EHEU ANELA

遠回りのしあわせ〜You're my only

番外編1

「旅行?」
「そう、旅行。次の3連休で。もうすぐパートナーシップ宣誓から5年経つし」

夕食を食べながら立樹が言う。

確かにもうすぐパートナーシップ宣誓記念日だ。それで旅行に行こうというわけか。


「うん。でも3連休って混むだろ。今からで予約取れるのかな」
「それなら、もう予約取ってあるから大丈夫。それともなにか予定ある?」
「ううん、ないよ。2泊で行くの?」
「そう。そうすれば中1日はゆっくりできるだろ」
「どこ行くの?」
「宮崎」
「宮崎? 行ったことない」
「俺も初めて。今回は節目だし、ちょっと贅沢にしたよ」

そう言って立樹は笑う。

パートナーシップ宣誓・結婚式からもう5年が経つのか。

今まではいいレストランで食事をした。だから今年もそうかな、と思っていたらまさかの旅行だった。でも、最近旅行なんて行けてないから嬉しい。

この5年の間に立樹は課長になり、俺も係長になった。俺はまだなんとかなるとしても立樹は何日も休みを取るのは難しくなってきているので、自由に旅行に行くのは難しくなってきている。

それでも記念日のお祝いは立樹は必ず何かしらしてくれる。どんなに忙しくてもそれは欠かしたことはない。対して俺はいつもして貰う側だ。ダメだなぁと思うけど、俺が楽しそうにしているのを見るのが幸せだからいいんだと立樹は笑う。だから甘えてしまっている。


「何ができるの? 温泉ある?」
「あるよ。貸切露天風呂もある」
「貸切露天風呂! それ、すごい! 貸切だけでも贅沢なのにそれが露天風呂なんて。高いだろうけどそこ貸切したいな」
「大丈夫。貸切するよ」
「やった〜!! ほんと贅沢だね」
「あぁ。後は乗馬もできるしサーフィンもダイビングもゴルフもできる」
「乗馬やってみたいかも」
「そうだな。サーフィンやダイビングは経験ないと難しいからな」
「あとは何ができる?」
「観光なら神話のふるさとだからちょっと見れないようなのもあるし、後は公園でのんびりしたりサイクリングしたり。あとは高千穂峡かな」
「なんでもできそうな感じだね」
「そうだな。ゆっくりもできるし、アクティブに動くこともできるよ」
「なんだか楽しそう。どんなところに泊まるの?」
「それは当日のお楽しみっていうことで」

そういたずらっ子のように立樹は笑った。

泊まるところが当日のお楽しみということはちょっといい旅館なのかな。貸切露天風呂あるって言うんだから。

どちらにしても仕事も忙しいのに、いつ計画して予約までしてくれたんだろう。夜はいつも一緒だし。となるとお昼の休憩中か、どちらかが残業のときしかない。俺がのんびりしてる間にやっていてくれたことに感謝だ。

3連休は来週末だ。仕事は忙しいけれど旅行を楽しみに頑張ろう。


あっという間に3連休は来た。

宮崎では何をするか考えて、とりあえず今日は足をのばして高千穂峡へ行き、中日の明日は乗馬とゆっくりワイナリーへ行く予定だ。

神話も面白いかなと思ったけれど、どうもパワースポットらしいので、そうなると女性が多いだろうし連休だと人出も凄そうなので一社だけ行くことにした。


「仕事のときは朝起きるの辛いのに旅行に行くってなると起きれるのはなんでだろうね」

今日は向こうの空港に着いたらレンタカーを借りて高千穂峡まで行くので朝早い便でため、朝は仕事の時よりも早く起きたのだが、すんなりと起きれた。いつもはなかなか起きれないのに。


「そんなもんだろ。仕事が好きで楽しいのなら別だろうけど」
「そんなもんか」
「でも、飛行機の中では少し寝た方がいいかも。車の運転もあるし」
「そうだな。ゆっくりは寝れないけど、少しでも寝るようにするか」

空港から高千穂峡までは遠く、車で2時間半ほどかかるため行きは俺が運転し、高千穂峡から宿泊先へは立樹が運転することになっている。

高千穂峡から宿泊先の方が距離があるので、俺が運転すると言ったのだけどそれは却下された。立樹が俺に甘く過保護なのは5年経った今も変わらない。

機内で寝るために搭乗する前に水分補給をし、座席に座ると目を閉じた。寝れるかわからないなと思っていたけど、睡眠不足だったからか目を閉じたらすぐに寝てしまい、気がついたら宮崎空港だった。それは立樹も同じだったようで、2人で顔を見合わせて苦笑してしまった。

