて。あ、名乗りたくないなら拒否していいんで」
「あ、すいません、名乗ってなくて。道枝律です」
「律くんか。律くんって呼んでもいいですか? 俺のことは好きに呼んでいいんで。あと、敬語やめていいですか? 疲れちゃって」
「はい。律でいいです。じゃあ、直樹さんって呼ばせて下さい。あと、敬語なんかじゃなくていいです」
「ありがとう。じゃあ律くんって呼ばせて貰うね」
暴力を振るわれた律くんを放っておけなくて家に招いたけれど、なんとなく彼とお近づきになりたいな、と思って名前を訊いた。
それは下心があったとかそういうのではなく、純粋にお近づきになりたいと思ったのだ。
「あ、ピザが来る前にもう一度湿布貼っちゃおうね。待っててね、今持って来るから」
先にシャワー浴びさせれば良かったけど、まさか泊めるとはおもわなかったしな。この間湿布を補充したばかりで良かった。
そして先ほどと同じところに湿布を貼っていくけれど、ほんとに痛々しい。律くんとあの暴力を振るっていた彼がどんな関係なのかはわからないけれど、別々に暮らした方がいいんじゃないか、と思ってしまう。
けれど、今日会ったばかりで律くんのことも何も知らないで軽々しく口にできることではない。それに、俺が言わなくても律くんの友人などがとっくになにか言っているに違いない。
もしかしたら出ていきたいけれど出ていけない事情があるのかもしれない。それは出会ったばかりの俺が聞き出せるものでもないし、口を挟むものでもない。
ただ、体にはこれだけの痣があるのに顔には一つも痣がないところを見ると、きっとあえて顔は避けているんだろうな、とわかる。
「なんか2度もすいません。今度湿布代も持ってきます」
「そんなこと気にしなくていいよ。お節介なんだから」
「でも……」
そんなことを気にしてしまう律くんは真面目な良い子なんだろうな、と思う。湿布代なんて大したものじゃないし、たまたま居合わせてしまって見過ごせなかっただけのお節介なのだから、気にしなくてもいいのに。
それでも、なんだか律くんと出会えて良かったな、と思ってしまうのは不謹慎だろうか。でも、あの暴力を振るう彼が渡り廊下に蹴り出してくれなかったら出会うこともなかった。
俺が帰宅するのはいつも大体このくらいの時間だから、今まではもっと早い時間か遅い時間だったのだろう。
というか、俺は家が少し離れているけれど、隣の家の人は物音や声など聞こえないのだろうか。いや、聞こえていたとしたって知らない人相手になにか言うことなんてできないか。
あの彼とは兄弟なのか、それとも……恋人? その二択しかない気がする。もし友人だと言うのなら、暴力を振るう相手とは縁を切ろうとするだろう。でも、それをせずに一緒にいるということは兄弟か恋人かしか想像がつかない。
でも、自分のことを棚に上げて言うのもなんだけど、ゲイなんてそうそういるわけじゃない。こんなご近所さんにゲイカップルがいるとは思えなくて。
それでも、兄弟でなければそうとしか思えなくて。なんとなく律くんがそうならいいなぁ、なんて思ってしまう。
「直樹さん?」
「え? あ、ごめん。ちょっとぼんやりしちゃった」
まさか、君と彼の関係について考えてしまっていたなんて言えるはずがない。
「すいません。お疲れのところ。あの、俺、やっぱりネカフェかなにかに行きます。いえ、その分お金を借りなきゃいけないんですけど……」
「大丈夫だよ。疲れてはいるけど、もう週末だからね。明日なに作ろうかなって考えてただけだから」
「直樹さんって料理できるんですか?」
「一応ね。一人暮らし歴もそれなりにあるから。週終わりは作り置きなくなるからコンビニ弁当に頼っちゃうけど週頭は作り置きもあるんだよ」
「作り置きなんてしてるんですか。すごい! 俺、料理って苦手で作れるものなんて少ししかないです。だから、できる人を尊敬します。直樹さんすごいんですね。彼女が喜ぶでしょうね」
彼女、ね。生まれてこの方、一度も彼女なんて存在がいたことはないよ、とはさすがに言えない。いたのは彼氏だよ、なんて。
律くんのセクシャリティがわからないから、話を濁していく。俺はどちらかというとクローゼット派だ。
昔よりはマイノリティが声を出しやすくなったのかもしれないが、社会生活を営んでいく上で何らかの支障があるかもしれない、という危険を冒してまでオープンになろうとは思えないからだ。
「残念ながら彼女はいないなぁ」
「あ、別れたとかでですか? 直樹さん優しいしイケメンだからモテますよね。きっとすぐできますよ」
「そうかな? ありがとう」
まぁ、別れたのは彼氏で、次にできるのも彼氏だけども。と心の中で付け加えておく。
そんなふうに話をしているうちにピザが届いた。
玄関を開けるときに、律くんに暴力を振るっていた彼がいるかもしれない、と少し緊張して開けたが、帰ってくるなと言っていたからか玄関は閉まっていた。
「さぁ、熱いうちに食べよう。今、お皿持ってくるね」
2人分のお皿とフォークを持ってリビングに戻る。律くんの目は少しキラキラとしているような気がする。お腹が空いていたんじゃないだろうか。
