EHEU ANELA

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

再スタート 02

千景がヒートになったので俺はリモートで仕事をするようにした。でも、自筆のサインが必要だという書類が何枚かあり、それは会社に行かなければできないことだった。他にもランチ会食なんていうものまであって、早く帰りたいのにと思うけれど、夜の会食じゃなくて良かったと少しホッとする。

ランチ会食を終えた午後14時半。千景という番ができたからパートナー休暇を取れるように人事に申請を出した。出しても出さなくても休むことは出来ないからリモートで仕事をするのは変わらないが、今日みたいな出社はなくなるので申請を出した。

会社でやることを終えて家へと帰る。出てくるときは、だいぶヒートも落ち着いてきてはいたので大丈夫だと思うけれど、ほんとは完全に落ち着くまでそばにいてやりたかった。でも来月からはそれができる。

ほんとなら今日だって家にいたかったのにアナログな仕事のために千景を置いて出てきたから、会社の近くのパティスリーでプリンとケーキ2つを買った。

家に着いたのは15時。玄関を開けるが千景の声がしない。やっぱりまたヒートになったんだろうか。気になり寝室のドアを開けると、そこには俺の服に包まれた千景が寝ていた。

巣作りか。

オメガがアルファの身につけるもので巣を作るというのは知識として知ってはいた。でも、この目で見るのは当たり前だけど初めてだ。

俺の服に包まれて寝ている千景は安心しきったような顔をしている。俺の匂いで安心してくれるのか。それがとても嬉しかった。

ずっとその様子を見ていたいとは思うけれど、千景にお帰りなさいと言って欲しいし、なによりケーキがある。だから起こすのは忍びなかったけれど、起こすことにした。


「千景。千景。帰ったぞ」

何回か名前を呼ぶとぼんやりと目を開け、俺を見る。まだ寝ぼけているみたいだ。


「起きろ。土産がある」

千景はパチパチとまばたきをし、やっと目が覚めたみたいだ。そして目の前に俺がいることに気づくやいなや、ごめんなさいと謝ってくる。何を謝ってるんだ?


「ごめんなさい。陸さんの服を勝手に持ちだして」

ああ、そんなことを気にしていたのか。全然気にする必要なんてないのに。


「そんなのは構わない。それより上手く巣を作れたな」

そう言ってやると、千景は嬉しそうに笑った。でもすぐに眉をへにょりと垂らす。


「でも、勝手に陸さんの服持ち出しちゃったから」
「だからそんなのは謝る必要はない。落ち着いたか?」
「はい」
「それならいいよ。さぁ、土産でも食べよう」

千景とダイニングへ行きコーヒーを淹れる。千景が淹れようとしたけど、これくらいは俺でもできるので俺がやる。まだ千景には休んでいて欲しいから。だいたいオメガにとってヒートは結構疲れるものだから。


「わーマロンケーキに、これは? チョコレートケーキですよね。でも、苺が載ってる」
「ああ、それな。普通生クリームのケーキに載ってるものだけど、チョコレートケーキにって珍しいなと思って買ってみた。好きな方を食べろ。俺はプリンでいい」
「いいんですか? やった!」

食器棚から皿とフォークを出してやると、千景はマロンケーキから食べるようだ。


「いただきます!」

そうしてケーキをぱくつく姿は可愛らしい。


「今日、洗濯と掃除するつもりだったけど、何もしてません。ごめんなさい」
「謝る必要はない。まだヒートだって完全に終わった訳じゃないんだから」
「服、後でクローゼットに戻します」
「俺がやるから大丈夫だ」

そう言ってやるけれど千景はまだ申し訳なさそうな顔をしている。自分の番が自分の服で巣を作ってたなんて、アルファにとっては嬉しいだけなのに。


「明日か明後日には完全にヒートも終わるので、そうしたら美味しいもの作りますね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「はい!」