空港に着くと真っ直ぐレンタカーを借り、高千穂峡を目指す。空港の辺りは椰子の木が等間隔に植えられていて海外へ来たと錯覚してしまう。


「なんかハワイ思い出すな」
「結婚式思い出す。あれから行けてないけど、また行きたいなぁ」
「そうだな。なんとか休みを取るか」
「俺はまだなんとかなるけど、立樹は難しいんじゃん?」
「飛び石連休のときがあれば有休つけて行くっていう手があるけどな」
「月末月初以外なら俺は合わせられるよ」
「じゃあそんな感じで休みを取るか」

立樹が課長に昇進してから有休は一度も取っていない。それは慣れていないので忙しかったのもある。でも、今はそんなこともないので数日なら取れるかもしれない。


「記念日に行けたらいいな」
「そうだな」
「10周年で行く?」
「あと5年待てる?」
「う〜ん……」
「節目じゃなくてもいいんじゃないか?」
「でも、そしたら10周年はどうするの?」
「それはそのとき考えればいいだろ」
「それもそうだね」

そんなことを話しながら車を走らせる。片道2時間半と距離はかなりあるけれど、話しをしながらならだとそんなに苦にならない。それどころか楽しい。


「立樹ー。お腹空いたー。コンビニで買ったお菓子取って」

今日は朝が早かったから絶対に途中でお腹が空くと思って、コンビニでスイーツを買ってきてある。俺はマロンコロネで立樹は甘いのが得意ではないので肉まんだ。

マロンコロネはマロンクリームとマロンホイップで甘くて幸せな気持ちになれた。

旅行というだけで幸せなのにスイーツ食べたらもっと幸せだ。そんな小さな幸せを感じながら車は高千穂峡を目指した。

高千穂峡へ着き駐車場に車を駐め、ゆっくりと歩いてボート乗り場へと向かう。

立樹が前もって予約をしておいてくれたのでスムーズにボートを借りることができた。当日だといっぱいだったりすることもあるようだ。

 
「俺、ボート漕いだことない」
「俺もないけど、俺が漕ぐから」
「そう? ありがとう」

ボートを漕いで遠くまで行くわけではないけれど、漕ぐのには若干不安が残る。こういうとき立樹はなにも言わずに引き受けてくれる。

 
「じゃあ俺は写真撮るね」

ボートに乗り上を見上げる。この断崖は80メートルから100メートルの高さがあるらしい。高すぎて見上げていると首が痛くなるほどだ。


「すごい迫力だね」
「そうだな。まずは滝に行くぞ」
「うん」

あまり滝に近づきすぎると濡れるので少し滝から離れたところから見る。高い崖の上から真っ直ぐに落ちてくる滝は圧巻だ。


「俺、滝好きなんだよね」

俺は子供の頃から滝が好きで出かけた先で滝があると聞けば必ず足をのばす。


「なんで?」
「なんていうか、こうさ〜。こう、くるものがあるじゃん」
「何を言ってるのかわからないぞ」
「だって表現難しいよ」
「まぁ、でもなんとなくわかる気がする。心が洗われるような気もするしな」
「そう。それ!」

俺が身を乗り出して言うと、危ないと窘められる。


「あ、ごめん」

こんなところで川に落ちるのは嫌だ。決して泳げないわけじゃないけど得意じゃないし、何よりここで服を着たまま泳ぐのは嫌だ。ボートに乗るのも難しそうだし。


「写真撮った?」
「撮ってるよ。もう少し進もう」
「もう少し早い時間ならもっと陽がさしてるらしいんだけど、お昼食べてたからね」
「もう1時間早い飛行機なら良かったのかな」
「でも、6時半羽田発は無理だろう。前乗りで空港近くのホテルに泊まらないと無理だよ」
「定時で仕事を終えない限りは無理だよね」
「まぁでも全く陽がさしてないわけじゃないしな」

そう。今だって陽はさしているのだ。ただ、もう少し陽がさしていたら見える景色もまた少し違うのかもしれない。

念のため撮った写真を確認してみると十分綺麗に撮れていた。立樹にも見せる。


「十分綺麗だよ」
「だな。というより岩撮ってるのか」
「うん。だって模様っていうのかな、それが普通では見られない感じだから」
「確かにそうだな」
「何か撮りたいのある?」
「いや。悠に任せるよ」
「この川ってまだ先続いてるんだよね。時間ある?」
「あー、そんなに時間ないや。あと10分」