「はい、お皿。さ、食べよう」
彼氏と別れてしまった俺は、今、絶賛独り身なのでピザなんてなかなか食べられないので、ピザを食べるのなんてほんとに久しぶりで、俺の目の方がキラキラしているかもしれない。
とろりと溶けたチーズはカロリーを考えると怖い。もう30歳を超えている身としてはだらしない体型になるのが怖いから普段は気をつけているけれど、たまにのチーズはご褒美とする。大体ピザと言い出したのは俺だ。
食べっぷりを見ていると律くんもお腹を空かせていたようだ。食事もとらずにあんな暴力を振るわれていたのかと思うと可哀想になる。
腹ッペかしが2人だったせいかMサイズのピザはあっという間になくなってしまった。
「ピザなんて久しぶりに食べました」
「ほんと? 俺も久しぶりに食べたよ。ちょっと禁断の味だけど美味しかったよね」
「美味しかったです」
そう言って笑う律くんから俺は目を離すことができなかった。
ピザを食べ終わった後リビングに来客用の布団を敷き、俺はシャワーを浴びた。
短い時間だけど律くんは最初の頃よりしっかりとした声を出しているし、纏う空気も柔らかくなった。怪しい人間ではないと信頼して貰えたのだろうか。そうだと嬉しい。
そして俺はそんな律くんが気になる。それは単なる初対面の相手だからなのか、それともそれ以上のものなのか自分でもわからない。わからないけど、律くんの笑顔には見惚れてしまった。
律くんは色の白いノーブルな顔立ちをしている。綺麗、という言葉がピッタリだ。男としたら嬉しくない形容詞なのかもしれないけれど、綺麗という言葉しか出てこないのだ。
そんな律くんだから気になるのか。それは気になるが、あまり気にしてはいけないような気がした。だって今日出会ったばかりで、怪我が心配で湿布を貼るという名目で誘ったのだ。決して下心はなかった。
確かに元彼と別れて2ヶ月になるけれど、そんなに急いで次の彼氏を作ろうとも思っていない。こればかりは縁だから、縁があれば出会うだろうしそういう関係にもなるだろう。だから流れに任せているといったところだ。
もちろんゲイだから出会うとすれば、ゲイバーか出会い系になるけれど、まだ積極的に出会おうとはしていない。
正直言ってしまうと、元彼のわがままに疲れてしまって今は1人ゆっくりとしたいといったところだ。
だから今は律くんに対して気になるというのがどういう意味かだなんて考えなくていい。
シャワーを浴びてリビングに行くと、布団の上に座っている律くんがいた。
「先に寝ていて良かったのに。電気が嫌だった?」
「いえ。電気は大丈夫です。」
「そう?今日は疲れたでしょう。ゆっくり寝るといいよ」
「はい」
「じゃあ電気消すよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言ってリビングの電気を消すと、律くんが布団に入るのが見えた。俺も早く寝よう。明日は律くんが朝には帰るのかどうなのかわからないから、1日の予定がいつも通りになるのかはわからなない。
もし帰るようならいつも通りの週末のパターンで。もし昼過ぎまでいるようであればそのとき考えよう。
そう考えて俺もベッドに入った。
翌朝、目が覚めてリビングへ行くと律くんは既に起きていて布団を畳んでいた。
「寝れた?」
「あ、はい。おかげさまで寝れました。あの……」
「ん? 連絡あった?」
「はい。ちょっと前に」
「そっか。じゃあ朝食は食べないで帰る?」
「はい」
そうやって返事をする律くんは申し訳なさそうな顔をしていた。
「気にしないでいいよ。朝になると連絡あるって聞いてたしね。それよりもう帰った方がいいんじゃない? また暴力振るわれたら大変だよ」
「あ、はい。あの、昨夜は本当にご迷惑をおかけしました。ピザと湿布代持って来ますから」
「そんなの気にしないでいいよ。こっちこそ、1人で食べられないからって勝手にピザに付き合わせちゃったから」
「そんな。俺も久しぶりに食べてすっごく美味しかったし」
「うん。その言葉だけで十分だよ。それよりさ。もしまた暴力振るわれたらネカフェとかじゃなくてうちにおいで。湿布くらいは貼ってあげられるから」
「そんなに迷惑をかけるわけには……」
「迷惑なんかじゃないよ。俺が心配なだけだから」
「……じゃあ、そのときは。でも! 疲れてたりしたら追い払っていいですから」
「追い払ったりしないよ。だから安心して」
「ありがとうございます」
律くんはとっても真面目な子なんだということが、この短いやり取りでもよくわかる。
「あの、じゃあ俺帰ります」
「うん。またね。って暴力はない方がいいんだけどね」
そう言うと律くんは困ったように小さく笑い帰っていった。
ドアがパタンを完全に閉まるまで俺は玄関をじっと見ていた。
律くんがもう暴力を振るわれるようなことがなければいいと思う。でも、そうすると律くんには会えなくなるんじゃないかと思うと寂しい。また律くんに会いたいと思っている俺がいた。
- ブックマークなし

※コメントは最大500文字、50回まで送信できます