俺の服で巣を作り、俺が買って来たケーキを美味しそうに食べる姿はほんとに愛らしくて大事に守りたいと思った。



陸さんと番になったことをお母さんに言った。そうしたら、お義母様にもその情報はまわって、両家で食事会をすることになった。高級料亭で。

お義母様は頬を染めて、ほんとに嬉しそうに笑い、お義父様はだから言っただろうとダンディに笑いながら言った。お母さんは、やったじゃないと言わんばかりにウインクしてくる。お父さんに至っては、めでたいと言いながら普段はほとんど飲まないお酒を飲んでいる。明日、大丈夫なのかな? まぁ4人で楽しそうに話しているから、僕と陸さんは食べることに専念する。


「箱根で食べた味に似てますね。陸さんの言う通りランクの高いところなんだ」
「だろう? あそこは高級旅館と言われているが、1日に受け入れる予約は10組であの部屋であの食事だ。サービスを考えれば決して高くない。気に入ったか?」
「はい。とても落ち着けるいい宿でした」
「なら、また行こう」

と2人で話しているとお義母様が僕たちの方を見て言った。


「今すぐにとは言わないけど、次は子供ね」

陸さんの言う通り子供のことを言われた。やっぱりそうなるか。


「しばらくは2人の生活を楽しませてくれ。そのうち孫の顔見せるから」
「待ってるわよ」

確かに陸さんも30歳過ぎてるし、僕ももうすぐ30歳だ。そうしたらそんなにゆっくりしてられないのかな? でも陸さんの言う通り、まだもう少しは2人でいたい。だって、気持ちが通じ合ったばかりなんだから。2人でデートとかしてみたいんだ。

でも、みんな僕たちが番になったことが、結婚のとき以上に喜んでいる気がする。まぁ結婚は第一歩だったからね。番になるのがゴール……でもないのか。子供かな? だけどとにかく結婚以上に喜んでくれた。


「1年半って長かったわ」

とお義母様が言う。そうなのか。多分、結婚したときは僕も陸さんも番になることがあるなんて思いもしなかった。僕に至っては離婚なんてことがあるんじゃないかとまで思ったくらいだ。それくらいの関係だったから、どれくらいかかったとかじゃなく番になったことじたいが驚きだ。

 
「新婚旅行は別行動だったなんて言うからどうなることかと思ったけれど、落ち着くところに落ち着いてくれて良かったわ。そうだ。来年のゴールデンウィークにでも新婚旅行のやり直しでもしてきたら?」

お義母様がそう言う。


「それもいいかもしれないな。そしたらまたオアフ島だな」
「僕、|ハワイ島《ビッグアイランド》でもいいですよ?」
「でも、やり直しと言ったらオアフ島だろう。また本屋に行けるぞ」

陸さんは本屋というキラーワードを出してきた。それを出されたらオアフ島でって言ってしまうじゃないか。


「まぁゆっくり決めなさい」

そうだね。飛行機さえ取れればオアフ島でもハワイ島でも泊まるところはあるのだから急ぐ必要はない。

 
「でも、新婚旅行はやり直しができるからいいけど、結婚式のやり直しはできないからね」

とお母さんが言う。確かに式のやり直しはできないけれど、箱根の誓いの鐘で誓ってきたから大丈夫。


「箱根で誓いの鐘に行ったよ」
「誓いの鐘?」
「うん。ガラスの森美術館にあるの。きちんと鐘も鳴らしてきた」
「きちんと誓って来たので大丈夫です」
「そう。なら良かったわ」

お母さんはそこも気になっていたんだなと知った。


「結婚式は俺のせいで申し訳ありませんでした」

陸さんが謝るとお母さんは、笑顔でいいのよと笑った。


「陸くんも色々あったんだろうしいいのよ。ただ親としては、これから千景のことをよろしくお願いします」

そう言って小さく頭を下げたお母さんに陸さんが答える。


「これ以上ないっていうくらい幸せにします」

その言葉にお父さんだけでなく、お義母様とお義父様もうんうんと頷いていた。箱根の誓いの鐘でのときに、ここから始まると思ったけど、今日は再スタートだという気がした。