少し漕いでは止まりを繰り返していたら何気に時間が経ってしまっていたようだ。


「じゃあもう少し進んだら戻ろうか」
「そうだな。30分はあっという間だな」
「だね。写真撮るのに時間がかかり過ぎた」

今、自分の目で見ている景色を余すことなく写真に残したいと思っていたら時間がいくらあっても足りないんだということがわかった。


「延長っていうのもあるみたいだけど、10分で1,000円らしい」

オールを漕ぐのをやめ、スマホを見ていた立樹が言う。

 
「10分で1,000円は高いよ」
「だよな」
 

結局、少し写真撮影を控えて、行けるところまで行った。30分はあっという間だったけど、この素晴らしい渓谷を下から眺めることができて良かったと思う。

高千穂峡から宿泊先までは立樹の運転で行く。これから行けばちょうどチェックインの時間になる。そしてここまで来てもどこに宿泊するのか教えてくれない。


「なんで教えてくれないの?」
「その方がびっくりするだろ?」

そう言って立樹は笑う。


「と言うことはびっくりするようなところなんだね」
「どうなんだろうな。もうさ、諦めて着いたときに驚いてよ」

どうやっても俺を驚かせたいらしい。ここまで頑なに口を開かないというのはそこへ行けば必ず俺がびっくりするというのがわかっているということだ。ということは、びっくりすることが確定しているということだ。気になるな。でも教えてはくれないし。そう考えてため息をついた。もう着いたときにびっくりしよう。


「もういいよ。おとなしく着くのを待つよ」
「うん、そうしてて」

宿泊先を訊くのを諦めた俺は、行きには楽しめなかった外の景色をを楽しむことにした。そんなふうに景色を眺めていたらあくびをしてしまった。


「悠、眠かったら寝ていいからな」
「そんな。立樹だって同じくらい疲れてるんだから」
「悠は空港から高千穂峡まで運転してたんだから俺より疲れてるだろ。だから眠かったら無理に起きてなくていいから」

そう言って立樹は優しく笑う。立樹のこういう優しいところが好きだなと思う。パートナーシップ宣誓をしてから5年。まだ立樹にときめくことはあるし、好きだなと思うこともある。きっと俺はいつまでも立樹のことを好きなんだろうなと思う。それは立樹も同じだと思いたい。

そんなふうに景色を見ながら考えていると、いつの間にか寝てしまっていたみたいで立樹に起こされた。


「悠。起きて。着いたぞ。悠」

ぐっすりと寝てしまっていたらしく、肩を揺すられてやっと目を覚ました。そして、目の前の建物にびっくりして口をぽかんと開けてしまう。目の前には古めかしい温泉旅館ではなく、見上げて首が痛くなってしまうほどの高いビルのような建物があった。しかもそれは高級そうな。いや、間違いなく高級だ。だから黙っていたんだ。


「立樹。ほんとにここ?」
「ほんとだよ」
「だって、どう見たって高いだろ」
「節目だからな。ちょっと奮発した」
「いや、ちょっとじゃない気がする」
「まぁいいから。行こう」

ホテルの中に入ると更にゴージャスで場違い感がすごい。これ、かなりの奮発だろ。とんでもなく高級なホテルだ。

と立樹はフロントをすり抜けエレベーターに向かう。


「え。立樹、チェックインしないと」
「するよ」
「だって、フロント過ぎちゃってるよ」
「いいんだよ」

なにを言っているのかさっぱりわからない。チェックインはフロントでするものだ。じゃないと部屋の鍵も貰えないし。

でも立樹は涼しい顔をしてエレベーターに乗る。


「ほら、行くぞ」
「あ、うん」

エレベーターに乗っちゃってどうするんだろう。

俺と立樹を乗せたエレベーターはどんどん上へと上がり、静かに止まった。


「降りるよ」

エレベーターを降りるとホテルマンが慇懃に頭をさげて迎えてくれる。これってもしかして、とんでもなく高いんじゃないか?

 
「悠、座って待ってて。チェックインしてくるから」

そう言って立樹は別のスタッフに声をかけチェックイン手続きをしている。

こんなに高級ホテル自体、そんなに泊まったことないけど、普通のフロントデスクではなく、特別フロアでのチェックインとなったら、またとんでもなく高級な部屋を取ったということだ。

確かに5周年で節目の年ではあるけれど、こんなに贅沢していいんだろうか。窓の外には青い海が広がっている。ここに来るまで寝ていたからわからなかったけれど、海に面しているらしい。ということは部屋によっては海が見えるということだ。部屋から海見たいなぁ。そんなふうに窓の外を眺めているとチェックインを終えた立樹が戻ってきた。


「お待たせ。部屋に行こう」
「うん。何階?」
「39階。あまり上階じゃなくてごめんな。でも、いい部屋取ったから」

エレベーターを39階で降り廊下を奥へと進んでいく。部屋番号を確認すると角部屋のようだ。

部屋のドアを開けると広々としたリビングと、窓の外には海が見えた。


「部屋からも海が見える!」
「お風呂からも海見えるんだよ」
「お風呂からも?」

そう言われて急いでお風呂に行くと、ばっちり海が見えた。もっとも夜だと海は暗くてあまり見えないけど、このホテルの灯りで少しは見えるだろうか。海を見ながら湯に浸かるなんて贅沢極まりない。


「あぁ、写真通りだ」

立樹が俺の後ろに立っていた。


「なぁ、ここ、かなり奮発しただろ」
「まぁ、そこそこね。ほんとは近場で海外行きたいなと思ったんだけど、海外で少し奮発するなら国内で奮発した方がいいかと思って。それに近場でも海外だと1日は有休取る感じになるかなと思って。でも国内ならその必要ないからさ」
「確かにそうかもな。韓国なら三連休で行けるけど慌ただしいもんな」
「だろ。結婚式がハワイだったからサイパンとかグアム考えたけど有休必要だろ。なら三連休で来れて南国気分味わうなら宮崎かなって思ってさ」
「あーサイパンとか行ってみたい。グアムは行ったことあるけどサイパンはないんだよ」
「まぁそれは今後ね。今回は国内で贅沢旅行」
「ほんと贅沢だな」
「嫌だ?」
「ううん、そんなことない。考えてくれてありがとう」
「で、下には温泉あるし、貸切露天風呂もある」
「露天風呂貸切したって言ってたけど何時から?」
「17時から」
「それまで探検したい!」

俺がそう言うと立樹はくすりと笑った。確かに探検なんて子供じみたこと言ってると思うけど、だってこんな高級ホテルなんてもう来れないかもしれないじゃん? だから見てみたい。


「そしたらさっきのクラブラウンジでお茶してから行こうか」
「うん!」

そのまま温泉に行けるように2人分のタオルと下着をトートバッグに入れる。貸切露天風呂に入れると聞いたから持ってきたのだ。だって廊下をタオル持って歩くの嫌だったし。

バッグを持って先ほどチェックインしたクラブラウンジへと降りる。クラブフロアは一般宿泊客には入れないのでゆったりとできる。

窓際の席に座り海を眺める。海の景色っていいよな。だから結婚式もハワイでのガーデンウェディングを選んだし。


「明日の夕方を楽しみにしてて」

コーヒーに口をつけながら立樹が言う。


「明日の夕方? なにかあるの?」
「明日満月なんだよ」
「満月がどうしたの?」
「月の道って言うのが見れるらしい」
「月の道?」

道って道だよな? 満ちる方じゃないよな? 立樹がなにを言っているのかさっぱりわからない。


「海から月が昇って月光が海に映ると、月に向かってまっすぐに続く月の道が出来るらしい。それが見れるのが明日なんだ」
「そうなんだ。楽しみ。それって海が見えるところならいいの?」
「うん。海辺でもいいし、このフロアでもいいし、部屋でもいいよ。月の見えるところならどこでも」
「そうか。そんなのあったら見たくなるよな」
「だろ?」

旅行先といいホテル選びといい部屋選びといい、立樹がすごく考えてこの旅行をプランしてくれたのがわかる。一緒に暮らしてるのに、こんな旅行を計画してくれてるなんて知らなかった。こうやってスマートにエスコートできるあたり立樹ってすごいな、と思う。モテるはずだよな。


「立樹、ありがとう」
「楽しんでくれたらそれで十分だよ」

そう言って笑う立樹に胸がキュンとする。立樹と出会えて、将来を誓えてほんとに幸せだなと思った。